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苦い思い


 国王の結婚に伴う大きなイベント事は、ようやく一段落ついた。

 宰相であるカルヴィンもこれで一安心という気持ちになり、肩の力を抜く。

 一足先にエドムントの執務室に戻って資料の整理をしていると、王妃を送ると言っていたエドムントが戻ってきた。


「陛下。お疲れ様でございました。無事にお披露目パレードが済んで良かったです。延期しなければならないかと思ったときは、正直どうしようかと思いましたが」

「ああ。貴族らにも王妃の無事がアピールできて良かった」

「そうですね」


 ディートリンデがお披露目パレードを決行するよう懇願したとき、カルヴィンは援護した。

 宰相としては、このお披露目パレードを延期するのは避けたかった。

 致し方ないこととはいえ、延期になる場合のスケジュールの組み直しから費用の算出……胃が痛いと思っていたところに、ディートリンデの懇願。

 正直、ディートリンデの体調などどうでもいいカルヴィンは、全力でディートリンデに乗っかった。


「民衆からの評判も上々なようです。陛下に対しても、以前よりも好意的な意見が聞かれるようになりました。……王妃様のお陰ですね」

「ディーを認める気になったか?私の判断は間違っていなかっただろ」

「その判断は、まだできかねます」

「強情だな」


 ディートリンデを偽物と知りつつ結婚を強行することに、カルヴィンは猛反対した。

 ただ、エドムントが『このまま行くべきだと予感がした。もう決めたことだ』と恐ろしいほどに真剣に言ったため、口を噤んでしまった。


 カルヴィンの知る彼は、案外人間的で覇王との異名が似合わない人物だった。

 その彼が、覇王らしさ全開で圧倒してきたため、つい、結婚式まで執り行ってしまった……。

 が、カルヴィンは(やはりもっと強く反対すべきだったのでは!?)と、何度も後悔した。


 そのため、ディートリンデの様子を窺っていた。何か少しでも怪しい動きをしたら、すぐに断罪できるように。

 一人の侍女に、『他国の姫だ。すぐに気を許すわけには行かない。万が一、何か画策している素振りがあればすぐに報告しろ』と日々の様子を報告するように命じて。


「ジョアナから、怪しい報告は何も上がってないだろ?」


 エドムントから当たり前のように言われ、カルヴィンは内心苦い思いだった。

 何食わぬ顔をしてジョアナを王妃の侍女に推薦したし、エドムントも『派閥に属していないなら問題ないだろう』と認めた。

 王妃の素性を調べると宣言はしておいたが、自分の手の者を側に置いていることは伝えていない。

 だから、ジョアナが自分の手の者だと知られていないと思っていたのだ。


「……お見通しでしたか。陛下とジョアナではあまり接触がないと思いましたのに」

「私ではなく、ディーが気づいていた。本気で監視する気なら、その道の者を使うんだな」

「それでは陛下がすぐに気づかれますでしょう。……はぁ。日々真面目に王妃教育に取り組み、国内や民の暮らしなどにも興味深そうにされていると報告を受けています。私の手駒だったはずですが、すっかり王妃様に従順な様子ですよ。悪い報告は一切上がってきません」

「ディーも元は侍女だったらしいからな。侍女らの気持ちがわかるのだろう。従者にも心を砕いているようだ」

「王妃の振る舞いとしては、どうなのでしょうか」

「これまでにはいなかったタイプだが、問題があるか?現に、侍女らはディーの忠臣になっているし、パレードでの振る舞いで王都の民もディーを好意的に受け止めていただろ」


 意識してやっているのか、そういう性格なのかわからないが、確かに王妃の周りの者は王妃を慕っている。

 今のところ、偽物であっても歓迎せざるを得ない状況であった。

 ただ、認めたとまだ思われたくなくて、カルヴィンはわざとらしく息を吐く。


「まあ、この調子で新たに国土となった地域の民たちにも親しみを持たれるように、役立ってくれるといいのですが。偽者のお飾りの王妃が役に立つのなら上々。使えるものは使わなければ」

