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王の資格

 

「すまないが、この後人と会う約束をしているのでもう行かねば」

「お忙しい中、煩わせてしまい申し訳ございませんでした」

「謝るな。妃の具合が悪いと聞けば様子を見にくるものだ。だが、今夜も遅くなる。ディーは待たずに先に休むように。昨夜のように起きて待つのは禁止だ。いいな」

「はい。いってらっしゃいませ」


 今夜も……。と、またぼんやりと嫉妬のような気持ちが湧いてきて、自分の浅ましい心が嫌になる。

 スヴァルトに来てから生き生きと開きかけていた心がまた閉じられ始めていることに、ディートリンデ自身気づいていない。

 元々乏しい表情故、ディートリンデの心の変化を侍女たちも気づいていなかった。


「はぁ……素敵ですわ」

「本当に。陛下は王妃様を愛していらっしゃるのね」


 エドムントが来たと同時に入室していたケイリーとジョアナが、夢見心地な表情をして愛だと言う。


(そんな訳がないのに。あ、でも――)


 円満で良好な関係だと周囲に思われるための行動だとしたら。

 城下に遊びに行ったときの計算された行動を思うと、これも計算のうちだと思われた。


 計算だとしても、本当にどうでもいい相手なら様子を見に行くということさえ思いつかないものだが、ディートリンデは計算のうちだと思い込んだ。

 これ以上、何か勘違いした行動を起こさないように、自戒を込めて。


『ディー』


 ディートリンデの頭の中で、エドムントが呼ぶ声がする。

 低く落ち着いた覇王らしい声のエドムントが、ディートリンデの名前を呼ぶときは優しく響いて聞こえていた。そう聞こえていたのは気のせいか、そう思いたかったのか……。

 実際は円満に見せるためであり、ディートリンデを上手く使うためだったのだろう。

 ――ディートリンデはどんどん暗い考えに支配されかけていた。


「ディー様、ベッドで横になられてはいかがでしょうか」


 いつの間にか戻ってきていたコラリーに声を掛けられ、気づいた。


 エドムントがディートリンデのことを『ディー』と愛称で呼ぶのも、コラリーにもそう呼ぶように指示したのも、エドムントの気遣いから。

 偽者とわかったからこそ、ディートリンデをディアーヌと呼ばないため、一人の人間として尊重するため。

 それは紛れもない事実。


 どんな理由や考えがあろうと、ディートリンデを気に掛けて一人の人間として扱ってくれる人がいるのは久しぶりだった。

 ここでは侍女たちも親身に寄り添ってくれる。

 そのことに気づいたディートリンデは、改めて求められた役割をまっとうするために頑張ろうと決意した。


(私は私で頑張れば良いんだ。私が身代わりの偽者だとばれて多くの人に迷惑をかけるのだけは避けなければ。そうだ、頑張ろう――)


 ◇


 王妃をまっとうするために気合いを入れ直したディートリンデは、一層真剣に王妃教育に取り組んだ。


 今の時間は王侯貴族のリストを見て、家族構成、家族の名前、親戚関係、派閥など、王妃として把握していなければいけないことを学んでいる。

 お披露目会の前に当主の名前は暗記したが、時間がなくてそれしかできなかった。

 家族の名前や特徴なども覚えなければならない。

 覚えたところで使う機会はあまりないだろうが、もしものときに失敗しないためにも必要な知識だった。


(それにしても……『血が濃い』と仰っていたように上位の貴族は王族とどこかで一度は交わり、全員が遠い親戚と言ってもいいくらいなのね)


