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能力者の日常  作者: 相上唯月
5平穏

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32/81

2アタシは特別

その日の昼休み。


メイサは平生のように三ツ星シェフに作ってもらった、庶民には勿体無いような豪華なお弁当を食べ終え、席を立とうとした時、ふと思いついた。


(…そういえば。悠に告白されるのって、クリスマスの日なのよね。なら、何かプレゼントを渡した方がいいのかしら。プレゼント…普通のものじゃつまらないし、手作りスイーツなんて、いいんじゃないかしら。うちにはなんたって、元三ツ星シェフの〝島光〟菊乃さんがいるんだから。)


三ツ星シェフの彼女の名前は〝島光〟菊乃。そう、彼女は、お馴染みの光姫専属運転手・島光芳樹さんの奥様である。苗字呼びだと被るため、屋敷内で元三ツ星シェフの彼女の名を呼ぶ時は、みんな菊乃さんと呼んでいる。そういえば、彼女とはまだ話をしたことがない。菊乃さんはメイサが活動している時間帯になかなかキッチンから顔を出さないため、そもそもあまり出くわさないのだ。


(今日の夜、菊乃さんに話しかけてみよう。)


「メイサ、どこ行くの?」


そう心に決め、教室を出ようとした時、親友の真矢に声をかけられた。


「あぁ…えっと…ちょっと、そこまで…。」

「そこまでって?」


真矢の言及に、メイサは言い淀む。自分のことが好きな男子の、好きなところを見つけに行くなんて、恥ずかしすぎていえない。


「もう! 何なのよ、はっきり言いなさいよ。」


真矢は切れ長の瞳をさらに吊り上がらせ、両手を腰に当てる。そのまま、意地悪く片方の口の端を吊り上がらせ、メイサに尋ねる。


「へぇ、何? 好きな人でもできたの?」


なんと聡い人だろうか。メイサは息を呑む。それとも、メイサの態度がわかりやすすぎるのか。


「ち、違うわよ! というか何でそんなこと分かるのよ…!」

「なんでも何も、顔真っ赤よ。それに、私の言葉に反応するってことは、心当たりあるんでしょ。ねぇ、誰よ?」


真矢はメイサに顔を近づけ、ニヤリと笑う。


「うー…だ、誰にも言わないって…約束してね?」


観念し、メイサは彼女に悠の存在を話すことにした。それに、まだ悠はメイサの好きな人ではない。その誤解を解かなくては。

メイサは真矢を連れて自席に戻ると、意を決して口を開いた。


――その数十分後。


真矢の絶叫に、教室にいたクラスメートが一斉にメイサたちの方を向いた。


「えー! 何よそれ! その水氣悠っていう中二の男子が、二十日後にメイサに告ってくるの? しかもその子、見た目可愛い上に超頭いいんだって? 何よもう! いい男独占して! メイサがモテるの知ったけど、学年越しに好かれるほどモテモテだったとは…。」

「ちょっと真矢! 声大きい!」


二十日後、メイサは真矢に悠から告白される事を話した――無論、能力のおかげで知ったとは言わず、悠が他の男子と話しているのを、たまたま聞いてしまった、ということにした。そういえば、メイサは悠が友人の事を話しているのを聞いたことがない。


(悠って人見知りだしなぁ…。もしかして〝ぼっち〟だったりするのかな…。)


