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花祭り

 

 道行く人々は皆笑顔で楽しげな様子が伝わってくる。

 そこに花びらが舞い、いっそう幸せそうな空間になっていた。

 見ているだけでディートリンデの顔がほころぶ。


 花祭りのメイン会場という広場近くの建物。そこのバルコニーから、ディートリンデは街の様子を眺めていた。

 もちろん、エドムントとガリバ領主夫妻と一緒に。


 以前、初めてエドムントとデートした際にも、街の様子にディートリンデは迷子になるほど夢中になっていたが、今も一人だけ椅子から立ち上がっている。

 それもそのはずで、元々は一国の王都であるため街は活気に溢れていた。


 侵略に脅えながらではなく、心から楽しめる花祭りは何年かぶりということもあり、かなり人が多かった。


 街の様子を夢中で見ていたディートリンデが「……あっ」と何かに気づいたように声を上げて横を向く。

 しかし、誰もいないことに気づいて振り返った。


「あ、あら?やだ、私だけ一人で……」


 三人から見守られていたと気づいたディートリンデは恥ずかしそうにする。

 初めはエドムントもディートリンデに寄り添って見学していたが、いつの間にか領主夫妻と同じように椅子に座ってゆったりと眺めていたのだ。


 自分も椅子に座ろうと足を踏み出しかけると、タマーラが立ち上がって「何か気になることがございましたか?」と寄り添ってくれる。


「あ、そうなの。ほとんどの人が花を髪やポケットに挿しているのは、交換用の花なのかしら?」

「はい。その通りです」

「やっぱりそうなのね。男女で色が違うのかと思ったら、そうでもない人もいて。それに、花を持っていない人もいるけれど……?」

「男性は赤かピンク色の花、女性は白い色の花をまずは持ちます。交換が成功した者は逆の色を持つことになります。花交換は夕方の鐘が鳴ってからという決まりがあるのですが、すでに、男性で白、女性で赤かピンクの花を持っている人は、既婚者か婚約者がいる人という目印になるのですわ」

「あっ。だから今日、私はピンクの花飾りを侍女が付けてくれたのね」


 ディートリンデは頭の花飾りを軽く触って、エドムントをちらりと見る。

 会話を聞いていたエドムントは、胸を張って見せる。

 エドムントの胸ポケットには白い花が挿してあった。

 確認して微笑むディートリンデを見て、エドムントの口角も微かに緩む。

 その様子をガリバ領主夫妻は温かく見守るような眼差しで見ていた。


「花を持っていない者ですが、花交換には興味がない人や観光客でしょう。えぇと……あっ、あちらの建物の角に花かごを持った者が立っています。あちら、わかりますか?あの者が、想い人に渡すための花を配っているのです」

「観光客もあの方から花をもらえば花交換に参加できるのね。他所の人も楽しめるのはいいわね」

「後で少し、街を歩いてみるか?」


 タマーラと一緒に広場を見下ろしていたディートリンデは、エドムントの声に反応してすぐに振り返った。


「良いのですか?」

「構わない」


 瞬間的にパッと嬉しそうな表情になったディートリンデ。

 だが、すぐに表情を改めた。

 ガリバは元々友好的と言われているが、まだ新しい土地。

 視察のため護衛も王都に比べると手薄。

 昨日の茶席で吸収を心から歓迎していない者を見ているディートリンデは、気軽に街歩きをしないほうが良いのではないかと考えた。


「私はディーと歩きたいが、嫌か?」


 ディートリンデの遠慮を見抜いているエドムントは、自分が一緒に歩きたいのだと言ってくれる。

 そう言われてしまうと、ディートリンデも自分の気持ちに素直になるしかない。


「私も陛下と街歩きしたいです」


 エドムントは満足そうに頷いた。



 二人は指を絡めて手を繋ぐ。

 人が多いので、はぐれないように。

 以前の初デートは二人きりだったが、今回は付かず離れずの距離に数名の護衛が見守っている。

 照れ屋なディートリンデに配慮し、二人の視界に入らないように気を使う。


 初デート以上にしっかりと変装している二人に、街ゆく人は誰も気づかない。


 瞳の色を変える魔術玩具の眼鏡を掛けたエドムントが、同じく眼鏡を掛けたディートリンデを見る。


「以前もこうして手を繋いで歩いたな」

「初デートのとき、ですね」

「あのときのディーは、初心な様子で愛いと思った」

「……あのときは、ですか?」

「もちろん、今もだ。いつまでも私の妻は愛いぞ」


 エドムントは敢えて耳元に口を寄せ、囁くように言う。

 自分で言わせておいてディートリンデは照れくさそうに顔を伏せた。


「しかし、あのときは肝が冷えた。誘拐にでもあったかと」

「申し訳ございません、私がうろちょろとしたばっかりに……」

「私も前ばかり見ていたから悪いのだ」

「ですが、遠くから名前を呼ばれたときは本当にほっとして。見つけてもらえたことが嬉しかったです」

「はしごに上って見渡したら、豆粒のような遠く、黒い頭の中にこの美しい淡い金色が見えたのだ」

「そんな遠くから……。あのときはありがとうございました」


 慈しむようにエドムントがディートリンデの髪に触れる。


「ディーの美しい金色は、どこにいても見つけられる。ディーは私にとって至高の宝だ」


 ディートリンデは恥ずかしそうに俯いた。手を繋いでいるエドムントの腕に、逆の手も絡めて顔を隠すように寄り添う。

 照れを誤魔化しているつもりだが、エドムントにとってはただ愛しさが込み上げてくる行動だった。


 ◇



 ディートリンデも一緒にガリバへ行くことが決まったころ――――


「私では子供に怖がられてしまうので、今までは金銭的な寄付しかしてこなかった。貴族たちも孤児院の訪問は、子供が怖がりにくい夫人がやっているらしい。これからはディーに頼みたい」

