表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/68

悪巧み

 

 ぼんやりと、白い紗が見える。

 煌めいて幻想的な光景。

 ふわふわと暖かく、なんとも心地が良い。


(これが天国という所……?)


「ディー!気づいたか!?」

「……へい、か?」

「大丈夫か?昨夜はディーが急に倒れたから肝が冷えた」

「倒れ……?あっ……申し訳ございません!お披露目会が!」

「そんなことはいい。気にするな」


 煌めいて見えた白い紗は、自室の天蓋に朝日が当たってそう見えていただけだった。

 心地良かったのは、適温に調整された室温とふかふかの布団のおかげ。


 ディートリンデが急いで起き上がろうとすると、肩を押され、ベッドに押し付けられた。

 エドムントはそのままずり下がった上掛けを肩までしっかり掛け直す。


 エドムントは気にするなと言っていたが、ディートリンデが倒れたことは大変な大騒ぎになった。

 大半の人は大臣が忖度しようとして大失敗したのだと思ったが、一部の人は大臣がした行為は故意だったのでは?と疑っていた。


(失敗してしまった。絶対に成功させないといけない催しだったのに……。キウカのジュースが良いなんて言わなければよかったわ)


「気分はどうだ?辛くないか?」

「大丈夫です。前になったときも休んでいたら治ったので、今回もきっとじきに治るはずです」

「前?そうか、アレルギーの自覚があるということは、以前にも症状が出たことがあるのだよな」

「はい。二年ほど前ですが、そのときも薬を飲んで一日でほとんど治りました」

「薬か。昨夜は意識を失ってしまって薬を飲ませることができなかったから治療魔術を使ったのだ。薬が効くなら直ぐに侍医を呼ぼう」


 早速立ち上がって扉のほうへと足を進めるエドムント。

 今、さらりと凄いことを言われた気がして、ディートリンデは引き留めた。


「待ってください。治療魔術を……?もしかして、陛下がしてくださったのでしょうか?」

「そうだ。応急処置として解毒の魔術を使用した。少しは効果があったのだろう。今侍医を呼ぶから寝て待て」


(まさか陛下自ら治療魔術を掛けてくれたなんて。目が覚めた時も焦った顔をして……。陛下のあんな表情も声も初めてだった。あんなに心配してくれるなんて――――)


 ◇


 ディートリンデが薬を飲んで眠ったのを確認し、エドムントは執務室へと向かった。

 執務室に入ると、カルヴィンが顔を上げる。

 今はまだ王妃のお披露目会の翌日。ディートリンデに付きっきりになっていたエドムントに代わり、カルヴィンが執務を進めていた。

 エドムントが執務室に入ったとき、カルヴィンは何かを破り捨てた。


「それはなんだ?」

「……かの国からの手紙です」

「勝手に処分するな」

「必要ないかと」

「それはそうだが」

「内容は確認しております。ですが、中身のないことが書かれているだけでしたので、少々苛立ってしまいました。必要があれば今後はお見せします」


 カルヴィンはもういいだろうというふうに立ち上がると、一束の書類を手にするとエドムントへ差し出す。


「陛下。今朝こちらの報告書が上がってきました」

「――至急、詳細に調べさせろ」

「既に手配済みです。向こうから接触してくることも想定済みです」

「ならばよい」


 報告書を読んで眉間のシワを深くしたエドムントだったが、カルヴィンの仕事の速さに表情を緩めた。

 先回りして仕事を進めてくれるカルヴィンがいるおかげで、エドムントは楽をさせてもらえている。


「ところで、王妃様の容態はもう問題ないのですか?」

「まだ休んでいるが、もう大丈夫だ」

「そうですか。――それにしてもおかしいですね。王妃様から『キウカのジュースを』と指示があったことは厨房にも伝えてあったのに。王妃の希望を覆すなんて」

「アレルギーがあるからキウカでなければならない――とは伝えていなかったのだろ?」

「それは、まぁ。私は昨夜騒動が起こるまで知りませんでしたから。知っていたらこんな事態を引き起こしません」

「厨房の者も、大臣も、良かれと思ってやったことだろう。あれは農産大臣だ。その大臣からメリルへと差し替えを指示されれば、厨房も受け入れて当然」

「どういう思惑があって……」

「思惑など。あったとしてもただ気に入られたいという下心だ。そうでなければ、アレルギーがあると知った途端に、あの場であのような行動には出ない」

「確かに……。それにしても、ファンデエン国の王女はメリルアレルギーだと何故か会場内で広がっていた話を聞いて、咄嗟に苦しむ芝居を打ったというわけではないのですか?」

「倒れたのは本当だ。あれは芝居ではない。ディーもメリルアレルギーらしい」


 カルヴィンは顎に手を当てて思考を巡らせた。

 あの会が始まるまで、ファンデエン国の王女にメリルアレルギーがあるという噂はなかった。それが突如、あの会場内で噂が広まった意味とは。


「まさか、偽者と疑って――いや、知っている者がいる?それを証明するためにメリルのジュースを飲ませたということか?……急ぎ大臣の尋問をします」

「ああ。だが、あれは悪巧みを企めるやつではないからな。そうでなければもっと別のやり方をして、多くの人間に王妃が偽者では?と印象付けたほうがいい。あれの行動を読んで唆した者がいるはずだ」


 エドムントからすいと視線を送られたカルヴィンは心得ているとばかりに頷く。

 そして、声を低くした。


「調べさせます。それと、本日はあちらの奥にてお待ちいただいております」

「…………」


 来訪者を伝えられたエドムントは、無言で奥の部屋へと足を向けた。

 執務室から繋がる部屋はエドムントの仮眠室になっており、極私的な空間になっている。

 エドムントが開けた扉の奥に、ちらりと華やかなドレスの裾が見えた。

 横目でそれを確認したカルヴィンはため息をかみ殺しながら、執務室を後にする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