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 表情には出さず、心の中で無理と連呼していたディートリンデだったが、リーコックと目が合ったためお腹に力を入れた。


「では……。いくつか私が仕入れたファンデエンの王女に関する情報について、質問させていただく。ご本人ならば容易に答えられることかと」


(こ、こうなったら、姫さまになりきるしかない。やりきってみせるわ!)


 リーコックは、ポケットから手帳のような物を取り出すと、書かれたメモの中から何から質問しようか選ぶような仕草をする。

 これはという質問が思いついたのか、勝利を確信したかのような表情で顔を上げた。


「では、まずお名前を教えてください」

「えっ?名前?」


 まさかそんな簡単なことを言わされるとは思わず、拍子抜けしたディートリンデは聞き返してしまった。

 感情が表に出にくいディートリンデは、凛とした王妃として通っているため、動揺したようにも見える。

 リーコックは尊大な態度へと変化していく。

 一方でディートリンデは、恐れることはなさそうだと感じた。


「ええ、正式なお名前を教えていただきたいのです」

「正式?」

「おや?一般に知られている名前とは別に正式な名前があるのですが、ご存知なかったのですかな?」

「当たり前すぎて驚いただけ。私の名前は、ディアーヌ・ジュスティーヌ・アンネリース・ベラ・ゾフィーア・スピェバー・ヤーナ・アリアネ・エストレジャー・レイラ・ファン・ド・ファン・デ・ファンデエンよ」


 名前を言い終えると、エドムントの手がディートリンデの手に重なった。

 顔を見ると、微笑みかけてくれる。

 大丈夫と背中を押してくれている気持ちになり、ディートリンデの心に更なる余裕が生まれた。


「いつ聞いてもディーの正式な名前は長いが、自分の名前くらい言えて当たり前ではないか?」

「そうですわよね」


 ディートリンデはディアーヌのお付きになってすぐのころ、何度も正式な名前を言わされていた。

 少しでも詰まったり間違えようものなら酷い癇癪や罰が待っていたため、流れるように言えるようになった。

 久しぶりでも自分の名前のようにすらすらと口から出てきて、体に染みついているのだと思い、少し嫌になる。


「で、では、どうしてそんなに名前が長いのか!その理由もご存知ですかな?」

「ええ、勿論。王家の子供は、生まれるまでに九つの名前が与えられるわ。そして、無事に産まれたら十個目の名前を与えるの。初代の王が九度生まれ変わり、十度目にファンデエンを創造したとされているから、初代と同じように多く生まれ変わっても困らないようにという意味があるわ」

「長い名前だと思ったらそんな理由があったのか。それは私も知らなかったな」

「ええ。王族にしか伝わっていませんけど、隠すことでもないと思うの」

「だそうだ。リーコック、もういいか?」

「まだ、質問はございます!」

「まだ続けるの?いいけれど、無駄だと思うわよ。それで、何かしら?」

「誕生日は?」

「五月五日――」

「やはり!この女は偽物だ!自分の誕生日を間違える者がどこにいましょうか!陛下!陛下なら、王女の本当の誕生日をご存知では?」

「あぁ、もちろん知っている。……五月四日だ」


 リーコックは、ディートリンデの言葉を遮って偽物だと高らかに言い切った。

 エドムントにも同意を求めて。

 そして、エドムントもディートリンデの解答が間違っていることを認めた。

 エドムントが認めたことで、リーコックは小鼻を膨らませ得意満面になる。


「待って。人の話は最後まで聞いてちょうだい。五月五日……と言われているけれど、本当は五月四日よ。ファンデエンは五月五日が建国の日とされているから、神聖な感じがするという理由で五日にされたの。人の誕生日を偽るなんて失礼だと思わない?」


