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酷すぎる

 ディートリンデは複雑な気持ちで鏡の前に座っていた。

 窓の外は相変わらず燦々と朝から良い天気なのに、ディートリンデの心は晴れない。

 これから先の未来どころか今日一日でさえ、どうなるのか不透明だからだ。

 侍女時代も希望を持てない日々であったが、やることはあった。

 しかし、恐らく今日からはやることさえほとんどない。


「陛下が今日から朝食は共にされるそうですよ。良かったですね」


 髪を結いながら、ジョアナがにこにこと笑顔で伝えてきた。


 鏡越しに目が合うと、にこりと嬉しそうに微笑むジョアナ。

 今朝、ディートリンデと再会したジョアナは、文字通り泣いて無事を喜んだ。

 口が裂けても『まだ自由になりたいと思っている』とは言えない様子で、やっと落ち着いてくれたときにはほっとしたくらいだった。


「きっと、忙しさにかまけて寂しい思いをさせてしまったと反省されているのでしょう。王妃様がいなくなられて、陛下の慌てようといったら……。ふふ。王妃様にも見ていただきたかったですわ」


 思わず鏡越しにジョアナの本心を読み取ろうとじっと見るが、純粋に国王夫妻の仲が戻ることを喜んでいるように見える。


(ジョアナは陛下とアデラ様のことをあまり知らないのかしら……?ケイリーは噂になっていると言っていたような気がしたけど、ジョアナは案外噂に疎いのね。それとも愛妾容認派?)


 食堂に行くと、エドムントは既に着座していた。

 もうほとんど顔を合わせることもないのだろうと思っていたが、仲良し国王夫妻の演技はまだ続けるつもりなのか。昨夜ケイリーが言っていたように、準備が整うまでは良いように使われるのかもしれない。

 ジョアナのように噂を知らない者もいるようなので、仲良しアピールも無駄とは言い切れないのだろう。


 ディートリンデは、はっきりさせたいという気持ちはあるものの、立場を考えると自分からは話を切り出しにくい。

 それに、朝食の席でするのも無粋か……とエドムントの出方を見ることにした。


「今日は執務室に来てくれ」

「――この部屋を出ても良いのですか?」


 逃げる前は部屋から出ることさえ禁止されていたため、少し迷ってから聞いた。

 するとエドムントは苦い物でも食べたかのように一度顔を顰めてから目を逸らす。


「……城から出なければ良い」

「わかりました。では、いつ頃お伺いしたらよろしいでしょうか」

「午前中の茶の時間はどうだ?」

「はい。そのころに執務室に伺います」


 いよいよ何か話があるのだろうと、ディートリンデは気を引き締める。


 ◇


「お茶菓子、喜んでくださると良いですね!」

「そうね。疲れていそうだから、甘いものが美味しく感じるはず」


 ディートリンデが前にもエドムントにお茶菓子を差し入れようとしていたのを覚えていて、ジョアナが「お茶菓子を差し入れては?」と提案してきた。

 会わない間にエドムントは少し痩せたし、疲れが顔に出ていた。

 以前のディートリンデなら、ジョアナに言われる前に手配を指示しただろう。しかし、痩せたのも疲れているのも、結婚を後悔してアデラと添い遂げられないことを悩んでいるからだと思うと、お茶菓子を用意しようなんて考え付かなかった。

 ジョアナから提案されたとき、正直(お茶菓子……楽しむ気分になれない)と思ったが、考えようによってはお茶菓子があれば執務室で気まずくなっても少しは間を持たせられるだろう。

 それに、今朝のジョアナの様子を思うと、せっかくの提案を却下するのも忍びなく思い、準備をお願いした。


「あら?ドアが開いてますね」

「……そう、ね」


 エドムントの執務室が近づくと、ドアが開いていることにジョアナが気づいた。


 ディートリンデは嫌な予感がした。

 これ以上進みたくないと足取りが重くなるが、ジョアナがいる手前、理由もなくここで引き返すこともできない。


「……っ!!」


 少し緊張しながら近づくと、案の定見てはいけないものがディートリンデの視界に入り、踵を返す。


「王妃様?」

「…………っ」

「――様!王妃様!?どうなさったのですか!?お待ちください!王妃様!」


 体が勝手に走り出していた。

 ジョアナの声にハッとして立ち止まり、お茶菓子を乗せたワゴンを押しているジョアナが追いつくのを待つ。

 角度的にジョアナからは中が見えていなかったようだ。


(中で、キスしていたように見えたわ。もしかして、また見せるために呼ばれたの?)


「お待ちいただきまして申し訳ございません。何かあったのでしょうか?お忘れ物でしたら私が取って参りますが」

「違うわ。お取り込み中のようだったから」

「お取り込み中ですか?それは気づきませんで」

「そう。その、重要なお話をしていそうだったから、聞いてはいけないと思って!それで思わず走ってしまって……すっかり市井の習慣が……ごめんなさい」


 なんとも苦しい言い訳なうえに、嘘をついたことに良心が痛む。

 つい、口をついて懺悔の言葉が出てしまった。


「謝らないでください!そうでしたか。私こそ配慮が足らず……では、一度お部屋に戻りましょうか。陛下にいつお伺いしたらいいのか確認し直します」

「いいの。本当に深刻そうだったから緊急の案件が入ったのかもしれないわ。邪魔したら悪いし、いいの。今日はやめましょう」

「陛下はお待ちになっていると思いますし、とりあえず確認をするだけなら然程邪魔にはならないかと思いますが」

「いいの。少しも邪魔はしたくないから。そう、察するのも王妃の役目だから。そう、役目。うん、そう。そうよ……、これも王妃の役目だから……」

「あ、なるほど!出過ぎた真似をするところでした」

「ううん。ありがとう。戻りましょう」


(そうよ。私の役目は偽者のお飾りの王妃として陛下の邪魔にならないようにすること。察する能力も必要だわ――――)


 私室までは何も考えないようにして戻る。

 部屋に入ると、ジョアナがお茶の用意をしてくれようとするが、一刻も早く一人になりたかった。


「悪いけど少し一人にしてくれるかしら?昨日の今日でまだ疲れているみたいだから、少し横になって休みたいの」

「あっ、かしこまりました。何かご用意しておくものはございますか?疲れを癒すものなど……」

「大丈夫。少し休むだけでいいわ。――あっ、陛下には何も言わなくていいわよ。気を遣わせてしまうだろうから」

「かしこまりました。ごゆっくりお休みくださいませ」


 ジョアナが部屋を出ていくと、クッションを抱えてソファに倒れ込む。


(それにしても。わざわざ呼んでまで見せつけるって、なんなのよ。私が誤解しないように?それでアデラ様との仲を見せつけようと?)


 あんなふうに見せなくても自分は身代わりで、お飾りの王妃だと充分過ぎるほどわかっているつもりだった。

 それを、念押しのように見せつけるなんて。

 ディートリンデは腹が立っているというよりも悲しかった。


「……酷い。酷すぎる…………っ…………」


(離婚に応じてもらえないなら、何か罪を被せてでも処刑してほしい……)


 そう考えてしまうほど、ディートリンデは堪えていた。

 私の人生ってなんなんだろうと、久しぶりに絶望を感じる。



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