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王女と魔術師  作者: ねむのき新月
第四章
13/25

門前払い

 王妃の宮殿より、よほど豪奢な作りであった。

 金色を基調にした唐草模様の壁紙、床を覆う細かな織り目の絨毯、螺鈿細工が施された家具が並び、置いてある水差しひとつとっても黄金製だ。


 そんな豪奢な一室で、マムッドは母ディカに泣きついていた。


「アイフェが魔術師を連れていましたよ」

「なんですって?」


 それを聞くや、母はただでさえ吊り気味の目をさらに吊り上げた。少々肉付きのよいディカは、耳にも首にも指にも、これでもかというほど宝飾品をつけ、たっぷりと絹地を使った衣装をまとっている。かなり化粧は濃くなったものの、若い頃の美しかった面影がないでもない。


 息子は母の勢いに押されて身をすくめていた。


「バ、バーティンの呪いを解こうとしているようです」

「まったくあなたときたら……! 呪いなどどうでもいいのですよ。あなたがさっさとアイフェをものにしてしまえば、いいだけのことでしょう!」


 下世話な言葉に、しかし息子は拗ねたように唇を噛む。


「でも、母上。アイフェはわたしの妻になりたくないと――」

「たとえそうであっても、妻にするのです!」

「それに、バーティンが王になると……」

「呪いが解けない可能性もあるでしょう!?」


 ふんと鼻息も荒く、先程とは違う台詞を吐くディカを、マムッドは恐る恐るうかがった。


「……バ、バーティンの件は、その、母上の仕業ではないのですか……?」


 息子の疑いに、母はきっと息子を睨め付けた。


「わたくしが、バーティンを呪ったとでも言うのですか」


 その静かな剣幕に、マムッドがびくりと身を震わせる。


「で、でも、バーティンが生まれたとき」


 バーティンが生まれなければ、王位は夫ムイードに移り、そして息子マムッドが王になるはずだった。ディカは国母として、君臨するはずだった。

 バーティンが生まれて、誰より嘆いたのはディカかもしれない。


 冷や汗を流すマムッドの前で、突然、高笑いが響き渡った。


「ほほほほ。わたくしが呪うですって? くだらないことを言っていないで、アイフェを妻になさい。既成事実でも作ってしまえばよいのです。そうすれば陛下もあなたを蔑ろにはできないはずよ。もっと高い地位をくださるに違いないわ」

