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悩み

本日から一日二話投稿します。

 

 ディートリンデがこの国の王妃になって早数日。

 王妃としてのルーティンもわかってきたし、若い侍女たちとの関係も当初よりずっと良くなっていた。

 緊張されながら側にいられるのは申し訳ない気持ちになってしまうディートリンデなので、侍女たちの緊張が解れたことに安堵する。

 ただ、侍女の緊張が解けたのは、自分が王妃になりきれずについつい素を見せてしまう瞬間があったためで、それについては反省しなければならない。と、ディートリンデは考えていた。


 実際には、侍女らが失敗をしてもディートリンデは怒るどころか「大丈夫?火傷はしなかった?」や「失敗は誰にでもあるものよ」と侍女らに寄り添った言動をしていたから。

 若い侍女らは、王妃の懐の深さに安堵したからだった。


 そうして侍女たちの緊張が解れたものの、また別の問題がディートリンデを悩ませていた。


「はぁ……。本当にお美しい御髪ですわ。月の光を溶かしたよう」

「えぇ。本当に羨ましいわよね。お肌もこんなにキメが細かいし……なによりも、本当にお美しいですわ」

「陛下が見初められたのも納得ですわね」

「私の父は、先日執務室近くで見かけたと言って『王妃様は大変お美しい方だった』と興奮気味に話して、母に怒られていましたの」

「あ。たしか、最近王妃様のことを『月の姫』と言う方もいるとか――」


 ディートリンデは朝から若い侍女二人に褒め殺しにされるのが日課になり、居心地の悪い思いをしていた。

 おべっかならば適当に聞き流せるが、他意なく褒めてくれている様子だからこそ、こそばゆい。


 侍女らがこぞって褒めるディートリンデの容姿は、一言で言うなら金髪碧眼。

 北方に位置するファンデエンでは多くの国民が同じような色を持っていた。

 その中でもはっきりと濃い金髪や深い碧が美人とされていたが、ディートリンデは髪も瞳も淡い色合い。ディアーヌ曰く、薄くぼんやりした地味な色。

 その上、侍女になって段々太り始め、美人と言われたことはない。


 彼女たちが褒めてくれるのはただ単に、スヴァルト人にはない色合いに見慣れていないだけだとディートリンデは思っていた。


 ディートリンデが褒められて素直に喜べない理由は、自己肯定感が低いということもあったが、ディートリンデにとっては侍女たちのほうがよっぽど美人に見えていたからだった。


 実際、侍女らはすっきりと引き締まった体型に、鼻筋の通った整った顔をしていた。

 ケイリーはやや垂れ目気味で、泣きぼくろが妖艶な優しげな美人。

 ジョアナは切れ長の瞳がクールな印象で、背も高くすらりとした美人。


(私で美人なんて思っていたら、本物の姫さまを見たら天女のように思いそうね)

 中身は苛烈なわがまま娘だったが、ファンデエン国の王女は本当に見目麗しかった。


「完成しました。いかがですか」

「ええ、素敵。ありがとう」

「お気に召していただけてよかったです」


 礼を言えば、ケイリーはほっとした顔をして、ジョアナは嬉しそうに微笑む。

 初めのうちはジョアナの視線が気になっていたが、今は気にならなくなった。


(陛下が注意したのかしら)


 ◇


 朝だというのに食べきれないほどの豪華な食事がテーブルに並んでいる。

 オムレツはバターの香りがしてふわふわとろとろで、トマトソースは濃厚。

 サラダもシャキシャキで新鮮。

 果実のジュースも搾りたてだし、パンもほんのり温かい。

 数種類のハムやソーセージ、温野菜に、滑らかなポタージュ。

 そのどれもが驚くほどに美味しく、食べきれないほどの量が並んでいる。


 食べることが好きなディートリンデの顔は自然と緩んでしまう。


(今日も美味しい……!幸せってこういうことを言うのね、きっと)


