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王女と魔術師  作者: ねむのき新月
第四章
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墓守

「アイフェ様、あぁ、よかった、見つかった! なんでこんな隅にいるんですか」

「ミア、どうしたの? 今日はお休みだって言ったでしょう? 仕事しないで休ん――」

「クイサさんが来てます!」


 ミアの顔からは血の気が引いている。そしてそれはアイフェにも移った。


「――クイサが、来てる?」

「もの凄く怒ってます」

「……なんで?」


 たまたま、使用を許されている王の図書館から出てきたミアを見かけたクイサは、アイフェの様子を尋ねたのだと言う。

 ミアは休みで、代理の侍女もいないアイフェが、さらに部屋にいないことに、クイサは激昂した。

 侍女もつけずに魔術師と歩き回って、刺繍の稽古も琵琶の稽古もほっぽり出してどういうつもりか。


「そ、それは、バーティンのことを……」

「わかってます。わたしはわかってますけど、クイサさんにとっては、そうじゃないんです」


 ミアの狼狽ぶりに、ライルは別行動を申し出た。


「ぼくはこのままケイヴィラ様のところへ帰りますよ。ラザーク様のことは後日考えましょう」

「そ、そうね……」


 そうしてアイフェは、ミアに連行されるように自室へ戻って行ったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 ライルは王宮内からケイヴィラの屋敷へ戻ろうとしていた。


「王女様も大変だ……」


 もっとも、おとなしくしている普通の王女様であれば、それほど大変ではないのかもしれない。


 そんな元気なアイフェと別れたのは、彼女が住む宮殿のすぐ手前だ。真っ直ぐ進めば、入ってきた使用人の通用門があり、そこから王宮を出られる。

 道は合っているはずだ。しかし、どういうわけか出口が見つからず、出口どころか、建物や整えられた緑が多くなっていた。


 それはつまり。


「迷った。エーフを呼ぶべきなのか……?」


 ひとりごちて、指輪に口を付けかけて、視界に入ってきたものに気を取られる。


「……東屋?」


 丸い屋根に、柱だけが見える。広大な庭園に東屋があっても、別に不思議ではない。都は他の都市に比べて雨が多く、比例して緑も多い。季節のよいときには、東屋で遊ぶのもいいだろう。


 しかしライルは違和感を覚えた。


 東屋というには、造りが質素であった。そういう好みで作ったといわれればそれまでだが、この庭に相応しいものではない。

 近寄っていって、東屋の影になっていた部分に気づく。

 そこには石碑が並んでいた。


「墓か」


 ここは、墓所なのだ。


 石碑には、ここに眠る歴代の王族たちの名が記されている。

 ということは東屋は、と思えば、地下に続く階段が見えた。


 ライルは引き寄せられるようにそこを下っていく。


 入り口にあった手近なランプには、灯りがともっていた。きっと墓守が毎日ここに火を入れるのだろう。いつ誰が墓参に来てもいいように。


 ライルはその火をありがたく借りることにして、階段を下りきった。


 そこには広間ほどの空間があり、真っ白い雪花石膏製の棺が二つだけ並んでいた。

 新王の即位と同時に、それまでここに眠っていた棺は、別の場所に埋められるのだ。それももっともだろう。ここに、数百年分の王族を置き続けることは不可能だ。


 つまり現国王が即位してから、亡くなった王族はいまのところ二人ということになる。


「それにしても、豪華というか、まぁ……」


 庶民の墓は質素なものだ。沙漠の民であれば墓などどこにあるのかさえわからないものだが、王族というものはそうではないらしい。


 王族の墓ならば、アイフェの母親のものもあるのだろう。

 確か、イシュヴァ妃。棺に名が刻まれているだろうか。


「……」


 寄って、確認する。まず手前に安置されていたものの墓碑名を読む。


「……サヒード……」


 墓碑を一度だけ撫でるようにして、奥へ視線を向ける。


「ということは、こっちが……」


 イシュヴァか、と思って動き出したところへ、声が降った。


「それは王弟の棺だよ。若くして死んだ」


 ライルは驚いて振り返る。


 そこにいたのは、四十代半ばの男性だった。

 ゆったりとした丈の長い衣装に、白いターバンを巻いている。細身ではあるものの、腰に下げた剣を振るう姿は、きっとしなやかで力強いのだろうと思わせた。

 整えられた口ひげを撫でる仕草はのんびりとしたものだが、ライルを見る目が笑っていない。


「ここは王家の墓だ。こんなところに、何か用なのかね?」

「いえ、ちょっと迷ってしまって」

「ほう。迷う? この中にまで入ってきて言う台詞とは思えんが?」

「すみません。東屋がどんなふうになっているのかと思って来たんですが、階段があったので降りてしまいました」


 内心の後ろめたさを隠しつつ、ライルは悪びれることはなかった。

 男性はついてこいというふうに顎をしゃくって、階段を上りはじめる。背後を振り返ることはしなかった。自分の言葉に逆らうものなどいるはずがない、とでも思っているかのように。


 地上に出て、陽射しに手をかざしたライルに、男性が問う。


「どこへ行きたい?」

「ケイヴィラ様のお邸へ帰ろうとしたんですが」


 ああ、と男性は頷いた。


「ここからなら、では北西の裏門だな。あの建物の間の道を真っ直ぐ行って、突き当たったら右へ。少し行って左手にある門がそうだ。出たら左へ真っ直ぐ進み、大きな通りに出たら右を見たまえ。真正面に見える邸が、彼女の邸だ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 頭を下げて歩き出しかけたライルは、もう一度男性を振り返った。


「ここに、墓守はいないんですか?」

「いるとも。このわたしだ」


 男性は鷹揚に自分を示す。


「……そうですか。最近、何か異変は?」

「異変? この墓地にかね?」


 男性がすっと目を細くする。


「――いえ。気のせいでしょう」


 ライルは改めて一礼し、踵を返したのである。

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