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どういう理論



「今日、困ったことはなかったか?」

「はい。皆良くしてくれました。あ、でも……」

「どうした?」


(コラリー以上にジョアナからの視線が気になったのよね。監視役なのだろうけど見過ぎというか……。でも、私が指摘すべきことではない気もするけど)


 初めのうちは侍女三人からの視線が気になったディートリンデだったが、すぐにそこまで気にならなくなった。

 見られる対象になったことがなかったから気になっただけで、コラリーの視線は侍女として故。

 ケイリーの視線はまだ恐れて緊張しているせいだろう。何かあればすぐに対応できるように、事前に察知できるようにするために気を配っている視線のように思えた。

 しかし、ジョアナだけは観察日記でもつけるのだろうかと思うほどで、何度も視線がぶつかり、ジョアナが慌てて逸らすというのを繰り返していた。


「気になることがあったなら言え」

「視線が少し気になるな……と思いまして」

「視線?」

「ジョアナに観察されているのがわかってしまいまして。私に監視が付くのはもっともだと思うのですが……」


「なるほどな」と言うと、エドムントは黙ってしまった。

 監視役が見抜かれては元も子もない。

 対応を考えているのだろう。


 寝室が静寂に包まれる。

 考えごとをしているエドムントの邪魔をしないように、ディートリンデも口を結ぶ。

 そうすると、エドムントが持ってきた物に意識が戻る。

 その物を見ても意味がわからず、ちらりとエドムントを見ると目が合った。


 考えごとは終わったのか、片眉を上げ「どうかしたか?」と問いかけられる。


「……これは何でしょうか?」


 就寝の支度をしているとき、コラリーに『陛下なりにディー様を慮っておられるようで、何かお考えがあるようです』と言われた。

 解決策があるのかと期待したが、寝室に現れたエドムントの手には縄が握られていた。

 二人でベッドにあがると、二人の間に縄が置かれたのだ。


「これは縄だ」

(それくらい見ればわかる……とは言えないわよね。まさか今さら逃げ出さないように縛るつもりではないと思うけど)

「ディーとは一緒に寝たい。だが、寝ている間は無意識な状況で抱きしめないと約束はできないだろう?だから縄だ」

「だから、縄……?」


 ディートリンデはぼんやりと復唱した。

 ただ、声に出してみても意味はわからないまま。


「ほら、両手を縛って眠れば、抱きしめたり触ったりするのを防げるだろ?」


(え。縛るのは陛下の手!?確かに防げるかもしれないけど……)


 とはいえ、国王が眠るときに腕を縛られるなど、有り得ない。

 万が一、賊に襲われでもしたら逃げることもままならないし、有事のときには時間や状況に関係なく従者が部屋に入ってくることも考えられる。

 そうなったら、無事に助かっても、そういう趣味があるのかとあらぬ疑いを掛けられかねない。どちらにしても前代未聞の事態に発展しそうだ。


「違和感で眠りが浅くなってしまうでしょうし、そんなことをするくらいならお一人で休ま――」

「それはやだ」


(ええー……言葉を遮るほど一人で寝るのが嫌なの?寂しがり屋なのかしら?)


 先ほどの余裕のある大人な態度から一転、急に子供のような口調でわがままを言われて困ってしまう。

 我儘な小娘の扱いにはある程度慣れているディートリンデも、大人の男性の我儘はどう対処していいかわからなかった。


「しかし、陛下はお忙しい御身。就寝の時間にはしっかりと休むことが大切では」

「そうだ。そうなのだ。流石王妃だな。よくわかっているではないか」

「ですから縄で縛るなどせず、お一人で――」

「やだ。ディーと寝たい」


(ええ?もぅ、なんなのよ)


 ディートリンデは、ディアーヌのわがままがまだ可愛らしさのあった時代を思い出していた。

 雨が強く、窓に当たる音が怖いから『私が寝るまで側にいて』と言うような可愛らしい一面が、ディアーヌにもあったのだ。


(陛下に似合わず可愛らしいわがままだけど。その可愛らしいわがままが『私と一緒に寝たい』という理由なのは、如何ともしがたい……)


 どう反応していいかわからず視線を下げて困っていると、様子を窺うように覗き込まれた。


「だめか?一緒に寝ると疲れが取れてよく眠れるのだ」

(う、上目遣い!)

