11シスコン・炎
それから三限の授業を受講した後、四人は終礼が終わるとすぐに教室を飛び出し、小学校の銅像前へと向かった。一番早く授業が終わり、一番のりに約束の場所に着いたのはメイサ。その後、悠、光姫の順に集まり、最後に杏哉がやってきた。四人全員集まると、上靴に履き替え、花火のいる教室へと向かった。果たして、花火は残ってくれているのだろうか。教室に近づくにつれ、心許なくなる四人。
(別に、今日中に花ちゃんと話さなくちゃいけないわけじゃないけど…。花ちゃん、まだハンターが怖い、ってこと、よくわかってないみたいだから、何か起きた時に怖いのよね…。ハンターに襲われて、能力全開で反撃にかかったりしたら…。)
メイサは想像し、思わず身震いした。そうなれば、ハンターの思うつぼだ。能力者を特定できれば、能力を無効化できるハンターの勝ちなのだ。
詮ずるに、光姫ら四人は花火一人を放っておくのは寒心に堪えないため、こうして小学校へ足を運んでいるというわけだ。
花火を光姫、メイサ、杏哉、悠の仲間に入れる。その目標の達成は、早いに越したことはない。
一年二組の教室前に到着し、メイサは悠を引き連れ、後方のドアから顔をのぞかせた。まだ花火と顔見知りではない光姫と杏哉は、メイサたちの背後から様子を窺っている。
「花ちゃ~ん!」
メイサは身を乗り出し、花火の名を呼んだ。しかし、返答はもちろん、十人ほど居残っている小学生の顔を見回したが、花火のいる気配はない。メイサは悠と顔を見合わせ、眉を落とした。
「…もう帰っちゃったのかしら。」
メイサはせっかく足を運んだのに、と心の中でボソッと呟いた。だが、当の本人がいないことには是非も無く、観念して帰ろうとした時、背後から愛嬌のいい空人の声がした。
「あ! メイサちゃんに、ゆうくん! …それと、おともだち? 花はね、さっき、花のおにいちゃんの、エンにいちゃんに会いにいったよ。もうすこしでもどってくるとおもう。花はいつもエンにいちゃんといっしょにかえってて、おわりの会のあと、四時くらいに小学校の前でまちあわせしてるの。だからね、エンにいちゃんに、今日はほうかごメイサちゃんたちとあそぶやくそくがある、っていいにいったの。」
彼の言う『メイサたちと遊ぶ』は誤認だが、それどころではない。空人の言葉を受け、メイサは瞠目して自分の耳を疑った。悠も言葉を失い、目を見張っている。メイサは後ろを振り返ると、光姫と杏哉はそもそもこの男の子は誰なんだ、という風に首を傾げていた。
「えっ⁉︎ 花ちゃんって、お兄さんがいるのっ?」
思わず大声で問い返してしまい、空人はビクッと肩を震わせた。
(…てことは、この学園には能力者がもう一人いたってこと?)
そう、能力者の持つ〝能力〟とは遺伝的なものなので、妹の花火が能力を持っていながら、兄に引き継がれていないのはおかしい。けれど、もし花火の兄の〝エン〟が能力を持っているならば、それはそれで矛盾するのだ。
「…なぜ、そのエンという人物は、光姫先輩の捜索能力を掻い潜れたんでしょうか…?」
まさに今メイサが口にしようとしていた内容を、隣で思案顔をした悠が呟いた。
「あ、うわさをすれば! エンにいちゃん!」
その時、空人がパッと顔を輝かせ、教室から飛び出した。メイサと悠も慌てて後を追い、話についていけていない光姫と杏哉も、とりあえず二人の後ろをついてきた。
メイサが空人の駆け出した方を見ると、そこには花火と、花火の横を並んで歩く男子高校生の姿があった。年の割には身長は低い方だろうか。無論、女子中学生であるメイサよりは断然高いが。エンは女顔の代表として誇れるであろう悠ほどではないが、妹の花火に似た童顔で、花火と同じ赤茶色の瞳は、花火のパッチリおめめとは異なる垂れ目。そのおかげで常に笑っているように見えるためか、とても親しみやすそうだ。
花火と花火の兄は、両者とも花が咲いたような満面の笑顔で、喜色を浮かべながらこちらへ歩いてくる。そこへ、空人が駆け寄った。
「エンにいちゃん!」
「空人くんじゃないか、こんにちは。」
空人が彼の名前を呼ぶと、彼は花火から視線を空人へと移す。エンは壊れ物を扱うように、包み込むような笑顔で優しく微笑み、空人の頭を撫でた。
(優しそうな人ね…。)
メイサの、エンに対する第一印象はそれだった。
「エンにいちゃん、ほら、あの人たちだよ。メイサちゃんに、ゆうくん。それから、二人のおともだち。」
すると、エンに頭を撫でられ気持ちよさそうに目を細めていた空人が、後ろを振り向き、メイサたちを指差して言った。エンはチャームポイントの、周囲の人に親しみやすさを与える垂れ目を僅かに見開き、メイサと悠の前まで歩み寄った。
「初めまして、僕は高一の不知火炎です。花火をよろしくお願いします。」
エン――こと炎は、丁寧に言葉を紡ぎ、メイサと悠に向けてニコッと微笑んだ。
「ええ、初めまして。アタシは中二の月輪メイサです。」
「…お、お初にお目にかかります。僕は中学一年生の水氣悠です…。」
炎の言葉を受け、メイサが簡単だが堂々たる自己紹介をした後、悠は辿々しい口調でそれに続いた。二人の頭の中は「炎は能力を持っているのか」という疑問で埋め尽くされ、受け答えのみしかできなかった。――人見知りの悠は、それさえも怪しいのだが。
