深刻な表情
完全に誤解も解け、想いも通じ合った。
あとは、離婚できなくなる半年のその日を待つばかり。
半年を迎えた翌日に、二人で結婚式をやり直す約束をした。
「ディー。話がある」
朝食を食べ始めた途端、エドムントがやけに深刻な表情で話し出す。
悪い話かとにわかに緊張したディートリンデは手を置き、真剣に話を聞く姿勢を取った。
「結婚式用に服や装飾品を用意しようと思ったんだ。だが、結婚式は内密にやり直すと言っただろ」
「はい」
「王族の結婚式の衣装や装飾品は専用の特別なものだから、作り直したら『これは誰の分のだ?』と詮索されかねないらしいのだ」
「あ、確かにそうですね」
「カルヴィンが、結婚式のやり直しは認めるが、誰かに見られたら困るような物の新規作成や着用は認められないと言い出したのだ……」
目の前で申し訳なさそうに眉を下げられているが、ディートリンデはやり直しのために全て新調したいという気持ちはなかった。
「私は気にしません。陛下はスヴァルトで生まれ育って、信仰もあるでしょう。スヴァルトで信じられていることを破るのは気がかりかもしれませんが」
「いや。立場上大きな声で言えぬが、私はそれほど信じていない。ただ、ディーとの結婚は祝福されたい気持ちが強い」
「それは私も。ですが、気持ちが一番大切だと思うのです。二人が同じ気持ちで前を向いているなら、専用のものはなくても良いかと」
「そうか。そうだな」
いつものドレスで構わないと告げると、エドムントは安堵したようで、それからはいつも通りもりもりとご飯を食べ始める。
幸せで、ただただ楽しくて、いつもより食べすぎてしまった。
笑顔でエドムントを見送った後、ディートリンデだけに出されるデザートまで食べてお腹をさする。
「ふう……」
パン屋で働いていたときに少し痩せたのに、美味しいご飯のおかげで体型が戻り始めている気がする。
エドムントはディートリンデの体型は気にならないようだけど、自分ではまだもう少し痩せたいと思っていた。
結婚式をし直すならなおさら。
夢も希望もない人生だと思っていても、孤独は感じる。
人並みに花嫁や幸せな結婚への憧れはあった。
自分を愛してくれる人と温かい家庭を作ってみたいと思ったこともあった。
憧れつつも、そんなことは夢物語だと思っていたディートリンデ。
その夢物語が後三カ月ほどで現実になろうとしている。
(そうだわ。本格的にダイエットを始めないと……!!)
「ディー様、どうされました?どちらへ?」
「ちょっと……散歩へ」
「庭へ行かれるのですか?」
具体的に何をするべきか決まっていなかったが、突き動かされるように立ち上がったディートリンデを、コラリーが止める。
「庭に行ってもいいかしら?」
「ええ、それはもちろん。念のため日傘をお持ちしましょう。支度いたしますので、少々お待ちくださいませ」
こうして、空いた時間に庭園や城の中を歩くことが習慣になった。
◇
「おはよう、ディー」
「おはようございます。エド様」
あと一週間で二人が結婚して半年経つ。
この間に、向かい合って一緒に眠ることも、眠っている間に抱きしめられることもディートリンデは慣れていた。
二人の関係性は確実に変化していた。
変化していることと言えば、エドムントの呼び方も変わった。
『エドと呼んでくれ』と請われ、二人きりのときにはエド様と呼ぶようになっていた。
王妃教育も本格的に再開し、『ファンデエンとは訳が違う部分があるようだ』とそれっぽいことを言い、古語も学んでいる。
リーコックやアデラの件は王城や社交界をざわつかせたが、今のところディートリンデが偽者だと噂されることもない。皆、罪人を捕えるためなら自分の王妃に偽物の疑いがあるように見せることくらい、エドムントやカルヴィンならやりかねないと思っていた。
とても順調に日々を過ごし、後は半年経過して簡単に離婚できなくなるのを待つばかり。
――――とはいかなかった。
「今日はついにファンデエンの国王が謁見に来る日だな」
「はい……」
「緊張しているのか?」
「少し」
「大丈夫だ。二人で、いや四人力を合わせて何としても乗り切るぞ」
「はい!」
エドムントとディートリンデは頷き合う。
カルヴィンは仕方がないという表情だったが、コラリーも深く頷いていた――――
幸せを噛み締めながら日々過ごしていたディートリンデに、激震が走ったのは二週間前。
ファンデエンから国王自ら来国し、謁見したいと申し出があったとカルヴィンからエドムントとディートリンデに伝えられた。
「謁見だと?今更どういうつもりだ。あの国の王は何を考えている」
「謁見を希望する理由は、よくあるご機嫌伺いのようです。書簡を見る限り本来の目的はわかりませんが、どの国であっても下心は隠すものですからね」
「よもや、今更謝ってくるつもりか?偽者で謀っておいて厚顔なことだな」
『偽者で謀っておいて』と言われると、ディートリンデは思わず謝りたくなってしまう。
「……申し訳ございません」
「! ディーに言っているのではないぞ。結果的にはディーを送り込んでくれた王女に、その一点においては感謝したいくらいなのだからな」
「そうですね。それには私も同意見です」
エドムントの言葉に同意したのは、カルヴィンだった。初めは反対していたカルヴィンも、いつの間にか認めたらしい。
それに即座にエドムントが反応する。
「何故お前が?」
「今まで面倒くさがっていた書類仕事も、陛下が王妃様と過ごす時間を少しでも長くしたいと言って、最近はサクサク執務を進めてくださるようになりましたので」
「…………」
カルヴィンから揶揄されたようなエドムントは、ムッと少し口を尖らせ不服そうな表情をする。
カルヴィンとコラリーの前ではエドムントが素を見せるということに、ディートリンデも最近気づいた。
(いい大人のこんな子供っぽい仕草を可愛いと思ってしまうんだから、恋って恐ろしいわ)
「書簡には王妃様にも会いたいと書かれています」
「えっ!?私に?あ、姫さまに会いたいってことよね」
「何か心当たりがあるのか?」
「心当たりという程ではなく、可能性の話なのですが」
エドムントは既に、ディートリンデが身代わりで送られたことをファンデエンでは把握していて、恐れて今まで何も連絡を寄越さなかったのではないかと予想していた。
嫁いで半年近く経過するのだから、知っているだろうと考えるのは当然。
しかし、ディートリンデの考えは違う。
ディアーヌは『暫く姿を晦ませる』というようなこと言っていた。侍女長と一緒にまだどこかに隠れているのだとしたら、ファンデエン国王は未だディートリンデが身代わりにされたことに気付いていない可能性が高い。
娘を溺愛していた国王だから、嫁いで以来音沙汰のないディアーヌを心配しているだろう。いい加減痺れを切らして謁見を申し出る可能性もあるのではないか。ただの親心として。
「そういえば、ファンデエン国から姫様宛に手紙などは届いていなかったのでしょうか?」
「あぁ。届いておりましたが、捨てていました」
「え、捨てて……?」
カルヴィンがしれっと悪びれもなく言う。
エドムントは「勝手に捨てるなと言ったのに」と呟くが、それほど気にしていない様子。
「あのころは、身代わりを送るなど!と怒っておりまして、腹いせに捨てておりました。そのうち、届かなくなりましたが」
「…………そう。それで、しびれを切らして自らやって来るのかもしれませんね」
「なるほどな。であれば、謁見の間で王妃がファンデエンの王女ではなくディーだと気付いたら騒がれる可能性があるな」
「謁見は人払いをして行うよう手配いたします」
「向こうからの来国人数も制限させろ」
「承知いたしました」