「ディー、だめか?」

「~~~っ、わかりました」


 押し切られて、添い寝を認めてしまった。

 すると、エドムントは嬉しそうに破顔した。

 覇王らしくない可愛らしい一面に戸惑う。


「ディー!抱きしめてもいいか?」

「え!そ、それは……」

「だめか?」


 そんなことは聞かれても困る。

 駄目と言える立場ではないのに。

 それでも聞いてくれることに、ディートリンデは一人の人間として尊重してもらえているように感じていた。


(私の気持ちを聞いてくれる人は初めてだわ……)


「…………」

「駄目、ではないんだな?」

「…………」


 ディートリンデが答えられずにいると、エドムントの腕に捕らわれた。

 がっちりと太い腕や厚い胸板を持っているエドムントからは想像できないくらいに優しい力加減。

 それだけでも必死に心を落ち着けなければいけないくらい、いっぱいいっぱいになる。

 ディートリンデの顔をチラリと確認したエドムントは、笑いながら「ディーは愛いな」と言う。

 その表情は嬉しそうに見えた。


(本当にやめて。戯れだとわかっていても顔が赤くなってしまうから)


 しばらくそうして抱きしめられていたが、不意に体を離してエドムントが顔を覗き込む。

 じっと顔を見たまま、何かを考えているような様子。


「……何か?」

「ディーはどこもかしこも柔らかくて抱き心地が良い。ぷにぷにしている。だからよく眠れるのだろうな」


 エドムントはとても満足気で、褒めるかのように微笑んでいる。

 ディートリンデには、太っているせいだと聞こえた。

 流されてふわふわと浮上しかけていたディートリンデの気持ちが、見事にドスン!と急降下して戻ってきた。


(ふぅぅぅーーー…………。流されてはだめ。陛下は私に心を寄せて言っているわけではないのだから。冷静さを欠いてはだめよ、私!)


「ん?どうした?」

「いえ」


(現実を突きつけられてダイエットを決意しただけです)とは言えず、スンとした表情のままディートリンデは目を逸らした。

 なんとなく微妙な空気が流れたのを無視し、エドムントはおもむろに縄を手に取る。


「では、寝ようか。縛ってくれ」

「……それはやめたほうが良いでしょう。手を縛って寝ると絶対に眠りを妨げますから」

「しかし、良いのか?」


 染み付いた性なのか、ディートリンデは自分の意見を押し通すことに慣れていなかった。

 傅くべき相手の良いようにと行動してしまうのが癖になっていた。


「はい……。でも、あの、できるだけ控えていただけると……」

「約束はできないが、善処はしよう」 

「はい。お願いいたします」

「縛らなくて良くて、今抱擁を許してくれたということは、抱きしめて寝ても良いということだな?」

「えっ!?」


 どういう理論でそういう解釈になるのか。

 高貴な人の考え方はよくわからない。


「駄目か?」

「…………まだ」

「まだ、か。フッ……早く許してくれ」


 先ほどまでは添い寝したいと子供のようにわがままを言っていたのに、片方の口角だけをクッと上げて笑う顔は、余裕たっぷりな大人の男の顔をしていた。

 冷静さを取り戻せたはずのディートリンデの心がまたザワつく。


「それは、その――」


 何か言わねばと思うが言葉が出てこない。


「ははっ。寝るか」

「……はい」

「おやすみ」

「お、おやすみなさいま――っ!?」


 まだと言ったのに、横になって背を向けた途端、エドムントの腕がディートリンデを包んだ。

 背後から聞こえてくる息のつき方で満足気な様子が窺えて、文句を言いそびれてしまう。


 エドムントにディートリンデが一瞬身を硬くしたのが伝わったようで、また小さくククッと笑い声が漏れている。


「おやすみ、ディー」

「……はい。おやすみなさいませ」


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