時計の針には君と僕
僕は自分を好きになった。
「大人…か…。」
「二十歳って言われても全然実感が湧かないって顔をしているね。」
「君は相変わらず大人には見えないけどね。」
「二十歳で大人になった気でいる君に言われたくはないなぁ?」
悪戯に笑いながら顔を見つめてくる君と、つい冷たくあしらって目を逸らしてしまう僕。自分の気持ちと違う行動をしてしまう僕は、まだまだ子どもなんだなって思い知らされる。少し、頬が緩む。
大人になりたいとずっと願っていた僕は、もうそこにはいなかった。
感傷に浸っていると、君の声が聞こえた。
「───もうこんなに時間が経ったんだね。」
「どうしたのさ。急に。君らしくない。」
「なにさ。私の真似でもしているの?どうせわかっているくせに。」
確かに理由は知っていた。でも、悪戯のつもりなんかじゃない。ただ君の言葉で聴きたかったんだ。今、どんな気持ちなのか。その気持ちからどんな言葉を織るのか。答え合わせをしたかった。僕には君の心を読むことができないから。
「別にいいだろ?最後の子どもからのわがままだと思って教えてくれよ。」
「………」
ずっと上を見ている。まるで遠い昔に住んでいた故郷がある方角を見るように。ずっと上を見ている。
「寂しいからだよ。」
僕も上を向いてみた。
少しでも、君と同じところを見ていたかったから。
少しでも、君と同じことを考えたかったから。
でも、なにも変わらなかった。なにも、分からなかった。
続けて君が言う。
「もちろん、君とお揃いになれて嬉しいよ。子どもと大人っていうのは、はっきりと区別できるような明確な境界線はない、曖昧な関係なの。でもね、はっきりと違う何かがある。私にも分からない。やっと今私が見ている景色や感情を共有できるようになったのに、もうこれからは…。」
「うん。」
「もう、これからはできないからだよ。」
「───教えてくれてありがとう。」
彼女はいつも僕の心を見透かすように喋る。彼女は僕の脳の中で生まれた、幻覚と幻聴の子どもなんだから、当たり前なんだけどね。
少し昔の話をしてもいいかな。興味がないなら聞かなくて大丈夫だよ。
この先の文章に、これ以上のオチなんてないから。ただの自分語りさ。
僕はお父さんを知らないんだ。少なくとも、僕の記憶の中にお父さんという存在はいなかった。理由は知らない。だって聞いてないから。もともと僕はお母さんの体の一部だったんだ。それくらいはわかる。きっと、お母さんは僕の記憶を羨ましく思うような記憶を持っているということ。
たった一人、たった独りで僕を育ててくれていたお母さんはとても忙しかった。朝、僕が起きるよりも早く起きて家事をしながら僕に温かいご飯を作り、まだ幼い僕を幼稚園まで連れて行く。その後、一つ目の仕事をこなし、夕方空が赤く染まりだす頃に一度僕を迎えに行く。家に帰ると休まずに、ご飯を用意して二つ目の仕事に出かけ、僕が寝る少し前に帰ってきて、一緒に寝る。お母さんに休日はなかった。そんなお母さんが大好きだったし尊敬していた。
僕は一人の時間がきっと他の人より少しだけ多かったと思う。寂しかった僕は一人の人間を生み出したんだ。何でも知っていて、少しイジワルなお姉さん。今考えると、甘えたかったんだと思う。子どもながらに、お母さんに気を遣ってしまっていたんだ。お母さんと過ごしていたはずの時間を、君と過ごした。
あの日は台風だった。久しぶりにお休みになったお母さんと一緒にご飯を食べていた時の会話だ。
「いつも一人にさせてごめんね。普段ママがいないとき、どんな風に過ごしているのか教えてくれる?」
「ぜんぜんだいじょーぶ!!あのね──」
ここからの会話は思い出せない。次に思い出せるのは、酷い顔で泣きながら地面に頭をつけ謝罪をしている一人の女性だった。僕を強く抱きしめ、何度も何度もごめんねと繰り返していた。あの時の体の痛みを忘れない。忘れられない。大好きなお母さんを泣かせてしまったということしか当時の僕にはわからず、僕も泣きながら謝っていた。僕が初めて君の正体を知った時だった。それ以来、君のことは誰にも話していない。
こうやって昔を思い出してみると、あの頃理解できなかったことが今なら理解できる。ただ年齢を重ねただけじゃない。君とお揃いになっていっているから。何でも知っている君と一つになっていっているから。僕は大人になったんだ。今日、二十回目の誕生日を迎えて。
「「今までありがとう。大好きだったよ。」」
二つの音が頭に響く。僕の声と君の声。僕の鼓動と君の鼓動。僕の息と君の息。
時計の針は十二を指し、一つとなった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
初投稿なのでめちゃ不安でしたが、楽しんでいただけましたか?
あ、紹介が遅れました。初めまして。不謎とかいてふめいと読みます。
これは二十歳になるときに記念として書いたものです。
二十歳って言われても全然実感が湧かないし、これと言って何かが大きく変わる訳でもない。
子どもと大人の違いって何だろうって考えていたら思い浮かびました。
なので、結構いろんなところに大人なのに子どもみたいなところや、子どもなのに大人みたいなところを主人公の僕には出してもらいました!
これからも投稿していくので、良かったらいいねとか感想とかしてくれると嬉しいです!