「お任せ下さい」

「早速、ガリバへ行ったら私が一日会議の日に、ディーは旧王都の孤児院を訪問してくれ」

「かしこまりました。ですが、孤児院の訪問とはどのようなことをするのでしょうか?」

「基本的には、寄付をするだけで奉仕活動としては王侯貴族の義務を果たしていると言えます。ですが、王妃様には子供との触れ合いをしていただきたいと考えております」


 カルヴィンがディートリンデの疑問に答える。

 そして、一枚の紙を差し出した。

 孤児院訪問の指南書のようなものだった。


「ボール遊びにかけっこ、かくれんぼ、カード遊び、読み聞かせ、おままごと、簡単な料理、刺繍……で、子供たちと触れ合いの時間を持つのね」

「はい。今回王妃様に訪問いただく孤児院の子供は、下は三歳、上は十三歳までの子供がいる所です。本当なら低年齢の子供と上の年齢の子供たちとで分けて触れ合う時間を取るのがいいのですが……スケジュールの都合上、このような遊びを一つか二つしていただくことになります」

「下が三歳で上が十三歳だと、どちらの子も楽しめるものを選ぶのは難しそうね。ちなみに、乳児と十四歳以上の子供は専門の施設があるの?」

「乳児院も別にありますが、今回はたまたまですね。十四歳になると孤児院は卒業して一人で生活しなければなりません」

「そう、卒業するのね」

「ええ。その前に仕事が見つかれば、その時点で出ていきます。ですが、孤児院出ではあまり良い仕事に就けないようで、多くの子供が十四歳になる日までいるようですね」

「そうなの……」


もう少し幼いときから働いているディートリンデは複雑な気持ちになった。


「まぁ、それは今は問題ではありません。子供たちとの触れ合いについては、こちらで必要な物を予め準備します。ちなみに、運動はお得意でしょうか?」

「いえ、あまり……」

「では、ボール遊びやかけっこは除外します。あまり体を動かさなくてもいいもので準備を進めます。プレゼントは何がよろしいでしょうか?」


 指南書の紙を見ると、子供たちへの土産は寄付とは別の品を用意すると書かれている。

 プレゼントの一例には、お菓子や余所行き用の服、新しいおもちゃ、本などと書かれていた。


(お菓子はその場は良いけど後に残らない。服はサイズが合わなくなるかも……)


「おもちゃか本が良いかしら?」


 エドムントが「それならおもちゃだな」と反応した。


「なぜですか?」

「孤児の多くは文字が読めない。孤児院で働く大人も、文字が読めるのは一部のみ。その読める人物が読み聞かせを担当するのだが、その者は他にも仕事があってなかなか読み聞かせに時間が取れない」

「なるほど……でも……」


 ディートリンデは城から逃亡してパン屋で働くことになったときのことを思い出した。

 求人の張り紙を読めるかどうかが、初めのテストだと言われた。

 ということは、読み書きをできない人はパン屋でさえ働けないということ。

 先ほど、カルヴィンが孤児院の子供は良い仕事に就けないと言った。


(そういえば、奴隷から解放されて職業斡旋所に来たのに、文字の読み書きができないと仕事が見つからなくて、結局奴隷容認国へ行くことを希望する人もいたわよね……)


 また奴隷に落ちれば、最低限、一日一回の食事と寝床は与えられる。

 仕事が見つからずに飢えて路上で死ぬより、奴隷生活のほうがマシだったと考える人も多い。

孤児たちは状況が違えど、本から学べることは多い。その機会を大人が忙しいという理由で奪っていいものか……とディートリンデは考えた。


「ここに書かれていないものでも良いでしょうか?」

「予算内に収まるのであれば、構わない」

「ちなみに、予算は……?」


 カルヴィンが「予算はこちらです」と、また一枚の紙を差し出す。

 ディートリンデには予算の基準がわからないが、思っていたより余裕がありそうな金額が書かれていた。


「もしも予算内に収まりそうなら、読み書きを教える講師の派遣や筆記用具と文字の練習帳はどうでしょうか?それなら、職員も助かるかと」

「プレゼントは子供が喜ぶ物を、とばかり思っていたが」

「だめでしょうか?」

「いや。結果的には子供のためになるな」

「はい。そのときだけ喜ぶ物よりも価値があるかと。子供たちがそれに気づいてくれるかはわかりませんが」

「凄く名案だと思うぞ。――カルヴィン」

「は。すぐに準備に取りかかります」


 こうしてカルヴィンに準備を任せ、プレゼントを持って孤児院へ向かった――――



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