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唖然

 謁見の間には、表面上は和やかな空気が流れているものの、ピリリとした空気が入り交じっていた。

 普通の人ならば、早くその場を辞したいと思ってしまう空気感。

 しかし、その空気を作り出しているエドムントと対面しているファンデエン王とて、一国の王。

 覇王を前にしても椅子にゆったりと座り、王として威厳を保とうとしている――ように見える。


 ディートリンデは、謁見の間の隣にある部屋から、謁見の間の様子を魔道具の鏡越しに覗き見ていた。

 謁見の前半は外交に関する政治的な真面目な話が続いた。いや、エドムントとカルヴィンがずっと政治的な話しかせず、ファンデエン国王は合わせるしかないという雰囲気だった。


「――では、援助はそのようにお願いしたい。それで、そろそろ我が娘に会わせていただきたい」

「会わせるのは王女ではなく、我が妻なのだが」


 いい加減娘に会わせてくれと口を開いたファンデエン国王に、エドムントが温度の低い視線を向ける。

 その瞬間、ファンデエン国王は口をひくりと引き攣らせながら笑みを浮かべた。


「そ、そうですな。ははっ、は……。いや、嫁いだきり音沙汰がないものですから心配していたのですが。エドムント殿にそのように大切にしていただけているから、郷愁を感じる暇なく夢中になっていたのでしょうな。親としては安心しました。はははっ」

「…………」

「ははっ、はは……」

「……王妃を呼んで参れ」

「はっ」


 小国とはいえ、威厳を保ってさすがは一国の王……と思ったのは、最初だけだった。

 余裕がありそうなのは座り方だけで、精一杯機嫌を損ねないようにしているのが伝わってくる。


(ふぅ……。いよいよね)


 もうぬるくなってしまったお茶を口に含んで喉を潤す。

 そして、一つ息を吐いて気合いを入れ直してから立ち上がった。


「――王妃様がお着きになりました」

「通せ」

「はっ」


 エドムントたちは、ディートリンデがファンデエンの王女ではないことを隠し通すと決めた。

 そのためには、今後もファンデエン側には静かにしておいてもらわないといけない。

 今回の謁見で、万が一ファンデエン王に騒がれては困る。

 そのため人払いをし、謁見の間に入れるのはファンデエン国王とその従者一人のみということになっている。


 ディートリンデは少し緊張しながら謁見の間に入った。

 久しぶりに直接見たファンデエン王は小さかった。

 武人として立派な躯体を持つエドムントと対面しているからか、余計に小さく見える。


(姫さまに仕えていたときは、もっと大きく見えたのに……)


『王』というだけで大きく見えていたのだと、ディートリンデは気づいた。

 本物の王の大きさを知ってしまったから、余計に小さく見えた。


「おおっ!ディアー……あ?なんだ、ディートリンデではないか?見ぬ間にずいぶんと雰囲気が変わったな。少し痩せたのか?それにしても。そなた、ディアーヌに付いて参っていたのだな。ということは、イサベレも一緒か?そなたらの忠義心は知っておったが、一言でも伝えてから行かぬか。そなたらの身勝手な行為で、城ではそなたらが居なくなったと少々騒ぎになったのだぞ。迷惑をかけるでない」


 やはりファンデエン国王はディアーヌがディートリンデを身代わりにしたことを、今も気づいていない。ディアーヌはまだ旅を続け、未だ城へ戻っていないのだろう。


(本気で私が姫さまに追随したと思ったのね。少し痩せたことを気付いてくれたのは、嬉しいけど)


 事情が事情で辞めることさえ許されなかったからディアーヌに仕えていただけなのに、忠義心で仕えていたと思われていたことに、ディートリンデは驚いていた。


「それで、ディアーヌはどこだ?」

「姫さまはここにはおりません」

「何を言っておる?」

「姫さまとは、輿入れの日から会っておりません」

「どういうことだ?」

「…………」

「ディートリンデ、答えぬか」


 どう説明するか。何から話し始めると理解してもらいやすいか、ディートリンデはずっと考えていた。しかし、結局この瞬間まで考えが纏まらなかった。

 どう説明しても、冗談だと思われて信じてもらえない気がしたから。

 それは、実際にファンデエン国王を前にしても、変わらない。むしろもっと、どう言っても無駄な気がしてくる。


「聞いていれば先程から我が妻を、この大国スヴァルトの王妃を呼び捨てにするとは、どういう了見だ?」


 ディートリンデが話し出さないので、エドムントが助け舟を出してくれた。

 エドムントの言葉を聞いて、ファンデエン国王は思考が停止したようにポカンと口を開けて止まった。


「――――……は?妻?王妃?」


 エドムントの言葉がようやく届いたかのように、ぼんやりと呟くファンデエン国王。



「紹介しよう。我が妻で大国スヴァルトの王妃、ディートリンデだ」

「ディートリンデがエドムント殿の妻?ど、どういうことだ。ディートリンデが第二夫人ということか?」

「唯一の妃だ」

「ゆい、いつ……?」


 ファンデエン王は、ただ唖然と復唱するだけだった。


 ディートリンデが何かを確かめるようにエドムントのほうを見ると目が合う。

 エドムントはディートリンデを後押しするように、無言で頷いた。


 ディートリンデは、ファンデエン王が何も知らないようなら、自分が嘘偽りなく説明したいとお願いしてあった。

 頷きは、話して良いという許可だろう。

 どう説明しようか考えていたが、ありのまま、順を追って説明することにした。

 今のファンデエン国王では、端的に言っても理解してもらえそうにない。


「姫さまは輿入れの日、私を花嫁の身代わりとしました。私は侍女長にドレスを着せられて、姫さまによって輿に入れられ、姫さまの身代わりとしてスヴァルトへ転移させられたのです」

「何を言っておるのだ?ディアーヌがそんなことするはずが――」

「姫さまが!昔から私に姫さまのふりをさせておいでだったのは、陛下もご承知のところ。身代わりは昔からです」


 これにはファンデエン国王も当然心当たりがあるため、一瞬黙った。

 そして、恐らくディートリンデの言葉を少しは信じたのだろう。

 ディアーヌの罪やファンデエンとしての非を少しでも軽くしなければ!と考えた。


「そんなことは幾らでも偽れるではないか。それで何故ディートリンデがスヴァルトの王妃になるのだ!?偽者がそのまま結婚するなどあり得ない!そなたが謀ったのだろう!そうでなければ、こんなこと有り得ぬ!そもそもディアーヌを謀って王妃の座を狙ったのではないのか!?そうだ。そうであろう!ディアーヌはどこへやった!?そなたが謀ってディアーヌを、よもやディアーヌを弑したのではないだろうな!?」


 予想通りの展開だった。



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