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偽者

 

 ディアーヌは我こそがファンデエン王女だと、この日も正門前で騒いでいた。

 昨日の今日でまた同じ女が騒いでいると、近くを通り掛かった者らから伝わり、見に来た者で軽く人垣ができている。

 ディアーヌの声、門番の声、見物人の声。それらが合わさり、いつもは静かな正門前が騒がしい。


「ちょっと!何するのよ!誰が私に触れていいと言ったのよ!?」

「うるさい!静かにしろ!」

「開門!!」


 騒いでいたディアーヌが一人の門番により押さえつけられたと思ったら、別の門番の声が響く。

 門番の声の直後、開門を知らせる笛の音が鳴る。

 そして、滅多に開くことのない正門がゆっくりと開いていく。


 門が開き切ると、悠々と歩いてエドムントが姿を現す。

 突然現れた人が覇王エドムントだと気づいた見物人は、どよめくこともなく圧倒されて釘付けになっていた。


「お前が偽者を騙る女か」

「スヴァルト王ね?偽者ではないわ!私を見初めて求婚してくださったではありませんか。分かるでしょう?」


 覇王感を丸出しにしたエドムントを前にしても、ディアーヌは気圧されていない。

 そのことを、カルヴィンは(腐っても本物ということか。それともただの馬鹿か……)と後ろから冷静に見ていた。


「私が見初めた女性は既に私の妻となり、この国の王妃となっている」

「あれは私の身代わりの偽者ですわ!私こそ本物!こうして見たら違うことくらい分かるでしょう!?」

「口の利き方を知らぬ女だ」


 エドムントの目が眇められ、さすがのディアーヌも怯んだ。

 しかし、持ち前の勝気さで食い下がる。


「な、なによ!?エドランド様!私よ!?分からないの!?私よ!?ディートリンデは偽者!ディートリンデには私が、私のフリをするように言いつけたのよ!」


 城門の周りには、いつの間にか数え切れないくらいの人が集まっていた。

 滅多に開くことのない正門の開門を知らせる笛の音は遠くまで届く。

 予定外の開門に何事かと、城勤めの者や近くを通りかかった平民まで、城門の内外を取り囲み二人のやり取りを興味深そうに見ていた。


 本物を騙る女が大騒ぎしていた上に、エドムントがわざわざ会いに来たため「まさか、本物……?」という空気が流れていた。

 野次馬は静かに成り行きを見守っていたが、ディアーヌの言葉を聞いて、城門を囲む人たちは一斉にざわめく。

 声を上げて笑い出す者もいた。


「なによ!?何を笑っているのよ!?ディートリンデは偽者!私こそファンデエン国の王女ディアーヌよ!この国の王妃に相応しいのはこの私だわ!」

「皆の者、聞いたか。この女は今、自ら偽者と証明したな」


 エドムントが同意を得るように周囲を見渡すと、城勤の者から平民まで野次馬たちが一様に頷く。


「誠に、浅はかなことだ」

「本物を主張しておきながら、無知すぎる」

「これではショーにもならないぞ」

「偉そうなことを言って結局ただの偽者じゃないか」

「卑しいとはこういう女のことを言うのね」


 面白がって見ていた者たちも口々にディアーヌを非難し、冷めた目で見始める。

 ただの傍観者が全員敵に変わったことを、ディアーヌは肌で感じた。


「な、なによ?私は偽者ではないわ!」

「では、問う。本物の王女というのなら簡単なことだ。ファンデエン国は遠い地とはいえ、王族なら知っていて当たり前のことを聞く」

「な、何?この私を試そうというの?」

「今一度、私の名を申してみよ。口にすることを許可する」

「何よ驚かせないでちょうだい。そんなの簡単じゃない。エドランドよ」

「ふっ……」


 あまりにも簡単に思惑通り進むことに、エドムントは笑いを堪えきれなかった。

 ちらりと見れば、カルヴィンも口元を歪めて笑いをこらえているのがわかる。


「なによ!何を笑っているのよ!?」

「私の名はエドランドではない」

「えっ?嘘。エ、エド……エドランドよね!?皆で騙そうとしているのでしょ!?」

「自分が本物の王女だと主張しておきながら、この大国スヴァルトの王の名も知らぬ王女がいたとは、片腹痛い。本当に求婚されたのなら、相手の名前くらいわかるはずだ」

「だ、だって!」

「我が妃を偽者と貶め、騒ぎを起こした罪は重い」

「本当に私はファンデエン国の――」

「しつこい。カルヴィン、治癒の島送りとしろ。これでくだらない噂を鵜呑みにした勘違いの者も減って、門番の余計な仕事が減るだろう」


 エドムント発した処罰の内容に野次馬たちがまたざわつき始めた。


「治癒の島だと!?」

「本物を騙っただけで治癒の島送りだなんて……」


 平民の野次馬たちは、ディアーヌから距離を取るように一歩二歩と後ずさっていく。

 その異様な様子に、ディアーヌの顔色が変わる。


「な、なによ?治癒の島って……」

「我こそは本物と騙ることは、私にとって我が妃を愚弄されるも同然。ただでは済まないと心得よ。――連れて行け」

「ちょっと!触るんじゃないわよ!離しなさい!私を誰だと思っているの!?こんなことをして!お父様に言いつけてやるんだから!目に物見せてやりますわよ!?」


 兵士に囲まれて引き摺られるようにしながらもディアーヌは喚いていたが、連行され檻に入れられた――――



 長い階段を降りた先の薄暗い地下牢は、暑いスヴァルトにおいてもひやりとした涼しさがある。


「ちょっと!なによここ!?こんなことをして無事では済まさないんだから!早く出しなさい!私を誰だと思っているのよ!?」

「ご苦労。持ち場に戻って良い」


 ディアーヌを連行してきた兵たちは、カルヴィンの指示で一人の兵士を残して去っていった。


「あなた、それなりに権限がありそうね。ここから出してくれたら、お父様に頼んでファンデエン国の要職を用意させるわよ。だから出してちょうだい。すぐに私が本物だって分かるのだから。今私を助けたら、きっと後からスヴァルト王にも感謝されるわよ」

「……ファンデエン国王――あぁいえ、今はもう元国王ですが、大国スヴァルトの王を怒らせたという噂をご存知ない?」

「え?元ってどういうこと?」

「今やファンデエンは大陸中の爪弾き者。今にも消滅しそうな国として一躍有名になったのをご存知ない?」

「えっ……。どうしてそんなことに?ねえ、何があったの?」

「万が一、治癒の島を出て無事に国へ帰ることができたら、ご自慢のお父様へ言いつけるといい。実際の陛下を前にしても小さくなっていた男が何かできるとは思えないが。そもそも、泣きついたところで、そんな亡国寸前の国王でもない男に一体何ができるのか楽しみですけどね」

「そ、それって……っ!あ、あなた!私が誰なのか知っていて!?」

「何のことだか?なぁ、オーフェル。お前にはこの女の言葉が理解できるか?」

「全く理解できません」

「だよな。後は頼んだ。余計なことを喋りそうなら黙らせろ。多少手荒なことをしても問題ない」

「おまかせを」


 カルヴィンはディアーヌを一瞥した後、踵を返す――――



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