「カルヴィン、言い方を考えろ」

「……申し訳ございません」


 エドムントに鋭い視線を投げかけられ、さすがに言い過ぎたかと反省する。

 口では一線を引いているような言い方をしているエドムントだが、ディートリンデのことを気に入っているのは一目瞭然。

 あまり彼女のことを悪く言い過ぎると、エドムントの機嫌が悪くなってしまう。


「使えるものは使う、か……。確かにそうだな。遠く離れているからそう簡単なことではないだろうが、ディーがスヴァルトの良心となってくれると民の心も引きつけておくことができる」

「ええ。内乱を防止するためにも、忠誠心を高める必要がありますからね」

「わかっている」


 カルヴィンは宰相として、これまでとにかく強い王を演じるよう求めてきた。そうする必要があると判断して。

 しかし、新たに加わった地域は元々別の国だった場所。物理的に遠く離れた場所にいる者たちは、どうしても王や国への忠誠心が薄い。

 争いで犠牲を払った者たちからは、忠誠心どころか反発心を持たれている。

 そろそろ強さだけで統治していけないことが課題だった。

 いずれ、国王夫妻としてそういった土地へ訪問するというのも良いだろうとカルヴィンは思考を巡らせる。


 ◇


 執務室へと戻っていくエドムントの背中を見送るディートリンデ。

 姿が見えなくなったので自分も私室へと方向転換した瞬間、胸元にトンと何かがぶつかる感覚があった。

 視線を下げると、紗のストールを留めているバッジ。それがぶつかったのだ。

 返すのは後でも……と思ったものの、手に取ってバッジをよく見てみると複雑な文様が入っていて大切な物のように見える。

(やっぱり気になるからすぐに返そう)と、ディートリンデはエドムントを追いかけた。


 だけど、武人の足とただの女性の足では歩く速さが違う。

 分かれて直ぐだったので追いつくと思ったが、結局追いつくことができず。


「さすが、足が速いわね。結局執務室までに追いつけなかったわ」

「そうですね」

「あっ」

「え?」

「あれを見て」


 エドムントの執務室がもう目の前というところで、ディートリンデがコラリーの背後を指し示す。

 そこには、屋上庭園へと繋がるバルコニーで水を撒いて掃除をしているメイドの姿があった。

 よく見ると、バルコニーに出るためのドアが開いていて、室内に泥水が入ってきていたのだ。


「あぁ!ちょっと失礼してよろしいでしょうか。あれはさすがに……」

「ええ。先に執務室に行くわね」

「申し訳ございません」


 そうして執務室のドアをノックしようとしたディートリンデだったが、固まってしまう。

 エドムントとカルヴィンの会話が聞こえてしまったから。


「――役立ってくれるといいのですが。偽者のお飾りの王妃が役に立つのなら上々。使えるものは使わなければ」

「カルヴィン、言い方を考えろ」

「……申し訳ございません」

「使えるものは使う、か……。確かにそうだな――」


 自分が偽者の王妃であることはわかっている。

 場合によっては道具のように扱われるだろうことも理解しているつもりだった。

 それでも、エドムントの口から認める言葉が聞かれて、胸に何かが刺さった気がした。


「…………」

「ディー様?いかがされました?」


 戻ってきていたコラリーに声を掛けられ、はっとした。


「あ、ううん。一人で渡してこようかと思ったけど、一人だと言ったら陛下が心配するかもしれないでしょう?やっぱりコラリーを待って一緒に入ったほうが良いかと思って」

「あぁ……確かにそうでございますね。陛下があんなに心配性だとは、私も知りませんでした」

「ふふ。そう」

「それでは、失礼して」


 コラリーがディートリンデの前に出てノックをする。

 すぐにカルヴィンがドアを開けた――――


(今聞いたことは、私の中でとどめておこう。聞いてしまったことを言う必要はないわ。少しでも望まれている王妃を演じるだけだもの)




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