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喉元に剣が突き立てられ

 低い声で問われ、血の気が引く。

 ヒュッと息が詰まり、言葉がスムーズに出てこない。


「わ、わた、私は……」


 エドムントの視線がディートリンデを上から下まで検分する。

 一瞬で口の中がカラカラになって、喉が張り付いたように上手く声が出せなくなる。指先から体温が奪われていき、冷や汗が流れた。


「っ!」


 気づけば喉元に剣が突き立てられていた。

 ギラリと光る剣は、少しでも動けば簡単に首を刎ねそうだ。


「暗殺でも企てたか」

「いえ、そ、そんな大それた企みは一切ございません」

「…………」

「本当です。本当にそのような恐ろしいことは――」

「わかっている。とても戦闘員には見えないからな。諜報員というわけでもなさそうだが」

「はい。間者でもありません」


 必死に冷静を装って説明したのがよかったのか、剣は下ろされた。

 しかし、エドムントは剣を握ったまま。


 何かを考えているのか、険しい視線を投げかけられる。

 このときディートリンデは、目を逸らした途端に襲ってくる大型魔獣と対峙している感覚に陥っていた。

 瞬きをするのも忘れ、じっと睨み合うような時間が続く。

 しばらくそのまま見合っていると、ピクリと眉が動いた後、エドムントが懐疑的な声を出した。


「まさか花嫁の身代わり、か?」

「その……」


 ディートリンデは視線を彷徨わせた。

 肯定は、ディアーヌがエドムントを拒否したことと同義になると思ったから。

 言い淀むと、エドムントの目が眇められる。

 その迫力に、何よりも先に自分は被害者なのだと訴えるべきだったかと頭をよぎった。


 いくら死を覚悟したつもりでも、直面すると逃れたくなるのが人の性か。

 知らず知らず、ディートリンデは死から逃れようとしてしまう。


「身代わりはファンデエン国の意思か?」

「いえ、違います。それは違うはずです。あっ……。その……」


 思わず全力で否定してしまったと思い、焦るディートリンデ。

 今更、自分をこんな目に遭わせているディアーヌを庇う気はないし、わがまま放題甘やかし続けていた他の王族もどうなろうと知ったことではない。

 ただ、ディアーヌの所業によって国民が犠牲になるような事態を引き起こしてしまうのは違う気がする。


 エドムントにはディアーヌ単独の企みだと、しっかり伝わったのだろう。

 もういっそ一思いに殺してほしいと思ってしまうほど、険しい顔で床を睨みつけている。


(怖い……!でも、自分が望んだ姫に拒否されただけでなく、小手先で身代わりを送るなんてことをされたら、怒るのも当然だわ)


 感情が爆発して、手に持ったままの剣で一閃……と頭に思い浮かぶと同時に、本能的に足が一歩下がった。

 磨かれた板張りの床は、コツリとヒールの音を鳴らす。

 それに反応した鋭い眼光がディートリンデを射抜く。

 ぎくりと固まったディートリンデを見て、エドムントが息を吐く。

 それは、相手を萎縮させるようなものでも、威圧するようなものでもなく、意識して自身の肩の力を抜くようなものだった。

 そして、剣を収めながら小さな声で言った。


「まぁいいか。とりあえず」


 幻聴かと思うほど、軽い口調。


(まぁいいか、とりあえず??……あ。暗殺者ではないなら、私が何者かなんて些事だということね、きっと)


 実際、スヴァルト国ほどの軍事力を誇る大国なら、ファンデエンのような小国の計略など、どうとでもできる。たった一人送り込んだところでどうにもならないのも明白。

 今は誰であるかを確認する必要なんてない、もしくは優先すべきは別のことと判断されたのだろう――そう考えて自分を納得させた。

 そうでなければ極限の状態から一転、緩んだ空気に膝が笑い、この場に崩れ落ちそうだった。


「身代わりということは、身分が低いのか?」

「……はい。私は…………元……奴隷……です」


 ディートリンデは元々、ファンデエンとは別の国で奴隷に落ちた。

 しかし、その直後に奴隷解放運動が世界的に活発になる。奴隷制度否定国に属する所有者は奴隷に正しい人権を与えることが義務付けられたが、それまでただ働きさせることができていた奴隷にお金をかけるのが嫌な所有者は奴隷を捨てた。

 ディートリンデも同様に所有者に捨てられた元奴隷だった。

 偶然、ファンデエンの王女宮の働き手を探していた採用担当が、格安で働かせられる元奴隷に目をつけ、そうして雇われた中の一人にディートリンデもいた。

 最下層の下働きだったが、貴族の子女がディアーヌの世話をすることを嫌がったため、ある日突然侍女に抜擢されたのだった。


 元奴隷だと知ったエドムントは表情を険しくし、ディートリンデを睨むように見る。

 十余年前に賛否をよんだ奴隷制度の廃止だったが、初めに大きな声を上げたのがスヴァルトであり、今や世界的に奴隷制度廃止国のほうが多い。

 とはいえ、まだ十余年しか経っていないことから、奴隷制度を継続している国もあるし、差別意識も根強く残っている。

 

(熱望した花嫁の身代わりが元奴隷とは、不愉快極まりないわよね……。どうせなら奴隷は殺す価値もないと言って捨ててくれないかしら)


「元と言うからには消したのだろうな?」

「……え?」


 出て行けと言われるか、即刻処刑されるか……と考え事をしていたディートリンデは、エドムントの言葉が理解できなかった。


「奴隷印だ。ちゃんと消してあるのか?」

「い、いえ……」

「見せてみろ。どこだ?」


 見せてどうするのか。

 ただ、発言の意図がわからずとも、ディートリンデに拒否権はない。

 逡巡した後、ウェディングドレスのスカートと、その中に履いている下着を足の付け根ぎりぎりまでたくし上げる。

 すると、奴隷の印である刻印が現れた。

 奴隷印を目の当たりにしたエドムントは嫌悪感を顕にした。

 元というのはディートリンデの言い分である。奴隷印があるのだから現行で奴隷を身代わりに送ってきたと考えても不思議はない。



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