第2話 水師と尚書
「尚書が神気を放っているのは、神気をコントロールできぬが故であろう。神気というものは戦機が熟する時を待ち放ってこそ敵情把握の効果を発揮するのじゃ。それに尚書は女、さすがに戦場に赴かせる気にはなれん」
「しかし、我こそはと名乗り出る水師がいないのも事実にございます」
ここにいるすべての水師が既に「連合艦隊 布哇攻撃計画案」の中身を知っており、南雲中将率いる機動部隊は奇襲であれ強襲であれ、2波にわたる攻撃隊を時間通りに繰り出し、部隊回収後は早々に戦場離脱を図ることになっていることも知っているのだ。
まったく戦機判断の介するところの無い作戦であるため、面白味に欠ける、神機妙算を発揮できないと考える水師が多いのも無理はない。しかも、勝ち戦とも負け戦ともつかない戦いを舌先三寸で大勝利をおさめてこいと言われれば誰しもが二の足を踏む。
「支那事変の際に十二試艦上戦闘機(のちの零戦)の敵地要撃戦の指導に出向いた尚書のおかげで零戦隊は一機の損失もなく、敵戦闘機隊を全滅、味方は全機帰還となった事例もございます」
味方は全機帰還の言葉に誘われるかのように伏見宮は視線を戻す。
「ほう、その時の尚書は名をなんという?」
我が意を得たりと実継は答える。
「はい、名を東郷チハヤと申します。神気あふれるさまは泉下一にございます。彼女の神気は天に通じて護りを固めるものにございますれば、今回の任にうってつけかと存じます」
「しかし、これまでの戦場とハワイ作戦とでは規模が違い過ぎよう。また、指揮官も南雲中将と格が違う。相手に気圧されて何も言えないようでは適任とはいえぬじゃろう。一度、この水師営に呼んで首実検といこうではないか」
さにあればと、実継は尚書殿へ使いをやって東郷チハヤを呼びに行かせた。