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辞めさせた


「コラリー。相談なのだけど、食事の量を減らしてもらうことはできるかしら」

「…………」


 一瞬間が空いてから、コラリーが眉を下げつつも真剣な表情になった。


「……何かお口に合いませんでしたでしょうか。食べ慣れない料理に飽きてくることもございましょう。お時間をいただけましたら、ファンデエン流の料理を用意させることも可能ですが」

「ううん。とても美味しいわ。だけど、量が多くて。できたら今の半分くらいの量が良いのだけれど」


 半分と聞いて、コラリーの表情が曇る。

 量が多いから減らしてほしいというには極端すぎた。


「それは、少し減らしすぎでは……。やはり何かお口に合わないものが?」

「ううん、本当に美味しいと思っているわ。だけど、量を減らしてほしいのよ」

「しかし、半分の量というのはさすがに……。何か理由があるのなら対処いたしますので、教えていただけませんでしょうか」


 同性同士でも、理由を伝えるのは躊躇われる。

 目を逸らしたディートリンデを見て、これは何かあると確信したコラリーはあえて視界に入るように近づいた。


「なんでしょう?なんでも仰ってくださいませ。何か不備が?」


 深刻そうな声色は、本当にディートリンデのことを心配しているのが伝わる。

 ケイリーも心配そうな顔をしていた。

 侍女にこんな顔をされてしまっては、正直に言うしかない。


「陛下に、だ、抱き心地が良いと言われてしまって……」

「まぁ。それは仲睦まじくされていらっしゃるようで」

「違うの!そうではなくて。健康そうな体型って……。見た目で判断したけど健康そうだって。それで柔らかくて抱き心地もいいって、陛下に言われたのよ。それって太っているってことじゃない?だから痩せたいの。そう思っているのに、美味しすぎて食べ過ぎてしまう」


 『抱き心地が良い』をポジティブに捉えられたため、全力で否定してしまった。

 つい力が入ってしまったディートリンデは身を乗り出して力説したため、コラリーは目を見開き、少し仰け反っている。

 ケイリーも驚いたような顔をしていた。

 それに気づくと、急に冷静さを取り戻せた。


「ご、ごめんなさい。つい……」

「いえ。そうでございましたか。しかし、陛下は恐らくそのような意味でおっしゃったのではないと思われますが」

「わかっているけど、私が気になるのよ。太っていることは自覚しているし、少しは痩せたいの。それなのに、初めて食べる料理ばかりでどんな味か気になるじゃない。食べてみたらどれも美味しくて食べすぎてしまう。今以上に太りそうで怖いの」


 正直に話すと、コラリーは納得したような顔をして頷いた。


「それが乙女心というものですわね」


 コラリーにそう言われ、ディートリンデは自分の中に乙女心があったのかと内心驚いた。

 いやこれは自分自身の問題なのだと否定しようかと思ったが、納得してもらえるように説明する自信はない。


「朝食は元々多めにお出ししております。気にせず残していただいて構いませんが」

「だけど、陛下はたくさん食べろとおっしゃるわ。『残っている』とも……。私も残すのは嫌だし」

「確かに……。わかりました。初めから量を減らすように私から料理人には伝えましょう」

「ありがとう。頼むわね――あっ。食事は本当に美味しいと料理人には伝えてもらえる?料理そのものには何も問題がないって」

「ええ。伝えさせていただきます。ディー様が褒めていたと知ったら、喜んで工夫するはずです」


 せめて食事の量が減れば、少しは痩せやすくなるだろう。

 少なくともこれ以上太るのは回避できそうだと一安心する。


 それから何度かの食事を通じて、もう少し食べたいと思うくらいまで量を減らしてもらえた。

 都合良く……と言っていいのか、ちょうど食事量を調整し始めたころから、エドムントと食事の時間がずれるようになったのも良かった。


 料理人はコラリーから量を減らすように伝えられたとき、当初のコラリーと同じような反応をした。

 しかし、『料理が美味しくて食べすぎてしまって困る』とディートリンデが言っていたことを伝えると、喜んだ。

 そして、王宮料理人のプライドにかけ、ダイエットメニュー考案に真剣に取り組んだ。


 言われた通りにただ量を減らすのでは能がないし、庶民のような粗末なダイエットメニューを出すわけにもいかない。

 見た目に美しく、美味しく、栄養バランスも良く、そして少量でも満足感のある食事を提供することに全力を尽くした――――


 食事がダイエットメニューに一新したディートリンデは、料理人の気持ちにも応えようと、真剣にダイエットに取り組む。

 王妃教育でダンスや歩き方、姿勢など所作までも指導され、今まで以上に意識することで効果的に身体を使うことができていた。


 ◇


 食堂へとやって来たエドムントは相当忙しいのか、少し疲れているように見えた。

 朝晩顔は見ているが、食事の席を共にするのは何日ぶりか。


「ここ数日共に食事をできず、すまなかったな」


 そんなことで謝罪されるとは思わなかったディートリンデは驚いた。


(前もそうだったけど、悪いと思ったらちゃんと謝ることができるのね)