「で、メイサ。その彼にこれから会いに行こうとしてたわけ? もうっ、お熱いわねぇ。」

「べっ、別にっ、好きだからとかじゃ…ない、わよ。」


体をくねくねさせて揶揄ってくる真矢に、メイサはムッと頬を膨らませて言い返すが、


「ふぅん? じゃあその沈黙は何?」


と、全てを見透かしたような、大人びた口調で問い返されてしまった。


故に、「メイサが悠に好意を抱いている」という誤解にさらに確信を持たれてしまう、芳しくない結果になったのだった。


メイサと真矢――それから、先ほどの真矢の大声を聞きつけ、集まってきた数人の友人たちは、中学棟の一階に降りてきた。


「ちょっと、なんであんた達までついて来るのよ。」


真矢はとりあえず許すとしても、話を聞いて駆けつけてきた数人の友人たちは違うだろう。メイサは物見高い三人の友人たちを軽く睨みつける。だが、


「そんなこと言わないでよ〜。あたしらだって、メイサのお相手気になるもん〜。」

「そうそう。うちらも可愛い男子拝みたいしさぁ。」

「楽しみだなぁ。メイサ、中学入ってから彼氏持つの初めてなんだよね?」


と、三人とも楽しそうに、そして悠がすでにメイサの恋人だという口調で言いたい放題喋り、メイサの話を全くもって聞かない。


「だ〜か〜ら〜、まだ付き合ってないんだってば!」

「あ! あそこのクラスだよね?」


メイサが真実を話すと、その言葉に被せるようにして一人の友人が一年一組という看板のかかった教室を指をさした。


「そうだけど…。」

「よしみんな! 行こ!」


メイサが微妙な面持ちで頷くと、指をさした友人はパッと表情を明るくし、メイサの手を掴み、小走りで教室へと向かう。周りを伺うと、廊下にいる中学一年生達は、突然の見慣れない訪問者に戸惑っている様子だった。

メイサは友人に引っ張られて悠の教室前に着くと、友人に「どの人?」と尋ねられ、しぶしぶ中を覗き込んだ。


(…あ、いた。…何してるのかしら。勉強? あっ…あれ、数学の問題集だわ…。任意の提出課題のやつ…。)


メイサが教室を覗き込むと、悠は左端の席に座り、一人で机に向かって黙々とシャーペンを動かしていた。よく見るとそれは、メイサも去年配られた提出任意の課題だった。


(あれは確か、大学入試の問題にも、一年の時点で解けるところはあるよ〜、って言われて出されたやつ! 期末成績に加点されるっていうから、アタシもやろうとしたけど、激ムズすぎて初めの一問で断念したのよねぇ。)


そんな難易度の高い問題集なのに、悠のペンは一度も止めることなく、ずっと動いている。


(えぇ…分かんない問題ないの…?)


悠が成績優秀なことは把握していたが、改めて、悠の頭の出来はメイサとは違うことを思い知らされた瞬間だった。


「ちょっとメイサ、なんか言ってよ。もしかしてあの、ずっと勉強してる人?」


メイサの返答がなく、少し顔に苛立ちを見せた友人の声によって、一人でないことを思い出し、我に返るメイサ。


「えっ、ええ。そうよ。」

「やっぱり? というかあの子、すんごい頭いいじゃん。」

「えー、どの人? わー! 本当だ。それに、横顔もすごい可愛い。正面から見てみたい。メイサ、呼んできてよ。お願い。」

「な、なんでよ!」


と、悠を見てわちゃわちゃと騒いだ後にメイサに向けて両手を合わせる友人たち。


「ほら、行ってきて!」


その声と共に、彼女に背中を押されて、なんとか踏みとどまるメイサ。


(無理無理! アタシが悠に告白されるのをアタシが知ってること、悠は知らないのよ。それに、悠はまだ、アタシに告ろうと考えてないかもしれない。それに、変なことして未来が変わっても嫌…だし。)


そう、未来はちょっとした出来事で変動する。


有為転変は世の中の常とはいえ、未来は本当にちょっとした些細な出来事で大きく変動してしまう。今メイサが下手なことをして悠の気持ちに変化が起こったならば、告白される未来も無くなってしまうかもしれない。そうなれば元も子もない。


「もう! 押さないで!」


メイサがすぐ目の前にいることも知らず、黙々と問題集を解き進めている悠。周囲がどんなにうるさくとも、彼からすれば、集中している時は無音なのだ。


また、それはメイサも存じている。


あれは悠と知り合って間もない頃、そう、まだ放課後に中庭で集まっていた時のことだ。三人がやって来るまで、中庭に置かれた机で悠が勉強していたことがあり、あの時はメイサがいくら話しかけても気づかず、無視されているのかと誤認して思わず苛立ちを覚えてしまったものだ。結果的に、悠の顔を覗き込むまで、彼は自分の世界に閉じこもっていた。


そう、彼を彼の世界から解き放つには、聴覚ではなく、視覚もしくは触角を刺激しなければならない。或いはチャイムの音など、毎日決まって起きると把握している事でなければ。


……普段なら、その二つの条件以外では、こちらの世界に帰ってくることはないのだが。


「ちょっとやめて! 他クラス入っちゃダメでしょ! しかも学年も違うんだから!」


聞き慣れた声が、無音の世界にいるはずの悠の耳に届いた。悠はハッとして、声のした後方ドアに視線を向けると、脳内に浮かんでいた彼女――メイサと目が合った。


「…っ!」


(なっ、なんで…メイサ先輩がここに?)


