コイン
「あー……まぁ、その…………」
「…………」
「言い方は悪いが誰でも良かったのだそれにディーはあの王女よりも健康そうだからな結果的に私としては良かったと思っているぞっ」
一瞬ちらっとディートリンデを見た後、エドムントは目を逸らしたまま一息に言った。やましい気持ちを告白するかのように、息継ぎもせずとても早口で。
――健康。
この国に来てまだ半日程度であるが、すでに二、三度はエドムントの口から健康という言葉を聞いている。
華奢で見た目だけは儚げなディアーヌよりも、ディートリンデのほうが健康そうに見えるのは確かだろう。
ぽっちゃりとはいえ、既製のドレスでもぎりぎり入る位の体型で、不健康なほど太っているわけではないから。
(だけど、大国の王妃がそんな適当な選び方でいいの?それとも、覇王の力が絶大だから、王妃はお飾りでいいということ?大国だからこそ、子孫のことを考えたら、普通は繋がりや血筋というものを重んじるはず)
理由を聞けば納得できると思っていたが、別の疑問が噴出する。
どう考えても理解できずにディートリンデは難しい顔をして視線を下げてしまう。
ディートリンデの様子を窺っていたエドムントが観念したように息を吐いた。
「誰でも良いなんて納得できないよな。説明する」
そして、エドムントからディアーヌに求婚した理由が語られた。
「私がファンデエンの王女に求婚したのは、健康そうな外国人だったからだ」
ディートリンデは無意識に首を傾げていた。
スヴァルト以外の国から姫を娶れば、それはすなわち全員が外国人の王妃となる。
何か理由があって外国の姫を娶りたかったとして、数多ある国からどうして国交のなかった上に弱小国のファンデエンが選ばれたのか、その理由がわからないからだ。
「誰でも良かったというのは本当だ。最大の目的は、王家にスヴァルト人以外の血を入れること――」
スヴァルトという国は、力を強固にするために建国から血の繋がりを大切にしてきた。
時として血族結婚をも繰り返した結果、体の弱い者が生まれやすくなってしまった。
エドムントの父親である当時の王は、国内の有力貴族の令嬢と結婚したが、縁戚関係にある娘だった。
そして、生まれてくる子の多くが夭折した。その妻たちも体が弱かったので、病や出産で命を落としてしまった。
その後、スヴァルト人と血の繋がりが皆無であった従属国からやって来たエドムントの母が、三番目の妃として迎え入れられた。
そして、生まれたエドムントは無事に成長した。
エドムントの前王は、なんとか成人するまで成長できたエドムントの腹違いの兄だったが、体が弱く、普通の風邪をこじらせて十八歳の時に崩御した。
そして、後に覇王と呼ばれる若干十五歳の若き王が誕生することとなる。
エドムントは生まれてすぐに、年の近い兄との不要な継承者争いを避けるため、離宮で育った。
母の方針で、将来は兄の腹心として支えられるようにと子供のころから武術や剣術、馬術、更に魔術も叩き込まれ、幼いころから戦場に放り込まれたりもした。
結果、丈夫に成長できた。
王になってからは弱体化し始めた大国を狙う周辺諸国を逆に呑み込んでいった。
そうしてようやく周辺諸国との戦いも落ち着いて、やっと国内に目を向けられると思った矢先、今度は大臣らから『早く結婚してお世継ぎを!』と求められた。
大臣らは自分の力を強くするために自分の娘や親族の娘を用意して勧めてくるが、血によって強さを保ってきたこの国では王族と高位貴族の間にもどこかで交わりがある。
エドムントは国の存続のためにも絶対に血を薄めたい。
大臣らは自分の利益のために、自分の推薦する娘を選ばせたい。
大国の王の結婚という問題により、内政にも亀裂が入り始める。
結婚するなら他国の姫を迎え入れようと考えていたエドムントの考えなどお構いなしに、いつしか国内候補の娘が二人に絞られ、派閥ができてしまったのだ。
