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1945

作者: 羽生河四ノ

 1945年は、太平洋戦争、第二次世界大戦が終戦、終結した年です。今はもう死んでしまいましたが、むかし家、実家に暮らしていた時、祖母がおりまして、その方は戦争を体験した方でした。

 その祖母には一つすべらない話がありました。

 すべらない話なんて書くと、あれですけども。不謹慎極まりないとは思うんですけども。でも、実際そうだったんです。私からしてみたら。

 祖母のすべらない話。それは戦中、終戦間際の話でした。

「私と他の少人数の人達は空襲から逃げるために、線路を走って逃げた」

 というものでした。その時、祖母はお腹の中には父が居たのだそうです。

 私は子供の頃、祖母にそれを聞かされていました。それからも事あるごとにその話が祖母からもたらされていました。仏壇と仏間にはある遺影が、一枚、軍隊服を着た様な方の遺影がありました。

 私はそれを自分の祖父だと思っていました。

 若い、まだ幼さが残る、でも精悍な顔立ちをした写真でした。

 その方は戦地に赴いて戦死されたそうです。勿論私は会った事が無いです。話した事もありません。どういう方、どういう性格で、どういう話し方なのか、一つも知りません。当たり前のことですが。

 祖母のすべらない話。

「私と他の少人数の人達は空襲から逃げるために、線路を走って逃げた」

 というのは定期的に、周期的に祖母の口から聞かされていました。その話を聞いた後、その祖父の写真、遺影を見ると、さすがの私でも、ああ、大変だったのだなあ。という気持ちになりました。

 この、

 私ですら、何度となく聞いていた記憶がある祖母の、

「私と他の少人数の人達は空襲から逃げるために、線路を走って逃げた」

 というすべらない話。

 私がこうだったのですから、父は子供の頃から、更に、もっと何度となく聞かされいたのかもしれません。

 今となっては確認の仕様も無いのです。祖母は勿論、父も死んでしまいましたので。

 だから、今となってはもう確かめようも無くて、でも、なんか、なんとなく父にその事を聞いてみたかったなあと、今は思います。父が死んでしまったから思うのかもしれません。

 平成のある時、家、実家にあった使われていない部屋、田舎の家だったから無駄に部屋数があったのです。二階の使われてなかった一室を、物置みたいになっていた部屋を整理して使えるようにしました。姉が自分の部屋が欲しくてそのような事になったみたいです。私はまだ、糞みたいな子供だったので自分の部屋をねだった記憶はありませんから。

 その部屋を整理して使えるようにして、ブラウン管のテレビを置いて、その時にビデオデッキが導入されました。それは我が家で初めてのビデオデッキでした。

 私は勿論、姉も、興奮しました。

 面白い番組が録画できるんだ。何度も楽しめるんだ。そういう興奮でした。あと近所にレンタルビデオ店があったのです。それが利用できるんだ。私達は興奮のるつぼでした。

 そして、父にもそういう感じがあったのは否めません。

 今にして思うと。

 そもそも父が、ビデオという文明の利器の導入を怖がっていた。面倒が増えると拒んだ。拒否っていたのですが。でも彼は入ったら、導入したら受けれ入れる人でもありました。

 当時、金曜、土曜、日曜日と、夜の九時から映画が放送されていました。私はダイハードが放送される度に観ていました。あとジュラシックパークも放送される時も観ていました。

 父の仕事は月曜日が休みでした。彼はある時から私にその映画を録画するようにという指令を与えるようになりました。

 朝、新聞を見て、今日の映画を録画するのだ。と父。

 はい、分かりました。と私。

 私は週末の度に映画を録画しました。それを父が月曜日に見て、これは消していい。これは残すように。という取捨選択をします。消していい映画は次の週の映画の録画に使われます。

 そうして私は沢山の映画を録画しましたし、あと観ました。でもまあ、当時の私はまだ糞みたいな子供だったので、何も理解していなかったと思います。ゴジラとかでも、ゴジラが戦うシーンしか興味ない感じでしたから。

