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騙されて

本日二話投稿しています。

 

 ディアーヌが正門に押しかけてきてから約一ヶ月。

 あの件以降、まだ知らなかったと思われる自称王女が一、二名名乗りを上げたものの、ぱたりと消えた。

 一切、自称王女を名乗る女が現れなくなって正門に再び平和が戻ったころ、ディアーヌについての報告書が上がってきた。

 治癒の島への移送中にディアーヌから聞き取りをした上で、足跡を辿って確かめた正確な情報だ。


 ディアーヌは今から半年ほど前、侍女長に騙されて奴隷市場に売られていた。

 見世物小屋の受付だと言われて手続きを待っていると、ディアーヌだけ別室に連れていかれ、いきなりオークション会場のステージに上げられたという。


(私がスヴァルトに来て三カ月後くらいだから、侍女長の我慢の限界がきたのね。王女を奴隷に落とすなんて相当なことだけど)


 侍女長はディアーヌの対応は何かとディートリンデに押し付けていた。二人で旅をするなんて、無謀すぎることに気づいていなかったのだろう。


「愛玩奴隷としてすぐさま落札され、スヴァルト近隣のバルバリラ国へと移送されたらしい。愛玩奴隷とは、用途は様々だが着せ替え人形のように扱ったり、ペットのように可愛がるだけだったりと――」

「っ……」

「ん?どうした?」

「あ……いえ……衝撃的だっただけで」

「あぁ、そうか。ディーも元奴隷だったな。嫌な記憶を思い出させてしまったか?」


 ディートリンデは緩く首を振って否定した。

 エドムントはそのころの話も聞きたいと思っていたが、無理強いすることはできない。

 ディートリンデの顔を見る限り、まだ聞かないほうが良さそうだと判断する。


 奴隷解放運動が起こったのを機に、今や奴隷の売買や労働力として使わない方向へと世界的に舵を切っている。

 事の発端は奴隷による解放運動がじわじわと広まったことだったが、早くから奴隷の使用を禁止しているスヴァルトは、世界会議にて『奴隷を使い続けることは自らを後進国だと物語るようなものだ。そのような後進国は取引に値しない』と言った。

 そのころのスヴァルトは今ほどの大国ではなかったが、どんどんと力をつけていくにつれて、世界も変わることとなる。


 ただ、完璧に足並みが揃えられたわけではない。

 一部、まだ奴隷市場が盛んな国や、国としては禁止と銘打っているものの黙認している国もある。

 少し年齢を重ねた世代は未だに奴隷に肯定的で、密かに奴隷市場に赴いて買っている者も少なくない。

 勿論、厳格に禁止している国で奴隷を使っていることが見つかればただでは済まない。


 今回、ディアーヌが飼われていたバルバリラでは、『バルバリラ国において奴隷の新たな売買を禁止する』となっているだけで、奴隷の使用を禁止する法律はない。外国から買ってきたり、奴隷を使ったりすること自体は禁止していないのである。

 世界的に奴隷の売買を禁止する国が急増した際、バルバリラ国内では、国からの公式発表前に『奴隷を使っていると打首らしい』と噂が流れた。それにより、バルバリラでは奴隷を捨てるものが増えた時期があった。が、国内での新たな売買を禁止するという公式発表があってから、外国へ行って買い直す輩も多かった。

 バルバリラは、スヴァルト同様の大国であるが、奴隷についてはスヴァルトへの対抗心も反映されているのではないかと言われていた。


「髪が短く切られていたのは、バルバリラで奴隷になっていたから……だったのですね。先進国を旅して、女性の髪型がロング一択ではないことが魅力的に映ったからなのかと思っていました」


 奴隷解放運動に関係なく昔から奴隷の使用を禁止していたスヴァルトに、髪の長さで階級を察するような風習はない。

 貴族には髪の長い女性が多いが、手入れに時間を掛けられるからでしかなく、美しさの基準にもなっていない。

 そのため、労働者階級の女性は手入れが楽という理由で髪を短くしている若い女性もいる。


「ディーは、バルバリラの奴隷が髪を短くすることを知っていたのか」

「あ、……はい。…………実は、奴隷になったのが彼の国で――――」


 エドムントは、ディートリンデにとってバルバリラ国が良くない思い出の地であることは知っていた。

 なぜなら、エドムントはディートリンデに刻まれていた奴隷印を見ている。

 奴隷印は、国によって特徴が少し違う。ディートリンデに刻まれていた奴隷印の特徴は、バルバリラのものだった。新たな売買は禁止しているので、それ以前のものだとわかった。