 鬼の首を取ったように偽物と言った後に、正しい説明をされて、リーコックは悔しそうな顔をした。


「で、では!専属侍女長の名前はご存知ですかな?」

「イサベレね。……イサベレは元気かしら。息災だといいけれど」


 ディートリンデにとっては裏切り者の侍女長に懐かしさを覚えることはない。

 しかし、王妃らしさを意識すると、思ってもいないことが口からスルスルと出てきて自分でも驚いていた。

(私、やればできるじゃない)と、変な自信を持ちそうになっていると、エドムントが軽く息を吐く。


「リーコック。もう気が済んだだろう?我々も暇ではないのだぞ」

「いや!まだ!体型の違いはどう説明されます!?こちらに来られたとき全然違ったではないか!」

「まぁ!酷いわ……」


 これは、ディートリンデとして、胸に刺さった。

 スヴァルトに来たころよりは痩せたとはいえ、侍女らに比べたらまだもう少しのディートリンデ。

 気にしていることを改めて言われて、本気でショックが顔に出てしまう。

 本当に泣きそうな気持ちになっていると、慰めるようにエドムントが握る手を強くした。


「言うに事欠いて我が妃を愚弄するか」

「すっ、姿絵を見たと申しましたが、似ても似つかなかったのです!」

「またそれか。姿絵など本人と似つかない場合もある。リーコック、お前の姿絵も今年描き直ししたという割に、随分と違うではないか。別人のようだぞ」


 エドムントがリーコックをチラリと見やった。

 視線を追うと、リーコックの頭を見ていた。


(本人はかなり薄いけど、姿絵はもしかしてふさふさなの?)


「し、しかし、陛下は健康な王妃をと望んだのも他国の王族から迎え入れる理由の一つでしたのに、お披露目会の時にも王妃様はお倒れになっていました。最近も長いこと臥せっておられたご様子。これならば病弱な他国の王族よりも、健康的な自国の娘のほうが良いと、私は心配を――」

「お披露目会か。リーコックは知っているか?」

「なんにございましょう」

「あのお披露目会で我が妃が飲んだジュースだが、キウカが出されるはずだった。しかし、メリルのジュースに変わっていた」

「はい。それは大臣が気を利かせたと」

「そうだ。その大臣が教えてくれたぞ。『会場で出すジュースはキウカらしいがメリルにした方が喜ばれるのではないか。しかし私には仕入れる伝手がないのが惜しい』と、リーコックが言っていた、とな」

「それは、確かに言いましたが、私は何もしておりません!」

「お前は我が妃に、ファンデエンの第一王女にはメリルアレルギーがあることを知っていたのではないか」

「まさか……」


 風向きが悪くなっていると悟ったのか、リーコックは顔が引き攣り始めた。


「いいや、お前は知っていた」

「なんのことだか」

「お披露目会の会場内では『王妃はメリルアレルギーがあるらしい』という噂が出回っていたな。知らないとは言わないよな?何名もの者から『リーコック政務官から聞いた』と証言を得ているぞ」

「…………その者らは勘違いしているのでしょう」

「リーコックは以前からディーに接触して足を引っ張る材料を探していた。どこかから、ファンデエン国の王女がメリルアレルギーとの情報を得ていたのだろう。だから、アレルギー症状が出るかどうかを試したのではないか?自分の手を汚さないように人を使って」

「そんなことをするはずがありません」

「そうだな。一歩間違えば命を落とすほどのこと。大臣のように何も知らないか、アレルギー症状が出ないと確信していなければ、できないことだ。――我が妃が弑されるようなことがあれば、犯人の首だけでは足らぬ。企てだけでも大罪だ」


 一族が罰の対象になるとはっきり言われたリーコックは、額に汗を滲ませ始めた。

 隠すものが少ないから、汗が目立つ。


「どちらにしても、ディーが偽者な訳がない。実際、メリルのジュースで一晩意識を失っていたのだからな」

「…………」

「もう偽者ではないと、お前も納得したのではないか?」

「いえ!王妃がファンデエン国の王女ではないと言う証人もおるのです。日を改めて、連れてきてよろしいですか!?」

「リーコックはそんなにしつこい性格だったか?まぁ、いい。証人といえば、私にもお前に会わせたい証人がいるのだ」

「私に会わせたい証人でございますか?」

「連れて参れ」

「――失礼いたします」


 カルヴィンが誰かを呼びに部屋を出た隙に、ディートリンデはカップに手を伸ばす。張り詰めた空気で喉がカラカラになっていたのだ。

 しかし、一口お茶を飲むとすぐに執務室のドアがノックされた。

 そして、カルヴィンに連れてこられたのは、目の細い男性。


(あっ。『ひょろっと細いけど背の高い』怪しい人!パン屋さんで絡まれたときに助けてくれたけど、やっぱり陛下の手の者だったのね!)


