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それか!?

 朝は何かと人の出入りが多くてばたつく執務室も、この時間は比較的落ち着いている。

 ノック音に何かあったかとカルヴィンが素早くドアを開けた。

 すると、その勢いに驚いたように目を丸くしたコラリーが立っていた。

 すぐに冷静さを取り戻したように、室内を見渡している。


「コラリーか。入れ、今は誰もいない。ディーの様子はどうだ?不自由している様子はないか?」

「そのように気にかけていただけるのであれば、手加減なさいませ」

「手加減?なんのだ?」


 言っていることの意味がわからず、聞き返してみたが、エドムントを無視してコラリーは自分の言いたいことを伝えてくる。


「ディー様が寝室を別にしたいと仰られております」


 即座に反応したのはカルヴィンだ。


「寝室を別にしたいなどとは何様だ!王族でもない女が――」

「カルヴィン。ディーはもう王妃だ。敬え。そのような態度では他に伝わる」

「……失礼いたしました」


(何かにつけて疑うのもカルヴィンの仕事だが、ディーを下に見過ぎではないか?身代わりの者だとは話したが。これで元奴隷だと知ったらどうなるか……)


「で?何故寝室を別にしたいと?」

「それは、陛下がよくご存じでは?」

「ん?」

「ディー様はあちらの王女に身代わりにされて嫁がれたのですよね?」

「ああ、そうらしい」


 処刑されることさえ覚悟していたディートリンデ。

 はっきりとは言わなかったが、無理矢理身代わりにされたのだろう。

 元奴隷ということもあり、虐げられることに慣れてしまっているのかもしれない。


「そのような方に初夜からいきなり……寝室を別にしたいと言われるほどのことを……」

「何の話だ?」

「なるほど。陛下が朝からご機嫌だったのはそれもあるのですね。相性が良かったということですか」


 カルヴィンがフンと鼻で笑い、明らかに軽蔑したのが伝わってくる。

 その様子に内心ではムカッときたが、エドムントには訳がわからなかった。


 コラリーは怒っているのにはっきりと言わず、エドムント自身がよくわかっているはずだ反省しろと言うだけ。

 カルヴィンは一番何も知らないくせに、訳知り顔で冷めた目を向けてくる。


「ディー様は頬を赤らめて気怠げにするだけで、はっきりとは仰いませんでしたけども!たった一晩で寝室を別にしたいと言ってしまうほどなんて……!豊満なお胸は陛下のお好みかもしれませんが、いきなりそんな……」

「だから何の話だ?」


 コラリーはエドムントと乳姉弟のため、言うべきことがあるときははっきりともの申す。

 そのコラリーが苦言を呈するということは、ディートリンデから何かを相談されて、それが看過できないと思ったことは、エドムントにも伝わっている。


 身代わりにされて来たのだから、ディートリンデが寝室を分けたいと思っていても不思議ではない。

 しかし、昨夜二人で話をした様子を思い出してみても、そこまで敬遠されている様子はなかった。


 ディートリンデの話を聞き、エドムントはディートリンデに同情心を抱いていた。

 その上、すぐに照れるし、男に慣れていないのは明らかだった。だからこそ、契りを交わすことはやめた。

 エドムントとしては、怖がらせないようにと充分に配慮したつもりだったのだ。


(寝室を分ける……のは嫌だな。ディーの温もりを感じながらの目覚めは思いのほか良かった。不思議とよく眠れたし。あの柔らかな質感もよかっ……――――それか!?)


 エドムントが明らかに思い当たる節があるとわかる反応を示した。

 ハッとしてから手で口を押さえ、机を睨み付けていたのだ。


「陛下。そのお顔は、お心当たりが?」

「眠っているうちに抱きしめていたのだ。それで手の位置が勝手に胸に……。睡眠中の無意識はどうしたら良いのだ?」

「へ?」

「え?」


 二人がポカンとしてしまった。


「なんだ?」

「抱きしめた手が、胸に?」

「あぁ。朝起きたとき胸の位置に手が来ていたのだ。ディーは奥ゆかしいからな。同じベッドの共寝さえ遠慮するほどだったし、恥ずかしい思いをさせてしまったのだろう」

「それだけ、ですか?」

「多分な。睡眠中のことだから断言できないが」

「初夜でしつこくされたのでは?ディー様は欠伸をして寝不足のご様子でしたよ」

「朝方まで話をしていたが、何もしていないぞ」

「へっ?」

「えっ?」


 今度は目を見開いて驚く二人。


「なんだ?」

「え?陛下が女性と共寝したのに?ナニモシテイナイ?」

「おい、カルヴィン。何でカタコトなんだ」

「いえ……」

「私はサルではないぞ」

「そうでしたね」


(カルヴィンの認識はどうなってるんだ。まったく……)


