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「スヴァルトは日差しが強いので、王妃様のこの絹のような御髪が傷んでしまわないか心配ですわ」

「ファンデエンではどのようなお手入れをされていたのですか?」

「オイルとかかしら……」


 ケイリーとジョアナに問われ、ディアーヌの髪のお手入れを思い出しながら答えた。

 ディートリンデは自分の髪は特に手入れらしいことはしたことがない。

 自分の髪や肌を整えることにまで目が向いたことがなかった。


 それなのに褒められてお手入れ方法を聞かれても困ってしまう。

 ここに来て、自分のことを話すのが苦手なことに気づいた。

 今は立場上致し方ないこととはいえ、できるだけ自分が話の中心にならないようにしていた。


「ここではそんなにすぐに髪が傷むほどなの?」

「ええ。王城の外を歩くときはストールや日傘は必須ですわ。便利な魔道具も多いのに、美容に関することは遅れていますので。こちらでもオイルをつけますが、毎日朝も夜もお手入れに時間が掛かって――」


 ケイリーとジョアナはスヴァルトの女性がいかに朝晩、肌や髪の手入れに時間をかけているかを語って聞かせた。


 一年のほとんどが冬のファンデエンでは日差しは恵みであったので、侍女たちの悩みにピンと来なかった。


 通常、スヴァルトの貴族の屋敷では魔道具によって室内の温度管理がされている。

 王城では全体を特別な保護魔術によって護っているのだが、その魔術の副産物として、庭も暑くも寒くもない快適な温度に保たれていた。

 それでも、寒い地域から来たディートリンデにとっては、少し動いただけでも暑いと感じるくらいだから、王城の敷地外は相当暑いのだろう。


 ほとんど室内にいるディートリンデには、燦燦と降り注ぐ日差しは気持ちが良く見えていたが、現地人でさえ苦労しているのなら準備はしておくべきかと考える。


(同じもので効果があるのかわからないけど、作ってみようかしら。そうしたらきっと……)


 若い二人の働きぶりを監視するかのように立っているコラリーに目を向ける。

 するとすぐに視線に気づき、側へやってきた。


「コラリー、お願いがあるのだけれど」

「はい。なんなりと」

「卵と、蜂蜜と植物のオイル――。あと、こう少し深さのあるお皿とスプーンを用意してもらえる?」

「はい。可能ですが……何か、その、食べたいものがございましたら料理人にお伝えしますが」

「あ、違うわ。ファンデエン国で使っていた髪のパックを作ってみようかと思ったのよ」

「そういうことでございましたか。すぐにご用意させていただきます」


 コラリーは直ぐに材料や必要になりそうな道具も取り揃えた。


「ありがとう。完璧だわ――――それじゃあ早速……」


 ディートリンデが自分で作業しようと手を伸ばすと、コラリーにやんわりと止められた。


「ご指示いただければ、私たちが」

「そうね、お願いするわ」


 ニコリと微笑まれ、手を引っ込める。


(王妃って、この程度のことも自分でやっちゃいけないのね)


「――そう、それを四等分にして瓶に入れてちょうだい」

「はい」

「うん。完成!皆、ひと瓶ずつ持って行って。使ってみてちょうだい」

「えっ。よろしいのですか!?」


 ケイリーが嬉しそうに声を上げると、コラリーが窘めるように視線を送る。


「もちろん。材料を用意したのも実際に作ったのも皆だから、プレゼントっていうと語弊がある気もするけれど、最初からそのつもりだったの」

「お気遣い痛み入ります」


 丁寧にお礼を言うコラリーと、素直に喜んでくれるケイリーとジョアナ。

 その様子を見て、良心が少し痛む。

 それを使って髪の悩みが少しでも改善されたら、毎度の褒め殺しが少しは減るのではないかという打算が少なからずあったから。


 ◇◇◇


 王妃の侍女は城に部屋を与えられているが、この日、ジョアナは両親のいるタウンハウスへと帰った。翌日、休みだったというのもあって都合が良かった。


 一般的に、王妃から賜ったものは、それだけで価値がある。

 下賜というと、宝飾品や絵画など、品物そのもの自体の価値が高い物が多いので、大切に保管されることが多いだろう。


(まさか、王妃様から直接!しかもあんなに気軽な雰囲気で賜れるなんて……!)


