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心が荒れていた

「ん……?」


 違和感で目覚めたディートリンデは、胸が大きな手で包み込まれていることに気づく。


(え?……陛下の手!?)


 ギシギシと首を回すと、スヤスヤと眠るご尊顔が至近距離に。

 背を向けて眠っていたディートリンデをエドムントは後ろから抱きしめるようにして眠っている。

 前に回された手の行先は、あろうことかディートリンデの胸へ。


 昨夜――あの後もエドムントはディートリンデ自身のことやファンデエンのことなど聞きたがった。

 エドムントはたくさん話をすることで、ディートリンデの緊張をほぐしていった。

 そして、ディートリンデがすっかりリラックスして欠伸を噛み殺したのを見逃さず、ようやく寝ることになった。


 しかし、部屋にベッドは一つしかない。


『そんなに離れなくとも』

『同じベッドで眠ること自体恐れ多いことです。やっぱり私はソファに』

『それは駄目だと申しただろう。もう端で良いから寝ろ。ソファは禁止だ。家族なんだから気にするな。いいな?休むぞ。おやすみ』

『……はい、おやすみなさいませ』


 大国の王と同じベッドなんて恐れ多いとソファで寝ようとするディートリンデを、エドムントは引き止めた。



(寝るときは少し離れて寝たのに。どうしてこんなことに!?)


「ん……」

「っ!?」

「……ディー、起きているのか?おはよう」

「おはっ、おはよ、う、ございます」

「ん?なんだ、朝を共にしただけで照れているのか?」

「ちがっ、います……その、手が……」

「ん?あぁ、すまん。何やら心地が良いと思ったら」


 エドムントが目覚めるまで、何度か手を外そうと試みた。

 が、失敗した。


 布越しとはいえ、朝から大切な何かを失った気分になり、エドムントのほうを見ることができないディートリンデ。

 一方のエドムントは何もなかったかのように、むしろ清々しく爽やかな雰囲気を漂わせている。


(陛下が私に何の恋愛感情も持っていないことはわかるけど。三十歳の大人の陛下なら、ただ立っているだけでも色気のある陛下なら、色々経験していて、女性の胸を触るくらい取るに足らないことなんでしょうけど!女性との同衾も慣れているんでしょうけど!!こっちは姫さまに振り回されるばかりで、この歳まで一度も恋もしたことのない乙女なのよ……!)


 朝から心が荒れていた。

 そのせいで、いや、ある意味そのおかげとも言おうか、覇王エドムントへの畏怖が一晩経っても取り払われたままだった。


「ところで、ディー」

「はい」

「首の後ろに擦れたような傷ができているが、どうした?」

「え?あ、もしかしたら昨日…………」


 言われたところを触ってみると、首と背中の境目辺りにザラザラとしたかさぶたができていた。

 恐らく昨夜、お風呂で意地悪メイドにゴシゴシと強く擦られたからだろう。


(ヒリヒリすると思ったら薄皮が剥けるくらい擦られたのね)