思わず視線を逸らそうとすると、メイサは慌ててドアの前から去っていった。友人と思われる、四人の女子を連れて。


(…何しにきたんだろう。)


悠はメイサの行動が理解できず、首を傾げた。




「ねぇメイサ! なんで逃げちゃうのよ!」


階段を駆け上がり、一階と二階の踊り場まで来たところで、メイサは真矢に怒鳴られた。


「なんでって…そりゃ、なんていうか…。…てか、真矢がアタシを叱る資格なんかないでしょ。勝手についてきたんだから。」


叱られて肩をすくめたメイサは、生真面目に理由を述べようと試みたが、そもそも真矢たちがメイサを怒る権利はないのだ、と思い出す。


「資格? もう、何開き直ってんの。」


だが、メイサの態度の変化に対し、おかしそうにクククと笑われてしまった。開き直っているのはどっちだ。メイサはキッと真矢を睨みつける。


すると、不意に真矢は殊勝な面持ちになり、


「で、逃げた理由は? やっぱりいざ彼に会うことになって、緊張したから?」


と、改まって尋ねられ、メイサは一瞬言葉に詰まる。だが、すぐに真矢に言い返す。


「そっ、そんなわけないでしょっ。だってアタシは別に、悠のこと好きな訳じゃ…っ。」

「いやでも、現にメイサ、彼と一瞬目が会った途端、耳真っ赤になってたよ。今だって。」


真矢の言葉に、メイサは慌てて自分の右耳に触れる。確かに少し熱を持っている。けれど、そんなのおかしい。だってメイサはまだ、悠の好きなところやいいところを見つけていないのだから。


「…。」


メイサは自分の心が分からず、俯いて床に視線を向ける。


暫時、沈黙が続いた。


その静寂を破ったのは、真矢の声を聞き、真っ先に駆けつけた友人だった。


「今覚えばさ、あの人すごい集中してたのに、よくメイサに気づいたね。やっぱり運命の赤い糸で…、」

「…っ!」


彼女が最後まで言葉を紡ぐ前に、メイサがガバッと顔を上げた。その顔を見た四人の友人たちは、思わず息を呑む。


「メイサ…どしたの。めっちゃ…顔赤いけど。え、何。こっちまで恥ずかしくなるじゃん。」


友人はそう言い、案じ顔でメイサの肩を叩くが、彼女の言葉はメイサの耳に届かない。


(あっ…そういえば。前は勉強してる時、近くで大声で喋っても気づかなかったくせに、さっきは悠、アタシが遠くで騒いでるだけで気づいた…。昔はアタシのこと意識してなかったけど、今はしてるってこと…? …いやそりゃ、告白するんだから当たり前だろうけどさ。…それでも、悠の世界から解き放てるくらい、アタシの存在は大きいってこと…?)


メイサはその事実に気づき、その場にしゃがみ込んで、両手で熱くなった顔を覆った。友人たちはいよいよメイサの様子がおかしいことを心配し、慌てふためき始める。


それは、つまり――。


(アタシの声だけは、他の人とは別……それって、つまり…。)


「アタシは、特別ってこと…!」


メイサが呟くようにそう声を漏らすと、友人たちは不意をつかれたように目を見開き、口をあんぐりとあけた。そして、四人同時に顔を見合わせ、


「あははは!」


と、盛大に笑い転げた。


「何言ってんの、メイサ! そんなの当たり前じゃん!」

「メイサ、好きって言葉の意味知らない?」


友人たちはそう言ってメイサをバカにするが、メイサは至って真面目だ。


「そんなんじゃないわ。あんたたちには分からないでしょうね。」


というか、せっかく感動を噛み締めていた所だったのに、バカにするなんて酷い。悠の恐るべき集中力を知らない彼女らには理解できないだろう。この感情は。

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