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王女と魔術師  作者: ねむのき新月
第一章
2/25

彼女と彼の出会い

 こんな時間にこんな辻に、用もないのに好きこのんでやってくるのは誰だろう。


 自分のことは遙か彼方に放り投げ、アイフェは建物の陰に姿を隠し、息を殺してその誰かの姿がはっきりするを待っていた。

 すると、現れたのはひとりの青年。そろそろと暗くなり視界も聞きにくくなっているうえに、遠目だったので顔立ちまでは見てとれない。


 しかしふいに立ち止まったその青年が、自分の指に口付けたと思ったら、煙が出てきて小さな魔神になったのだ。

 すぐに消えてしまったためよくわからなかったが、随分小柄だったものの、あれは魔神に違いない。


 アイフェは考えるより先に、動いていた。


 一気に駆け寄るや、青年の腕をがしっと捕らえる。まるで逃がすものかと宣言しているかのように。


「うわ。な、何――!?」

「あなた、魔術師ね!」


 腕を抱きしめるようにつかんでいるため、長身の青年をかなり見上げて断言する。薄闇とはいえ、近くで見れば、随分と整った顔立ちの青年であった。

 しかしその顔に苦笑を貼り付けて、青年はアイフェの言葉を否定しようとする。


「いや、ぼくは」

「しらばっくれないで! あたし、この目で見たもの。ミア、あなたも見たでしょ!」

「え、ええ。でもちょっとアイフェ様、危ないですって」


 見ず知らずの青年の腕を取っているだけでもだいぶ危ないというのに、魔術師だというのであれば、それどころの比ではない。

 侍女は顔色をなくしているが、女主人は頓着しなかった。


「使い魔を使う強い魔術師と見たわ。しかも王都に来たばっかりね」


 そしてミアを振り返る。


「少なくとも、首謀者ではないということよね、ミア?」

「そうでしょうけど、あの」


 そして青年がようやく口を挟んだ。


「ちょっといいですか。この怖いもの知らずのお嬢さんは、どこのお嬢さんです?」


 穏やかな問いかけだったが、ミアは言い淀む。


「そ、それは、その、ええと」


 そこへ小さな魔神が誇らしげに戻ってきた。


『ライル、見つけたぞ。ケイヴィラの邸――何やってんだ?』

「ぼくにも、よくわからない」


 この状況を一番説明して欲しいのは、この青年だったろう。

 アイフェは魔神を見てから、青年を見上げた。


「ケイヴィラ? 王妹姫のこと? あなた、叔母様のところに行くの?」

「……叔母様?」


 青年は少女の言葉を繰り返した。



 ◇ ◇ ◇



 イヴラの王宮は、朝日が当たると王宮自体がきらめいているように見える壮麗なものだ。

 その絶好の観察場所――王宮から通りを挟んだ西側に、白と青を基調とする、こぢんまりした――庶民感覚からすれば、十分に大きい――ケイヴィラの邸はあった。


 門番に訪問の意図を告げ、通された玄関で、アイフェは出てきた家令に挨拶をする。


「こんばんは、アーク。叔母様はお部屋?」


 アークはアイフェが物心つく前に、すでにこの邸の家令をしていた。齢は五十前後のはずだが、撫でつけてある髪はいまだに黒々として、体型も引き締まったままだ。その無表情も、昔から変わりない。


「アイフェ様、ご機嫌麗しゅう。ケイヴィラ様はお部屋ですが、こちらは?」


 いきなりの訪問にもそつのない対応をしているアークだったが、初見の青年にはさすがに警戒心を滲ませる。

 アイフェはふんと鼻を鳴らした。


「叔母様の知り合いだって言い張る魔術師よ。ライルって言うんですって」

「ぼくは魔術師じゃありませんよ」

「言っていればいいわ」


 そんなやりとりに何を思ったのか、アークは『少々お待ちください』と言って取り次ぎに戻る。


 そしてじきに、アークを従えたケイヴィラが出てきた。艶やかな黒髪を結い上げ、笑うと目が細くなる様が愛らしい、三十四歳の女性だ。仕立てのよい装束を纏い、両手に数本はめてある金の腕輪がしゃらしゃらと音を立てている。


