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関わりたくない

 ディートリンデはエドムントから話を聞いているうちに、ぽかんと口が半開きになっていた。


「――という訳で、あの女は既に治癒の島へ送られた。何故この国に来られたのか、何故一人だったのか等は現在聞き出している。ディーに知らせなかったのは、あの女の前にディーが現れたら状況が悪化すると思ったからだ。事後報告になってすまない」

「それはいいんですけど……え?あの、え?待ってください」

「なんだ?」


(姫さまがやって来た?一人で?しかも、平民のような格好で??あり得ない……。百歩譲って平民のような服は、お忍びの旅をしていたからだとしても、侍女長はどこへ?それに、何が目的で今さら自分こそ王妃って主張しに来たの?)


 ディートリンデは、エドムントから聞いた主張の仕方から本当にディアーヌが現れたのだと思えた。しかし、状況や一人だったという点に違和感しかなかった。


「本当に姫さまだったのでしょうか」

「前に世界会議で見かけた顔だった。髪が肩まで短く切られ、質素な服を着ていたが」

「髪が?何故……?」


 ディートリンデの知るディアーヌは、自分の長い髪に誇りを持っていた。

 侍女時代には長く伸びたまっすぐでさらさらの髪を、長い時間を掛けてケアさせられていた。

 少しでもブラシが引っかかろうものなら、凄い剣幕で怒られたものだ。

 そうならないように、いろいろな材料でヘアパックを作っては試した。――それが今役立っている。

 そんなディアーヌが髪を短くするなんて、考えられない。


(お忍びの旅をしているうちに価値観が変わったのかしら……?)


 ディートリンデがスヴァルトの王都の街並みに感動したように、自国以外の街並みを見てディアーヌも感動したのだろう。

 半年も旅を続けていたことがその証拠であり、次第に価値観が変わる可能性は充分に有り得る。


「あくまでも予想だが――……あー、いや、直に調査結果が出るはずだから待とう。憶測で話しても意味がない」

「はい。あと、治癒の島とは何ですか?すみません、勉強不足で」

「まだそこまで習ってないだけだろ、気にするな。治癒の島は治療法が確立されていない伝染病患者が隔離されている病院がある島だ。大きな湖に浮かぶ小さな島で、病院とその関連施設だけがある島だ」

「そんな場所が……」

「あの女はそこで強制労働となる。刑期に決まりはなく、働きに応じて出所の時期が決まる」

「出所前に病気が移ったらどうなってしまうんですか?」

「今、あの島には一つのある病に感染した者しかいないが、その病が原因で亡くなる確率は極めて低い。だから死んでしまう心配はほぼない」

「あ、そうなんですか」


 死ぬのだと思うと流石に後味が悪いと思ったディートリンデは、少しほっとした。


「ただ……」

「ただ?」

「その伝染病は罹ると疱瘡とはまた違う、全身の皮膚に近い場所に大きくでこぼことした腫瘍ができてしまう。腫瘍は何年もかけて腫れが引いて行くが、何年も浮腫ができていた部分とそうでない部分では皮膚の伸び具合が違うから変にたるんだりシワができるし、肌の色がまだらになってしまう」

「お、恐ろしい……」

「あぁ。だから、一人でも感染者が出たらすぐに隔離が必要で、広げないためにも島に病院を作った」

「患者って多いのですか?私は聞いたことがありませんし、感染した人や完治した人には出会ったことがないのですが」

「ファンデエンではいなかったのか?完治すれば人に移ることはないのだが、見た目ですぐにその病気をしたことが分かるから人々に恐れられてしまうんだ。だから、既往歴のあるものは人の目に触れにくい仕事を選んで隠れるようにして生活している。山奥で自給自足をしたり、そのまま治癒の島で働くことを希望する者もいる。島から出ても良いことがないと分かっているからな。それと、不思議と寿命が短くなる。病状の原因も治療法も分かっていなく、治療魔術も効かない。自然治癒しかないから、当然なぜ寿命が短くなるのかも分かっていない。恐らくどこか内臓がやられるのだろうとは言われているが」

「そうなんですか……」


 確かに完治してもそんな状態になってしまうと、罹患前の生活はできないかもしれない。完治していたら伝染しないと頭でわかっていても万が一を考えると怖くて関わりたくないと思うのが普通だ。


「ディーにしてきたことを思えばもっと重い罰を与えたいところだが、現状で裁けるのはこの程度だ」

「いえ。充分だと思います。とにかくもう関わりたくないのです……。関わることがなければそれで充分」


 ディアーヌに散々酷い目に合わされてきたが、彼女だけの問題ではない。彼女がああなってしまったのは、何でも許してきたファンデエン国王夫妻にも責任はある。

 それについては、ファンデエン国にも充分な罰が与えられていた。


 ファンデエン国王がスヴァルト国王を怒らせたという噂は瞬く間に大陸中に広がり、ファンデエンと取引のあった周辺諸国が一斉に手を引いた。

 食糧の多くも輸入に頼っている国のため、最近は食糧難の不安から国民同士の争いや暴動が起きて国王の処刑を求める運動まで起こっていた。


 第一王子が国王となり少しは沈静化できたが、根本解決に至らず、国民の流出に歯止めが効かない。

 今一番消滅に近い国と言われている。


 もしもディアーヌが感染病に罹らなかったとしても、働きに応じて出所の時期が決まるなら、相当心を入れ替えないと一生出られそうにない。

 心を入れ替えて出所したとしても、その頃に祖国はないかもしれないし、感染してアザが残っていたら……何にしてもディアーヌには重すぎるくらいの罰になるだろう。

 しかし、ディートリンデは清々したという気分にもならなかった。


「浮かない顔だな」

「正直に言うと、酷い目に合えば良いのにと思ったこともありましたし、身代わりにさせられたときは許せませんでした。だけど、なんでしょう……自分の気持ちが自分でもよくわからなくて」

「答えは出ているではないか。さっき自分で言っていたぞ」

「え?」

「あの女がどうなろうと、関わらなければもうどうでも良いのだろう?」

「確かに」

「ディーは優しすぎる。それに加えて、もうあまり興味がないんだろう。ディーはもう前を向いているからな」

「前を――」

「出会った時の、どこか諦めて達観した目にも惹かれたが、今の真っ直ぐに前を見据えている目も良い」

「そ、そうですか」

「ふぅー。そう可愛い顔をするな。今夜は早く戻る」

「……はい」



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