その時、メイサと悠の背後から、誰かが息を呑む音が聞こえた。
「っ…炎…⁉︎」
杏哉は掠れた声で炎の名を呼んだ。振り返ると、彼は目を見開いて硬直している。とても初対面の反応ではない。もしかして、知り合いだったのだろうか。考えてみれば、杏哉と同い年だ。お互い顔見知りでも、なんらおかしい話ではない。
「えっ、杏哉じゃん! なんで、なんでここにいるの? え、もしかしてアレ? 僕が花火の話いっぱいしたから、花火に会いたくなったの? え、でも……は? わっ、守光神さんもいる…確か杏哉、守光神さんのこと好…、」
「いや、待っ…。炎ストップ! あー…そ、そうだな…どこから話したたらいいか…。じ、実は俺たちもよく分かってなくてな。…えっと――場所、変えないか。部外者に聞かれると、どうにもまずいことだから。」
失言になりかけた炎の発言に、慌てふためく杏哉の提案で、光姫、杏哉、メイサ、悠、花火、炎は島光さんの待つ、黒塗りリムジンへ向かった。
行き先も知らずに連れてこられた花火と炎の反応はというと。
察しの通り、花火はこれ以上ないほど興奮していた。顔を上気させ、瞳を爛々と輝かせながら、広い車内ではしゃぎ回っている。それこそ、打ち上げ花火の最後、トリの四尺玉が打ち上がったような。
そして、炎も言わずもがな、瞠目して口をあんぐりと開け、その場に硬直した。ある程度の年齢と常識があれば、そうなる事は分かりきっていたので、杏哉は忌憚なくフリーズした炎を力づくで車内に引き摺り込んだ。そして、全員が椅子に腰掛けたのを確認するや否や、杏哉が口を開いた。
「突然なんだが、炎。守光神光姫、樹護宮杏哉、月輪メイサ、水氣悠の、学年が違う一見何の関連性もなさそうな四人が、どういう所以で集まったのか、分かるか?」
杏哉が唐突に不可思議な問いを炎に投げかけると、炎は眉を寄せて怪訝な面持ちになった。それもそのはず、答えを知らない炎からしたら、全くもって意味不明だろう。
「…杏哉、どういう意図でそれを僕に聞いてるの? 僕がそんなの知ってるわけないじゃん。…まぁ、強いていうなら、趣味…とか?」
「違う。俺たちはの関連性は、お前にも関係があることだ。お前が、そのチビの本物の兄貴ならな。」
「…どういう意味で言ってんの、それ。まず、花火のことをチビと呼ぶのはやめて。他の一年生とは違うんだ。花火は他の子と比べ物にならないくらい、可憐でお淑やかで、愛くるしくて、そして純粋無垢で可愛い。そうでしょう? …で、僕と花火が血の繋がった兄妹じゃないって? そんなバカなことあるわけないだろう。花火は、僕と血の繋がった正真正銘の妹なんだ。」
杏哉の言葉を受けた炎の、先ほどの温和な雰囲気は何処へやら。彼は杏哉を刺し貫くかのような、赤茶色の瞳を猫のように細め、憤然と彼を睨んでいた。杏哉を見据えた双眸には、思わず息を呑む獰猛さがあった。
だが、杏哉は微塵も炎の迫力に動じず、毅然たる態度で彼に問い返した。
「じゃあなんでお前には、火の能力がないんだ?」
沈黙が流れた。辺りの音が全て持ち去られたかのように、息が詰まりそうなほど濃密な静寂が響く。
「……そういう事だったのか〜。ごめん杏哉、さっき睨んじゃって。いやぁ僕、花火の実の兄じゃないなんて言われたから動揺しちゃって〜。」
突然、炎は態度をコロリと変え、朗らかな表情で両手を合わせて杏哉に向けて謝罪の仕草をした。
(動揺……なんてレベルじゃないでしょ…。あれは怒り垂れ流しだったよ…。それに、花ちゃんのことお淑やかって……言っちゃ悪いけど、どこが…。むしろ、お転婆とかヤンチャとか、全く正反対の単語の方が似合うような…。)
花火に反応して態度を豹変させた炎の二重人格を目の当たりにし、思わず怖気を振るう悠。さっきの張り詰めた空気は、これまた何処へ行ったのか。炎は花火の事となると、先ほどのように静寂に怒り狂うのか。これが俗に言うシスコン、というやつなのか。悠にも歳の離れた小学二年生の弟がいるが、言わずもがな、妹とは大いに異なる。だから炎の感情はイマイチ理解できない。
誤認して欲しくないので補足しておくが、悠は別に、弟との間に軋轢が生じたことはないし、悠も弟のことを愛している。悠も弟とは歳が離れているため、またお互いに気性が穏やかなので、いわゆる兄弟喧嘩とは無縁であり、さらには弟は優しい兄に懐いている。
悠の隣で、同様に炎豹変の様子を目撃したメイサは、思わず膝から崩れ落ちそうになった。メイサは、これから炎に花火の話題を振る時は言葉選びに気をつけねば、と心に誓う。
「うん、分かった。理解したよ。ここにいるのは全員能力者ってわけだね? そんで、僕は花火の兄のはずなのに、能力を持っていないのはおかしい、ということになった。ですよね? あなたがその、能力の有無を確認したんでしょ、ご当主様?」
「わ、私のことをご存知ですか?」
突然視線を向けられたため、光姫は声を上擦らせ、目をぱちくりさせた。
「勿論。あなたは僕たちのプリンセスではないですか。」
すると、炎は得意の天使のような笑顔で、困惑している光姫に微笑みかける。
その時、痺れを切らしたように、眉根を寄せた杏哉が口を開いた。
「…詰まる所なんなんだよ、炎。お前は。いや、花火も含め、お前らは。」




