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夜更かし

 

「陛下、注文していた髪飾りが届きまし――あ!?王妃様!これは失礼いたしました」


 ディートリンデは今、主不在の執務室でお茶を飲んでいた。

 エドムントから執務の合間にお茶をと誘われて来たものの、急ぎの用ができたらしく『少し外す。すぐに戻るから先に茶を飲んで待っていてくれ』と言われた。


 トレイの上に花を模した何かを載せ、気安い雰囲気で執務室内に入ってきた従者は、エドムントの執務室内にディートリンデとケイリーしかいないことを確認すると、急いでそのトレイを背中に隠した。

 そして、少し困った様子を見せる。


(確か、陛下の近侍の一人だったわね)


「陛下は少し席を外されているの。陛下への届け物なら渡しておくわ。ケイリー」

「はい。お預かりします。こちらへ」

「いえ!また後で参ります!」

「そう?直ぐに戻るとおっしゃっていたけれど」

「いえ。……先ほどの私の言葉や見たものは、どうか、どうか忘れていただきたく!では、失礼します」


 従者はそそくさと出ていった。

 従者の怪しい言動が気になってケイリーのほうを見ると、目が合った。ケイリーも訳がわからない様子でディートリンデを見てきたのだ。

 思わず二人で首を傾げてしまう。


 なんとなく、ケイリーと目を合わせて首を傾げ続けていると、ケイリーが何か思いついたような表情になる。


「あ!さきほどの品は王妃様へのプレゼントだったのでは?女性もののようでしたし、内緒にしておくはずが、見られてしまったと焦って出て行ったのかもしれません」


 それはディートリンデもチラッと頭をよぎった。

 トレイに載っていた花を模した何かは、明らかに女性物の装飾品に見えた。

 あまつさえ、従者は「髪飾り」と言いながら入室してきた。


「そうだとしたら、見なかったことにしなければならないわね」

「そうですね。男性は結構繊細なところがありますし、驚いたふりをしなければなりません」

「そうよね。頑張るわ」


 それから程なくしてエドムントが戻る。

 従者が来たことを伝えるべきか迷ったものの、ディートリンデに見られたこと自体、都合が悪そうな雰囲気だったので伝えるのはやめた。

 本当に内緒でプレゼントしてくれようとしているなら、見なかったことにするのも優しさだ。


(だけど、何用のプレゼントなのかしら?誕生日でもないし……。あ、そういえば私の誕生日は知らないわよね。でも、姫さまの誕生日も違うわ)


 ◇


 少し前からエドムントの執務がさらに忙しくなってしまった。

 今までは一緒にご飯を食べることはできなくても、寝るときまでには部屋に戻って来られていたけど、ここ二週間はすれ違いになっていた。


 初めて一人で寝ることになった夜――ディートリンデはなんだか落ち着かなくて、なかなか寝付けなかった。

 考えてみればスヴァルトに来て一人で寝るのは初めてだった。


 そんなことを考えながら何度も寝返りを打つことになった。

 一人で寝ることなんて慣れていたはずなのに。

 スヴァルトに来る以前も、誰かと寝た記憶はないのに。

 この短い間で人の温もりを感じながら寝ることに慣れてしまって、独り寝は心細さを感じるまでになってしまった。


(こんなことで寝付けないなんて。なんだか弱くなってしまったのね、私は……)