 ファンデエンでは、王族は自分に非があっても謝らなかった。

 ディアーヌがいたずらしたときに、相手方へ代わりに謝るのも怒られるのもディートリンデ。

 ディアーヌのいたずらでディートリンデが骨折したときには、謝られるどころか『骨折なんかして。ディアーヌが気に病んだらどうするの』と言われたくらいだった……。


 何百年と変わりのない国ならいざ知らず、拡大したばかりの大国の王が忙しいのは想像に難くない。

 なおかつ、誰でもよかったという妻と数日食事が別になったくらいで謝られるとは思ってもみなかった。

 と同時に、ちゃんと気にかけてくれているのかと思うと、少しくすぐったく温かい気持ちになる。


 なんとも言い表せないむず痒さを感じて視線を下げたディートリンデを見て、エドムントの口角が僅かに上がる。

 それをコラリーが見て、内心ニヤリと笑っていた。



「ん?ディーの食事はそれだけか?」


 ディートリンデの前には、大きなお皿にちょこんと少量の料理が盛られている。

 ディナーなので料理はコースとして提供されるわけだが、前菜のひと皿を見比べただけでも量に倍以上の差があった。

 エドムントが疑問に思っても不思議ではない。


 ディートリンデは、エドムントにダイエットしていることも、食事の量を調整してもらったことも伝えていなかった。

 反対されるかもしれない……と考えているうちに、伝える機会を逃していた。

 食事の時間は合わずとも夜は共に寝ているのだから、伝えようと思えばいつでも伝える機会はあったのに。

 そもそも、忙しそうにしているエドムントの時間を取ってまで報告することでもないし、自分なんかの食事に興味はないかもしれないと考えていた。


「あ、はい。実は――」

「もしや」


 被せるように発せられた低い声に驚いて顔をあげると、エドムントの眉間には深く皺が刻まれていた。


(えっ。突然のご立腹!?)


「城の者が故意に食事の量を減らしているのではあるまいな」


 エドムントは厳しい目つきでコラリーを睨んでいた。

 その迫力に縮み上がりかけたが、一刻も早く誤解を解かなければならない。

 コラリーを睨むということは、侍女長であるコラリーの監督不行届だと思われているのだろう。

 だけど、これはディートリンデのわがままに応えてくれた証。

 料理長もコラリーも、『ここまで減らさなくても……』と言っていたのに、『生ぬるくしていたら私は痩せられない』とディートリンデが言った結果だ。


「違います!私が頼んだのです。コラリーを始め、皆は良くしてくれています。大丈夫ですわ」

「……頼んだ?食事の量をそんなに減らすようにディーが自分で頼んだのか?」


 向けられた視線は、コラリーに向けていた鋭さが残ったまま。

 こちらにやって来た日以来、覇王らしい鋭さを向けられていなかったディートリンデは気圧されて少し身構えてしまう。


「は、はい。今の私には量が多すぎたので……」

「はぁ。だとしても、半分以下の量ではないか」


 エドムントは呆れたように息をついた。

 そして、少しだけ表情を和らげる。

 先ほどディートリンデが微かに脅えたことに気づいて意識的に変えていた。


「それで、誰に意地悪されている?メイド長のときのように庇う必要はないのだぞ。正直に言いなさい」

「意地悪なんて。本当に、私が食事の量を減らしてほしいとお願いしました。わがままを言ったのは私です。庇っているわけでは――え?メイド長?」


 ディートリンデは必死の思いで否定していたので、この場にいない者の話が出たことを聴き逃しそうになった。

 いきなり出されたメイド長という存在に、こちら来た日以降意地悪メイドの姿を見ていないということに気が付いた。


(専属侍女が決まってメイド本来の仕事に戻ったのだと思っていたけど。もしかして…………)


 窺うように見ると、冷たい目をしたエドムントが事も無げに伝えられる。


「あの女は辞めさせた」

「え……なぜですか」

「王妃の肌に傷をつけるなど、有り得ん」


 確かにその通りである。

 大国スヴァルトの王妃の肌に傷をつけるなんて恐れ多いこと。


(だけど、その王妃は私なのよ。どこぞのお姫様ではなく、身代わりで来た偽者の私……)


 王妃が少しでも怪我すると辞めさせられるとなれば、皆怖々接してきて、お世話するのにも緊張感がみなぎってしまう。

 そうなればお互いに居心地が悪くなってしまう。


(あ。もしかして、それでケイリーとジョアナは最初あんなにガチガチに緊張していたの?)


 だけど、従者側の気持ちもよく理解できる身として、そんな簡単に辞めさせるなんて……とディートリンデは考えてしまう。


「あの程度の傷なら大丈夫でしたのに……」

「傷大小の問題ではない。王妃を侮るは、その王妃を選んだ王を侮るも同じ。それに、体を洗うだけであのような傷になるなど、故意に強い力を加えて何度も擦らなければ有り得ない。侮り、故意に傷付けたことが問題だ。この程度と見逃していては、いずれ大きな問題になりかねない。だから辞めさせた。そのような者、情けを掛ける価値さえない」


 正論を言われ、口を噤んだ。

 それと同時に、偽物でもちゃんと守ってくれるのだと感じて心が温かくなる。


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