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 ディートリンデが迷子を自覚したころ――――


「目星を付けておいたレストランはもう少し先……」


 エドムントは隣にいると思っていたディートリンデが隣にいないことにようやく気づいていた。

 辺りを見渡すが、近くに淡い金色は見えない。


 今、国王の結婚で国中がお祝いムードになっていて、王都はいつもより人出が多い。

 観光客や商人など、他国からも人が集まっていた。

 人の間を縫って歩かなければならないほどだったのに、後を付いてきていると思い込んでしまったのだ。


 人とペースを合わせて街歩きしたことがなかったので、気づけば自分のペースで歩いていた。

 周囲を見渡しながら来た道を戻るが、一度も淡い金色が視界に入ることがない。

 カルヴィンから『二人きりで行くのですか!?せめてコラリーだけでも付けたほうが』と言われたのを、素直に聞き入れておけばよかったと後悔しながら走り回った。

 

 大きな十字路に行き当たり、どちらへ行ったか考えていると、ハシゴに上って看板を直している男が視界に入る。

 咄嗟にハシゴを借りて上り、辺りを見渡した。

 すると、豆粒のように見えるほど遠く、黒や茶色の人混みの中に淡い金色が小さく見えた。



 彼がハシゴから辺りを見渡しているとき、ディートリンデは途方に暮れて立ち尽くしていた。

 無闇に動き回らないほうが良いだろうと思い、道の端に立っていると、遠くから呼ぶ声が聞こえる。


「ディー!!」

「ヘ……っ」


 陛下!と声を上げそうになり、慌てて手で口を押さえた。

 城を出る前に、平民のふりをしているのだから城下では陛下と呼ばないよう注意されていたのだ。


『エドと呼ぶように』

『かしこまりました。エド様』

『様もいらない。平民同士では様付けで呼んだりしないからな』

『あ、そうですね。わかりました』

『……呼ばないのか?』

『え?あ、後ほど……』

『それは楽しみだな』


 愛称で呼ぶのに抵抗があったため、今のところ呼べていない。

 呼べない代わりに手を挙げてここにいると訴え、縋るような視線を送ると、人波をかき分けてあっという間に迎えに来てくれた。


「すまん!横にいるものとばかりに」

「余所見をしていた私が悪いのです。申し訳ございません。街があまりに煌びやかで目を奪われてしまい……」

「ああ、今は国王の結婚を祝った飾り付けがなされているからな。人も集まっていていつも以上に活気がある」

「あ。先ほど聞きました。皆楽しみにしていると」

「先ほど?誰かに絡まれたりしたのか!?」


 エドムントががしっと大きな手でディートリンデの肩を掴む。

 真剣な表情で見つめてくるので慌てた。


「いえ!そこの宿屋の方が私を旅人だと思ったようで、まだギリギリ部屋が空いてるから宿を探しているならと勧誘を。断りましたから大丈夫です」

「そうか。無事で良かった。もうはぐれないようにこうしよう」

「……っ!」


 エドムントがディートリンデの手を取り、指を絡めた。


(こっ、これってファンデエンでは恋人達がしていた手の繋ぎ方じゃない!?)


 はぐれてしまって申し訳なかったという気持ちを忘れるほどの衝撃。

 何か言いたいのになんと言っていいかわからず、ただ繋がれた手を見ることしかできなかった。


「どうした?」

「…………」


 精一杯平静を装おうと澄ましていたつもりでも、エドムントの目には何か言おうと口をぱくぱくさせては噤むディートリンデが映っていた。


「……ふ。ディーはすぐに照れるな。――さぁ行くぞ」

「……はい」


(知り合いに見られている訳ではないのだから、こんなラブラブアピールは不要では!?これは一体何のために!?)


 しかし、これにも意味があるとすぐにわかった――――



 エドムントに連れてこられたのは、入口にドアマンがいるような上流階級向けのレストラン。

 といっても、事業に成功して貴族に準ずるような生活をしている平民や、低位の貴族が来る雰囲気の店だ。

 今、二人の服装は平民そのものなので、かなり場違い感がある。

 スヴァルトの服装のマナーについてまだよくわかっていないディートリンデでも、街ゆく人を見ていて、自分が今着ている服は本当に一般的な平民が着る服だとわかっていた。


「大丈夫なのでしょうか?私たち、今日……」

「大丈夫だ。見ていろ」


 エドムントは自信ありげだったが案の定、ドアマンの男が不快感を顕に身なりを検分してくる。

 ディートリンデがどきどきしていると、二人の手首に嵌っている揃いの高級そうな腕輪に目を留めたドアマンは、わかりやすく笑顔でドアを開けた。


 エドムントは、「な?大丈夫だっただろ」と得意げに言う。


「どうして……?」

「最近、平民のふりをしてデートするのが貴族の間で流行っているらしいのだ」


 貴族がわざわざ平民のふりをする理由がわからないと思ったディートリンデだったが、自分たちが今こうして楽しめていることを考えると納得できた。


「いらっしゃいま――え……こっ、国王陛下……!?」


 無事に入店すると、やってきた店員がぶるぶる震えて手に持っていたお盆を落とした。


(あぁ、やっぱり)