「ファンデエンでやられたのか?」

「いえ」

「ということは、こちらに来てからついた傷ということか」

「ぁ……」


 ディートリンデはそれほど気にしていなかった。

 そのため、深く考えずに答えてしまい、失敗したと思った。

 エドムントの声が明らかに低くなったのだ。


「背中まで傷になっているぞ」


 怒気のはらんだ声。

 襟首をぐいと下げられ、背中を見られていることさえ気にするのを忘れてしまうほど、ベッドの中に緊張感が漂う。

 エドムントの怒りを早く鎮めたい気持ちと、告げ口したと思われてメイドの接し方がもっと派手になられては困るという気持ちから、必死に主張する。


「このくらい平気です。姫さまにされていたことを考えたら全然序の口で、痛くも痒くも」

「何?あの王女はディーに体罰を?昨日は気難しいとしか聞かなかったが」

「いえ、体罰というほど……――」


 王女宮に初めて出仕した日から最後の日までが思い出された。

 ディアーヌが子供のころは、悪戯の延長でよく怪我させられた。

 機嫌が悪いときはなんでもディートリンデのせいだと当たり散らされて叩かれたり、物を投げられたりもした。

 些細なミスでも強く叱責されて、それで怪我をすることもあった。


 急に黙り込んだディートリンデを心配するかのように、エドムントが顔をのぞき込む。


「あ、申し訳ございません。体罰……と思っていなかったのですが、思い返してみると体罰と言えなくもなかったのかもしれない……と、今更気づきました」

「すまん、辛い記憶を思い出させてしまったな」


 エドムントはそっと抱き締め頭を撫でた。

 包み込むような温かさに、とてもくすぐったい気持ちになる。


「着替えて朝食にしよう。朝食後は私の側近を紹介するから一度執務室に来てくれ」


 ◇


 食後、一足先に執務室へと向かったエドムントを追いかけるように、昨日の女性騎士に案内されて執務室へと向かった。


「こちらの王城は、王都の名称エルメントにちなんだエルメン城が正式な名称です。いくつかの棟から構成されておりまして、今向かっている陛下の執務室は、謁見の間や大広間などもある主たる棟の手前にございます。城で働く者は執務棟と呼んでおります」


 初めて歩く場所ばかりのため、女性騎士が説明をしながら歩いてくれる。


「城は一般開放区域と出仕者のみが入れる区域とに分かれております。敷地内には他に、魔術団の研究棟や軍の訓練棟などが独立してあります。王宮、つまり王族の居住棟とそれらは分かれていますが、一般開放区域と執務棟、それと王宮はそれぞれ渡り廊下で繋がっております。そして、この渡り廊下の先が執務棟です」


 執務棟に入ると、時折人とすれ違った。

 その都度、女性騎士が「彼は総務省の者です」などと教えてくれる。

 皆一様に、ディートリンデの顔をジッと見た後、何かに気づいたように慌てて礼をする。

 身代わりで偽者のディートリンデに、一国の王女らしい雰囲気が欠如しているので、王妃とは気が付かないのだろう。


 執務室に入ると、すぐにエドムントの側近二名が紹介された。


「私の側近で宰相のカルヴィンだ。ベール越しだが、昨日も会っている。それと、王妃付き侍女長を務めるコラリー。コラリーは元々は軍人だったので、身辺警護も務める」


 四十代半ばくらいで少し線の細い印象のカルヴィンは、何か言いたげな表情でディートリンデを見る。

 得体の知れない女を王妃と認めたくないのだろう。至極当然だ。

 血のために誰でもいいとはいえ、素性も調べないまま身代わりの偽物と理解しながら結婚するほうが、どうかしている。


 コラリーのほうは、目が合うとニコリと微笑み、偽物とわかっていてもディートリンデを受け入れているような態度。

 彼女は、ディートリンデが昨日からずっと女性騎士だと思っていた人だった。


(スヴァルトでは騎士とは言わずに軍人や兵士と言うのね。何が違うのかよくわからないけれど……)


「ディーの侍女についてだが、選考し直すことにした。事情が事情なのでな。不便をかけるが急ぎ決めるのでもう少し待ってくれ」


 その後、エドムントの侍従や大臣ら、ディートリンデが偽物であることを知らない者たちも呼ばれて紹介された。

 が、人数が多くてディートリンデは一度で覚えられる気がしなかった。


「陛下、お耳に入れたいことが――」


 紹介が終わるやいなや、一人の大臣がすぐに仕事の話を始めたのだが、その途端、エドムントの纏う空気が変わった。

 執務室内にビリビリと痛く感じるほど空気が張り詰めたような緊張感が漂い始めたので、邪魔をしてはいけないと早々に退散した。


 そして、私室に無事に戻ってくると、安堵でため息が漏れる。

 行き帰り、執務棟には多くの人がいた。

 その人たちがいつ話しかけてくるかとひやひやしながらも、王妃らしさを意識してただまっすぐ前だけを見て歩いた。

 昨日結婚式をしたばかりだが、正式なお披露目会は後日行われるため、まだ遠巻きにされるだけで助かったと胸を撫で下ろす。



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