「お……!?」


 リーコックは部屋に入ってきた男性を見て、一瞬明らかに反応した。

 しかし、誤魔化すようにわかりやすく素知らぬ顔をした。


「自己紹介をしてやれ」

「はっ。国王直轄部隊、隠密班の狐と申します」

「リーコック。お前には武器の管理を任せていたが、武器商人とは仲良くやっているようだな。特に最近になって隣国の武器商人と頻繁に会っているな」

「何を仰いますか」

「その武器商人とはこの男だな。我が王妃が偽者ではないかという情報もこの男から聞いたのではないか?」

「何のことだかわかりかねますな」

「敢えて、本当のことと嘘を混ぜて伝えさせていたからな。お前が食いつくように」

「…………」

「シラを切るつもりか?では、別のことを聞こう。五年ほど前から武器購入の金額と実際の納品数が合わないのは何故だ?」

「…………」

「答えよ」

「何のことだか私にはさっぱりわかりかねますなぁ。現場の人間がやったことでは?違っていたというなら確かに私の監督不行き届きやも知れませぬが」


 リーコックは急に開き直ったように話し出した。

 しかし、カルヴィンがエドムントに何かの書類を手渡し、それを手前のテーブルの上に差し出す――――


「それはっ!?な、なぜ……」

「アデラに頼んで持ってきてもらった」

「アデラが……!?」

「王妃の座をチラつかせたらすぐに協力してくれたぞ。犯罪の証拠だとも知らずに持って来てくれたわ。身内に犯罪者がいるのに王妃になどなれる訳がないのにな」

「アデラが…………」

「大体、ファンデエンとの距離を考えれば、隣国のたかが武器商人にファンデエンの王女に詳しい者がいるはずがなかろう。ファンデエンが軍事国家ならいざ知らず、軍事力は皆無のような平和な国。――王妃が偽者だと言う者がいればお前は必ず接触してくる。それが武器商人なら、頻繁に会っていてもそれほど不自然ではないから情報を仕入れやすい。情報を渡す代わりに武器をと取引を持ちかけた。私がお前を捕らえるための罠だとも思わず、まんまと乗ってきたな。なかなかに滑稽であったぞ」

「そんな!?全てが陛下の罠…………!?」

「――連れて行け」



 急に終焉を迎え、ディートリンデは呆気に取られていた。


(アデラ様と怪しく見えたのは、リーコック政務官を捕らえるためだったの?アデラ様がリーコック政務官の孫だから?もう少しで片が付くと言ったのは、そういうこと……?)


「ディー」

「は、はい」

「そういう訳なんだ。アデラと会っていたのは、ディーを守るためだった」

「そう、でしたか。それなら教えておいてくださったら良かったのに……」

「真実を知らぬ者が多ければ多いほど敵を欺けるというのが私のやり方なのだ。それに、アデラが調子に乗ってくれたほうが上手くいくとわかっていたから言わなかった。だが、不安にさせたことは謝る。ディーには言っておくべきだった。すまん」


 ディートリンデの偽者疑惑を、エドムントは逆手に取った。

 リーコックを捕らえるためにわざと流した情報のように印象付けることまで計算して。

 もしも、今後ディートリンデに偽者疑惑が上がっても『リーコック政務官を捕らえるために陛下が流した嘘』となれば、偽者疑惑を出す人は嘘情報に踊らされている人となる。

 相当な証拠がない限り、ディートリンデを偽者だと追及してくる人や噂をする人はいなくなるだろう。


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