祝賀パレード
「王妃様!お身体、大丈夫なのですか!?私はなんで肝心なときに……!」
「大丈夫よ。それより、ケイリーもお父上様は大丈夫だったの?」
一昨日のお披露目会、コラリーが侍女として付き添いをしたが、ケイリーとジョアナはディートリンデの支度を手伝った後は、両親と共に参加者として来ることになっていた。
しかし、ケイリーの父が倒れたとの一報が入り、ケイリーはそのまま早退してしまった。
「大丈夫です。ただ転んで捻挫しただけなのに、母が大袈裟に言っただけだったんです。転んだときに頭をぶつけたらしく、一応大事をとって様子を見ていましたが、なんにも。昨夜は私だけでも参加したら良かったです。王妃様が大変なときに……」
「そう。大事なくて良かったじゃない。私はこの通り、陛下に治療魔術をかけてもらったし薬も効いたから大丈夫よ」
ディートリンデが微笑んで見せれば、ケイリーは軽く息をつく。
「陛下は治療魔術も使えたのですね。知らなかった。あっ、その陛下からこちらをお預かりしました」
「ストール?」
「はい。今日は日差しが強いですので、これを被るようにとのお心遣いです」
「そう。綺麗ね」
今日は、国王夫妻の結婚を祝うパレードが行われる。
屋根のない馬車に乗り、国王夫妻が民に顔見せするのだ。
丘の上に建つ王城を出発し、王都の中心に建つ大聖堂で折り返す。
昨日、ディートリンデが目を覚ますとエドムントから『明日に予定していたお披露目の祝賀パレードは延期にする』と伝えられた。
しかし、ディートリンデは、予定通りに決行したいとお願いした。
このパレードのためにたくさんの人が動いている。きっとたくさんのお金も。
予定変更は簡単なことではない。
ディートリンデは先日行った城下で、エドムントとはぐれてしまったときに、たまたま近くの宿屋の人に話しかけられた。
『あんた、旅人かい?泊まるところを探してるならうちの宿に今ならまだ空室があるよ。迷っているとどこもいっぱいになってしまうから、うちに決めてしまいな』
『え?いえ。旅人ではありません。……ここには宿が少ないのですか?』
『そうかい。この辺で金髪はあまりいないから旅人かと思ったよ。ここは大国スヴァルトの王都だよ。宿屋は腐るほどあるさ。だけど、国王様がご結婚なさってもうすぐお披露目のパレードがあるだろ。それで外国人旅行者も増えてるんだ。早くしないとどんどん宿は埋まっていってるからね』
『……お披露目パレードがあるから、旅行者が増えているのですか?』
『そうだよ。覇王様はこれまで私ら平民の前にはあまり姿を現さなかっただろ。覇王様を間近で拝めるなんて機会、そうそうないからね。一目見ようと国中から人が集まっているし、外国人旅行者も増えてるよ。中には衣類や家財を売ってお金を作ってまで来ているって人もいたね』
『そこまでして……!?』
『新しく広げた土地の民には恨んでいる者もいると聞くが、元々この国に住んでいる私らにしたら、不自由なく生活させてもらえているのは、なんと言っても覇王様のお陰。新しい土地の人にも同じような考えの人はいるだろうよ』
延期にするということは、そういう人々の期待を裏切ることにもなる。
お金の工面をしてまで来ている人たちが延期を知ったら、どう思うか。そこまでして来ている者は、延期になったからといって簡単に予定変更に対応できないだろう――――
「本当に体は大丈夫か?」
「はい。薬も効いたようで、もうすっかり元通りです」
「一昨日の夜に倒れたばかりなのだ。無理はしないように。万が一、少しでも体調が悪くなったらその時点で中止にするからな。これ以上は譲らない」
「はい。心得ております」
難色を示すエドムントに、お披露目パレードは予定通り行うように懇願した。
元気な姿を見せることで無事をアピールできる。そうすることで、無用な噂話や憶測が飛び交うのを抑えることもできると説得した。
リボンや花で飾り付けられた馬車。
式典用の華やかな制服に身を包んだ近衛兵たち。
馬もおめかしをしている。
「ディー。今日は特に日差しが強いからしっかり被っておくのだぞ」
