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無理無理無理無理

 

 エドムントの気持ちを聞いて、ディートリンデはエドムントの傍で生きていくことを決めた。

 そうなると、この大国の正式な王妃を務めることになる。

 不安はあるものの、自分なりに少しずつそれらしくなるために、ディートリンデは早速王妃教育を再開してほしいとエドムントに頼んだ。


「――では、本日はここまで」

「え?もう終わり?」


 やる気がみなぎっているディートリンデは、今までの半分の時間で切り上げられたことに消化不良な心持ちであった。


「久々ですからな。無理してまた体調を崩されては大変ですから、少しずつ進めて参りましょう」

「あ、そうね」


 ディートリンデが城を抜け出していた期間、王妃は体調不良で寝込んでいることになっていた。

 つじつま合わせのためにも大人しく部屋に戻る。


(居心地が悪いわね……)


 ディートリンデは本日、すれ違う人々から漏れなく窺うような視線を向けられていた。

 昨日まで一ヶ月以上も寝込んでいることになっていた王妃が急に姿を現したとなれば、気になるのも仕方のないこと。

 王妃教育が行われる執務棟にある一室へ向かっているときも、私室へ戻る今も、周囲からの視線が痛く感じる。


(元気な姿を見せるのも今は仕事とはいえ、早く部屋に戻りたいわ)


 そう思った矢先、リーコックと鉢合わせした。

 明らかにディートリンデのことを良く思っていない相手である。


「これはこれは王妃様」

「あら、リーコック政務官。ごきげんよう」

「暫くお姿をお見かけしませんでしたが、伏せっておられたとか」

「心配してくださるの?」

「お披露目会のときもお倒れになられましたでしょう?そろそろ陛下に進言せねばならないと思案していたところです。私の孫は健康ですからな」

「……なんですって?」


 ディートリンデは一瞬言葉を失ったが、耳目が集まったのがわかり、慌てて取り繕った。

 ディートリンデが言葉に不快感を載せても、リーコックは気に留めていない様子で続ける。

 それどころか、笑みを深める始末。


「王妃様は、おいくつですか?」

「十七よ。それがどうかして?」

「十七歳には見えませんなぁ。よく言えば大人びていると言いましょうか」

「それはどういう意味?女性に対して言っていいことかしら?」

「これは失礼。しかしですなぁ。私の聞いた情報と今私の目の前にいらっしゃる王妃様は似ても似つかない。……どこから入り込んだのやら」


 偽者であると確信を得ている言い方に、ディートリンデの心臓はドクドクと鼓動が早くなる。


 弱小国の姫ということで、元々舐められ気味だと感じていたものの、王妃に対して直接ここまでの態度をとる人ではなかった。


(この決めつけた言い方や高慢な態度は、自分が正しいと自信があるのね……。だけど、ここで動揺は見せられないわ。私は陛下と同じ気持ちで前に進むと決めたんだから!)


「それは一体何の――」

「リーコック。我が妃に対して、この国の王妃に対して、口の利き方はそれで良いと思っているのか?」


 どこから現れたのか、怒りを滲ませた低い声が廊下に響いた。

 ディートリンデが声の方向へ振り向く暇もなく、庇うようにエドムントに腰を引き寄せられる。

 エドムントが現れたことにより、リーコックは一応礼の姿勢を取った。しかし、力強い眼差しでエドムントを見る。


「……申し訳ございません。しかし、陛下のお耳に入れたいことがございます」

「なんだ?」

「私が王妃様にこのような口の利き方をした理由でございます」

「……良いだろう」


 エドムントが許可を出すと、後ろにいたカルヴィンが割って入ってきた。


「では、場所を移しましょう。ここは耳も目も多すぎて不憫です」


(不憫って、え?もしかして、私が姫さまの身代わりの偽者だって話すつもり?)


 エドムントの顔を見上げてみるが、リーコックを睨み付けたままで視線が合わなかった。


 ◇


 エドムントの執務室へ移動すると、四人がそれぞれ椅子に腰掛けた。

 全員が席についたため、後はエドムントが話を促すだけ。

 しかし、試すかのようにリーコックの顔を見たまま、暫く口を開かなかった。


 ディートリンデはこれまでも何度かこのようなエドムントの姿を見てきた。

 無言で顔を見られるだけで圧が掛かる。

 こうなると、自分が不利になることがわかっていてもエドムントが望む提案を自らしてしまうのだ。

 程度の差はあれ、小間使いのような文官から自ら出張ってきた大臣まで、エドムントにそのように見られるだけで、皆一様に汗をかいていた。


 しかし、リーコックはエドムントの視線を物ともせずにゆったりと座っている。

 カルヴィンは何故かこの展開を楽しむように微笑んでいる。

 ディートリンデ一人だけ、緊張感が増して手に汗をかき始めていた。


「――それで、我が妃にあのような口の利き方をしていた理由とはなんだ?理由如何によっては容赦しないぞ」

「はい。それは王妃様が、偽者だからでございます」


(っ!!ばれてるわ!やっぱり何か証拠が……!?陛下はどうするつもりなの?あぁ、陛下のほうを見たいけど、ここで見たらだめよね!?)


