13未来予知
その日の夜。
入浴を終え、メイサは自分に与えられた広すぎる部屋に戻り、改めて部屋全体を眺めた。
部屋の中はメイサの好きなように改造され、今や同じ造りのはずの悠や杏哉の部屋とは似てつかない内装になっている。紺色の背景に燦然と輝く星を散りばめたような壁紙、黒いレースのついた天蓋付きベッドに、種々雑多なコスメで彩られた化粧台。黒塗りのタンスには溢れんばかりの洋服が詰め込まれている。その他にも、部屋の中にはメイサ特有の私物で溢れ返っており、また、黒系統のものが多いため、全体的に暗い印象となっている。
メイサは窓際に置かれた天蓋付きベッドに近寄り、心の落ち着く黒レースの中で、ふかふかのベッドに仰向け寝転び、暖かい羽毛布団をかけた。
メイサの通う学園、国立附属小中高学校に存在する五人の能力者。そのうち四人は、信じられないことだが、メイサがこの世で最も憎んでいた能力を通して知り合って、同じ屋根の下で、家族のように仲良く暮らしている。奇跡のようだが、現実だ。メイサは今まで、能力とは自分らを苦しめる鎖だとしか認識していなかった。だが、その能力を介して、今や家族同然に信じあえる光姫たちと知り合った。能力は、メイサたちを繋いでくれた。
(アタシ…能力者に生まれて…良かったかもしれない…。)
昔の自分、光姫たちと知り合う前の自分ならば、絶対に思うことがなかったであろう。いつまでも本当の自分を偽り、友人らを騙し続けるような、そんな惨めでつまらない一生を過ごしていたかもしれない。
(…花ちゃん…。)
ふと、残り一人の能力者、小学一年生の幼い彼女のことが思い出された。
(花ちゃんも、アタシたちと一緒にいれば、自分を偽ることなく、幸せになれるのに…。ううん、花ちゃんには炎先輩がいるから、今でも幸せかな…。)
ちょっと過激だけど、とメイサは付け足す。
そうして、炎の見事な豹変ぶりを思い出し、メイサは思わずククク、と笑いをこぼした。その場にいる時は、とても笑える雰囲気ではなかったが、改めて思い出してみると、あの見事な変わり技は恐怖を通り越して素晴らしく笑えてくる。重ね重ね彼の豹変する瞬間を思い出し、笑いが抑えきれなくなった、その時だった。
突然、目眩のように眼前に広がる風景がぼやけ始めた。
(あっ、未来予知だわ。)
昔から時々起こる現象なので、唐突に未来予知が始まることはもう慣れっこだ。
メイサを取り囲むリアルの風景が完全に消え去り、初めにメイサの瞳に映ったのは、メイサの部屋内に取り付けてある壁掛けカレンダーだった。
(…十二月、二十四日。)
今日は十二月四日なので、ぴったり二十日後。そして、この日は――
(クリスマス・イブ、よね? こんな日に一体何が…? いや別に、予知されたからといって必ず特別な何かが起こるって訳でもないけど…。この間なんて、夕食のメニューが予知されたし…。ハンター到来の未来予知をした数日後だったから、何か重大なことかも、って構えてたのに、あの時は拍子抜けしたなぁ。)
そして、胸中でそんなことを回想しながら、メイサは眼前に浮かんでいる情景を眺めた。洗いたてのような、灰青色におぼめく朝日が差し込んでいることから、これはクリスマス・イブの日、メイサがカレンダーを見ている光景だと想定する。
場景が切り替わる。
途端に、四周が薄暗くなった。
(どこかしら、ここは…。)
記憶にない場所である。あくまでもこれは未来予知であり、未来の自分の視線を変えることはできないので、目の前に広がる風景以外は、どうなっているのか分からない。だが、眼前だけ見てわかるのは、ここは高台だということ。また、木製ベンチが置かれ、アベリアやケヤキが植えてあることから、ここは広場、もしくは公園のような場所であると推測できる。そして、一番目につくのは、近いようで遠くに見えている、屹立する数多の超高層ビル。その向こうは暗闇。なので、どうやらメイサが観ているのは、夜の帳が降りた後の時間帯のようだ。
(…というか、超高層ビルって…。)
超高層ビルなんて、メイサの日常とは縁のない場所だ。ここでいう日常とはつまり、平生の学校生活のことを意味しているのであって、縁のない場所といっても、真矢をはじめとする友人と、ビルが立ち並ぶ都会に遊びに行くことはある。しかし、メイサの日常生活において、学校は住宅街の中にあるし、守光神の屋敷=現在のメイサの家は悠々とした山々に囲まれていて、とてもではないが超高層ビルなどお目にかかれない。
「メイサ先輩!」
来たことのない場所だが、あちこちに聳立する超高層ビルから、思考を巡らせて大都市の地名を想像していると、突然、辺りに広がる木々を薙ぎ倒すような、大音声がその場に轟いた。
視線が声のした方へ移り、眼前には男性――いや、どちらかというと少年の姿が。だが、辺りが薄暗いため、視線を変えたすぐ後はぼんやりしていて、誰だか分からなかった。
霞を拭うようにだんだんと目が慣れていき――
(ゆ…悠?)