肩にかけていた紗のストールを、エドムントがベールのように頭から顔をも隠すように掛けてくれた。
「ありが――あっ!……危なかったわ」
薄くて軽いストールは、風ですぐに飛んでいってしまいそうになった。
咄嗟に押さえたが、押さえ続けていなければいつ飛んでいってもおかしくない。
すると、エドムントが自分の胸元についているバッジを一つ取り、留め具として貸してくれた。
手ずから留めてくれる。
「これでよし」
「ありがとうございます」
実際にパレードが始まると、街の人々がたくさん見に来ていた。
沿道の建物の二階や屋根の上に乗って見ている人もいる。
「おめでとうございまぁす!」
「王妃様ぁ!」
ディートリンデは、こちらを見ている人に向かって手を振った。
多くの人が、笑顔を向けてきたり手を振ったりと興味深そうに見ていたから。
わざわざ集まり、祝福しようとしてくれているのが伝わってくる。
それなのに、ただ前を向いて座っているだけなのは申し訳なく感じた。
だから、ほぼ無意識で手を振り返していた。
その瞬間、大きなざわめきや歓声のような声が上がった。
それがあまりにも大きくて、何かトラブルでも起こったのか?と思ったディートリンデは、すぐにエドムントに確認する。
「今のって、群衆の中で何かあったのでしょうか?」
「そうではない。ディーが手を振り返したからだ」
「えっ?あ。もしかして、手を振ってはいけませんでしたか?どうしよう」
「構わない。私もディーに倣って民に応えるようにしよう」
エドムントが群衆に向かい、手を挙げた。
すると、先ほど以上に大きな歓声が沸き上がる。
それからはずっと集まっている人々に手を振り続けた。
多くは好意的であるものの、中には指をさして隣の人と何かを話しながら見てくる人もいる。
その視線はあまり好意的とは言えない気がする。
あんなのが王妃なのか?とがっかりして指さしているようにも見える。
(そうだ!もしも……)
お披露目パレードをすることで、一つ大きなリスクがあることに、ディートリンデは今ごろ気がついた。
「……陛下」
ディートリンデが声を抑えて話しかけると、エドムントは顔を寄せ小声で「なんだ?」と応える。
「いまさらなのですが、民衆の中に私が偽物だと気づく人はいないでしょうか?急に心配になってきました」
「それについてはカルヴィンとも検討したが、さほど問題ないはずだ。ファンデエンは遠い。我が国はもちろん、この辺の国とも国交がない。それに遠くからではこれがベール代わりになってはっきり顔は見えない」
エドムントがストールを軽くつまむ。顔を隠すためでもあると伝えるように。
そもそも、島国のファンデエンが国交を結んでいるのは港と港を繋いでいる国くらい。
社交の場にもあまり出ていなかったと聞くディアーヌの顔を、知っている人がここにいる確率はかなり低いだろうとエドムントは説明する。
ディアーヌは公式の場や他国の人間が参加する夜会は面倒だからと参加しないことも多かった。マナーを守って大人しくしているのが苦手だったのだ。
近隣諸国には苛烈な性格が噂として知れ渡っていても、実際にその顔を見たことのある人間はファンデエン近隣でも少ない。
スヴァルトとファンデエンの距離を考えると、ディートリンデがファンデエン王女ではないと気づく人はそうそういないと考えるのが普通だった。
「それより、体調は大丈夫か?」
「ふふ。問題ありません。顔色が悪いように見えますか?」
「――見えないな。頬の柔らかさもいつも通りだ」
「ちょっ!?み、皆が見ている前でやめてください」
「ははっ」
パレード開始前から、何度となく体調を心配するエドムント。
何度目になるかわからない確認に、案外心配性なところがあるのだと思って笑ってしまうと、急にベールの中に手を入れて頬をぷにぷにと啄かれた。
思わず手首を掴んで止めると、エドムントが表情を崩した。
二人は気づいていなかったが、このとき、国王夫妻が顔を寄せ合い小声で話す様子にため息を漏らす者や、エドムントが相好を崩したことに驚く者が多くいた。