両派閥から掛かる圧力に、城内の雰囲気も悪くなる一方で、仮にどちらかを選んだとしても良い結果にはならない。
なにより、王家に嫁ぐのに相応しいとされる家の娘と結婚すると、また血の濃さが増してしまう。
自分の意見を無視して決定事項のように白熱する臣下たちに嫌気がさしたエドムントは、誰でもいいからスヴァルトと血の繋がりのない外国人との結婚を強行することを決意する。
世界会議で喚き散らしていた王女ディアーヌを思い出し、婚約者がいなければ婚姻の申し込みをするよう、宰相であるカルヴィンに指示をした。
外国人で、尚且つ健康そうという理由で――――
「受け継がれた血の濃さ故か視力はそれほど良くないが、私はとにかく幼いころから強くなるようにと育てられた。母のお陰で私は無事にこうして成長し、王として政をおこなえているが、また血の近い者と結婚しては次代への不安が残る」
他国の人間である必要性は理解した。
とはいえ、小国であるファンデエンが選ばれた理由や、偽者と知りながら結婚した理由はわからないまま。
「下手に近隣の姫を迎えては、均衡が崩れかねない。ファンデエンの王女を選んだ理由は、小国の姫ということもあった。スヴァルトとしてはファンデエンと縁を結んでも無益なだけだ。だが、脅威もない。何があろうとも、どうにでもできるからな」
力のある国と必要以上の結びつきを持てば、新たな争いの火種になりかねない。
だから、圧倒的な差のある小国だと都合が良い。
ただ、通常では国力に差のありすぎる小国の姫と覇王が知り合うことはない。
派閥までできてしまったのに、他国から娶るためには、何かしら自国の大臣らに説明するとっかかりが必要になる。
どこの小国の姫をどういう理由で娶ろうかと考えているとき、ファンデエンの王女を世界会議で見たことを思い出した。
世界会議では見かけただけだったが、理由としては充分だった。
さらに、都合のいいことに、そのときの従者はエドムントが信頼している者のみ。
だから、世界会議で見初めたと大臣たちには説明した。
一目惚れという理屈ではない理由で押し通した。
他に、思いつく候補がいなかったのだ――――とエドムントは話した。
「…………」
「まだ納得できないか?…………実はな――」
本気で誰でもいいと思っていたエドムントはカルヴィンに世界地図を用意させ、後ろ向きでコインを放った。
「そのコインがたまたま落ちた場所がファンデエン。ファンデエンの王女を見かけたこともあったし都合が良いと思った。そうやって決めた」
(コイン……。話を聞く限り、本当に誰でも良かったのね)
それほど適当に王妃を決めてしまえるくらい、エドムントにとっては王妃が誰であっても構わないのだろう。
「……怒らないのか?」
「とんでもないことでございます。私には怒る理由がございません」
「普通はそんなに適当に選ばれたと知ったら怒らないか?」
「そうやもしれませんが、私は身代わりの偽者でございますので」
「そうだ。身代わりだったな」
そう言ったエドムントの声には、身代わりの偽者に対する怒りや責める様子は感じられない。
「それで私はどんな罰を、いえ、処刑はいつになるのでしょうか」
「は?なんの話だ」
「私は偽者ですから、陛下を謀った罪になるのでは?」
誰でも良かったというのは聞いたものの、別人が来たのだ。通常なら許されることではない。処罰されるのは当然。
結婚式を強行したことは理解したが、それは体面を保つためだろう。
小国に謀られたと知られたら求心力に関わる。
とはいえ、さすがに偽物とこのまま婚姻関係を続けるのは現実的ではない。血を重んじてきたというのなら尚更。
だから、そのうちまた別の、小国の本物の姫と再婚するだろう。
そのために、自分は何かの罪でいずれ処刑されるのだ――との筋書きを、ディートリンデは勝手に思い描いていた。