別腹
相変わらず朝からテーブルを埋め尽くす量の食事が用意され、するするとエドムントの胃の中へと消えていく。
「ディー。手が止まっているが、体調でも悪いのか?」
「いえ。大丈夫ですわ」
ディートリンデは未だに食事の量が多すぎることに言及できずにいた。
今日こそは言おう言おうとタイミングを計っている間に、先手を打つようにエドムントが純粋な瞳で「遠慮するな。たくさん食べろ。これもまだ残ってるぞ」と言ってくる。
本当は少しでも食事量を減らしたいのに、むしろ侍女時代よりもたくさん食べてしまっている。
このままでは、かなりの体重増加が予想される。
(それだけは阻止したいのに!でも美味しいからお腹いっぱいなのに食べてしまうのよね……!)
食後、エドムントが執務を開始するために食堂から出ていくと、入れ違いにワゴンを押してケイリーが入ってくる。
エドムントは甘いものをあまり食べないらしく、配慮してか食事の最後にデザートは出てこない。
が、スヴァルトの食事では最後にデザートを出すのが基本。それで、エドムントが席を立つと、王妃用のデザートが出されるようになった。
エドムントが食べないのだからディートリンデも食べなければいいのだが、別腹なのである。
ディートリンデは甘いものが好きなので、(一口サイズだし……)と言い訳しながら毎日楽しみにしていた。
その反面、体型のことを考えると複雑な気持ちになる。
わがままだが、デザートも食べたいからこそ、余計に全体の食事の量を減らしたいと考えていた。
今日も限界まで詰め込んだお腹をさすりながら、デザートを出すために使用済みの食器を片付けている様子をなんとなく眺める。
ケイリーがちらちらとディートリンデのことを気にした素振りを見せていることに気づいた。
仮にも王妃がじっと見ていたらやりづらいはずだと気づき、なんとなく窓の外へと視線を移す。
それでなくてもケイリーは少しおっちょこちょいな一面があり、コラリーから叱られる率がジョアナより高い。
王妃からのプレッシャーを感じてまた何か失敗して叱られては可哀想だ。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。あら、今日はフルーツなのね」
いつもは上品に食べても二口三口で終わるくらいに小さなケーキだったが、今日は丁寧にカットされたフルーツだった。
「実は、フルーツは私が持ってきたものなのです。髪のパックのお礼……と言うと烏滸がましいですが、両親も大層感激しておりまして。フルーツならケーキよりもヘルシーですし」
ケイリーが言うには、王妃からの下賜品に感動した両親が、その気持ちを伝えたいと親戚からちょうど届いたばかりの希少なフルーツを献上したとのことだった。
本当に希少なそのフルーツは、あまり採れない上に足も早いので、王侯貴族でも生のまま食べられるのはかなり稀だった。
そんな希少なフルーツがちょうど手に入ったので、調理場に持ち込んでデザートとして出してもらえるように頼んだらしい。
「そうだったの……。ありがとう」
いつもならすぐにフォークを持つ手が動かないまま、カットされたフルーツに視線だけが注がれている。
そのことに気づいたケイリーの表情が曇る。
「あの……差し出がましいことをいたしました……申し訳ございません」
「あっ。ううん、ありがとう。気持ちはとっても嬉しいわ。本当にありがとう。伯爵ご夫妻にもお礼を伝えてね」
「しかし……」
ありがとうと言うのに、一向にフォークを持とうとしない。
ケイリーが余計なことをしてしまったのだと思うのは無理もなかった。
「これって、メリル……よね?」
「はい。加工品でさえ希少ですが、生のまま食べられるのはかなり珍しいものですので、ぜひ王妃様に召し上がっていただきたいと……思ったのですが……。お嫌いでしたでしょうか」
「その気持ちは本当に嬉しいわ。でも、ごめんなさいね。実は、メリルにアレルギーがあるのよ」
