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二階の渡り廊下

「どうされました!?」


 逃げるように私室へと戻ると、部屋にいたコラリーが目を丸くして駆け寄ってきた。

 息を切らしながら部屋に入ってきたディートリンデを見て、驚いたのだろう。


「あ、コラリー。戻っていたの」

「ご不便をおかけいたしました」

「折角ならこのまま休んでも良かったのに。ちゃんと休みは取ったほうがいいわよ」


 コラリーは午後から夕方まで所用で外す予定だったが、案外早く戻ってきたようだ。

 ディートリンデがスヴァルトに来てから、コラリーはほとんどまともに休んでいないようだった。

 ケイリーとジョアナは定期的に休んでいるので、本来ならきちんとした休みがあるはずだが、コラリーは休んでも半日程度。

 侍女の中でディートリンデが偽物と知るのはコラリーのみで、二人の侍女は経験も浅い。自分がいなければというコラリーの気持ちはディートリンデにも理解できる。


 しかし、ディアーヌの侍女をしていたとき、ディートリンデはほぼ休みなく働いていた。それで体調を崩したこともある。

 だからこそ、コラリーにはちゃんと休んでほしいと思ってしまう。


「それより、ディー様お一人でしょうか?」

「あ……」


 ケイリーには休憩してもらったと伝えると、コラリーは嘆息した。


「ディー様をお一人にするなんて。ケイリーだけに任せるは心配だと早めに戻ってきて正解でした」

「私が休憩するように指示したの。ケイリーはちゃんと部屋まで送ると言ってくれたけど、私が一人になりたいと言ったのよ。だから叱らないで」

「そういうことでしたら……。ディー様、こちらへ」


 コラリーは手で示してドレッサーの前へと誘導する。

 足早に戻ってきたため、ディートリンデの髪は乱れていたのだ。

 ついでに習慣の衣装替えをする。


 着替え終わって髪を直されている間、ディートリンデはつい先ほどの出来事を反芻してしまう。


(愛する女性がいるのに、いえ、愛する女性がいるからこそ、王妃は誰でもいいと思ったのね。きっと。だけど、それほど愛している女性がいるのに添い遂げられないなんて、あの女性はそれほど陛下と血の近い関係にあるのかしら?――そういえば、あの女性の名前を聞きそびれたわね……)


 髪を直しながら、鏡越しにコラリーは表情を窺っていたが、視線を下げているディートリンデは気づかない。


「ディー様」

「ん?」


 呼び掛けに、鏡越しに軽く首を傾げて応える。

 自分の正体を知られているという思いからか、コラリーと二人きりのときは、ディートリンデは無意識に王妃の仮面を外しがちになっていた。


「お一人になりたくなるようなことが、何かあったのでしょうか」


 ディートリンデは言葉に詰まった。

 自分がどんな発言をしたのか記憶を辿ると、本音が飛び出していたことにようやく気づいた。


「ディー様。私は、あなたの味方です。共闘仲間ではないですか。何かあれば頼ってくださいね」


 優しく微笑まれ、どこまで話をするか迷いながら口を開いた。


「……陛下の幼馴染の女性って、王家とは近い関係にあるの?」


 脈略のない質問に戸惑ったのか、コラリーは僅かに眉根を寄せた。

 少し考えるような仕草を見せた後、慎重に確かめるかのように質問で返してくる。


「それは、アデラ・ライシガー公爵令嬢のことでしょうか?」

「あぁ、彼女がライシガー公爵家のご令嬢なの」


 ライシガー公爵家とは、この国の五大公爵家のひとつ。

 ずっと昔に王弟が臣籍降下したのがきっかけで作られた公爵家で、定期的に王家の血が入っている。

 血が近いと言えば近い。


 ディートリンデは、王妃教育で勉強したことを思い出していた――――


 ライシガー公爵家に、ここ二代ほどは王家の血は入っていない。

 スヴァルトでは近年、五大公爵家が持ち回りで王族と結婚をしているような状態になっていた。

 それは決まりではないし、生まれてくる子供の性別やタイミングによって次点の侯爵家が選ばれる場合があるものの、慣例的にいえば、そろそろライシガー公爵家の番。


(だからこそ、アデラ様と陛下は結婚の約束をしていたのかも。それにしても、なんだか皮肉だわ……)


 ディートリンデは、いまいち王妃教育の勉強の成果を実感する機会がなく、なかなか自信を持つことができずにいた。


 それなのに今、アデラと名前を聞いたらどんな家庭で王家やエドムントとの繋がりがどうなのか、すぐにわかってしまった。

 成長を実感できたのに、喜べない。


「彼女が何かありましたか?もしや、接触して来たとか!?」


 コラリーの勢いがよくて少し驚いてしまう。

 何か深刻に捉えていそうな表情に、慌てて否定をする。


「挨拶されただけだから大丈夫よ」

「挨拶?」

「そう。それだけ」


 文字通りの挨拶ではなかったが、あれもある意味挨拶である。


「そうですか。彼女は確かに陛下の幼馴染と言えるでしょうが、厳密に言うと幼馴染の妹君ですね」

「幼馴染の妹?」


 幼馴染というと、幼少期から共に過ごしてきた人を指すが、それは大抵同年代であることが多い。

 エドムントが三十歳で、アデラは十六歳。

 エドムントがスヴァルトの国王になったのが十五歳だったことを考えると、よく会って遊んだりすることはなかったと思われる。


(確かに、幼馴染みの妹と言ったほうがしっくりくる気もするけど……)