 内心パニックだったディートリンデだが、長年の経験や染みついた癖のお陰で、動揺が表に出ることはなかった。

 エドムントに縋りたい気持ちを抑え、ディートリンデは批判的な目をリーコックへと向け続けた。


「ははは!そうかそうか。何を言うかと思ったら。突拍子もないが、なかなか面白いぞ。リーコックもやっと笑える冗談を言えるようになったか」


 内心で(どうする?どうしたらいいの!?陛下!どうするの!?)と焦っているとエドムントが声を上げて笑いだしたので、ディートリンデは止まるのではないかと思うくらい心臓が収縮した。


「冗談ではございません!陛下!この女は偽者でございます!」

「この女?我が妃をこの女だと?」

「で、ですから!偽者なのです!このお――いえ、彼女はファンデエン王国の第一王女ではございません!」


 エドムントの目が眇められ、声色も不穏なものへと変わると、さすがのリーコックにも多少の動揺が見られた。

 しかし、彼の自信は相当なもので、引き下がることはない。


「ディーは間違いなくファンデエン王国の王宮と繋いだ転移陣を使ってこちらに来た。王族に関係する転移陣の起動はお互いに承認が必要で、誤魔化しようがない。それは、防衛に関わる政務官であるリーコックも承知していることだな?お前もあの場に立ち会っていたのではなかったか?」

「それは……」

「それは、なんだ?私が間違ったことを言ったか?」

「それに関しては、その通りでございます」

「そうだろう。そして、輿の鍵を開けたのは私だ。輿の中から出てきたのは、間違いなくディーだ」

「しかし、輿に乗る前に入れ替わっているとしたら、意味のないことです!」

「そうだな。お前の言い分が正しいと仮定したなら、それしかないだろう」

「では!信じていただけますね?」


 エドムントが言い分を認めると、リーコックは嬉々として身を乗り出してきた。

 国王を納得させることができたのがよほど嬉しいのか、鼻の穴が広がって興奮しているとよくわかる。


「では、リーコックに問う」

「は……なんでございましょう」

「あの小国ファンデエンが、大国スヴァルトを欺く理由はなんだ?事前に入れ替わってるとしたら、国ぐるみで謀っていることになるよな」

「それは……」

「どうなんだ?」

「…………」

「ディーを一人送り込んだところで何を盗めると言うのだ?」

「へ、陛下の懐に入り込めば一人でも可能かと……現に――」

「現に?」

「げ、現に!ご執心のご様子!」


 リーコックが叫ぶように言うと、エドムントは鼻で笑った。


「まるで見たように言うのだな?私が公私もわけられない愚か者だと、お前に思われていたとは」

「そ、そういうわけでは。しかし、今も愛称で呼ばれるほど――」

「お前にどう思われていようとどうでもよい。国力や軍事力の差を考えれば、計略が発覚したら我が国がかの国を一瞬で捻り潰すことも容易。この世界から消すこともできる。いつだっかどこかの島国が何者かに消し去られていたな。バルバリラ国の仕業だと言われてるが、確実な証拠がないため国際会議の参加国も追及しきれないまま……。やろうと思えば同じことを我々もできるし、正当な理由を作って堂々と攻め込んでもいい。そのくらいわかると思うが、その危険を犯してまで欺く理由はなんだ?」

「…………」


 リーコックは答えることが出来ずに黙ってしまった。

 ディートリンデが偽者であるという何らかの証拠は掴んでいるようだが、どうして偽者が送られてきたのかまでは把握できていないようだ。


「答えられぬか。当然だ。様々な可能性は考えられるが、国力の差や距離を考えれば現実的ではないことなど容易に想像がつくからな。これでわかっただろ?自分の主張がどれだけ――」

「しかし!ファンデエンの王女とは似ても似つかぬ姿をしております!」

「リーコックがファンデエンの王女と会ったことがあるとは。これは初耳だ。どこで会った?」

「いえ、姿絵を確認いたしました!」


 リーコックは鼻息荒く主張をするが、エドムントは再び鼻で笑う。


「周知の通り、私は世界会議の際に出会った。お前は、私をよほど愚鈍な王だと思っているようだな。偽者にも気づかない愚か者だと」

「とんでもない!し、しかし……姿絵とは間違いなく別人なのです!」

「リーコックがそこまで言うとはな……」


 エドムントはゆっくりとディートリンデを見る。

 突然見られたことに、ディートリンデは身を固くした。

 ディートリンデと目が合ったエドムントはニヤリと悪い顔をして微かに笑った。


(……なんだか、嫌な予感…………)


「よし。では、試してみるが良い。そこまで言うからには、姿絵だけではない何かしら王女に対しての情報を得たのだろう?我が妃に直接問うことを許そう」


(えっ!?私が直接聞かれるの!?何を聞かれるかわからないのに?無理よ!無理無理無理無理――)



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