 うとうとと浅い眠りについたころ、違和感でうっすら覚醒した。

 エドムントが眠るために、深夜にわざわざディートリンデのベッドに来たのだ。

 振り返ってみると緋色の瞳と視線がぶつかる。


『すまん、起こしてしまったか?』

『いえ……。こんな時間まで、お疲れさまでございました』

『あぁ。眠ろう。おやすみ』

『おやすみなさいませ……』


 このときはエドムントに抱きしめられるとホッと安心できて、不思議なほどあっという間に眠りにつくことができた。


 最近はディートリンデが朝起きると、エドムントが寝に来た形跡があるのに、隣で寝たことさえ気づけないことも多く、寝顔さえ見られていない。

 完全にすれ違い生活になっていた。


「王妃様。今日も陛下は遅くなるので先に休むようにとのことです」

「そう……」

「やはりお寂しいですよね」


 ケイリーに寂しいだろうと言われてハッとした。

 この二週間、『先に休むように』と言付けを聞いたら素直にそのまま先に寝ていた。

 新婚の夫婦ならもっと寂しがって起きて待っているのが普通なのではないか。


 就寝の支度が済んだら侍女は下がる。寝室の様子を見ている人はいないが、侍女の働きぶりで夫婦の関係は窺い知れてしまう。

 侍女から様々なことが周囲に漏れることもある。


 王族の私室内のことなんて担当従者しか知らないはずなのに、ディートリンデは侍女時代に様々なことを耳にした。

 大した娯楽のない従者たちにとって、王族のアレコレは些細なことでも格好のネタなので、筒抜けなのだ。


 ディートリンデが偽物だとばれる可能性が一番高いのは侍女からの情報。

 侍女に疑問や疑惑を持たれないようにしなければならないし、他意なく日々の様子を他者に話されて第三者に疑われることもある。

 油断してはならないのに、最近では侍女の前で気が緩み始めていた。


 王妃は陛下を待たずにさっさと寝ていると噂になって、仮面夫婦説が出てしまうのでは!?と気づくと、焦りが顔を出す。


(不仲が疑われた結果、私が偽者でお飾りの王妃だとばれてしまうかもしれない)


 こういうとき、自分の恋愛偏差値の低さが嫌になる。


「そ、そうね。寂しい……。あ!そうだわ!今日は陛下が戻られるまで起きて待ってみようかしら!」

「まぁ!きっと、王妃様のいじらしさに陛下もお喜びになられますわ!」

「そうと決まれば、お待ちになる間の準備をしなければいけませんわね!」


 少しわざとらしすぎたかとドキドキしたが、ケイリーとジョアナは素直に賛同してくれた。

 何を準備しようかと二人で話して嬉しそうにしている。国王夫妻の仲が良いと、嬉しいらしい。


(好意的に捉えてくれているうちは変な噂は立たないはずよね。……よかった)



 その夜、就寝の支度を済ませて居室に戻ると、居室のテーブルにはティーコゼを被せられたポットや軽食。積まれた本。刺繍セットが入った籠。ソファにはふんわりと肌触りの良いブランケットが用意されていた。

 昼間、侍女たちが『お待ちになる間の準備をしなければ』と言っていた通りになっている。

 心做しか、部屋の中にいい香りも漂っている。


 いつもは就寝の支度が済むと下がる侍女たちも、今夜はディートリンデに付き合った。

 しかし、連絡があった通り、用意されたお茶を全て飲み終わってもエドムントが来る気配はない。


「あなたたちはもう下がっていいわよ」

「しかし……」

「大丈夫よ。陛下が来られるまで本に集中するわ」

「かしこまりました。それでは……おやすみなさいませ」

「ええ。おやすみ」


 偽者とバレないための作戦なのに、二人にまで夜更かしさせて残業させるのは申し訳ない。

 時間関係なく呼びつけるディアーヌの侍女だったからこそ、夜遅くまで仕事をすることの大変さはよくわかっているつもりだ。


 侍女が出て行く際に膝に掛けてくれたふわふわのブランケットを撫でる。


(起きて待っていたと知ったら、陛下はどんな反応をするかしら)


 少しくらいは喜んでくれるだろうかと想像すると、ディートリンデの気持ちまでふわふわと温かくなる――――


 ◇


「う……うぅ……いや……やめて…………」

「――ディー!」

「っ!?」

「起きたか?魘されていたが大丈夫か?」

「……あ、陛下。大丈夫、です」


 エドムントの帰りを待っていたディートリンデはいつの間にか眠っていたらしい。

 エドムントにゆり起こされて目が覚めた。

 ディートリンデは、奴隷へと身をやつした当時の夢を見ていた。


(……嫌な夢を見たわ)


「顔色が悪いな。きちんとベッドで休まないからではないか?」


 エドムントはディートリンデの顔を覗き込むと、背中や膝の裏に腕を差し込み抱き上げた。


 そのまま寝室へとずんずん進むエドムント。

 突然のことに焦りすぎてディートリンデが固まっている間に、そっとベッドの上におろされた。


(陛下にお姫様抱っこで運ばれるなんて。せめてもう少し痩せていれば……。きっと重いと思われたわ。あぁもう。いろんな意味で最悪)


 そんなことを考えながらエドムントのほうへ視線を移すと、見慣れた服が目に入る。


「あら?もしかして、まだお仕事を?」

「いや、この部屋で風呂をささっと済ませて寝るつもりで来た。もしや、私を待っていたのか?寝ていろと伝えたが聞かなかったか?」

「たまにはお帰りをお待ちしようと思いまして……ご迷惑でしたでしょうか」

「いじらしいな。だが、これからもまだ暫く遅くなるから、もう待たずに先に休んでいろ」

「はい。――……?」


 目を細めたエドムントが優しい手つきでするりと髪を撫でる。

 その瞬間、袖口からふわりと花の蜜のような甘い香りがした。




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