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結婚

 

「それ以上我が妻を愚弄するは許さぬ。スヴァルトに転移してきた輿には外から鍵が掛かっていた。鍵を開けたのは私だから間違いない。輿の中の人間がどうやって外から鍵をかけるのだ?」

「ですが、その女は元は奴隷の女ですぞ。王妃になれるはずが――」

「だからなんだ?それ以上言うは私の選択を否定するも同義」


 エドムントの声が一層低くなり、ファンデエン国王は慌てて口を噤む。

 とはいえ、納得できなかったようで、食い下がる。


「……しかし、エドムント殿が求めたのは我が娘ディアーヌであったはず!」

「そんな過去のことは覚えておらぬな。私の妻はディートリンデ一人だ」

「なっ!?求婚からまだ一年も経っておりませんぞ」

「それがどうしたというのだ?大国スヴァルトの王妃はディートリンデである」

「ディアーヌのことを見初められたのではなかったか!?」

「この覇王と呼ばれる我の求婚を蹴り、あまつさえ身代わりをたてるような女を、私が想い続けると思っているのか?」

「それは…………」


 ファンデエン国王は、どうやっても形勢を逆転できないと悟ったのか、俯いて難しい顔をしている。

 先ほどまでの鷹揚な座り方も忘れ、小さくなっていた。


「妻の親の頼みならばと思うたが……。ディートリンデはファンデエン王家とは繋がりのない者。であれば、ファンデエン王家に支援する必要もあるまいな」

「そ、それは。先程は軍事協定並びに貿易協定について検討していただけると……」

「検討した結果だ」

「検討って、まだ何も――」

「もう用は済んだであろう。宰相、ファンデエン国王のお帰りだ」

「待ってください!ディートリンデ!ディアーヌはどこだ!どこへやった!?」

「ですから、私は姫さまによって輿に入れられたのですから、姫さまの行方は存じ上げません。ただ、暫く姿を隠すつもりだと仰っていたのは間違いありません。侍女長と一緒にどこかへ雲隠れしているのでしょう。行き先については私の与り知らぬことです」

「――ファンデエン国王様。さあ、お出口はこちらでございます」

「まだ話は終わってない!」


 目が全然笑っていないけど笑顔のカルヴィンに、ファンデエン国王が出口へと押されていく。

 可愛い娘が大国の王妃になっていると思っていたのに、来てみれば居ないし、娘の侍女が王妃の座におさまってるし、理解できなくて当然だ。

 少し気の毒である。


 だけど間違いは訂正しなければ――――


「ファンデエン国王様」

「なんだ!正直に言う気になったか!?」

「はい。正直に申し上げます」

「やはり!そなたがディアーヌを――」

「私は、姫さまに忠義心も忠誠心も持ったことはございません。やるしかない仕事だっただけです。そうしなければ生きていけなかった。ただそれだけです。わがまま放題を諌めない国王様も王妃様も、どうかと思っていました。それは周辺諸国の評判からもわかるはず。離れられて清々しております」

「なんだと!?お、お前は!これまでの恩を忘れたのか!お前は――」

「我が妻のことを『お前』とはどういう了見だ?愚弄するは許さぬと申したはずだが、余程私を怒らせたいようだな」


 エドムントが目を眇めると、すかさずカルヴィンが出口を指し示す。


「さっ、ファンデエン国王様。出口はこちらです」

「なっ!元はと言えばこの女がっ!待って下さい!エドムント殿!エドム――」


 いよいよカルヴィンにグイッと押されてファンデエン国王は出て行った。

 ディートリンデはずっと言いたかったことが言えて、少しすっきりしていた。

 しかし、エドムントの前で言うには少し性悪すぎた気がする。

 ファンデエン国王に経緯を説明する許可は得ていたが、あんなふうに嫌味を言う予定はなかった。

 自分の中の嫌な部分を見られてしまい、エドムントにどう思われたか気になる。


 ちらりと様子を窺うが、エドムントに気にした様子はない。

 ファンデエン国王を追い出して戻ってきたカルヴィンと話をしていた。


「ファンデエンへの対応はいかがいたしますか?」

「賢ければ大人しくしているだろう。スヴァルトの国王を怒らせたと噂を流すだけで今は充分だ」

「承知いたしました」


 噂を流すだけと言うけれど、他の国から見たら神をも恐れぬ覇王として大陸に名を馳せているスヴァルト国王の影響力は絶大だ。

 そんなスヴァルト国王を怒らせた国とは絶対に付き合いたくないと思うはず。

 親しくしてどんな火の粉が降りかかるかわからないから。

 これからファンデエンは他国から距離を置かれるだろう。


 資源の少ない小さな島の弱小国が、他国から付き合いを敬遠されては国が立ち行かなくなる可能性もある。

 上手く信頼を築いていれば助けてくれる国もあるだろうが……ディアーヌのわがまま加減は周辺国には有名で、それが親であるファンデエン国王夫妻の甘やかしであることは周知の事実だった。