以前、ファンデエンにてディアーヌが「生のメリルが食べてみたい!」とわがままを言ったことがあった。
他の従者が必死の思いで手に入れてきた生のメリルは、ディアーヌの口には合わなかった。
というのも、メリルはものすごく希少性の高いフルーツだが、味や食感がそっくりのキウカというフルーツがこの世には存在していた。
そのキウカは、かなり安価で大量に流通し、平民が好んで食べるフルーツだったため、ファンデエンでは王侯貴族はあまり手を出さないフルーツとして有名だった。
そのキウカとメリルがそっくりだったため、勘違いしたディアーヌは一口食べただけで、機嫌を損ねてしまった。
本物のメリルを出したのに、偽物を食べさせられたのだと思い込んだのだ。
ディートリンデが『これは本物です。本当に希少なもので』と言ったが信じてもらえず、一部を床に落とす始末。
それを見て、つい『……高いのに、勿体ない』と呟いた。その声がディアーヌの耳に届いてしまい、残っていたメリルを食べることになった。
そのとき、ディートリンデはメリルアレルギーを発症して倒れた。
さらに、ディアーヌにもアレルギー症状が出た。幸い、ディアーヌは一口しか食べていなかったので、騒ぐような症状は出なかったが、ディートリンデは数日寝込むほどだった――――
「そ、それは……!知らなかったとはいえ、私はなんてことを!申し開きもございません!」
ケイリーは真っ青になって謝罪の姿勢を取った。
万が一気づかずに口にしていたら、大変なことになる。
ケイリーが真っ青になるのも無理はない。
他意がなくとも、きつい罰を与えられても致し方ないことをしたのだから。
「謝らなくていいわ。何も起こっていないし、ケイリーは知らなかったのだから。これを食べることはできないけれど、その気持ちは受け取るわ」
「……誠に申し訳ございません」
「気にしないでちょうだい。ケイリーは生のメリルを食べたことはあるのかしら?」
ケイリーが思い詰めているようにも見えて、ディートリンデは明るい声を出す。
聞けば、親戚から届いたと言っていたが、正確には昨夜旅先から戻った叔父が土産として持ち帰ったものだそうで、生のメリルを見たのも初めてだったとケイリーは言った。
「それじゃあ、せっかくだからケイリーが食べてちょうだい」
「それは……。一度は献上したものをいただくなんて……」
「そんなことは気にしなくていいのに。私からの下賜品としたら食べてくれるかしら?食べて感想を聞かせてちょうだい」
ケイリーは迷ってから、頷いた。
一度献上したものは、もう王妃の物。それを食べるなど普通はできないが、その王妃から食べてほしいと言われたら食べないわけにはいかない。
「――わっ!生のままでも本当にキウカと似ている味がしますね!でも、キウカよりも濃厚な甘さがあります」
「スヴァルトでは貴族もキウカを食べるの?」
「はい。キウカはスヴァルトでよく採れますので。私は好きで朝などによく食べます」
「そう。私もキウカは好きよ」
ファンデエンでは王侯貴族があまり手を出さないキウカだが、道ばたにも木があったのでディートリンデは不遇な子供時代に空腹を満たすために食べていた。
「ディー様、新しいものをお持ちしました」
「あら。ありがとう」
二人のやり取りを見ていたコラリーは、替えのデザートをわざわざ取りに行っていた。
わざわざ取りに行ってくれたならありがたく頂くしかない。と今日もデザートまで食べる口実を誰にするでもない言い訳のように考える。
デザートを頬張りながら、(結局今日も陛下に言えなかった……)と思うディートリンデ。
エドムントに直接言うことができそうにないので、またもコラリーに相談してみることにした。
残す許可を取ろうと思っていたが、最初から量を減らしてもらえたら完食しても問題はない。
だったら、エドムントに許可をもらうよりもコラリーに量を減らしてもらえるように頼んだほうが早い――と、コラリーが簡単にデザートの替えを持ってきたことで気づいた。