「は、はい」


 そしてマムッドは、ディカが持つ小瓶に気づいた。


「母上。その小瓶は? 新しい香水ですか?」

「いいえ、古いものよ。それがどうかしたの?」

「いえ。アイフェにまた贈るものかと思いまして」


 この台詞に、かっとディカが声を荒げる。


「妻にしようという娘への贈り物くらい、自分で考えてごらんなさい!」


 結局は何もかも自分で用意するくせに、母は息子を怒鳴りつけた。



 ◇ ◇ ◇



 ムイードの馬談義から解放された頃には、さすがにアイフェはぐったりしていた。

 延々続く馬の話は、アイフェにはよくわからないものも多い。しかし、笑顔で相槌を打ちつつ耳を傾けるのが、大好きな叔父への礼儀というものだろう。


 ライルは少しも苦ではなかったようだ。


「ぼくは面白かったですよ。綺麗な馬が生まれるといいですよね」


 そんなライルに尊敬の眼差しを向けて、アイフェは覚悟を決めたように言った。


「次は、ラザーク叔父様ね」

「ああ。噂の魔術師ですね」


 しかしいつものような軽口が返って来ない。

 そのまま、ライルも黙って歩く。


 城壁で囲まれたこの王宮では、王族が住まう宮殿は密集して建ち並んでいる。王の宮殿と続きになっている王妃の宮殿、少し離れてアイフェが暮らす宮殿、ムイードの宮殿。

 ケイヴィラは王宮外に邸を構えているが、ここに暮らしても問題はないのだ。

 いまは王族が少なく、宮殿も余ってはいるが、成人すればバーティンのものになる王太子の宮殿もある。


 しかし、その宮殿だけは、ひとつだけ隠れるようにひっそりと、離れて建っていた。

 窓には、優美な設えながらも格子がはめられているし、張り巡らされた門塀は高くそびえている。直立不動で佇む二人の門番は厳しい顔を崩さない。


「あ……」


 ライルが上げた小さな声に、アイフェは足を止め振り返る。


「どうしたの?」


 アイフェの向こうには小さな宮殿が見える。訝るような門番の表情まで読みとれそうな距離だった。


「いや、あ、ああ。そうか、魔法円があるんでしたね。あの建物を中心としたものなら、随分と大きい……」


 魔術師を幽閉しているのだ。念には念を入れて入れすぎということはないだろう。


「わかるの? 魔法円があるって」

「わかりますよ」


 当然だとばかりに頷くと、アイフェはふっと余所を向いた。


「……」

「何です?」

「なんでもないわ」


 アイフェは悔しさを必死で押し隠していた。

 魔力が欲しかった。魔術師になりたかった。バーティンを守れる力が欲しかった。父の役に立てるような娘でありたかった。

なのにどうして、自分ではなく、ライルにあるのだろう。


 不機嫌になったアイフェは、そのまま門番に向き合うことになった。

 しかし、門番は二人を通す気はないらしい。

 持っていた槍を交差させて、拒絶する。


「許可証のご呈示を」

「……あたしは王女アイフェよ? 姪が叔父に会うだけなのに、止めると言うの?」


 珍しく威厳を見せたアイフェだったが、門番は実に職務に忠実だった。


「陛下からのご命令でございます。誰であろうとも、陛下の面会許可証が必要になります」




 すごすごと引き下がるしかなかったアイフェを、ライルは揶揄することはなかった。


「厳重ですね」

「――そうね」


 王女という立場には絶対の自信を抱いていたアイフェは、かなり落ち込んでいたのだ、実は。こういうことにしか、使い道のない肩書きではないか。


 とりあえずアイフェの部屋に戻ろうと、王宮内を歩きながら、ライルは少女に尋ねる。


「いままで会いに来たことないんですか?」


 ばつが悪そうにしながらも、頷いた。


「ないわ。だから、許可証だなんて知らなかった。ラザーク叔父様は、ちょっと怖くて、あんまり話をした記憶もないのよ」

「怖い?」

「うん」


 ラザークは物腰も柔らかく、人当たりもいい。けれど醸し出す雰囲気が、アイフェには恐ろしくてたまらなくなることが、あったのだ。


「父様には、許可証をお願いしてみるけど、今日明日っていうのは多分、無理だと思う……」


 そもそも、一番最近父の顔を見たのはいつだろうかとアイフェは考える。

 食事をともにしたのは、ファラーシャが気を遣い、声をかけてくれたときが最後だったはすだ。あれはバーティンの立太子の儀の前日だ。


「許可証は必要でしょうけど、でも理由を言うことになるんじゃありませんか?」

「あ……」


 ファラーシャが隠そうとしていることを、アイフェが告げてしまうわけにはいかない。しかしそれでは、ラザークには会うことができない。犯人がラザークだった場合、手遅れになることもあるだろう。


 アイフェは眉を曇らせたが、ぱっとライルを見上げた。


「あなたの魔神で、なんとかならない? ラザーク叔父様のそばまで忍び込めたりとかできないかしら?」

「は……?」


 いいことを思いついたとばかりに顔を輝かせるアイフェに、ライルは気圧される。


「呼び出してみて。そういえば、あたしちゃんと見たことなかったわ」

「魔神なら、このあいだケイヴィラ様のところで封印したのを見たでしょう」

「あなたの魔神よ。小さい男の子だったわよね?」

「……単に見たいだけですね……」


 魔法円から出たあたりの大樹の陰で、ライルはエーフを呼び出した。


『何? また迷った?』

「迷ってない」


 細い煙が立ったと思ったら、声とともに男の子が現れた。その男の子の目線はライルと同じ位置にあり、足元は地についていない。


「それより、エーフ。あの建物わかる? あそこに入りたいんだけど、忍び込めるかい?」

『朝飯前』


 胸を叩くようにして請け負って、おそらくそれを実行するべく姿を消した。

 

