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デェト!

 

「それで、何故だ?何故そこまで食事の量を減らしたのだ?食べきれなかったにしても減らしすぎだろう」

「それは……」

「誰かを庇っているのではないなら、理由を言えるだろ」

「陛下。そういうことは女性に聞くものではございませんよ」


『痩せたいから』とは言いにくいだろうと察して、コラリーが口を挟んでくれた。

 ディートリンデは心の中でお礼を言う。


「そうなのか?何がだめなのかわからないが」

「ですから、女性には言いたくないことや聞かれたくないこともあるのです」

「……うむ」


 コラリーに窘められたエドムントは腑に落ちない顔をした。

 解せぬという表情のままオムレツを口に運ぶ。

 その後、気持ちを切り替えたのかディートリンデに向き直る。


「しかしだな、そんな量では足りないだろう。量が少なすぎては死んでしまうぞ」

「いえ、死にません。流石に死ぬほど量を減らしているわけではありませんので、ご安心ください」

「しかし、そんな量では腹が空くだろう。痩せてしまうぞ」

「大丈夫です」


 痩せたくて量を減らしているのだ。

 だが、今の言葉でやはりエドムントがダイエットをあまり歓迎していないことがわかった。


「だが、少なすぎないか?」

「もう少し食べたいと思うくらいで、今の私にはちょうど良いのです」

「もう少しと思うということは、足りていないのだろ?ほら、これも食べないか?」


(意外としつこいわね)


 食べさせられたらダイエットにならない。

 ディートリンデの皿の上で攻防が繰り広げられていた。

 エドムントが皿の端に自分の料理を乗せようとしてくるので、手でガードする。

 そして、精一杯の笑顔を作って見せた。


「陛下は武人でいらっしゃるので、その大きなお身体を動かすためにもたくさんの量が必要でしょう。ですが、私は陛下ほど動きませんし、陛下よりも身体が小さいのでこの量でも問題ないのです。元々が私には多すぎたのです」

「それにしても」

「過食は逆に不健康ですので!」


 不健康という言葉に反応したのか、料理を皿に乗せようとしていた手が戻された。


「うむ……そういうものか?しかしコラリーはもっと食べるよな?たくさん食べても不健康には見えないが」


 大食いのように言われたコラリーは無言で半眼になった。

 エドムントは案外、女心に疎いのかもしれない。


「適量は人それぞれです。私とコラリーでは、コラリーのほうが長身ですし、仕事で運動量も違いますから。私もこの量で足りなければ、きちんと増やすように伝えますのでご安心ください」

「……本当に足りないときは言うのだぞ。痩せたら困るからな」


 多少痩せたところで何も困らない。

 それに食べる量を少し減らしたところでみるみるうちに痩せるわけではない。

 ディートリンデとしては、本当はもっと少なくしたいくらいだったが、そうなると座学の集中力が続かなくなってしまいそうだから、腹七分目くらいの量にとどめていた。


「そういえば、王妃教育を頑張っているらしいな」

「はい。私なりにやっております。知識をつけなければいざというときに困りますので」

「なるほど。講師陣がディーは学びの姿勢が貪欲で立派だと褒めていた」


 今のところ、日常的にディートリンデが言葉を交わす相手は侍女くらいしかいない。

 だが、偽物でも王妃であるのなら、いつ足をすくおうとしてくる輩が現れないとも限らない。

 知識を得ることは、自分やエドムントを守ることに繋がる。

 そうでなければ共闘もできない。

 だからディートリンデは必死だった。


 もしも偽者だと露呈してしまえば、きっと処刑は免れないだろう。

 エドムントが庇ってくれる可能性はあるが、共謀だと思われたら国王と言えど立場が危うくなる。


 それに、ディートリンデには自分が最低限の教育しか受けられなかったというコンプレックスもある。ディアーヌの侍女になるときに簡単な読み書きやマナーは習ったが、それだけである。

 そのため、単純に勉強が楽しかった。

 古語や歴史も興味深いし、ダンスは恰好のダイエットタイムだから一層熱が入る。

 それ以外の時間にも、図書室から本を借りてきて読んでいた。


「ディーが褒められると私まで鼻が高いぞ」

「ありがとうございます。頑張ります」

「無理はしすぎないようにな。早速だが、明日は王妃教育を休みにした」

「えっ」


 褒められて嬉しいなと思ったそばから、休みを告げられた。


(どうして?相談もなしに勝手に休みにするなんて、横暴な……)


 やっぱり覇王と呼ばれるだけあるのか、当然のように勝手に予定を決められるとその一面を垣間見た気がしてくる。


「仕事の調整ができたから、城下を案内しよう」

「城下を案内……私は外へ出てもいいのですか?」

「理由があればな。明日はデートだ」

「デェト!」


(えっ……デートなんてしたことない。どうしたらいいの!)


