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王女と魔術師  作者: ねむのき新月
第五章
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棺の傷

 目覚めたのは、暗闇の中だった。

 自分の寝台に寝ていると、すぐにわかった。

 ミアが枕元で座り込んで眠っている。ランプの灯りがちらちらと揺れていた。


 気を失ったのかと、ようやく理解した。自分がそれほど柔な神経をしているのだとはじめて知って、自嘲する。

 そうして、涙が頬を伝っていくに任せた。


「声を上げたほうが、すっきりしますよ」


 密やか声に、思わず涙も止まる。


「目が覚めたんですね。安心しました」


 そこにいたのはライルだった。


「あ、あなた、ここで、何を――」


 王女の寝室だ。年頃の娘の寝姿だ。


「ミアさんがあなたを案じて、ぼくを引き留めたんですよ」

「あなたの、額の傷は?」


 ライルは軽く目を見張り、小声で応じる。


「軟膏を塗りましたよ。それより、すみません。魔神は、結局エーフには捕らえられなかったんです。途中で巻かれてしまったようで」


 そもそも昼日中に出てくる魔神というものは、とても珍しいものなのだが、それが消えてしまうというのも、実は不思議なことなのだ。

 近くに、術者がいたのかもしれない。


「エーフが戻ってきたので、ケイヴィラ様のところまでぼくの荷物を取りにいかせたんですよ。それで、ぼくの怪我は治療済みです」


 前髪を持ち上げて、ライルは額をアイフェに見せる。しかし、そこはまだ赤黒く見えた。


「それ、でも、血じゃないの……?」

「ああ、紫草という薬草の根で作った軟膏なんですよ。赤い色の薬になるんです」

「そう……」

「ミアさんも寝ずにあなたの看病をするといっていたんですが、睡魔には勝てなかったようですね」


 ミアらしいと、小さく微笑む。


「眠らせておいてあげて。クイサは?」

「クイサさんもミアさんと張り合って起きていようとしたんですけどね、あなたの足下のほうで眠っていますよ」


 そっと視線を移すと、クイサの体が見えた。


「クイサがよくあなたをここに残したわね?」

「この部屋には絶対に入るなと言われました」


 そうライルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「イシュヴァ様の大事な姫君に、おまえのような馬の骨が近づくなどもってのほか――って」

「ご、ごめんなさい……」

「あぁ、謝らせようと思ったんじゃないんですけど……」


 そっとライルの指がアイフェの目元をすべる。しかし、長いまつげに名残をとどめた、涙のあとをなぞるだけだ。


「……何……?」

「あなたは、少しがんばりすぎなんじゃないですか?」

「そんなことないわ。足りないくらいよ。まだまだ、全然」


 青年は、それ以上追求しなかった。


「喉は渇いていませんか? お腹は?」

「お腹は平気だけど、お水は欲しいかしら」


 そう言うと、ライルはいそいそと水差しと杯を持ってくる。


「起きあがれますか」

「平気よ。気絶するなんて、人生はじめてだわ」


 自分で冗談めかして言いながら、身を起こす。

 それでもライルはアイフェの背中をそっと支えた。

 その逞しさに、アイフェは我知らずほっと息を吐く。


「ありがとう」

「写本師五人分ですからね」


 アイフェは寂しげに微笑んだ。


「そうね……。あなたには働いてもらわなくちゃね」


 そうしてライルが何か言う前に、アイフェが口を開いた。


「少し、眠るわ。あなたは、ちゃんと布団とかもらった?」

「大丈夫ですよ。しばらくしたら、ケイヴィラ様のとろこに戻ります」

「そう」

「お休みなさい」

「うん……」


 アイフェは目を閉じた。しかし夜明けまで、少女が眠ることはなかったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 きっと、人前では泣けない少女なのだろうと、ライルは思う。

 王女とはいえ、悩みはもちろんあるのだろう。それは庶民とは違うかもしれないが、同じかもしれない。


 マムッドに触れられた腕をさすってやりたかった――と思って、ライルははっとする。もしかしたら、抜けられないところまで来てしまっているのだろうか。

 自分の感情を持て余し、ぐしゃぐしゃと髪をかき上げながら、以前迷い込んだ王家の墓所を目指していた。


 迷わずそこへついたことに、ライルには特に感慨はない。

 自分が方向音痴だとは思っていなかった。何か意味があるのだろうと、いつも思っていたからだ。

 そしてそれは、父にも言われていることだった。


 夜明け前の墓所は静まり返っている。真夜中に昇った爪の先のような細い月が、かすかな姿を天空に浮かべていた。


 天園で平穏に暮らしているだろう死者の眠りを妨げる気は毛頭ない――平穏に、暮らしているのならば。


 ライルは少し離れた場所にある、墓守の小屋に目をとめる。


 物音はない。墓守とはいえ、守るべきものはここには特にないのだ。

 確かに副葬品は身につけているだろうが、王宮に忍び込み、警備の目をかいくぐり、棺を暴いてまで奪うという手間暇を考えれば、大商人の墓でも狙ったほうが成功しやすいだろう。

 ゆえに、王家の墓守はただそこにいるだけだ。

 時に掃除をし、時に供え物をし、儀式の際の細かい部分を取り仕切るだけだ。

 墓守に落ち度はないに違いない。墓泥棒を想定されている役職ではないのだ。


 ライルは足音を立てないように、東屋を下っていった。

 サヒードの棺を通り過ぎ、イシュヴァと刻まれた棺に向かう。

 薄暗いため気づきにくかったが、棺のすぐ脇の床に、新たしい傷が少々ある。


 そうしてライルは、重い蓋をずらした。

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