 ややあって、『ぎゃん』という声が聞こえたと思ったら、エーフが目の前にぱっと姿を現す。


『なんだよ、あそこ! 聞いてないぞ、痛い!』

「魔法円があるんだ。かなり強力なやつ。やっぱり抜けられないか」

『先に言えよ!』


 幼い少年が涙目になっている様子に、アイフェは罪悪感を覚える。


「ご、ごめんね、大丈夫? あの、魔法円の中で呼び出してみたら、どうかしらね?」


 アイフェはライルにそう提案するが、ライルもエーフも首を横に振る。


「あの中では呼び出すこともできないと思いますよ」

『そうそう。おれはたぶん指輪から出られない。すっげーな、あれ。何が封じてあんの? って、誰こいつ? そういえば、前にも見たことあるぞ。おまえの嫁?』


 エーフはアイフェに気づいて、ライルに尋ねる。


「違う。なんだか色々飛びすぎだよ、エーフ」

『じゃ、何?』


 エーフは物珍しそうにアイフェの周辺を飛び回っていたと思ったら、くんと鼻をならした。


『……なんだか、ダーリア様の匂いがする』

「ここは王宮だからね。魔神王がいると言われている場所だよ。それに彼女は、王女様だ。魔神王と約束を交わした王様の子孫だよ」

『ふうん』


 エーフがアイフェを見ていたように、アイフェもエーフを見ていた。


「あなた、いくつなの?」


 幼い外見の魔神は、ぱちくりと目を瞬く。


「年。すごく幼く見えるんだけど、いくつなの?」

『まず年齢を聞かれたのは、はじめてだよ。いくつなのかなんて、覚えてない。ダーリア様よりは確実に若いけどな』

「ダーリア様って魔神王のことよね? あなた魔神王に会ったことあるの? どんなひと――魔神?」

「ダーリア様は美しくて強くて優しくて怖くて、綺麗で優雅で強大で恐れ多くて、それから麗しくて性格がよくて」

「あ、うん、素敵だってことはよくわかったわ」


 自分で尋ねたことだが、同じことが延々繰り返されることが予想されたので、アイフェは半ば強引にエーフの言葉を遮った。

 しかし、エーフはアイフェの言い回しが気に入ったらしい。


『おまえ、いいやつだな! ダーリア様は素敵な方なんだ!』


 小さな魔神がご機嫌で、アイフェの周囲をゆっくりと飛び回りだした。


「あたしは、アイフェというの。いま、ライルの雇い主」

『雇い主?』

「足元を見られたんだよ」

『よくわかんないけど、そうなのか』


 あまり物事を考えていなさそうなエーフに、ライルが苦笑する。


「あのね、エーフ。あたしの弟が呪われているの。それを解いてもらいたいのよ。お願い、あなたも協力してね?」


 エーフはライルを見やった。


「そういうことになったから」

『でも、おれ、人間に直接触れないぞ? 捕まえるのとかもできないぞ? ダーリア様との約束だからな』

「ああ。そうか」


 悪しき魔神ならともかく、約束の魔神王の一族であれば、人間には絶対に危害を加えることができない。


「それは、考えるよ。ただ、少し、呼び出す回数が増えると思うから、承知しておいて」

『ま、いいけど。こいつはいい奴っぽいからな』

「ありがとう!」


 エーフは子供のようににっと笑って、指輪に戻った。

 アイフェも満足そうに胸を撫で下ろしている。


「エーフはちょっと単純なところがあるんですよ」

「いいじゃない、可愛らしくて」

「まぁ、エーフが忍び込めないということはわかったので、やっぱり許可証をなんとかして手に入れないと」

「うん……。バーティンのことに触れないように、なんとか話を考えてみるわ」


 そこへ、ミアが慌てて駆けて来たのだ。


「アイフェ様!」

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