妹
「陛下!おじいさまを捕らえたというのは本当なんですの!?」
朝『今日こそは執務室で茶を共に。束の間の癒しがほしいのだ』と言われ、ディートリンデは執務室でエドムントと一緒にお茶を楽しんでいた。
そのとき、ノックもなくバーンと扉が開いてアデラが入ってきた。
アデラは焦ったような悲しむような表情だったが、ディートリンデに気づくとキッと睨んだ。
「アデラか。いつも言っているが、ノックを――」
「約束が違いますわ!それに、どうしてその女がここに!?……お飾りの妻が何を陛下の横に座ってるのよ!私、忠告したわよね!?」
「その女とは、ディーのことか?王妃なのだから王の執務室で茶を飲んでいても不思議ではないだろう。それよりも忠告とはなんだ?」
「私は!?私が王妃に――」
「忠告とは、なんだ?何を言った?」
「っ…………」
エドムントの雰囲気ががらりと変わった。いかにも覇王という雰囲気で、直視するのが怖いくらいになっている。
さすがのアデラも怖じ気づいたようだ。
アデラに怖いくらいの空気を発していたが、エドムントはディートリンデのほうを向き優しく手を握ってくる。
その落差が怖い。
「ディー。アデラに何を言われた?」
「…………」
「庇うことはない。教えてくれ」
女の意地として言いたくないという気持ちがあったが、エドムントに「隠し事はしないようにしよう」と言われては、話すしかない。
「……陛下が寵愛しているのはアデラ様で、お飾りの妻はさっさと離婚しなさいとか、そんなようなことを……」
「はぁ……。なんでそんなことを言った!」
「だ、だって!私を王妃にしてくださるって!おじいさまの不正があるままでは私を王妃にすることはできないから、揉み消すために不正の証拠を持ってこいと!揉み消せたら私を王妃にしてくださると仰っていたじゃないですか!?」
「私から王妃にするとは言っていない」
「嘘!どうしてそんな嘘を?この女に何か弱みでも握られているのですか!?」
アデラは再びディートリンデをきつく睨んだ。
「私は、『王妃にしてくれる?』と聞かれたから『不正を行っている身内がいては厳しい』と答えた。アデラが勝手に『不正の証拠を揉み消しても駄目?』と食い下がるので、『持ち出せるか?』と言っただけだぞ」
「そ、そうだったかしら。だとしても、結婚してくれるって言ってるようなものじゃない!」
「身内に犯罪者がいる者が王妃になどなれるはずがないだろう?昔から言っているが、もう少し考えろ。これからの時代、貴族令嬢も頭を働かせなければ生き残れなくなるぞ」
「なっ……!?で、でも!お祖父様はその女は偽者だって!だから!」
「それは私がリーコックを捕らえるための嘘だ」
「え、嘘?……でも。でも!陛下はいつも私を気に掛けてくださっているのは寵愛してく――」
「アデラ。これ以上勘違いされても面倒だから言うが、お前を気にかけていたのはバルブロの妹だからだ」
「お兄様の、妹だから……?」
「幼馴染のバルブロが死の間際、アデラのことを気にかけていたし、私も妹のように思っていた。だから気にかけていたが、特別な感情を持ったことはない」
「う、そ……。でも、でも!定期的に会いにきてくれたし、毎年誕生日には花束とカードを贈ってくれたわ!デートにも何度も連れて行ってくれたし、腕を組むのも許してくれた!抱きついても怒らなかったし、執務室にだって入れてくれていたじゃない!他の人にはしていないのに!私を愛しているからでしょう?」
「バルブロから妹を頼むと言われていたからな。花は、『アデラは花が好きだから俺の代わりに毎年誕生日に贈ってくれないか』と頼まれていた。腕を組むのも抱きついてくるのも妹だと思っていたから許していただけだし、執務室への入室もまた同じような理由だ。まだ子供だと思っていたからこそ許していた。大体デートではない。それもバルブロから『寂しい思いをさせないようにたまには遊びに連れ出してやってくれ。友達を作るのが苦手みたいなんだ』と言われたからだ。子供をデートに誘う訳がないだろう」
「子供!?そ、そんな……。この前の誕生日にはバレッタも贈ってくれたわ!それに、これ!誕生日でもないのにこの髪飾りも贈ってくださったわ!」
「ああ、それか。それは盗聴の魔道具が仕込まれている」
アデラに贈った髪飾りを通し、リーコックとの会話やリーコックの屋敷での音を聞いた。
保険のような物だったが、リーコックがアデラにディートリンデの情報を伝えていることがわかった。
「でも!結婚……そうよ、ちゃんと結婚の約束だってしたじゃない!」
「バレッタは強請られたからだ。結婚なんてそんな約束した覚えはな――」
エドムントは言いかけて、何かを思い当たるような顔をした。
(え?まさか本当に結婚の約束をしたことが……?)
「……あれか。アデラが子供のころに強請ってきたから仕方なく約束したという話か」
「仕方なく!?そんな……、酷いわ……」
「私は残念だ。親友のバルブロが可愛がっていた妹にこんなことを言う日が来るとはな……。しかし私は王で、お前はただの貴族の令嬢」
「な、なにを……?」
「アデラには王妃への不敬罪として一年間の謹慎を言い渡す」
がくりとへたり込んでしまったアデラに、カルヴィンが「陛下の温情に感謝することですね」と言っていた。
確かに、王妃への不敬罪ならもっと重くても不思議ではない。
本当にアデラを妹のように思っていたのだろう――――