 室内ということでエドムントが帽子を脱いだため、特徴的な目がよく見えるようになってしまったのだ。

 平民の服を着てカツラ被っていても、しっかり目を見られては王族特有の瞳の色でエドムントだとばれてしまう。

 労働者階級では自国の王の顔さえ知らない者も少なくないが、上流階級向けのレストランで働く者なら、顧客のレベルに合わせた知識を持っていても不思議ではない。


 怯えた様子でエドムントを凝視していた店員が、不意にディートリンデのほうを向き、呟いた。


「まさか……お、王妃、様……?」


 結婚したばかりの国王が手を繋いで入店してきたとなれば、相手の女性は王妃だと思うのが普通。

 平民から『国王夫妻は仲睦まじい』と噂になることもある。


(だからこのレストランで、この手の繋ぎ方だったのね)


 このレストランの客ならば、労働者階級と貴族、両方と繋がりのある客も多そうだ。

 噂というのは、貴族の間では瞬時に、平民の間ではじわじわと広がる。

 平民の間で噂になるということは商人にも伝わり、情報が国全体へと行き渡る。

 ゆっくりと確実に浸透し、他国へも広がる場合さえある。

 城や貴族の中でだけではなく、国民がそう認識していれば、より説得力が増す。


 その後、直ぐにオーナーも奥から飛んで来てあまりにも畏まられたことで、他の客も二人に気づくことになった。

 神をも恐れぬ覇王と呼ばれる国王がそこにいるという事実だけで、店内の空気が張り詰める。

 ディートリンデがチラリと店内を見渡してみると、そこにいた客全員が蛇に睨まれた蛙のように、凍りついていた。

 どう考えてもゆっくり食事をできる雰囲気ではなくなってしまった。

 それはエドムントも同じように思ったらしい。


「仕方ない。出るか」

「そうですね」

「な、なにか粗相を!?どうかご容赦を!!どうか、どうか!」


 オーナーの怯える様子に、ディートリンデはエドムントのことが可哀想に思えてきた。

 覇王と呼ばれるエドムントは、自国の民にも恐ろしい人物に違いないと認識されているのだ。

 ここまで大国の王ならば、平民にとっては完全に手の届かない人で、どのような人なのか知らなくて当然。

 恐ろしい噂から怖い人だと思い込んでも無理はない。

 実際、ディートリンデも噂だけで怖い人だと思い込んでいた。


 だけど、今は違う。

 まだ短い時間しか過ごしていなくても、慮ってくれて優しい人だと知っている。それどころか、可愛らしい一面のある人だ。

 覇王の名の元、印象でただ畏れられ怖がられていることが、少し不憫になってくる。

 そう思い、ちらりとエドムントを見ると、少し寂しそうな目をしているように見える。


 ディートリンデはディアーヌの機嫌をとるときに使っていた子供に向けるような柔らかい笑顔を貼り付けて、一歩前に進み出た。

 少しでもエドムントの印象を良くしてあげたいという気持ちが芽生えたからだ。

 が、通常は王族から平民にここまで近づくことはない。咄嗟の行動で、王妃らしくしなければならないということを忘れていた。


 王妃自ら、いつでも触れられるほど近くに歩み寄ってきたことに、店員たちは目を丸くする。


「大丈夫ですわ。むしろ、一度入ったのにそのまま出てごめんなさいね。他のお客様の楽しい時間を邪魔するのは忍びないので今日は遠慮するわね」


 そう言いながら、笑顔で一人一人と目を合わせるディートリンデ。

 これにより、オーナーや店員の緊張感が少し和らいだ。

 それを見たエドムントも店員たちに声を掛ける。


「今度来るときは貸切の予約をするとしよう。では」

「は、はい!またのお越しをお待ち申し上げております!!」


 国王夫妻からの思いがけない言葉に感激した様子の店員たちが、礼の姿勢をとる。

 その後、オーナーと店員一堂に見送られて二人はレストランを後にした。


「すまん。こんなことになるとは思わず」

「いえ。流石陛下です。隠しきれない偉大さが平民の方々にも伝わるのですね」

「だが、助かった。ディーが彼らに寄り添うような声掛けしたから、そこまで騒ぎ立てられず店を出ることができた」

「そんなこと……!」


 ――謙遜しているが、エドムントはディートリンデの行動を高く評価していた。


 国を大きくし、対外的にも強くなった。

 これまでは国を大きく強くすることを第一にしてきたが、その結果、スヴァルトの平民は王侯貴族に搾取される存在になってしまった。

 それはスヴァルトに限らず、どの国でも国民は王のためにあるのは当たり前のこと。大抵の国民は誰も疑問に思うことがない。

 ただ、急激に拡大した国土を治めるエドムントは、覇王の異名が独り歩きし、恐怖の対象になってしまった。

 それは少しずつ積み上げられていった虚像にも似たものであったが、このままではいけないという危機感がエドムントにはあった。

 新しい土地の者ではなく、王都の民でさえあのように怯えるほどだ。

 争いにより奪い取った地の民は、より複雑な思いを抱えている。

 国王として強さだけを見せていれば良い訳では無い。恐怖で支配を続けていてもいずれ破綻する。

 とはいえ、舐められる訳にもいかず、どうすべきか考えあぐねていた。

 先ほどのディートリンデの平民に対する態度とその反応を見て、方向性を見いだせた気がしていた。


 咄嗟にあのような行動ができるディートリンデなら、民から敬愛される王妃になれるだろう。

 それぞれ役割を持って王は強さを、王妃は優しさを見せていくのもいいかもしれない――とエドムントは考えていた。


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