 とはいえ、大国でありながら、未だ奴隷を容認しているのが実情の彼の国に苛立った記憶があるので、間違いない。


 また、ファンデエンでどのような生活をしていたのか、カルヴィンの調査報告が最近上がってきていた。

 その報告によって、奴隷解放運動で解放された後、元奴隷専門の職業斡旋所経由でファンデエンの王城で働き出したことは判明している。

 それ以前、ディートリンデは何故か何箇所もの職業斡旋所を移送されていた。その人物に合う仕事がない場合には別の斡旋所へ移されることはあるが、ディートリンデの場合は調べても理由がわからなかった。何せ奴隷のことであるため、詳細な記録はそもそも残されていない。


 そのため、カルヴィンの調べではどこの国で奴隷落ちしたのか、調べることができなかった。

 当然、それ以前の情報についても完全に途切れてしまい、ディートリンデがどのような経緯で奴隷になり、どのような人の下で奴隷をしていたのかが辿れなかった。

 もっとも、ディートリンデがファンデエンで働き出したのは十歳くらいからであり、子供の奴隷は誘拐による人身売買が多く、調べきれないことが多い。


 エドムントは、注意深くディートリンデの様子を見ながら、慎重に口を開く。


「……小児労働奴隷だったのか?」


 問われてディートリンデは俯いた。

 踏み込むにはまだ早かったか……と、エドムントは自分の発言を取り消したくなる。


「幼かったので、自分がなんの奴隷だったのかよくわかっていませんでした。思い出したくなかったですし」

「そうだよな。すまない」

「いえ。……けれど、先ほど話を聞いていて、私も愛玩奴隷だったのだと思いました。服を何度も着替えさせられた記憶があります」

「そうか……。その前はどうしていたのだ?親も奴隷だったのか?バルバリラで生まれたのか?」

「奴隷になったことは覚えているのですが、それ以前は……。覚えていないのに変なのですが、思い出したくないような感覚になるのです。思い出したくない気持ちになるということは、親もそうだったのかもしれません」

「辛い話をさせてしまったな……」


 ディートリンデはゆるゆると首を振る。


「嫌な記憶であるのは確かですが、買われてから程なく解放運動が始まったので。それに、もう昔のことですから」

「そうか。それでも奴隷制度はあってはならないことだ」

「そうですね。……姫さまには使われる側の気持ちが伝わっているといいのですが」

「どうだかな。門番への態度を見る限りそうは見えなかった。人の善意で馬車に乗せてもらってここまで辿り着いたはずだがな」

「馬車と言えば……」

「どうした?」

「以前、パン屋で働いていたときに、姫さまに似た女性が馬車で通り過ぎるところを見た気がしたんです。こんな所にいるはずがないと思っていたけど、本人だったのかもしれないですね」

「可能性は充分にある。あの街からずっと北上したらバルバリラだからな。誰かに見せびらかすために連れ歩いていた可能性もある」


 ディアーヌを買ったのは、バルバリラで一番裕福な商会の会長だった。

 ディアーヌの可憐さに一目惚れして愛玩奴隷として買った。

 数ヶ月、商会の会長に愛でられる生活を送っていたが、隙をついて逃げ出した。

 バルバリラからファンデエンまでは遠く、海を渡らなければならない。着の身着のまま逃げ出したディアーヌが帰るのは不可能だった。

 そこで、陸続きでどうにか辿り着けそうなスヴァルトを目指した。

 自分に求婚したエドムントなら助けてくれると信じて。


(あの姫さまが一人で乗合馬車に乗ったり平民に頼み込んでここまでやって来たことを思うと、これまでの姫さまからしたら相当屈辱的だったでしょうね……)


 エドムントに素直にただ助けてほしいと求めていれば、少しは結果が変わっていたかもしれない。

 知らない人の前では少しは謙虚になれたとしても、対王族と思うと王女としてのプライドが頭を下げることを拒否したのだろうか。


「ディー」

「はい」

「これで、暫く静かに暮らせるな」

「そうですね」

「また暇を見つけて街へデートしに行こう」

「はい。行きたいです!あ……」

「どうした?」

「私がお世話になっていたパン屋さんに謝りに行きたいなって、思っていたんです。素性を隠して働いていたから、騙したかたちになってしまったのが気になっていて」

「分かった。時間を作る。私も行こう」

「陛下もですか?いや、それは……」

「だめなのか?」

「駄目ではないですが」


 駄目ではないが、奥さんもロシュもエドムントを見て酷く怯えていたように思う。

 一緒だと謝りに行くほうが余計迷惑をかけてしまうかもしれないと思うディートリンデだった。


「――分かった。一緒に行くが、私は馬車で待っていよう。あの町のはずれには渓谷があって景色が良い場所があるのだ。夕暮れ時には赤く染まって荘厳で美しいからディーに見せたい」



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