 ディアーヌの身代わりになって良かったと思える瞬間だった。


(……それにしてもよく食べる)


 目の前で、大量とも言える程の料理がスルスルとエドムントの口へと運ばれていく。

 たくさん食べているし食べるスピードも速いのに所作が美しいのは流石としか言い様がない。


 その大きな体を維持するためとはいえ、感心するほどたくさん食べている。

 食事風景を見ているだけでお腹がいっぱいになりそうと感じるほどだった。


(あ、陛下の食事風景を見てるだけダイエットってどうかしら)


 もう何度か見ているのにエドムントの食事の様子に目を奪われ、くだらないことを考えてしまう。

 食事に夢中だったエドムントだが、ディートリンデの手が止まっていることに気づき、顔を上げた。


「どうかしたか?」

「あ、いえ。相変わらずたくさん食べられるのだな、と」

「そうか?ディーも遠慮せずに食べろ。まだまだあるぞ」

「はい……」


 幸せを感じるほどとても美味しい料理だが、一つだけ難点があった。

 朝から量が多すぎるのだ。

 痩せたいと思いつつ、もったいないし、残すのが悪いと思ってたくさん食べるしかないのだが、苦しくなるほどの量が毎食。

 それをエドムントは、食べろ食べろと勧めてくる。残すことは許さないとディートリンデには聞こえていた。


(残したら駄目かしら。このままでは順調に太ってしまう……)


 抱き心地が良いと言われて、ダイエットしようと決意したばかりなのに、そうとは思えないほど朝から食べてしまっている。

 このままではダイエットどころではない。

 ただでさえ侍女時代と比べて運動量が減っているのに。


 食べることが人生の唯一の楽しみとしてきたディートリンデが、その楽しみを封印してもダイエットを決意した理由はもう一つある。

 それは暑い国特有の、ドレスのデザインにあった。

 ファンデエンではほとんど肌を見せない上に、厚い生地を使っていたので体の線が出にくかった。

 自分が太っていることは自覚していても、皆が着膨れしているような状態だったので、そこまで自分の体型について気にしてこなかった。


 しかし、こちらは暑い国ということもあるのか、ドレスは肌が出ている部分が多く、生地も柔らかい布を使っているので体の線がわかりやすい。


(二の腕とか、肩とか、背中とか、お腹とか!隠したいのに……!)


 ディートリンデがこの国に来て関わった人や見かけた人は限られた一部の人間とはいえ、その全員が無駄な肉のないすっきりとした体型をしている。

 そのことに気づいてからは、余計自分の体型が気になって仕方がなかった。


 ◇


 朝食が終わると、ドレスを着替えて髪を整え直される。

 朝にきっちりと身支度を調えるのに、日に何度も着替えをする。その度に髪型や化粧を直される。

まるで着せ替え人形のようで、ディートリンデとしては微妙な気持ちになる。


 ドレスを変える度に髪やメイク直しもするので、それなりに時間が掛かる。

 ディートリンデは「夕食前だけでいい」と言ってみた。


 しかし、スヴァルトではこういう習慣だと言われてしまった。

 暑い国なので、汗をかいて化粧や髪型が崩れやすかった昔は、何度も着替えや化粧直しをしたのだとか。

 魔道具で室内の温度を制御できるようになっても、その習慣だけが残った。

 今では、家や夫の財力を見せつけるために貴族の女性は一日に三度は着替えをするが、王妃はその筆頭として五度は着替えをする。

 そう言われてしまうと、疲れるし無駄だと思っていても従うしかない。

 しかし、そのたびに侍女に緩んだ体を見られる。

 それも悩みの一つだった。


 幸い、奴隷印は着いてすぐにエドムントが消してくれたので、日に何度体を見られようとディートリンデが元奴隷だと気づかれることはない。

(きっとそれも計算のうちね。だから陛下はあぁもあっさりと消してくれたのだわ)



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