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王女と魔術師  作者: ねむのき新月
第六章
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国王ハリーク

 夜が明けようとも、この地下まで陽射しはこない。

 暗い王家の墓地に、ハリークは佇んでいた。

 イシュヴァの遺体は、すみやかに戻された。今度こそ、静かに眠りにつくことを、関係者は願っているだろう。


 そこへ、灯りが揺れる。

 やってきたのは、ランプを掲げたライルだった。


「ケイヴィラ様から、あなたがお呼びとうかがったので、やってきましたよ、職業詐称の墓守さん」

「詐称などしてはおらんよ。墓守だとも。まぁ、役職ではないがな」


 ハリークは振り向きもせず、聞いた。


「ケイヴィラは知っているのだな」


 ライルはその問いの正確な意味を、理解していた。


「――ええ」

「ケイヴィラが夢を見た話は聞いている。あの子は、見た夢すべてをわたしに告げてくる」


 数ヶ月前、ケイヴィラは旅に出ると突然言い出した。出たいではなく、出ると言ってきたのだ。

 夢を見たのだと言って。東のほうへ行くと、いいことがあるのだと言って。


「魔力を持った王族はいるが、魔神王との約束を果たせそうなものが、ここしばらくいなくてな。ケイヴィラはそれを、わたし以上に案じていた」


 ケイヴィラの邸には、魔神たちが集まって来る。


「あの、アークという家令は、ケイヴィラ様の使い魔なんですか?」

「ああ。幼かったケイヴィラを気に入ったらしくて、そうだな、もう三十年ほどか、ずっとあの子を守ってくれている。魔神を仲介するのも、アークだ。けれど、ケイヴィラに、封魔の力はない。いつまでもあの家を魔神だらけにしておくのも、アークがいい顔をしなくてな」


 気に入った、という以上、ケイヴィラに対してそれなりに独占欲があるのだろう。アークはよく我慢していると言えるかもしれない。


「そんな中、夢を見たのだそうだ。そうして、おまえを見つけてきた」

「そうだったんですね」


 偶然にしては、おかしなことだと思っていた。国王の妹が、やってくるような村ではない。


「おまえの父は、なんと名乗っている?」

「……サヒード、と」


 ふ、とハリークは声を漏らした。


「偽名を使うなど、ふざけたことをするようなやつではなかったか」


 そうしてハリークは、ライルをまっすぐに見る。


「おまえは王位を望むのか?」

「望めばくれるんですか」

「初代王の約束を引き継げるのなら」

「おれも親父も、望みませんよ。そもそも、国が欲しければ新しく作ればいい。乗っ取る必要などない」

「……もっともだ」

「申し訳ありません、と。伝言です」

「何に対する謝罪だろうか」

「ここにとどまった場合、防げた諸悪に対して」

「出奔してから救った命は、救えなかっただろう」


 ハリークの言葉に、ライルが沈黙する。

 父からその身のことを聞かされたとき、父はまさに同じことを言っていた。ライルはそんな父を、誇りに思っている。


「あの魔法書は、お返しするべきでしょうね」

「構わん。わたしにあれを読むことはできん」

「しかし、バーティン殿下には」

「バーティンにも、魔力はない」

「……」

「カビーカジュが守るあの本は、いましばらく、預かっておいてくれ」

「それは、構いませんが……」

「この度の件、礼を言う」


 そして、ハリークは踵を返し、ライルも明るい地上に向かって階段をのぼっていく。


「王宮内の図書室に、医学書がある。写本を許そう。許可証をケイヴィラに渡しておく」

「ありがとうございます」

「で? おまえは魔術師ではないのか?」

「本業にする気はありませんが、副業になりつつありますね」


 そうか、と感情の読めない相槌に、ライルはハリークにひとつ、尋ねた。


「アイフェ――王女に、使い魔をつけたのはなぜですか?」


 ハリークは深く息を吐いた。


「魔神王は、国王の使い魔だと言われるが、そうではないのだよ、実際は」


 ライルは小さく首を傾げ、続きを待った。


「立場は対等なのだ。魔神王である女魔神ダーリアは、自分の一族すべてが魔神の国へ渡っていないことを気にしていた。初代王はダーリアと約束したのだ。魔神を傷つけることなく、魔神の国へ渡そう、と」

「魔神王は、なぜ渡らなかったんですか。初代王の言葉を信じていなかった?」


 いいや、とハリークは首を横に振る。


「初代王がその約束を果たすには、ダーリアの力が必要だった。それは二人が一番よくわかっていたことだ。初代王は人間で、命には限りがある。ダーリアは、一族を信頼する部下に任せ、この世界に残った。すべての魔神を、無事に魔神の国へ渡らせるために。だから、ダーリアは国王の使い魔などではないのだ。言うなれば、同志だろう」

「しかし、この国の民は、そう思ってはいませんよ」

「ああ。だが、強大な魔神を扱う強力な魔術師が王だと信じて、人々は安らかだろう?」

「……詭弁に聞こえなくもありませんが、まぁ、気の持ち用ということもありますね、確かに」


 病人や怪我人も、気力が萎えればますます悪化していく。反対に、気力が充実していれば、思いの外の回復力を見せることもある。

 すべて気力で片が付くような世界ではないが、大切なことでもあるのだろう。


「アイフェにダーリアをつけたのは、アイフェを守りたかったからだ。イシュヴァが、あれほど暗い感情を持つとは――持っているとは思わなかった。アイフェのことはすべてイシュヴァに任せていたが、あの子が苦しんでいることには、ファラーシャに言われるまで気づかなかった」


 ダーリアはこの国の大臣であったことも、一市民であったこともある。常に、王の傍らに控えているわけではない。何か事があれば、すぐに参じてくれはするが。


「だから今回は、アイフェの友人になって欲しいと頼んだのだよ。あの子は、いつもひとりだったようだから」


 東屋を出て、ハリークが改めてライルを振り返る。


「あの子が魔力がないことを嘆いているのは知っている。わたしにも、そういうときがあったからな。だがいずれ、それを受け入れるだろう。わたしと同じように」


 ライルは微笑んだ。

 この王は、決して弱音を吐かないだろう。

 父がよく言っていた。自分が弱さを見せれば、みなが不安になると。

 自分自身すら誤魔化して、この人は生きているのだろうか。

 アイフェはきっと、父親に似たのだろうと思う。


「あぁ、ライル」

「はい?」


 返事をしながら、自分は名乗っただろうかとライルは思うが、すぐにどうでもよくなった。


「わたしの娘を泣かせたら、誰であろうと許さぬ」


 不器用な父は、それでも娘を大切に思っているのだ。いつかきっと、その心が通うことがあるだろう。


「……肝に銘じておきます……」


 ハリークは、まるで天敵でも威嚇するかのような笑みを口元に刻んだ。

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