「ええ。エドムント様の幼馴染……今はもう亡くなってしまったのですが…………。その方の、歳の離れた妹がライシガー公爵令嬢です」


 コラリーは何かを耐えるかのようにしながら答えた。

 ライシガー公爵家の嫡男は、ある国との争いのときに亡くなっている。軍師として戦場に出向き、狙われてしまったのだ。


(それで陛下は亡くなった幼馴染の歳の離れた妹のことを気にかけて。それがいつしか恋になって、愛に変わっても不思議ではない。それにしても……)


 コラリーと話しているうちに冷静さを取り戻しつつあったディートリンデは、アデラが『おばさん』と言ったことが気になった。

 ディートリンデは二十五歳になるので、アデラから見たらおばさんに違いないが、ディアーヌはまだ十七歳。

 そのため、王妃は十七歳ということになっている。十七歳に見えるかどうかはさておき。


(一歳差でおばさんって呼ぶ?……あ。違うわね。私が身代わりの偽者だということも知っているのだわ。陛下から聞いて)


 そう考えると、ますます彼女の口の利き方も、迷わずおばさんと言ったことも納得できた。


(アデラ様なら知ってて当然なのに……)


 エドムントから初めに言われた『四人しか知らない』という言葉や『共闘』と言ったときに受け入れてくれたのは、ディートリンデの中で秘密の共有をした仲間のように思っていた。

 この秘密を守るために頑張ってきた。

 それが突然、他にも知っている人がいて、それも、秘密を守れと言った張本人の口から別の人に伝わっているとわかったら……。

 ディートリンデは、裏切られたような気持ちになってしまった。


『私たちが正しい形になるのに貴女が邪魔なの!』


 血が濃くなるとどれほど次代へ弊害があるのか、ディートリンデにはわからなかった。

 しかし、王家とライシガー公爵家にはここ二代ほど血の交わりがないなら、子をなしても問題ないのではないだろうか。


 このとき、ディートリンデの中に一つの考えが浮かぶが、考えたくないと追いやった――――


 ◇


 その日の王妃教育が終わると、後は自由時間になる。

 生まれたときから傅かれて生きていた人なら、ただのんびりと時間が過ぎることを何とも思わないだろう。

 しかしディートリンデは違った。

 何もしない時間に慣れないということもあったが、予習や復習の時間にあてていた。歴史も文化も価値観も違う国では、そうしなければ覚えきれなかったのだ。


 王妃教育が終わると図書室へと向かう。

 そこで、習ったことで気になったことを調べたり、教科書の深掘りのための資料を探したりするのが日課になっていた。


「まさかあんなに高い場所にあるとは思わなかったですね」

「ええ。でも、見つかって良かったわ」


 今日は探している本があるはずの場所になかった。

 司書に教えられた棚になく、司書も一緒になって探すと一列隣の最上段に収まっていた。

 司書は「誰だ、適当に戻したやつは」と怒っていたが、梯子を使わなければ戻せない場所に敢えてその本だけを戻すとは考えにくい。

 きっと何冊か纏めて閲覧していて、戻すときに別の本と入れ違いにしてしまったのだろう。


「最低でももう一冊は本来の棚とは違う棚に収まっている本がありそうですね」

「二冊が入れ違いになっていたなら、私たちが最初に探していた棚にあることになるけど」

「入れ違いになっている本を探していったら何か秘密の暗号が……となれば面白いんですけどね」

「それは面白そう。コラリーはミステリーが好きなの?」

「そうですね。現実には味わえないスリルやドキドキ感は刺激になっていいですね」

「何となくわかるわ。今スヴァルトではどんなミステリーが流行っているのかしら」

「すぐにご用意します。私のおすすめなどを」


 他愛もない話をコラリーとしながら、二階の渡り廊下を歩く。

 日が落ちはじめて薄暗い庭に人がいることに気がついた。

 外ならばまだ灯りを持たずとも歩くことはできる程度に明るさはある。とはいえ、この暗さなら灯りを持っていてもおかしくないのに、そこにいる人は灯りは持っていない。


 コラリーと本の話をつつも、まさか不審者?と頭をよぎる。

 居住棟と執務棟を繋ぐ渡り廊下付近は特に警備が厳重になっている。

 見張り役かと思いつつも、目を凝らしてみるとドレスを着た令嬢のようだ。

 木の影になっていてよく見えない。


(どこかのご令嬢?こんな時間に何をして……?)


 目を凝らすも、木の陰に隠れてよく見えない。

 渡り廊下を進むごとに、そこには二人の男女がいることがわかった。

 夕闇が迫る中、ディートリンデは仕事が終わった軍人が女性と会っているのかと思った。


 雲の隙間から二人に微かな西日が当たった。

 見間違えようもない。

 ディートリンデの目が緋色の瞳を捉えた。


(笑ってる……)


 エドムントが一緒にいる女性は当然アデラだった。


 二人は楽しそうに笑い合いながら執務棟の方へ戻ってくる。

 アデラがエドムントの腕に自分の腕を絡ませて笑顔で見上げると、エドムントも優しく微笑んで見下ろす。


「……ディー様、これは――」


 コラリーが何事かを言おうとしたが、ディートリンデは首を振って制する。

 コラリーは難しい顔をして口を噤む。

 今ここでフォローをされるか、真実を話されたとしても、どちらも聞きたくない。


(普段から二人はこうして会っているのね。ああしてアデラ様に時間を割くから、きっと夜中まで執務がずれ込むのだわ……)


 二人の表情を見てしまったディートリンデ。

 思い合う恋人同士の姿を目の当たりにしてしまっては、思い浮かんでは消していた考えが固まっていく――――




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