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盗み食い

 

 子供たちは、オーブンに近づいては危ないからとまた庭で遊んでいた。

 厨房にはディートリンデと院長、帳簿の確認が終わって戻ってきたコラリーがいる。


「きれいに焼けているわね。お味はどうかしら……!?」


 冷ましておいたショートブレッドを一つ手に取る。

 鼻先に持ってくると、バターと甘い香りが食欲をそそった。


 ディートリンデは味見のためそのまま口に運ぼうとしたが、「お待ちください」とコラリーに止められた。


「あ。子供たちの分が減ってしまうものね……」

「いえ。数は充分ですが、オーブンから出した時点での数とここにある数が変わっています。配置も少し変わっているようです」


 そう言われて天板の上にあるショートブレッドを見るが、ディートリンデには変化がわからなかった。ディートリンデが手に持っている一つ以外、変な隙間はない。


「念のため、毒味をします」


 ディートリンデが「そこまでしなくても」と言おうとしたときには、コラリーは食んでいた。


「あ……。ど、どう?」

「――――味、香り共異常ありません」

「ということは?」

「何も問題ないようです」

「そう。良かった……」


 配置が変わった謎は不明のままだけど、子供たちを呼んでおやつにした。

 すると、すぐに配置が変わっていた理由が判明した。

 年少組の子が一人、口の周りにショートブレッドの食べかすを付けていた。


「まあ!ロキ、あなたが盗み食いをしたのね!?誰と一緒にしたのか言いなさい!」


 小さな子供の多いこの孤児院では、厨房のドアノブは、幼い子供の手が届かないように敢えて高めの位置に取り付けられている。

 年長の子供と一緒でなければ厨房に忍び込むことはできない。さらには、ばれないように隙間を等間隔に変える知恵は年長組の誰かだと思われる。

 

 職員に叱られた子供――ロキは「だ、だって……」と目に涙を溜めているが、共犯者を言おうとしない。

 ディートリンデがその様子を見ている子供たちに目を向けると、一人だけ視線を下げている男の子が目に入る。


「ショートブレッドを盗み食いした子は正直に名乗り出なさい」

「…………」

「このショートブレッドはいつものおやつとは違うのですよ。王妃様からの施しです。いつも以上に、必ず平等に分けなければならないものなのです。王族からの施しを独り占めする人は罰を受けさせられることもあるのです。いつも正直であれと言っているでしょう。王妃様の前で嘘をつき続けて良いのですか?……さあ、自分から名乗り出なさい」


 院長は落ち着いた声色で話し出した。

 全ての子供に言い聞かせるように言っているが、先ほどディートリンデが気になった子供を見ながら話しているようにも見える。


 一人の子供がそっと手を挙げた。


「……ごめんなさい!ロキがどうしてもお腹が空いたって……ごめんなさい!」


 息を吐いた院長は、ディートリンデに向き直る。


「誠に申し訳ございません。幼い子供のしたこと……どうかお許しください。彼らにはきつく言って聞かせます。罰は私が代わって受けますので」


 盗み食いくらいでそんなに重い罰を与えようと思っていなかったディートリンデは、院長の謝罪に驚いた。

 なんでも皆で平等に分けている孤児院では、食料や寄付品を独占した者は罰が与えられる決まりがある。だから、今回は自分が代わりに罰を受けると院長は話した。


「私は気にしていないわ。罰なんて、と思ったけど……そうね。皆のものを勝手に食べてしまうのはいけないことね。これくらい良いだろうという気持ちでやったことが、取り返しの付かない事態を引き起こすこともあるもの」

「うっ……っ……ごめんなさぁい!」

「ごめんなしゃいぃぃ!」


 年長の男の子が泣き崩れると、ロキという年少の子供が駆け寄って一緒に謝る。

 ディートリンデは膝を突いて二人にハンカチを差し出した。


「院長」

「は、はい」

「こういうとき、子供にはいつもはどんな罰を与えているの?」

「盗み食いは程度に寄りますが、今回の量なら次の食事のおかずを抜きます」

「それでは、こちらの院のやり方にお任せするわ。折角皆で作ったショートブレッドは皆で食べたいものね――さ、気を取り直して皆でショートブレッドを食べましょう」


 まだうっくうっくと泣いている年少の子供をディートリンデは抱き上げる。

「怒ってないわ。大丈夫」と頭を撫でてやると、ディートリンデにしがみついてきた。

 年長の子供には「自分より幼い子のために行動できる美しい心は、ずっと持っていてほしいわ」と、頭を撫でた。

 しばらくして落ち着いたところで、皆でショートブレッドとお水でおやつにした。


 ――おやつの時間の最後に、筆記用具と文字の読み書き練習帳を子供たちに渡す。

 子供たちは自分専用の筆記用具を喜んでくれたものの、練習帳はあまり喜ばなかった。

 院長に後日講師が週に一度派遣されてくることを伝え、ディートリンデたちは孤児院を後にした。


「初めての単独ご公務、お疲れ様でございました」

「ふふ、ありがとう。無事に済んで良かったわ」


 馬車に揺られ、ガリバ城へ向かっている車内でコラリーが労いの言葉を掛けてくれる。


「運営費の帳簿ですが」

「ええ。どうだった?」

「収支に不審点はないように思いました。基本的には院長が記入しているようですが、院長の字と思われる筆跡が五割。残りの五割は後の職員数名が都度記入しているようです。あそこまで多くの人が記入していれば、孤児院ぐるみでなければ不正は難しいかと。かといって職員が横領しているようにも見えませんでしたし……。運営費を搾取しているのは孤児院に入る前段階と思われます」

「そう。やっぱりそうなのね。さすがにこれ以上は私たちでは調べようがないわ。陛下やカルヴィンに報告しましょう」

「はい。私も専門ではないので、帳簿を借りてきました。戻りましたらすぐに報告いたします」


 正しく運営費が支払われていたら、もう少し子供たちのお腹を満たすことができていただろう。

 そうすれば、今回のようなことは減るはず。

 ロキという子供は、ただおやつを先に食べたかったわけではない。

 本当に空腹に耐えかねて、一つだけ食べてしまった。

 それに付き合った年長組の子は、自分は食べずに我慢して証拠隠滅しようとしていた。

 きっとディートリンデが読み聞かせをしていたときに、二人は抜け出していたのだろう。


「……ところで」

「はい?」

「コラリーが帳簿を見に行っている間に絵本の読み聞かせをしたの」

「あぁ。事務室の窓が庭に面していて、聞こえてきていました。スヴァルト建国の絵本が孤児院にあるのは、愛国教育のためでしょうね」

「そうね。それでね。あの絵本、私も王妃教育のときに読んだことがあるの」

「そうでしたっけ」

「うん。先生がわかりやすいからって持って来てくれたわ。それで、先生から『陛下には右の腿に王の印がある』というようなことを聞いた気がするのだけど」

「え?右と言っていましたか?」

「ええ。間違いないわ」

「それは、きっと言い間違えでしょう。私は左の腿だったと記憶しています」

「そう。やっぱり左よね」

「はい、左です。……講師ももう年ですから、記憶違いをしていた可能性もありますね。そろそろ、新しい講師を探しておいたほうが良いと宰相に進言しますね」


 ガリバ城に戻ると、コラリーはすぐに孤児院の現状をエドムントとカルヴィンに報告した。

「国民の税金を搾取する不届き者がいるとは……!」と怒った様子のカルヴィンが動き出す。



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