さらに目を凝らしてよく見てみると、悠の顔や耳はこれ以上ないほどに紅潮していて、まるでリンゴやホオズキのようだ。
(一体…。)
不審に思い、顔を歪めようとするが、無論表情は変わらない。二十日後の自分はどんな表情をしているのだろうか。あくまで分かるのは視覚だけなので、自分の顔は見えない。もどかしく感じていると、不意に両手が動き、メイサの頬を包んだ。その動作から、どうやらメイサの頬は眼前の悠と同じく、火照っているということが分かった。
(でも、なんで…? というか、この状況は…?)
メイサの正面で、相変わらず顔を茹でダコのように真っ赤に染めながら、悠は目を見開き、口をぱくぱくと閉開していた。
何か重大な事を言おうとしているように見える。
メイサはこの状況を理解しようと、思考を巡らせた。
まず、ここは超高層ビルが聳え立つ大都会の高台である。そして、高台からの景色は、なんともロマンチックである。すっかり暗くなった空にはほんの少しだけ欠けた月が浮かび、見下ろせばあちこちで大都会の街の光が煌々と輝いている。そして、車のヘッドライトが鮮やかな流れとなって街から街へと流れ、あちらこちらに赤と緑の装飾が――。
そう、これも忘れてはならない重要な要素。この日はクリスマス・イブであるということ。
クリスマス――それは、恋人と過ごすのが良しとされ、告白すれば成功率が上がるという、いわゆるリア充dayである。
考えてみれば、割と仲良く揶揄いあっていたことだし、根拠がないわけではないが、だがしかし、まさかあの小心者の悠が自ら告白なんてするわけ――。
「あの…メイサ先輩、す……好、き…です…! だからっ、あの…僕と…!」
付き合ってください、そう言いたかったのだろう。が、それ以上の言葉は紡がれず、あろうことか、よろよろとその場に跪いた。二十日後のメイサは慌てて彼に近寄り、身体を支える。すると、彼は失神して眼瞼を閉じていた。
(…やっぱり、悠は悠なのね…。)
想いを伝えられたのは偉かったが、そのセリフも絶え絶えだったし、よりにもよって、交際を申し込む前に気絶するとは。
メイサが呆れていると、そこで未来予知は途絶え、眼前には見慣れた天井が映し出された。
「…もう、悠ったら…。どうせならもっとカッコよく……って、えっ…⁉︎」
ボソボソ呟きながら、目元がやけに熱いな、と思い右手を持っていくと、メイサはあることに気づき、瞠目して口をあんぐりと開け、驚愕した。実に、今年一驚いたかもしれない。
「…アタシ…泣いてる…。」
思わず身体を起こすと、瞼に溜まっていた涙がこぼれ、頬を伝った。
「…え…なんで、なんで…?」
悠に告白されたことが悲しかったのか。そんなわけない。現在メイサに意中の人はいないし、これまでの人生において告白されたことは何度もあったが、負の感情を抱くことは一度もなかった。はたまた、泣いたことなんて一度もない。
その時、メイサはふと思い出す。告白されたうちのたった一度は、メイサも気になっていた相手だった。残念ながら、彼は付き合い出してすぐに遠くへ引っ越してしまい、交際一ヶ月で自然と別れてしまることになってしまったのだが。補足しておくと、メイサが今までに交際したことがあるのは、この彼だけである。彼に告白された小学五年生だったあの時、メイサは火山が噴火したように狂喜し、舞い上がった。
(アタシ…彼に告白された時、嬉しくて思わず泣いてた…。)
つまり今は、あの時と同じような状況であるということ。
(でっ、でも、アタシは別に悠のこと好きなわけじゃ…。)
涙は止まらぬまま、慌てて自分自身に弁解するが、その後、はて、と首を傾げた。
(…アタシ…悠のこと、どう思ってるんだろう…?)
ハッキリ言って、分からない。言葉に表すならば、親友であり、家族――が妥当だろう、そうではなかったのか。
(少なくとも、嫌いではないし…好き、だけど…。いやっ、別に恋愛的な意味じゃないからっ…。)
なぜに自分自身に向けて言い訳しているのか。自分でもよく分からない。
けれど、もしも先ほどの告白が未来予知ではなく、自分の意思で口を動かせる現在の出来事だったなら、OKしていた気がする。恋愛的ではない、と言い聞かせるものの、果たしてそうなのだろうか。
(そうだ…告白までの二十日間、悠のイイトコ探しをしよう…!)
曖昧な感情で告白を受けるよりも、どうせなら、気持ちをハッキリさせてから彼に返事をしたい。そのために、できるだけ彼を観察しよう。メイサはそう心に決める。いや、宣言しなくとも、もう彼を意識せずに生活することは不可能なのだが。この宣言も、半分は照れ隠しである。