3庇護欲をそそられる少女
光姫はそわそわしながら、彼女が変な行動を起こしたらすぐに出ていけるように身構えた。変な行動ーーそれはズバリ能力の行使を指す。
「っ!」
光姫が目を鋭くさせて彼女の様子を窺っていると、突然、背後から肩に衝撃が走った。もしやハンターに能力者だと正体がバレたのだろうか、光姫は驚きで声も出ず、恐る恐る後ろを振り返った。
「光姫ちゃん、えへへ。驚いた? 実はね、さっき委員会の集会があったんだ。今から帰るところだったんだけど、驚いたことに光姫ちゃんがこんなところに居たんだもん。サプライズ成功だね!」
そう言って頰を掻きながら笑うのはーー紛れもない白城さんだった。
せっかく当主を任されたというのに、早くもここで終わってしまうのか、と脱力しながら振り返ったのだが…彼女の照れたような笑みを瞳に映し、思わず拍子抜けした。比喩でもなんでもなく、光姫はへなへなとその場にへたり込んでしまった。
「み、光姫ちゃんっ? え、えっ、ごめん! そんなびっくりした!?」
白城さんは光姫が体の力を抜かしたのは自身が驚かせたせいだと勘違いし、一人慌てふためいている。光姫がそんな彼女に大丈夫だと告げようとしたその時ーー恐れていた事態が起こった。光姫は、長蛇の如くうねる本流に流されるような、独特な感覚を覚える。
光姫は目をこれ以上ないほど見開いて慌てて立ち上がり、目の前にいる白城さんに別れを告げる。
「すみません! 大丈夫です! あ、あの…実はこれから用事があるので…さようなら!」
「あ、うん…その慌てっぷりは、さては告白かな? うん、また明日!」
光姫が唐突に会話を中断して手を振ると、白城さんは光姫の態度から、勝手に用事を愛の告白であると誤解し、自ら去って行ってくれた。
そして光姫はすぐさま花壇の前に座り込む少女の前まで駆けて行く。すると、突然人がやってきたことに驚いた彼女は、ビクッと肩を震わして顔を上げた。その双眸は溢れんばかりに見開かれている。その驚愕は、きっと突然人がやって来たことだけが理由ではないだろう。きっと、何か後ろめたいことーーそう、能力を行使したから。光姫がちらと花壇に目をやると、ジョウロなど水を運ぶものが少女の周辺にないのに、いつの間にか花壇の土が水をやった直後のように湿っていた。
わなわなと唇を振るわせ、ただでさえ真っ白な肌をより白くして恐縮する少女に、光姫は取り返しのつかないことになってしまったこと、そしてそれを見ていながらも止められなかった自分を叱咤しながら、深呼吸して気持ちを落ち着かせたのちに、彼女を安心させるように柔らかく微笑んだ。気持ちを落ち着かせたといえど、そんな簡単に気持ちを切り替えることはできない。いや、むしろ切り替えてはならないのだが。この学園に能力者がいることを確信させてしまったことを後悔してもキリがない。それよりも心配すべき最重要事項は、今にもハンターがここへやって来る可能性を考慮することだ。今すぐここから避難しなければ。その為にも、まずはこの少女に光姫の正体を明かさなければならない。
「初めまして。私は光の能力者で、守光神家の現当主です。そして今現在、この学園ないに能力者ハンターがいます。先ほどあなたが使われた能力を感知し、すぐにでもここへやって来るでしょう。ここは危険です。とりあえず、すぐにこの場所を離れましょう。ついて来てください。」
光姫が自分の正体と現在置かれている危機的情報を無駄なく簡潔に説明すると、少女はぽかんとした顔つきになった。彼女の頭の中では、思考が迷宮に放り込まれたように、雲の如く混沌と動きまわっていることだろう。そもそも、彼女はこの学園に自分以外に能力者がいたことさえも知らなかったのだからそうなるのも当然だ。
その後、彼女はすぐさま両目を見開き、身体を小刻みに震わせ始めた。自分の犯した取り返しのつかない失態を後悔しているのだろう。だが、彼女は悪くないのだ。光姫は日常的に能力を行使しても、メイサがそうであるように、些細な能力ならば感知されないという情報を初めて知った。目の前の彼女も、きっと昔から日常的に能力を行使していたのだろう。しかし長い間彼女と身近にいたというのに、その些細な変化に気づけなかった。能力者は能力を行使してはならないと絶対的に親に言いつけられていると思っていたが、実はそれは光姫の家が当主の家系だったからなのだろう。世の中の実態を知らなかった、全ての責任は光姫にある。
光姫は口をぱくぱくさせ、紡ぐ言葉が見つからない様子の少女の腕を掴み、乱暴に立たせた。少女は困惑している様子だったが、光姫がその腕を引っ張って歩き出すと、彼女も引きづられるようにしてついて来た。光姫は彼女を人のいない場所へ連れて行こうとし、ちょうどいい場所を見つけた。それは女子更衣室だった。この学校の女子更衣室は体育館の真下に位置し、屋外にあるのだ。光姫はそこへ少女を連れ込んだ。
「今から私がハンターの気を引いて学園外へ連れ出すので、あなたは決して、ここを動いてはいけません。その前に、私があなたに光のシールドを張りますので、あなたは能力者だとバレることはありません。ともかく、あなたはここを動かないこと。よろしいですか?」
光姫は女子更衣室の中に少女を連れ込み、一番奥へ足を運んだ。そして、相変わらず一言も発さない彼女にそう言い聞かせた光姫は、最後に彼女に確認を取る。
すると、彼女は光姫にそう言われ、なぜだか後ろめたそうに狼狽えた。
(…?)
なぜか、光姫にはその彼女の狼狽が、ハンターに捕まるという焦りとはまた別に、何か他の要因によるものだと思えた。自分の行動に気が咎める、そんな顔つきをしていた。
(私を一人で行かせることを、疚しく感じているのかしら…?)
どこか釈然としないが、光姫は思い切って考えを振り切り、手際よくシールドを張った彼女に背を向けた。そして、そのまま廊下へと出た後、早歩きで部屋を後にした。
「ご、ご当主様! あの、僕っ、この部屋はちょっと…っ。」
そのため、光姫はその後に告げられた彼女の言葉に気づくことはなかった。
もちろん、〝彼女〟の一人称が〝僕〟だったこと、また、その声が紛れもない男性特有の低い声だったことにも。