 その後、ディートリンデは食事に集中できないほど、しばらくそわそわした気持ちになった。

 だが、「お二人の仲の良さを皆に見せつけるいい機会ですね」とコラリーに言われて冷静になれた。


(あ。これは偽物夫婦だとバレないためのアピール作戦なのね)



 ◇



 ディートリンデの目に映るのは、黒髪の長髪に帽子を被り、頭から被る襟なしのシャツ、ゆったりとしたズボン、サンダルという軽装の見慣れぬ男。

 否、この国の平民が着るという服を着たエドムントだ。


 城下を案内してくれるという話だったが、まさか平民のふりをして二人きりでの外出だとは思っていなかった。


 この大国の王が護衛もつけず、カツラや平民の服を抵抗なく着るとは信じられず、まじまじと見てしまう。


「ん?どうした?」

「いえ……」


 ディートリンデの視線に気づいたエドムントが軽く眉を上げ問いかけてくる。


(意外と平民の服も似合うのね)


 かくいうディートリンデも平民服を着ているが、自分では悲しいくらい似合うと思っていた。


(それにしても、これは他の人に偽物夫婦ではないとアピールするための作戦のはずなのに)


 夫婦仲の良さを見せて、偽物疑惑が出ないようにするための作戦としての外出。それなのに平民のふりをして人目を忍んでしまったら、意味がない。

 どうして?と思いながらも聞くことができないまま。

 城下へ行くための馬車に乗るとき、通りかかった者たちが二人を見てこそこそと話しだしたのを見て、大勢の人に見られる必要はないことを思い出す。


 城勤めの従者連中は閉鎖的な環境故に、噂話が好きなのだ。

 今ごろ皆が『内緒だよ』と言いながら、『陛下は王妃と城下でお忍びデート中らしい』と伝言ゲームのように広まっていることだろう。


 ディートリンデは侍女時代、噂を聞く側の経験をしているため、容易に想像できてしまった。

 実際に見せるよりも、噂話のほうが効果的な場合もある。


 エドムントはスヴァルトをここまでの大国にしたほどの人。ならば、これも計算のうちなのかもしれない――そう思うと、少し怖くなる。


 と思って考えていたのもわずかな時間だった。

 エドムントに連れられて街の中心部へとやってくると、自分の立場や目的を忘れ、ディートリンデははしゃいだ。

 ファンデエンでさえ、数えるほどしか外に出たことのないディートリンデ。

 街並みに、たくさんの人、嗅ぎ慣れぬ匂い。

 初めて見る都会の街並みに興奮してしまったのだ。


(わぁ!さすが大国の王都!お祭りのように人がたくさん!どこまでもお店が続いている!この大きな建物は何?歌劇場?あっちには見せ物小屋に、遊戯場まで!?えっ?ネジの専門店なんてあるの?あっ、あれは何?へぇ、画廊もあるのね。わわっ!道端なのに踊り子!?羨ましい体つき……。ん?いい匂い!わぁ、美味しそう!あ、あれも美味しそう!綺麗なお花が植えられて、景観が素晴らしい!それにしても、女の人も普通にたくさん働いているわね。お城でも従者以外の軍人やら魔術師やら、女性がたくさんいるし、大国なだけあっていろいろと進んでいるのね。ファンデエンに比べて女性が暮らしやすそうだわ!)


 ――ディートリンデは無意識に、自分がここで暮らしたら……と想像しながら、街を見ていた。

 いつか自由を手に入れられたら楽しい生活が待っていそうで、勝手に心が踊ってしまう。


(やっぱりどうにかして解放してもらえないかしら)


 これほどまで、未来へ期待したことがあっただろうか。


「さすが、活気があって――……あら?いない……」


 隣にいるはずのエドムントに話しかけたつもりだったが、そこには誰もいなかった。

 夢中で街を見ているうちにはぐれてしまったのだ。


(もしかしてはぐれた!?どうしよう!)


 土地勘がないので焦った。

 ちょろちょろと自分の興味が引かれる場所に向かって進んだため、自分がどちらの方向から来たのかもわからない。


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