「――――が御息女で、その夫の義父上が外交の大臣だから、その縁で御子息の妻は隣国から嫁いで来られたのだったわね」

「おぉ!もうそこまで覚えられましたか。覚えが早くていらっしゃる」

「まだまだです。一項をようやく覚えられたくらいですから」

「王妃様は謙虚でいらっしゃる」


 講師は褒めるが、親戚関係などは複雑すぎてなかなか覚えられそうにない。

 ディートリンデは自分では覚えが良いほうだとは思えなかった。


「そろそろお茶をお淹れします」

「そうですな。休憩にいたしましょう」


 ディートリンデの集中力が途切れたのを見計らい、コラリーが休憩を進めてくる。

 最近根を詰めている様子のディートリンデに『効率よく習得するためのコツは、適度な休憩ですぞ』と講師は言った。

 無視して勉強を続けていた結果、ディートリンデは昨日ついに講師から叱られた。

 昨日の今日なので、コラリーの勧めにしたがい休憩を取ることにした。


 お茶を待っているとき、講師が持って来た本が目に留まる。


「それは?絵本?」

「この国の成り立ちを絵本にしたものです。子供向けですが、わかりやすくまとまっているので、息抜きがてら入門編としては良いかと用意してみました」


 絵本なら休憩時間に読んでも怒られないだろうと、手に取る。

 絵本を捲ると、一ページ目には大きなドラゴンの絵。

 国の成り立ちを絵本にしたと言っていたのに、いきなり空想上の生き物が登場したことに戸惑う。森の奥深くに行けば魔獣はいるが、ドラゴンは存在しない。

 パラパラと絵本を読み進めると、絵本らしくファンタジーのような話にまとめられていた。


 ――スヴァルトの創造者はドラゴンと天女の間に生まれた子供だった。

 ドラゴンの住む豊かな地が自然災害によって荒地になりかかったとき、天から美しい女性が舞い降り、自然災害を治めた。その後ドラゴンと天女は結ばれた。

 二人の間に生まれた子供が、両親に安住の地を与えようとこの地に国を築いた。

 そのため、王には脈々とドラゴンの血が受け継がれている。

 その証拠として、この地は自然災害が少ない。さらに、王の資格を持つものには体のどこかにドラゴンの鱗のような痣が浮き出る。


 ――と絵本には書かれていた。

 講師が教本替わりに持って来るくらいだから、スヴァルトでは信じられている建国のお話なのだろう。

 遠く昔のことだから真実を知る者はもういない。案外、どこの国でも、創造者とは精霊だったり神だったり、奇想天外なものだ。

 こういった類の話に夢を見られないタチのディートリンデは、素直な感想を講師に伝える。


「絵本としては、夢があって面白い内容にまとまっているわね」

「与太話。空想の世界とお思いでしょう?」

「ええ」

「確かに市井では空想の世界で、本当はただの人が作ったのが始まりだと思われております。ですが、王妃様ならば、お気づきになられるのでは?」

「え?……何を?」

「実際、陛下にも鱗型をした痣があることを。陛下はちょうどこの辺りに。痣が浮かんでいるを赤子の頃に確認されました。普段は服の下に隠れていますから、今や陛下の痣を――王の資格を見ることができるのは王妃様くらいですが、暗くては見えにくいでしょうな」

「あ、そ、そうね」

「これは失礼。品に欠けておりましたな。はっはっは」


 講師が手で示したのは、右の太ももの外側。ディートリンデの奴隷印があった場所と同じだった。

 そこは下着姿でも隠れる位置にあり、下履きをたくし上げたり裸にならなければ見ることができない。

 閨を共にする王妃なら目にしていて当然。

 知らないと言ってしまっては、いまだ白い結婚なのが周りにばれてしまうところだった。

 ぼろを出すところだったと焦るディートリンデを、講師は恥じらっていると思ったようで、疑いを持たれることはなかった。


(本当にそんな痣があるなら、少し見てみたい気がするわ。……陛下の恋人は見たことあるのよね、きっと)


 ディートリンデは王妃教育の時間が終わっても自室で勉強を続けた。

 身代わりの偽者でも王妃をまっとうしようという気持ちが強いのに、エドムントの恋人が気になる気持ちは消せないまま。

 今はなにかに打ち込んで、邪な気持ちを封印してしまいたかった。


 ◇


 帰宅の途についた者の多い王城内は、見回りの足音だけが響いている。

 そんな見回りの足音も聞こえてこない王の執務室の奥にある部屋。そこには甘い香りが充満していた。


「――ああ、そうだ。教えてくれるか?」

「はい。陛下のお役に立てるなら。二人の未来のためにも、必ず」

「頼んだぞ。あ、そうだ。これを……」


 エドムントは簡易ベッドの横にある引き出しから、小箱を取り出してソファに座る女性へと差し出す。

 女性は差し出されたそれをためらいなく受け取り、箱を開ける。

 そこには、花を模した髪飾りがあった。

 ランプの灯りに照らされて煌めく髪飾りを、目を丸くしながら手に取る女性。


「これは、私への贈り物?」

「あぁ。アデラのために作らせたんだ」

「嬉しい!大切にいたしますわ!」

「屋敷でもずっと身に着けてくれると嬉しい」

「当然ですわ。毎日肌身離さず着けます!」


 女性の心からの笑顔に、つられてエドムントも相好を崩したように笑んだ――――


 女性を見送ったエドムントが執務室に戻ってくると、室内がパッと明るくなる。

 エドムントの魔術によって煌々と明るくなるのだ。

 定位置に座ったエドムントに、カルヴィンが書類を差し出す。


「やはり金額と納品量が合わないですね」

「やはりか。現物は各地に直接納品されるからな。それぞれの土地では気づくことができなかったのだろう」

「ごく僅かな差異ですし、各地では納品数しか見ていませんからね。これまで見逃されていたのでしょう」

「合計しなければわからないくらいの金額なのが巧妙で、間違いなく確信犯だ」

「他国との接触の証拠を見つけるために、少し前より狐を派遣させています」

「そうか。狐なら上手くやるだろう。私はもう休む。カルヴィンももう休め」

「はい。あ、陛下」


 最近深夜まで付き合わせてしまっている側近のためにも、早く切り上げて部屋を出ようとしたエドムント。

 その側近に呼び止められてしまった。


「なんだ?」

「戻られましたらすぐに湯浴みをしたほうがよろしいかと」

「そのつもりだが、何故だ?」

「香りが付いています。女性はそういうことには敏感ですので。王妃様に悟られませんように」

「わかっている。……明日の朝はディーと朝食をとる」

「それがよろしいかと。あまり蔑ろにしてはこちらの首が締まりかねません」

「変なことを言うな」

「……おやすみなさいませ」




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