 伯爵位の末席のような家庭に育ったジョアナにとって、王妃の侍女に抜擢されたというだけで家族中が沸いた大事件。

 だというのに、早速王妃様からの賜り物など、両親に報告しなければならない。

 手紙での報告ではなく実際に見せるため、大切に布で何重にも包み、慎重に持ち帰った。


 栄えある王妃の侍女として城勤めをしている娘が急に帰ってきたので、粗相をして暇を出されたのでは!?と勘違いした両親は大慌てになった。


「ジョアナ!何をしたんだ!?」

「お兄様ったら、失礼ね!これを王妃様から賜ったから見せに帰ってきたのよ」

「なんだと!王妃様から下賜されたのか!?何だ?見せてみろ!」

「なんだって!王妃様から下賜!?なんと、王妃様は下の者にも心を砕いてくださるかたなのか!」

「家宝にして大切にしなければ!」

「そうね。どこに飾ったらいいかしら」


 ジョアナが事情を説明すると、両親は驚き、王妃の心遣いに感動。

 そんな大切な物を屋敷のどこに保管すべきかと真剣に思案しだした両親に、ジョアナは伝えた。

『ただね、生もののようなものだから日持ちしないの。簡単に作れるものだし、惜しみなく二日くらいで使い切ってちょうだい。悪くなってしまったら勿体ないから』と、王妃から言われたことを。

 そこまで言われては使わないまま保管することなどできない。

 王妃によくよく仕えて信を得ている様子の娘を両親は褒めた。

 ジョアナの表情は一瞬曇ったが、せめて入れ物だけでも保管するかと思案し始める両親は、それに気づかなかった。


 ディートリンデにとっては褒め殺しから解放されたいという、くだらない打算からおこなったこのプレゼント。

 ちょっとしたおすそ分け程度の感覚だったが、侍女らにとっては誇るべき立派な下賜品。

 しかも、悩みに寄り添うような品物を、話をして直ぐに用意してくれたことが、侍女らにとっては高価な品以上の価値を出していた。

 若い侍女二人からの評価はうなぎ登りで、家族を巻き込み、すでに敬慕され始めているとは思いもしないのだった。


 ◇


 翌朝、コラリーとケイリーは髪パックの感想をディートリンデに伝えた。

 半ば押しつけたような状況だったが、二人は満足したようだ。

 ディートリンデの髪を結いながら、コラリーとケイリーが話をしている。

 自分がいても侍女同士気兼ねなく話せるようになって良かったと思いながら、静かに耳を傾けるディートリンデ。


「早速見せに帰りましたところ、両親も大喜びで」

「あら、あなたも帰ったの?ジョアナだけかと思っていたら」

「はい。ジョアナが両親に見せなければと話していたので。私も見せなければと思いまして」

「その気持ちはわかるけれど、あなたは今日休みではないのよ。何かあったときに困るから、休みの前日以外は控えたほうがいいわね」


 ジョアナと時を同じく、ケイリーも少し無理をしてタウンハウスへと戻り、ジョアナと同じようなやり取りを両親としたのだった。

 王都にある屋敷に戻るだけとはいえ、王妃付の侍女は拘束時間が長くなりがち。翌日が休みではない限り、少し無理をしなければならない。


 コラリーの言っていることはもっともで、ディートリンデも部下が同じようなことをしたら同じように叱っただろう。

 王妃の要望にも即座に応えられるよう、城に部屋を与えられているのだから。

 ただ、それが自分の下心の結果、ケイリーが叱られるというのは申し訳ない気持ちになってくる。

 少しでもコラリーの小言から助けるべく、ディートリンデは感想を聞くことにした。


「……それで、使ってみてどうかしら?」

「はい。心做しかいつもよりしっとりしていて、朝のお手入れの時間が少し短く済んだ気がします」

「私は、朝起きたときの寝癖がいつもより少なく、直すのも楽でした!」

「そう。それなら良かった」

「ありがとうございました」

「使い続けていくと、もっと効果的だと思うわ」


 少しは効果があったなら、褒め殺しも軽減するだろうと考えていると、ケイリーが何かを言いたそうにしていることに気づいた。


「どうかした?」

「昨日のレシピを使って自分で作らせていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん。オイルの種類を変えてみると、もっと自分に合うものが見つかるかもしれないわ」

「そうなのですか。それはいろいろ試してみたくなりますね」

「ええ。いろいろ試してみてちょうだい」


 ディートリンデの狙い通り、過度な容姿の褒め殺しは徐々に収まっていった。

 その代わり、肌や髪の悩みを相談されやすくなり、それはそれで困ることになる――――



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