国王ハリーク
夜が明けようとも、この地下まで陽射しはこない。
暗い王家の墓地に、ハリークは佇んでいた。
イシュヴァの遺体は、すみやかに戻された。今度こそ、静かに眠りにつくことを、関係者は願っているだろう。
そこへ、灯りが揺れる。
やってきたのは、ランプを掲げたライルだった。
「ケイヴィラ様から、あなたがお呼びとうかがったので、やってきましたよ、職業詐称の墓守さん」
「詐称などしてはおらんよ。墓守だとも。まぁ、役職ではないがな」
ハリークは振り向きもせず、聞いた。
「ケイヴィラは知っているのだな」
ライルはその問いの正確な意味を、理解していた。
「――ええ」
「ケイヴィラが夢を見た話は聞いている。あの子は、見た夢すべてをわたしに告げてくる」
数ヶ月前、ケイヴィラは旅に出ると突然言い出した。出たいではなく、出ると言ってきたのだ。
夢を見たのだと言って。東のほうへ行くと、いいことがあるのだと言って。
「魔力を持った王族はいるが、魔神王との約束を果たせそうなものが、ここしばらくいなくてな。ケイヴィラはそれを、わたし以上に案じていた」
ケイヴィラの邸には、魔神たちが集まって来る。
「あの、アークという家令は、ケイヴィラ様の使い魔なんですか?」
「ああ。幼かったケイヴィラを気に入ったらしくて、そうだな、もう三十年ほどか、ずっとあの子を守ってくれている。魔神を仲介するのも、アークだ。けれど、ケイヴィラに、封魔の力はない。いつまでもあの家を魔神だらけにしておくのも、アークがいい顔をしなくてな」
気に入った、という以上、ケイヴィラに対してそれなりに独占欲があるのだろう。アークはよく我慢していると言えるかもしれない。
「そんな中、夢を見たのだそうだ。そうして、おまえを見つけてきた」
「そうだったんですね」
偶然にしては、おかしなことだと思っていた。国王の妹が、やってくるような村ではない。
「おまえの父は、なんと名乗っている?」
「……サヒード、と」
ふ、とハリークは声を漏らした。
「偽名を使うなど、ふざけたことをするようなやつではなかったか」
そうしてハリークは、ライルをまっすぐに見る。
「おまえは王位を望むのか?」
「望めばくれるんですか」
「初代王の約束を引き継げるのなら」
「おれも親父も、望みませんよ。そもそも、国が欲しければ新しく作ればいい。乗っ取る必要などない」
「……もっともだ」
「申し訳ありません、と。伝言です」
「何に対する謝罪だろうか」
「ここにとどまった場合、防げた諸悪に対して」
「出奔してから救った命は、救えなかっただろう」
ハリークの言葉に、ライルが沈黙する。
父からその身のことを聞かされたとき、父はまさに同じことを言っていた。ライルはそんな父を、誇りに思っている。
「あの魔法書は、お返しするべきでしょうね」
「構わん。わたしにあれを読むことはできん」
「しかし、バーティン殿下には」
「バーティンにも、魔力はない」
「……」
「カビーカジュが守るあの本は、いましばらく、預かっておいてくれ」
「それは、構いませんが……」
「この度の件、礼を言う」
そして、ハリークは踵を返し、ライルも明るい地上に向かって階段をのぼっていく。
「王宮内の図書室に、医学書がある。写本を許そう。許可証をケイヴィラに渡しておく」
「ありがとうございます」
「で? おまえは魔術師ではないのか?」
「本業にする気はありませんが、副業になりつつありますね」
そうか、と感情の読めない相槌に、ライルはハリークにひとつ、尋ねた。
「アイフェ――王女に、使い魔をつけたのはなぜですか?」
ハリークは深く息を吐いた。
「魔神王は、国王の使い魔だと言われるが、そうではないのだよ、実際は」
ライルは小さく首を傾げ、続きを待った。
「立場は対等なのだ。魔神王である女魔神ダーリアは、自分の一族すべてが魔神の国へ渡っていないことを気にしていた。初代王はダーリアと約束したのだ。魔神を傷つけることなく、魔神の国へ渡そう、と」
「魔神王は、なぜ渡らなかったんですか。初代王の言葉を信じていなかった?」
いいや、とハリークは首を横に振る。
「初代王がその約束を果たすには、ダーリアの力が必要だった。それは二人が一番よくわかっていたことだ。初代王は人間で、命には限りがある。ダーリアは、一族を信頼する部下に任せ、この世界に残った。すべての魔神を、無事に魔神の国へ渡らせるために。だから、ダーリアは国王の使い魔などではないのだ。言うなれば、同志だろう」
「しかし、この国の民は、そう思ってはいませんよ」
「ああ。だが、強大な魔神を扱う強力な魔術師が王だと信じて、人々は安らかだろう?」
「……詭弁に聞こえなくもありませんが、まぁ、気の持ち用ということもありますね、確かに」
病人や怪我人も、気力が萎えればますます悪化していく。反対に、気力が充実していれば、思いの外の回復力を見せることもある。
すべて気力で片が付くような世界ではないが、大切なことでもあるのだろう。
「アイフェにダーリアをつけたのは、アイフェを守りたかったからだ。イシュヴァが、あれほど暗い感情を持つとは――持っているとは思わなかった。アイフェのことはすべてイシュヴァに任せていたが、あの子が苦しんでいることには、ファラーシャに言われるまで気づかなかった」
ダーリアはこの国の大臣であったことも、一市民であったこともある。常に、王の傍らに控えているわけではない。何か事があれば、すぐに参じてくれはするが。
「だから今回は、アイフェの友人になって欲しいと頼んだのだよ。あの子は、いつもひとりだったようだから」
東屋を出て、ハリークが改めてライルを振り返る。
「あの子が魔力がないことを嘆いているのは知っている。わたしにも、そういうときがあったからな。だがいずれ、それを受け入れるだろう。わたしと同じように」
ライルは微笑んだ。
この王は、決して弱音を吐かないだろう。
父がよく言っていた。自分が弱さを見せれば、みなが不安になると。
自分自身すら誤魔化して、この人は生きているのだろうか。
アイフェはきっと、父親に似たのだろうと思う。
「あぁ、ライル」
「はい?」
返事をしながら、自分は名乗っただろうかとライルは思うが、すぐにどうでもよくなった。
「わたしの娘を泣かせたら、誰であろうと許さぬ」
不器用な父は、それでも娘を大切に思っているのだ。いつかきっと、その心が通うことがあるだろう。
「……肝に銘じておきます……」
ハリークは、まるで天敵でも威嚇するかのような笑みを口元に刻んだ。