 この状況でも手を差し伸べようと思ってもらえるほど、信頼されているとは思えない――――



「今日は疲れただろう?」

「そうですね、少し。でも、すっきりしました」

「ディーも言う時は言うんだな」

「勝手なことをして申し訳ありません。……醜いところを見せてしまいまして、嫌になりませんでしたか?」

「いや。頼もしく誇らしかった」

「そう、ですか」

「ククッ。照れ屋なところとのギャップが良い。普段は淡々としているのにな。相変わらず私の妻は愛い」


 優しく微笑むエドムントに頬を撫でられ、ディートリンデは恥ずかしさを誤魔化すために手にしていたグラスを揺らす。

 ずっと揶揄われているのだと思っていた言葉。

 本心なのだと知ってから、言われるたびに顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて仕方がない。


 最近は二人で夜にお酒を飲むことを覚えた。

 ディートリンデはとっくに成人していたが、スヴァルトに来るまであまりお酒を飲んだことがなかった。

 ディアーヌは時間に関係なく呼び出すため、お酒を飲んで酔っ払うことなんてできなかった。酔っ払った状態でディアーヌに立ち向かうのは自殺行為も同然だと思っていたから。


 グラスの中ではちみつ色のお酒が揺れる。

 エドムントが『飲みなれないならこれが良いだろう』と選んでくれた、甘いお酒。

 エドムントが飲んでいるのは、甘いお酒よりももっと酒精の強い、濃い琥珀色のお酒。

 こうしてゆったりと夜に二人だけで過ごす時間が、ディートリンデのお気に入りの時間になっていた。


「エド様」

「ん?」

「ありがとうございました。今日は庇ってくださいまして」

「当たり前だ。礼を言われるようなことはしていない。ディーは安心して私に守られていれば良いのだ」

「でも、エド様に庇っていただけて本当に嬉しくて……。本当に心が温かくなったのです」

「それは良かった。――ディートリンデ」

「はい。なんでしょうか」


 ただ名前を呼ばれただけなのに、エドムントのいつもと違う様子に心臓が跳ね、ソワソワしてしまう。


「もう直ぐ半年経つな」

「はい」

「前に言ったが、半年経ったら改めて正式な夫婦となろう」

「はい。よろしくお願いいたします」


 ◇


 輿に入ったままスヴァルトにやって来た日から半年経った今日。

 あの日挙式した教会で新郎新婦、神父役のカルヴィン、見守ってくれるコラリー、ジョアナの五人で結婚の儀をやり直す。


 ジョアナは驚いていた。

 ディートリンデがファンデエンの王女ではなかったことを。

 だけど、「王妃様は王妃様です。私たちがお仕えしているのは貴女様ですから、関係ありません」と言ってくれて、ディートリンデは心底喜んだ。


「ケイリーも参加できたら良かったのですけど」

「……そうだな」

「またお父上様が倒れられたとか。大事ないと良いですけど」

「ディー。今は、結婚式に集中しよう。行くぞ」

「あ。はい」


 あの日と同じように、ディートリンデはエドムントの後を付いて一歩踏み出した――――


 〈新郎、スヴァルト国が王エドムント。新婦、ディートリンデ。この先、良い時はふたりで喜びを分かち合い、悪い時はふたりで手を取り合い、死がふたりを別つまで互いを愛し、敬い、決して裏切らず、そして一生共にいるための努力を怠らないことを誓いますか?〉

 〈誓う〉

 〈はい、誓います〉

 〈では、結婚の証を身につけて下さい〉


 エドムントがディートリンデの手を取る。

 前のときは何が起こっているのかわからなく、余裕もなかった。

 しかし、今はベールの隙間から落ち着いて様子を見ることができる。


 スヴァルト流の結婚式では、本来、互いに身につけていたものを交換し合う習わしがある。

 交換するのは自分の大切にしているものや長く愛用しているものが一番いいとされているらしいが、これのために新しく作っても構わない。

 前回は、神器を交換の品として用意されていたし、交換ではなく一方的だったが、今回は二人で相談して決めた。

 ディートリンデは自分の持ち物は何も持たずにスヴァルトへやってきたため、エドムントからお揃いの何かを作ろうと提案してくれた。

 それで、腕輪の神器はそのまま付け続けるので、指輪が良いだろうとなった。


 指輪が嵌められると、顔を上げる。

 厚いベール越しでもエドムントが微笑みかけてくれているのがわかった。

 相手から見えているのかわからないが、ディートリンデも微笑み返す。


 〈新郎新婦に結婚の証が正しくつきました。この結婚を認めるものは拍手で新婦を送り出してください!〉


 スヴァルトへ来たあの日には何を言っているかまったくわからなかったカルヴィンの古語。

 今のディートリンデは王妃教育の勉強のおかげで難なく聞き取ることができる。

(こんなことを言われていたんだ……)と感慨深く、込み上げてくるものがあった。


 このスヴァルトでは参列者が多ければ多いほうが、より多くの神に祝福されて新郎新婦が幸せになれると信じられている。しかし、カルヴィンとコラリー、ジョアナだけでもディートリンデは既に充分に幸せだった。

 三人が、もっと人がいるのかと錯覚しそうなほど力一杯拍手をしてくれたから。

 心から祝福してくれていると伝わってくるから。


 そして、スヴァルト国の王妃の名はディアーヌからディートリンデへと改名されたことが、発表された。

 無事に臣下らにバレずに半年を乗り越えたので、エドムントによってしれっと王侯貴族に王妃の本当の名前が周知された。


 貴族たちは『ファンデエン国王は陛下を怒らせた』ということを知っているため、『ファンデエンで付けられた名を王妃に捨てさせたのだろう』と噂された。

 さらに、エドムントがディートリンデのことを以前から『ディー』と愛称で呼んでいることを知られているので、呼び名を変えずに済む名前に変更したのだろう。それほど、覇王は王妃にベタ惚れだ――と解釈し、改名に疑問を持たれなかった。


「ディー、明日はデートをしよう。ディーに見せたい景色があるのだ」

「とても楽しみですわ」

「二人きりで行くのだぞ」

「は、はい」


 流し目で言われると、ディートリンデは勝手に顔が赤くなってしまう。


「相変わらず、我が妻は愛いな」

「……あっそうだ。以前のあのレストランを予約しましょう」

「ああ、いいな」


 わかりやすく話題を変えたディートリンデを一層愛おしそうに見つめながら、エドムントは話に乗ってやるのだった。


 ――周辺諸国に、スヴァルト国王は王妃を溺愛していると噂が流れ始めていた。





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