「陛下、それは本当ですか?」

「あぁ。本当にただ眠っただけだ。昨夜はまだ怯えているようだったからな」

「それは……私の勘違いでございました。申し訳ございません」

「それは構わん」


 コラリーの勘違いくらいどうでも良いが、ディートリンデに寝室を別にしたいと思われていることがわかって、エドムントはなんとも言えない気持ちになった。


「陛下は案外ディー様を思いやられているのですね」

「夫婦になったのだから当たり前だろう」

「陛下がディー様に寄り添おうとされることはとても良いことと思います」

「……陛下なら興味がなければ夫婦になっても平気で仮面夫婦を貫きそうですけど」


 確かにファンデエンのあのわがままそうな王女なら、義務を果たすためだけと考えて、初夜をさっさと済ませて自室に戻っていた可能性はある。


「ディーのことは考える。それよりもコラリーに頼みがある」



 夜も更けたころ、ある物を手にし、神妙な面持ちでやってきたエドムントを部屋に迎え入れる。

 コラリーから言ってもらえるという話だったが、さすがにお渡りがあるように見せかける必要があることは理解している。

 ただ、エドムントが手にしているものを見て、ディートリンデは首を傾げた。


「陛下、それは一体……?」

「今朝はすまなかったな。コラリーから寝室を別にしたがっていると聞いた。ディーがそこまで気にしているとは思わなかった」


 覇王とまで呼ばれているエドムントから、するりと出てきた謝罪の言葉に驚いた。

 エドムントは噂よりも怖くなく、案外気さくな一面があることは昨日で理解したが、彼は『国王』という立場の人。

 ファンデエン国の王族から謝罪の言葉を聞いたことのないディートリンデは、王族は謝罪という言葉を知らない人種だと思っていた。


 寝室を別にしたい理由は伝えていなかったが、コラリーが上手いこと言ってくれたのだろう。

 そしてエドムントは、どうして寝室を別にしたいと言ったのか察してくれたのだ。


(ということは、今日から頃合いを見て自室に戻ってくれるのね……)

 そう安堵しかけたとき、ディートリンデの願いは呆気なく却下された。


「だけど、寝室を別にするのは嫌だ。ディーと一緒だと不思議とよく眠れたし、あんなによく眠れたことはない。だから、私はこれからもディーと一緒に寝たい」

「そ、そうですか」


(な、なに?なんでそんなに素直に言葉にするのよ)


 嫌だという子供っぽい言い方で、エドムント個人の意思だとわかる。

 なんだか特別な存在だと言われているように聞こえてしまい、恥ずかしさに頬に熱が集まり、目を泳がせた。


 目を逸らし、軽く唇を噛んで照れているようなディートリンデの様子を、エドムントはどこか愉快そうに見ていた。

 その視線に気づいたディートリンデは、口を引き結ぶ。


「なんでしょうか?顔に何か付いていますか?」


 可愛げのない物言いだと思いながら、よくわからない照れくささから突き放したような言い方になってしまう。

 言ってから今の言い方では怒らせるかもしれないと内心焦ったが、エドムントは気にした様子がない。

 むしろ、先ほどよりも目を細めて見ていた。


「ん?いや、ディーは初心で愛いと思ってな」

「そっ!?そんなことはっ」

「ほら。そうしてすぐに照れるところが愛らしい」


 未婚の女性は男性と接する機会も少なく、初心で当然。

 ディアーヌの侍女として仕事仲間の男性と話すことはあっても、仕事の範疇を出ず、これまで異性を意識するような接触はしてこなかった。

 年齢的には大人の女性と言えても、ディートリンデの反応は当然のものだった。

 ディートリンデが必死に心を落ち着けようとしていると「ククッ」と笑い声が耳に届く。

 エドムントが、片方の口角だけを上げて意地悪そうな顔で笑っていた。


(あ。やっぱりからかわれていたのね……)


 気持ちが浮ついていたが、言葉の意味が違うのだと理解できると、冷静さを取り戻せた。むしろ、少し腹が立つ。

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