「まあまあ、アイフェ。いらっしゃい。でも、こんな時間にどうしたというの?」

「叔母様、この魔術師――」


 アイフェが続ける前に、ケイヴィラの視線はライルに移っていた。


「あら、ライル、ようこそ。よかったわ。市門が閉まるのに間に合わなかったのではないかと、心配していたところだったのよ」

「とっくに都には入っていたんですが、ちょっとうろうろしていまして」

「迷ったの?」

「はぁ、まぁ、それに」


 曖昧に応じつつ、ライルはアイフェに視線を流す。

 アイフェは、ケイヴィラとライルを交互に見やって、ケイヴィラに聞いた。


「本当に、叔母様の知り合い?」

「ええ、そうよ。そういえば、アイフェ。どうしてライルと一緒にいるの?」


 これに答えたのは青年だった。


「道でいきなり捕獲されました」

「捕獲?」


 きょとんとするケイヴィラに、アイフェは正当性を主張する。


「叔母様、このひと魔術師なのよ」

「だから、違うって言ってるでしょう」

「ええ。そうなのよ。魔術師なの」


 ケイヴィラの言葉に、ライルの否定など端から無視しているアイフェが勝ち誇ったように胸を張る。


「やっぱり!」

「否定してください、ケイヴィラ様。ぼくは写本に来たんですよ」

「わかったわ。では訂正するわね。写本をしにきた魔術師よ」


 ライルはがくりとうなだれる。

 そんな青年を後目に、アイフェはケイヴィラに向いた。


「でも驚いたわ。叔母様に、魔術師の知り合いがいたのね」

「ええ。この子と、もうひとりだけね。あなた、魔術師に用があるの?」


 無邪気な問いに、アイフェは答えあぐねた末、ケイヴィラの疑問はひとまず置いて、青年に向いた。


「叔母様の知り合いなら、信用できるわよね。あたし、あなたを雇うわ」

「は? いや、ちょっと――」


 真剣な眼差しをするアイフェと困惑する青年の背後で、いきなり声が上がった。


「ぎゃあ」


 そこにいた全員の視線が声の発生源――ミアに集まる。


「ちょっと、ミア。なんて声を――」

「でででもアイフェ様――」


 狼狽えるミアの足下には、数匹の猫がすり寄っていた。

 

 にゃお。にゃーん。なーう。


 そんな甘えるような鳴き声をあげたところで、ミアは避けるように逃げまどうだけだ。


「こ、こら、おまえたち、わたしのことは放っておいて!」

「あなた猫嫌いだっけ? これって叔母様の猫?」

「いいえ、というか、猫ではないし……」


 穏やかに微笑むケイヴィラの声に反応したかのように、猫たちの姿が揺らぐ。そしてたちまち人の形を取ったのだ。どれもこれも、長身というにも大きすぎ、邸の天井につくのではないかと思われた。その巨体に、湾曲した鋭い爪を持つもの、鋭い牙を生やしたもの、蝙蝠のような羽が背にあるもの、あるいはそれらを複数備えたものがいるが、すべてに共通しているのは尖った耳だった。


「――ジ、ジ、ジジジ魔神――」


 侍女は若い女主人の肩にすがるように、腰を抜かしていた。女主人たるアイフェは、腰を抜かしこそしていないものの、呆然とした面持ちでそれらを見上げている。


 その中のひとりがケイヴィラを見下ろし、おもむろにライルに顎をしゃくった。


『これが、新しい魔術師か?』

「ええ、そうよ」

『優男だな』


 ライルを覗き込んだひとりが、そう評する。


『息も絶え絶えな老婆もいたろう』

『姿形などどうでもいいわ。役目が果たせるのであれば』

『わけのわからん魔術師に使役されるより、眠りたい』


 口々に訴える彼らを、ケイヴィラは両手を広げて示した。


「ということなので、早速で申し訳ないけれど、ライル、お願いするわ。はい、これ」


 親指大ほどのいくつかの透明な水晶の欠片とともにケイヴィラに促されて、ライルは小さく肩を上下させた。

 そしてまず、一番近くにいた魔神に声をかける。


「あなたの名前は?」

『ガドル』


 ライルは水晶に口付けた。


「おやすみ、ガドル」


 するとガドルと名乗った魔神は、水晶に吸い込まれるように姿を消した。

 それを満足そうに見た魔神たちが、次々に名乗っていく。


『おれはジーギヴ』

『ダーズ』

『ネイマよ』


 ライルはガドルのときと同じことを繰り返した。

 あっと言う間に猫も巨漢もいなくなり、残ったのはただ、ライルの掌の上にある、いくつかの水晶だけになった。

 その水晶を、ライルはケイヴィラに渡す。

 ケイヴィラは愛しそうに水晶を掌で包んだ。


「ありがとう、ライル。王宮に保管しておくことにするわ」

「……着いた早々こき使われるとは思いませんでした」

「あら、そう? わたくしは最初からそのつもりだったわ」


 穏やかな表情でそんなことを言われたライルは、なぜか諦めたように嘆息する。


「お休みなさい、あなたたち。魔神の国へ渡る、その日まで」


 そうしてアークを呼び、保管しておくように言いつける。ライルは、じっとその姿を追っていた。

 それを見ながら、ようやく我に返ったアイフェは、ぐっと拳を握った。しかし感情を押し隠すようにして、問いかける。


「叔母様、このひと、叔母様の弟子なの? あたしには魔術を教えてくれなかったのに」

「弟子ではないわ」


 ケイヴィラは困ったように頬に手を当てた。


「王家の魔術は、教えてできるようなことではないのよ。それに、厳しいようだけれど、あなたには才能がなかったでしょう。ハリーク兄王陛下にも、バーティンにも。わたくしにもたいした魔力はないもの。でも」


 ライルはケイヴィラに視線を向けられて、ため息をついた。


「だから。ぼくは魔術師じゃありません」


 その言葉に、往生際が悪いとばかりにアイフェは青年を睨むが、ライルは負けずに言い切った。


「ぼくは写本に来たので。ケイヴィラ様、許可証をください」


 しかし、ほほほ、とケイヴィラは微笑むだけだ。


「なんの許可証?」


 そう尋ねたのはアイフェで、ライルは頭ひとつ低い少女を見下ろした。


「王立図書館の入場許可証ですよ」

「図書館? 王宮内の図書室じゃなくて?」

「王宮内の図書室? それもそそられますけど、王立図書館を目指してきました」

「じゃあ、許可証なんかいらないわよ?」

「――え?」

「王宮を挟んで、ちょうどこの邸の反対側くらいにある図書館でしょ? あそこは誰でも自由に出入りできるのよ」

「ほ、保証人は?」

「必要ないわ。そんな情報、誰に聞いたの?」


 ライルはぎしぎしと音が鳴るような動きで、ケイヴィラを見やる。

 ケイヴィラは、ばれちゃったわ、とお茶目に舌を出していた。


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