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歓迎

 

「もう間もなくだ」


 エドムントにそう声を掛けられ、窓の下を見ると深い森の中に点々と家が建っているのが見えた。

 あっという間に拓けた市街地へ近づくと、次第に高度も下がっていく。

 花吹雪が舞い、人々は空に向かって手を振り、子供はぴょんぴょんと跳ね回っているのが確認できる。

 皆が自主的にそうしているとわかるくらい、表情もよく見える。


「凄い。こんなに歓迎されるとは思いませんでした」

「ここはいつもこうだ」

「ガリバは友好的な土地だと習いましたが、歓迎振りを目の当たりにすると嬉しいですね」


 エドムントとディートリンデは今、長距離移動に適した魔馬車で空を駆けていた。


 二人が来たここは、スヴァルトの北の端にあるガリバという国だった場所。

 昨年スヴァルトに下って、今はスヴァルトのガリバ領となっている。

 ガリバは近隣の国から定期的に侵略の脅威にさらされ、滅亡の危機に瀕していた。

 その国は、バルバリラという国の属国。

 実際に攻めてくるのは属国だが、裏で手を引いているのはバルバリラという国だった。

 そのままバルバリラに屈するか、スヴァルトに助けを求めて下るか。

 どちらになっても国として存続するのが不可能な状態だった。

 ガリバ王は、密かに支援をしてくれていたスヴァルトへ下ることを決意。

 スヴァルト側はバルバリラに支配されると困るが、それ以外にメリットがなかったため、一部の制度を残した保護国か従属国となることも提案。

 しかし、ガリバ王はスヴァルトの領土となることを望んだ。

 スヴァルトの領土となってからは、国防の要として守りを固めている地域である。

 この地を狙っていたバルバリラにとっては、面白くない出来事であった――――


 魔馬車がガリバ城の広場に降り立つと、王都では見かけない民族衣装に身を包んだガリバ領主や高官らが礼を取る。


「長旅お疲れ様でございました。今宵宴の席をご用意しております」


 エドムントが頷き、カルヴィンが出迎えの礼を言うと、ガリバ城内へと案内される。

 城に入ると、エドムントとディートリンデは別行動を開始した。

 ガリバでは、基本的に男女は別行動をする習わしがある。新しい土地の民から支持され信頼される為の策として、エドムントは近年、新たに領土とした国が元々持っている風習や信仰を無理矢理変えさせることはせず、現地に赴くときはできる限りその地に習った行動を心がけていた。


 今回の視察の目的は、主に二つ。

 覇王エドムントが直接足を運ぶことで、他国への牽制と内部への緊張感を生むこと。

 そして、ディートリンデが民から親近感を持たれて、忠誠心や現国王への支持率を上げることにある。

 ただ、ガリバは元々好意的でエドムントへの支持率が高い地域。負担が軽く済むので、王妃の初公務に適していた。


 王妃としての初仕事にディートリンデは緊張していたが、民の歓迎ぶりに少し気が楽になる。


 ディートリンデが城のメイドに案内された部屋には、民族衣装に身を包んだ中年の女性がいた。

 今はガリバ領の領主夫人でしかないが、昨年までは一国の王妃であった女性。優しげだが王妃らしい風格がある。

 本物の王妃を前に、ディートリンデは再び緊張が増した。


 ディートリンデと目が合った瞬間、僅かに領主夫人の瞳が見開かれる。

 が、直ぐににっこりと笑顔に変わった。


「ガリバ領主の妻、タマーラと申します。遠くまでようこそお越しくださいました。お会いできて光栄ですわ」


 挨拶を済ませた後は、すぐに茶席へと招待された。

 恒例の着替えでガリバ風の衣装を身につけ、茶席へ向かった。

 高官の妻たちが既に待っていて、ディートリンデへと視線が集中する。

 ディートリンデは、今日までマナー講師から叩き込まれてきた美しい笑みを浮かべた。


「みなさんごきげんよう。本日はよろしくお願いしますね」


 ディートリンデが一声掛けると、夫人たちが次々に声を発する。

 初めての場に、全方位へと警戒していたディートリンデだったが、上空から見た民の反応と同じく夫人らは概ね好意的な様子でほっとする。

 控えめな様子であまり目が合わない人もいるが、敵意をむき出しにしてくる人はいない。


「どうぞ、こちらのクッションへ」


 ガリバでは床に直接座るスタイルで、初めは不思議な感じがしたが、それが距離を縮めるのに役立っていた。

 挨拶や自己紹介が一通り落ち着くと、綺麗に着飾った子供たちが盆を運んでくる。


 ディートリンデの前にも盆が置かれたので、「ありがとう、ご苦労さま」と声を掛ける。

 子供ははっとして顔を上げ、目が合うと驚いたような顔をして凝視してきた。

 ディートリンデが微笑みかけると、わかりやすくモジモジと照れて上目遣いで見てくる。


 笑みを深め、軽く首を傾げてどうしたのかと促せば、子供が「雪月花のお姫さまみたい」と言った。

 子供の声が聞こえていた夫人の一人が「確かに!」と反応する。


 ディートリンデには、雪月花の姫がなんなのかわからなかった。

 だけど、それは何?と聞き返すことはしない。

 雪月花の姫とは、ガリバでの常識なのか、スヴァルトでの一般常識なのか、ディートリンデには判断できなかったから。

 わからないことはわからないと認めることも大切だが、ディートリンデの立場で無知だと思われることは、避けなければならない。


(後でコラリーに聞いてみなければ)


 知ったかぶりをしても後で自分の首が閉まりかねないので、はっきりとした反応をせずに曖昧な態度を貫く。


 子供の声に反応した夫人の声を聞いて、その場にいた全員がディートリンデの顔をじっと見てきた。

 雪月花の姫が何かは後でコラリーに聞いてみようと思ったが、全く反応しないことに違和感を持たれたのだろうかとディートリンデは内心ドキドキした。


「……何か?」

「あっ、大変失礼を……。あまりにもお美しいので見惚れてしまいましたわ」

「……そ、そう。ありがとう」


 夫人たちの中には頬に手を当て、ほぅ……とため息をつく者もいる。

 うっとりしたように見られ、悪い気はしなくとも居心地が悪い。


(南方の地域では、北方出身者の容姿が美人とされるのかしら……?)


 ガリバはスヴァルト国内では北方に位置しても、ディートリンデのいたファンデエンに比べると充分に南方である。美醜の基準が違うのだろうとディートリンデは思った。


「皆さん。確かに王妃殿下は大変美しくていらっしゃるけれど、不躾ですわよ」


 領主夫人タマーラが皆を窘め、「申し訳ございません」と謝りながらも話を続ける。


「ガリバも王都に比べますと、白い者が多くございますが、王妃殿下のように儚く淡い色合いは稀有ですので。雪のように白いお肌に、月の光を溶かした絹糸のような御髪。それに、春に咲く淡い青色の花のような瞳――まさに雪月花の姫のようなので、皆もつい……。ご容赦くださいませ」


 ディートリンデはわかっているともわかっていないともとられないように曖昧に頷いた。

 が、そこは元王妃が相手である。ディートリンデがわかっていないことは、タマーラに見抜かれていた。




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