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 一度部屋に戻ると、もう一度エドムントの執務室に行く気にならず、鬱々とした気分で午前を過ごした。

 お昼休憩の時間になると、エドムントが部屋にやってきた。


「お前たちは出ていろ」

「陛下、急に何を――」


 明らかに怒っている様子のエドムントを見て、コラリーが庇おうとしてくれる。

 しかしエドムントは即座にコラリーに鋭い視線を投げかけた。


「聞こえなかったのか?出ていけ」

「……失礼いたします。行きましょう」

「……はい」


 このときジョアナはディートリンデを気遣うように視線を送ったが、目が合うことはなかった。自分がちゃんと、「取り込み中のようだから……」とディートリンデの気遣いをエドムントに伝えていれば、怒らせるような誤解を生まなかっただろうとジョアナは後悔していた。


 一応、ディートリンデが約束をすっぽかしたことになっているため、それについては怒られても仕方がない。とはいえ、納得できるものではなかった。


(どうして私が怒られないといけないのだろう。私の人生はどうしたって理不尽な目にあう定めなのね)


「何故来ない?執務室に来るように言っただろ」

「…………」

「黙っていてもわからない」

「…………申し訳ございません」

「謝罪を聞きたいんじゃない!」

「…………」


 ディートリンデは、今口を開くと感情的になり冷静に話し合えない気がした。

 不満と悲しみが混ざりあって勝手に昂る感情を抑えるのが精一杯だった。

 しかし、エドムントにはディートリンデの気持ちが伝わっていないので、畳み掛けるように追求してくる。


「そんなに嫌か!?執務室に来るのも嫌なのか!?」

「……行きました」

「なんだって?聞こえない」


(アデラ様と一緒だったからって、私に言わせたいの?優しい人だと思っていたのに、なんて残酷な人なんだろう)


 鼻がツンとし始めたのを懸命に耐えた。

 ディートリンデは人前で泣くのを我慢するのは慣れていた。

 これまでの人生で泣いても無駄だと学んでいるし、泣くだけ状況が悪化することもあると知っていたから。


「……お取り込み中のようでしたので、引き返しました」

「取り込み中?」

「はい、先客がいらっしゃいました」

「あ、そうか。アデラが来たときと重なったのだな。それは悪かった」


 重なったのではなく、重ねたのでしょう?とディートリンデの心が反発し、唇を噛む。

 一方のエドムントは、優しげな表情を浮かべたようにディートリンデの目には映った。アデラのことを思って、表情が優しくなったように見えていた。


「ちゃんと紹介したことはなかったが、アデラは私の幼馴染の妹なんだ」


(そんなふうに、笑いながら言うなんて。素直に愛妾だと認めたらいいのに)


 しかし、これで確定したと思った。

 隠す気がないということは、アデラとの関係を許せと言いたいのだとよくわかる。


「存じております」

「そうか。勉強の成果だな。だが、なぜ入って来なかったのだ?」


 エドムントの感情が落ち着くのと逆に、ディートリンデは限界に達した。


「女性が来ているところに入って行けますか!?わざと、あ、あんなふうに見せてわからせようとしなくても!話してくだされば私だって理解できます!!」


 感情が抑えきれなくなったディートリンデは、早口でまくしたてた。


「何の話だ?女性が来ているところにというのは、アデラのことだろ?ディーは王妃なんだから遠慮する必要ない」


(陛下は何を言っているの?王妃なんだから遠慮する必要がない?身代わりの偽物王妃なんだから、邪魔するなでしょ?)


「まさかアデラのことを気にしているのか?」

「…………」

「さっきも言ったが、あれは幼馴染……正確には幼馴染の妹で、私にとっても妹のようなものだ。あれとの結婚を回避するために、誰でもいいと思って結婚したくらいだぞ。ただの妹相手に王妃であるディーが気にする必要はない。もっと堂々として良い」


 感情が昂っているディートリンデは一瞬聞き逃しそうになったが、エドムントの発言の中に何か違和感を覚える。


『あれとの結婚を回避するために、誰でもいいと思って結婚した』


 以前エドムントから聞かされた話では、王家の濃くなった血を薄める目的で、誰でも良かったという話だった。

 何かおかしなことはわかるが、昂ぶった感情では冷静に考えられなく、本当の目的がなんだったのかよくわからなくなった。


 しかし、アデラはエドムントから寵愛を受けていると言っていた。

 実際に抱き合いながらソファに座っているのも、キスしているのも、ディートリンデは目撃している。

 ケイリーからもエドムントがアデラと結婚し直したいと言っていたと聞いた。


(なのに、ただの妹??――あ。お飾りの王妃がいなくなると困るから?だから私にはそういうふうに言い聞かせているのね)


 思えば、これまでも揶揄われているのかと思うような言葉は何度も言われていた。

 初めは戯れをと思っていたディートリンデだったが、何度も言われているうちに少しその気になったこともあった。

 エドムントの人柄に触れ、過ごす時間が増すごとに慕う気持ちが膨れていった。


(全部、お飾りの王妃でいさせるための策だった……?)


「もう……やだ…………っ」

「嫌だなんて言うな!私はもうディーがいないと眠れないんだ。困る!」

「は……はあ?そんなの!私じゃなくてもいいでしょ!?誰か他のっ、太った女の人に頼めばいいじゃないですか!」

「何を言っているんだ?妻以外を抱いて眠れるわけがないだろう」

「妻なんて……。お飾りの妻なら放っておいてください!身代わりの偽物王妃でも、王妃としてのお役目が必要なときはちゃんとしますから!知ってますから!陛下がアデラ様と結婚し直したいということも、それまでは王妃役をしてほしいのだろうということも!」

「いや、待て。落ち着け。明らかに話が噛み合っていない」


 感情的になり、肩で息をしながら話すディートリンデをエドムントが冷静に宥める。

 二人の温度差がディートリンデにはますます腹立たしく、同時に悲しみも広がった。


(ついに本音を言えたのに、どうしてそんなに冷静なのよ。私わかっているって言ってるのに!)


「誤解があるようだ」

「誤解?誤解なんて――」

「そもそも、ディーはお飾りの妻ではないぞ」

「でも――」

「まずは最後まで聞いてくれ!」


 少し強めに言われると黙るしかない。

 強く握りこんだ手のひらに爪が食い込む。



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