 そんな事を繰り返す中で、父は、何か、どこかのタイミングで、何かの刺激を受けて、記憶の尻尾を掴んだとでもいうのか、ある時、私に、

「レンタルビデオ店に行ってポセイドン・アドベンチャーを借りてこい」

 という事を指示しました。

 《ポセイドン・アドベンチャー》

 他人がどういうのか、どう思っているのかわかりませんが、日本では1973年に公開された海洋アドベンチャー映画の傑作です。

 借りてきて父と一緒に見たのですが、何もわからない子供の頃の私でさえ、その様には圧倒されたという記憶があります。

 子供の頃の、他人を思いやれない、自分勝手な私でさえ、リンダ・ロゴの事に関しては心が痛みました。

「ここまで来て。ここまで来たら、もういいじゃないか」

 そう思いました。

 父は何も言わずに観ていました。私はそんな父の背中を見ながら、ポセイドン・アドベンチャーを観ていました。

 猫背の父。彼は、父は映画を観る時いつも猫背になりました。上の方はなだらかだけど、下は突然急斜面になって滑落の恐れがある。そんな背中。

 父は映画を観終わると、トイレに行きました。私はビデオの返却の為に巻き戻しを行いました。

 その後、父とポセイドン・アドベンチャーの話をしたりはしませんでした。何かしら話はしたのかもしれませんが記憶にはありません。込み入った話はしてないと思います。

 ポセイドン・アドベンチャーが父にとってどういう映画なの知りません。公開当時映画館で観たのかもしれません。あるいは誰かと誰かの家でビデオで観たのかもしれません。

 そういう話は一切してません。父と私はそういう感じだったんです。もっと後年になると、私も多少、知恵を、姑息な知恵をつけていましたし、父も丸くなった感じがあったので、観た映画の話をした記憶はあります。タイタニックの話とかはしました。

「俺は、あそこがよかったな」

「楽団が沈む間際まで演奏してた所でしょ」

「そうそう。よくわかったな」

「だって親子だもん」

 私もあそこが良かったと思うもん。

 でもポセイドン・アドベンチャーの話はしてません。

 今年のなろうの秋歴、秋の歴史は、分水嶺というテーマです。

 分水嶺というテーマを見て、何か書けないかと考えた時、祖母のすべらない話を思い出しました。

「私と他の少人数の人達は空襲から逃げるために、線路を走って逃げた」

 だから、祖母は助かった。それは分水嶺と言えるのかもしれない。

 そう思いました。

 そしてそれに伴って、父とのポセイドン・アドベンチャーの事も思い出しました。

 ポセイドン・アドベンチャーの序盤、転覆した船内で、船底 (客船が転覆したので船底が上になる) に行って救助を待とうという少数の人間とそのままそこに留まって救助を待つという大多数の人間に分かれます。船底に向かう主人公一行が最後の説得をしている時、爆発が起こってその場所に海水がなだれ込みます。皆が助けを求めますが、どうする事も出来ません。

 これもまた分水嶺、分かれ道だったのではないか。

 そしてそう考えた時、なんとなく祖母の話と似ているような気がする。そう思ったのです。行動したために、空襲から逃れるために線路を走って逃げて助かった祖母。船底に向かうポセイドン・アドベンチャーの主人公一行。

 今になって、もう父は死んでしまって出来ないのですが、彼とポセイドン・アドベンチャーの話したいなあって思うんです。

 父と話がしたいなあって思うんです。

 祖母の話に影響を受けてお父さんはポセイドン・アドベンチャーが好きなんですか。

 それを聞いてみたいなあと思うんです。

 ちなみに無粋な話ですが、デイ・アフター・トゥモローでは、行動する。ここから移動しようって言った方が死にます。凍死します。

 あと、父が死んだ時に知ったんですが、ずっと祖父だと思っていた仏壇、仏間の遺影のあの人は祖父ではないそうです。

 じゃあ誰なのか。その時に母親に聞いたんですが、お酒飲んでたので聞かされた話の内容は覚えていませんし、なんか複雑な話でよく分かりませんでした。

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歴史の流れの分水嶺は色々ありますが、個人の歴史となると、二択三択から選ぶ機会は数多くとも、本当の意味での分水嶺というのは少ないと思います。太平洋に流れる筈だった水を、無理やり尾根を越えて、大西洋に流す…
お祖母様の話が印象的ですよね。線路を渡って逃げなければ祖母助からない➡祖母に宿していた父も死んでいた➡主人公産まれてない(或いは他の両親の元に別人として成れた) まさに歴史を感じさせるヒストリーなス…
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