家族の証
「ディーは侍女だったと言っていたな」
「はい。ディアーヌ王女の宮で副侍女長をしておりました」
「その若さで副侍女長ならば、優秀だったのだな。若い頃から侍女をしているのか?」
「幼いときから城で働いておりまして、侍女になったのは十四のころです。優秀ということはなく、ただ長く勤めていただけで。それにもう直ぐ二十五になりますし、若いというほどでは」
神をも恐れぬ覇王という異名から、暴君をイメージしていたが、ディートリンデは目の前にいるエドムントがいい人に見えていた。
覇王の異名通り、畏怖してしまう雰囲気を出されると本能的に恐怖してしまうが、今はディートリンデが話しやすいように笑みも見せてくれている。
悪そうな人が笑顔を見せただけでいい人に見えることがあるが、それの何倍もの効果があった。
そうでなければ、覇王を前にして普通に会話するのは無理だ。普通の人ならば自分の命が惜しいので、粗相しないようにと余裕がなくなる。
ディートリンデの場合は、処刑されると思い込んでいたために、自分の命を軽く扱うようになっていたのも一因だろう。
「二十五?若く見えるな。思ったより私と歳の差はないのだな」
「陛下とは五歳差でしょうか」
「そうか。ファンデエンの王女とは少し歳が離れているのが唯一の気がかりだったのだ。年の差自体は気にしないが、言動が少々幼い印象だったからな。実際に接してみてあまりに子供のようでは食指が動かな――あ、な、なんでもない」
(今、食指が動かないって言おうとした?というか、ほぼ言ったわね)
全然誤魔化しきれてないのに、エドムントはハッとした表情をしてから明後日の方を見て誤魔化した。
視線を彷徨わせ、明らかな作り笑い。覇王と畏れられているのに、なんだか子供っぽく可愛いらしい。
ディートリンデには、その表情や態度がとても可笑しかった。
「ふっ……ふふっ……」
思わず噴き出してしまった。
つい笑ってしまったが、エドムントから顔を凝視されて、失敗したと思った。
さすがに笑っては怒られる――――
「やっと笑ったな」
「申し訳ございません」
すぐに表情を改め、慌てて頭を下げようとすると手で制された。
「謝らなくて良い。我々はもう夫婦なのだ。対等な立場で話そうではないか。しかし、あれだな。ディーは笑顔が良いな」
「っ!?」
(えっ!?きゅっ急に何!?もしかして、からかわれている?)
年齢的には立派な大人の女性とはいえ、男性と接し慣れていないディートリンデは内心で激しく狼狽した。
「ふむ。笑った顔も照れた顔も良いな。私の前ではそうしていろ」
「そ、そんなことは……。あ、あの、宴とはどのようなことを?」
顔に熱が集まっているのを感じ、意図的に話題を変えた。
このままでは顔から火を噴くと思ったのだ。
「一応まじないのような意味はあるが、特別なことはない。日が変わるまで参列者とただ酒を酌み交わすのだ。日が変わったら無事に夫婦が誕生したことを皆で乾杯して解散する。恙なく宴も終わって日をまたいだ。神もこの結婚をお認めになったということだ」
「…………」
「どうした?」
「いえ。その、不思議だと思いまして。私はここへ来るまで、処刑されると思っていましたので」
「それにしても、ファンデエン国の王女は細腕に見えたが、よく輿に入れることができたな。ディーは抵抗しなかったのか?」
「抵抗したかったのですが……」
ディートリンデはこれまでのディアーヌからの仕打ちや元奴隷が侍女として働くことになった経緯をかいつまんで話し出した。
エドムントは曖昧に相槌を打ったり頷いたりして、静かに聞いていた。それでいて、ときどき微かに心を痛めているかのような表情をしているのが見て取れた。
ディートリンデにとってはまるで初めての理解者のように感じていた。
「なるほど。先程の処刑発言もそうだが、ディーのそのどこか達観したような目や表情はそれが関係しているのだな」
(姫さまの強めのわがままに対処した後は『目が死んでる』とはよく言われたけど、達観しているとは初めて言われたわ。褒め言葉ではないわよね……)
エドムントは、初めて見たときからディートリンデのことが妙に気になっていた。
覇王と恐れられる自分を前にしていても表情は乏しくどこか達観したような瞳をしている女。
暗殺者にしては生気も殺気もないし、諜報員にしては正直で内心の動揺が伝わりすぎる。
不思議な女だと思っていたが、話を聞いて答えを見つけた気がした。
「……ディー」
「はい」
「今日から私がディーの唯一の家族だ。何があろうとも、家族だ。それは逆も然り。いいな?」
エドムントの言葉を聞いて、ディートリンデは声を出すことができなかった。
幼くして奴隷に落ち、ずっと独りだったディートリンデ。優しく包み込むような声色に、心の奥底から湧き上がる何かがあった。
丸め込むための言葉かもしれないと頭ではわかっていても、声を出したら堰を切ったように何かが溢れて止まらなくなりそうだった。
エドムントは黙り込んだディートリンデの手を取り、手首にはまる腕輪をなぞる。
「これは家族の証でもある」
声が出せない代わりに大きく頷くと、エドムントは満足そうに笑った。
「先ほど求婚に至った理由を話したが、宰相と王妃付の侍女長以外にはディーが本当の王女ではないことを伏せている。この国の中枢には未だ血統に拘る者も多くてな。小国でも王族ならばと納得した者もいるから、ディーが王女ではないと知られるとまずい。だが誰も知らないのも不便だから、私が信頼している二人には話した」
外交的なこともあるだろうし、いつかは必ずばれることだと思うが、本当に大丈夫なのだろうか。
ディアーヌも身代わりでなんとかなると思っていたようだし、王族というのは楽観的な思考をしている人種なのか。
「今、カルヴィンとコラリー以外の者にディーが偽者だと知られれば、騒ぎになる」
「はい」
「私が危惧しているのは、次、ディーの代わりとなる者は間違いなく国内の娘になるだろうということだ」
今後、王妃が偽者だと判明したとき、ディートリンデが罰せられることは間違いない。
その後は、エドムントにはきっと国内の娘を王妃にという声が高まる。
身代わり事件があった直後に、ではまた違う他国の姫を……とはなりにくいし、覇王と呼ばれるエドムントといえども何度も大臣らを押しのけて強行できないのだろう。
だから、今回も偽者だとわかっていて、そのまま結婚した。
今更誰かに気づかれる訳にはいかない。
エドムントはそれほどまでしても長く見据えて国を護りたいのだろう。
ある意味、大国の王らしい考え方だ。