監視されている
王妃になって一日目。
『まだ侍女も決まっていないことだし、今日はゆっくり過ごすと良い』とエドムントが気遣ってくれた。
やることもなく、ぼーっと考え事をしながら過ごしていると、気づけばソファでうたた寝していた。
昨夜は寝たのが遅かった。正確に言えば、もう朝だった。
寝不足だった上に、侍女の選定中として部屋に一人で過ごしていたので、ディートリンデは気が抜けていた。
「っ!?」
側で人の気配がして、ディートリンデは飛び起きた。
コラリーが二人の若い女性を連れて、部屋に入ってきていたのだ。
窓の外はオレンジに染まっているので、結構長い時間眠ってしまっていたようだった。
「ノックやお声を掛けさせていただいたのですが……申し訳ございません」
「い、いえ。大丈夫です」
ディートリンデが慌てて姿勢を正すと、コラリーは二人の若い女性に目を向ける。
「正式にディー様にお付きする侍女が私を含め三名に決まりましたので、ご挨拶申し上げます」
大国の王妃に付く侍女にしては極端に数が少ないが、表向き『慣れぬ環境にたくさんの人がいては休まらない。気位の高い侍女も不要。少数で構わない』とディートリンデが希望したことになっている。
大臣らから『もっと付けるべきだ』との声はあがらなかった。そこには小国の姫だからと嘲りも含まれていたが、この点においては好都合だった。
当初、王妃の侍女は、スヴァルト国内の有力貴族家の娘が何人も候補に挙げられていた。令嬢に王妃のお世話ができるのかどうかは別として、王妃になれぬのならせめて少しでも力を得ようとする者たちが娘を推薦したのだ。
王城内には将来有望な者が多いため、相手探しも狙いの一つ。王妃の侍女となれば、男性側にもメリットが生まれて相手が見つかりやすいのだ。
しかし、そういう者はより力を得るために、自分が上に行くための情報収集や粗探しに必死になる。
ディートリンデが偽物だと見破られるリスクを少しでも減らすために、どの派閥にも属さず野心的でもない家の令嬢から選び直された。
あえて二人に絞ったのではなく、条件が合った中ですぐに出仕できる令嬢が二人だけだったのだ。
若い侍女は、一人がケイリー、もう一人がジョアナと名乗った。
相当に緊張しているらしく、二人とも肩に力が入っている。
二人とも大国の王妃の侍女としては少々家の力が弱い。エドムントの結婚によりメイドが大量に募集されたため、数日前から掃除担当として出仕していた。
それが、突然テストを受け直しさせられ不安に思っていると、『その方らは王妃の侍女に決まった』とつい先ほど通達されたばかり。
通達された部屋から、事態が呑み込めないまま王妃の私室へと直行したのだった。
早速、コラリーに指示されケイリーとジョアナがお茶の準備を開始する。
手が震えているらしくカチャ…カチャ…と小さな音が室内に響く。
音が鳴る度、ディートリンデとコラリーの視線が二人に集まる。
コラリーの視線は上司としての厳しいものだったが、ディートリンデが視線に込めた思いは違っていた。
侍女だったディートリンデは、彼女たちの気持ちが痛いほどよくわかった。
ディートリンデもただのメイドだったのに、ある日突然ディアーヌの侍女になれと辞令が下された。メイド時代からディアーヌの苛烈ぶりを知っていたため、初めのころは恐怖のあまり何度もお茶を入れるときに音を立てたりお湯をこぼしたりしてしまった。
初めはまだディアーヌも小さかったため、直接手を下されることはなかったが、侍女長から罰を受けた。
(あぁ。私は偽者だからそんなに恐れなくても大丈夫よって言ってあげたい……。あっ、ケイリーの足下に糸くずのようなものが落ちたわ。でも、私が指摘したら二人が怒られるわよね。でもでも、そのままにしていても怒られそうだし。あぁもう。私はどうして見つけてしまうのかしら)
侍女だった経験故か、自分の目ざとさが今は少し厄介だと思った。
見ないようにすればいいだけだが、気になって見てしまう。親心のようなものだった。
準備が整うと、恭しくケイリーがカートを押してソファの側まで来る。
すると、ジョアナが足下に落ちたゴミに気づいたようで、さっと拾った。
(良かった。ゴミには気づいてくれた)
そう安堵したものの、ディートリンデの側に来たケイリーの緊張がピークに達したのか、カタタタタタタ…!と聞き逃せないほどの音を立てた。
カップの中でお茶が波打ち、ソーサーに零れている。
(あ。そのまま出したらきっとコラリーに叱られるわよ。拭くか交換して!)と思っていると、コラリーが「私がやります。下がって」とカップを奪い取った。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
一口、二口と口を付けた後、ディートリンデは少し迷ってから壁に張り付くようにしていた若い侍女二人のほうに体を向けた。
すると、バチッと目が合う。
お茶を飲むディートリンデはずっと視線を感じていた。ジョアナはじぃっと、ケイリーはちらちらと、二人ともディートリンデの様子を窺っていたのだ。
ディートリンデは侍女として後輩たちに「主人をじっと見てはだめよ。こちらの気配は消して。でも、先回りして動かなければいけないから、常に視界の端に捕らえているような感覚で」と教えていた。
国によって方針が違うのかと考えたが、別の可能性を思いつく。
(あっ。もしかして、監視されている?)
偽者と承知で結婚しても、信用されているかと言えば別問題だろう。
ディートリンデが間者の可能性は捨てず、監視役をつけるのは当然。
監視されているのだと思うと気分は良くないが、こればかりは仕方がない。
監視が付けられるのは当然だと、納得できる。
「お茶、美味しいです。ありがとう」
「っ!いえ!とんでもないことでございます!」
反応も気になっているのだろうと声を掛ければ、王妃からお礼を言われると思っていなかったのか、二人は感激した様子だった。
ジョアナにいたっては目を潤ませている。
(監視だと思ったけど、気のせいだったのかしら?)