(5)
自分の研究部屋に入ったファイは手袋をしてから、道具を使って黒い矢を引き抜いた。矢はエルライ湖の水を入れた瓶の中に浸してきっちりふたを閉め、続けて別の小瓶に入れていたエルライ湖の水で傷口を洗い流す。
小さな流し台に、大量の血がこぼれていく。ハヤブサはギャッギャッと何度もうめいたが、ファイの手から逃げ出そうとはしなかった。
「生命の滴を司りし水の女神エルライ。かの者に癒しの口づけを。血は血より、肉は肉より返らん」
ファイが指で宙に円を描くと、銀色の光が円から放たれ、ハヤブサに降りそそいだ。しだいに流血は減り始めたが、完全にはふさがらない。そこでファイは続けて『清めの法』を唱えた。
傷口から薄い煙が立ち昇り消えていく。ハヤブサの体内から悪いものが抜け出ているのだ。
「リリー、この子が入るくらいの籠を持ってきてくれ」
指示されて一度部屋を出たリリーが、母に籠と布団代わりの厚めの布をもらって戻ると、父は大きめの紙に法陣を描いているところだった。
のぞいてみたが、何の法陣かわからない。ただ五芒星があったので、天空神のもののようだ。
部屋のすみに置いていた折りたたみの小さな机を出してきたファイは、法陣の紙をまず置き、その上に布を敷いた籠を乗せ、そっとハヤブサを寝かせた。
とたん、法陣がほのかに輝き、半透明の光の円柱をのばして籠を包み込んだ。それまで苦しそうにしていたハヤブサが安堵したかのように小さく鳴く。そのままぴくりともしなくなったが、どうやら眠ったらしい。
「大丈夫かな?」
「できるだけのことはしたから、後はこの子の体力しだいだね」
今日は自分はここで様子を見ながら寝るから、シータに伝えてくれと言われ、リリーは承知した。
「お父さん、あの矢って……」
瓶詰にされた黒い矢を見やり、リリーは寒気を覚えた。ハヤブサを受けとめたときは気づかなかったけれど、改めて観察すると、ここからでもわかるほど禍々しさにあふれている。
いったいあの矢は何なのだろう。どうしてハヤブサは狙われたのだろう。そして、誰が射たのだろう。
「一目見てかなり危険なものだというのはわかったけど、『清めの法』だけで浄化しきれないということは、相当に強力な呪物だ。うかつに触ると、手がただれるだけではすまないだろう」
色からして暗黒神につながるものであるのは間違いないと、ファイが暗い表情で語る。リリーはそういえばと思い出した。
「この子、私が先に矢を抜こうとしたら、すごく暴れたの」
まるで矢に触れさせないようにしていたみたいだったと言うリリーに、ファイは眉をひそめてハヤブサを見つめた。
「リリーのもとに落ちてきたのが偶然なのかどうか、気になるところだね」
そしてファイは机の引き出しから五芒星の首飾りを取ると、リリーに渡した。
「僕が昔、叔母からもらったものだ。もう使うことはないと思いたかったが、そういうわけにはいかなくなってきたのかもしれない」
学院にわいた魔物の事件のことも考えると、身に着けておいたほうがいいと勧められ、リリーは素直に受け取った。
「最近は、学院でおかしなことは起きていないかい?」
「今のところは特にないよ」
「少しでも妙だと感じることがあれば、すぐに言うんだよ」
頭を優しくなでられる。「うん」とうなずいてから、リリーは退室した。
次の日の朝、目が覚めるなり、リリーは一番に父の研究部屋に向かった。控えめに扉をたたくと応答があったので、そっと開ける。
「おはよう、リリー」
椅子に座って毛布をかぶっていた父が、ゆっくりと立ち上がる。
「おはよう、お父さん。あ、起きてる」
リリーの顔を見るなり首をひょこひょこ動かしたハヤブサに、リリーは駆け寄った。
「射られてすぐだったのが幸いしたか、まだ若いからか、どちらにしてもたいした回復力だよ。これならすぐ元気になるだろう」
ファイが毛布をたたんで自分の椅子に置きながら言う。リリーは「よかったね」と人差し指でハヤブサの頭をなでた。話しかけられたのがわかるのか、ハヤブサがすり寄り、リリーの指をあまがみした。
「人懐っこいね。どこかで飼われてたのかな」
でも、天空神を象徴する色の輪をはめるなんて珍しい。
「あなたの名前は何だろうね?」
リリーが尋ねると、ハヤブサが高めの声で一鳴きした。
「……クルス、というそうだよ」
「お父さん、動物の言葉がわかるの!?」
驚くリリーに、ファイはかぶりを振った。
「まさか。ただこのハヤブサは、ちょっと普通とは違うみたいだね。リリー、すまないが、僕とこの子の朝食をここへ運んでくれるかい」
そのとき、ハヤブサがファイに向かって長々と鳴いた。
「生肉は嫌だそうだよ」
「ええっ!? もしかして草食なの?」
「人が普段食べているものがいいらしい。肉ならちゃんと火を通してほしいと」
リリーは困惑して間近でハヤブサと見つめ合った。にこりと微笑まれた気がして、ぎょっとして飛びのいたリリーに、ハヤブサがまた鳴いた。
「……うろたえるリリーもかわいいねって言ってる。オスだけど、さすがにこれは……」
通訳するファイも顔を引きつらせている。何だか恥ずかしくなって、リリーはバタバタと部屋を出た。
父は出勤するというので、日中のハヤブサの世話は母が引き受けることになった。ハヤブサが気になりつつも登校したリリーは、キルクルスが今日は休んでいることを知った。
同期生たちからも心配の声があがっている。昨日転校してきたばかりなのにすっかりみんなに溶け込んでいるキルクルスに感心しながらも、リリーも残念に思った。
ハヤブサの足にはめられていた虹色の輪から、もしかして飼い主はキルクルスではないかと予想したのだ。しかしキルクルスは欠席しているので、聞きたくても聞けない。
その日リリーは、少しぼんやりと過ごした。一緒にいたのはたった一日だけなのに、隣でしゃべり続ける存在がいないだけで、ずいぶん周りが静かに感じる。それが少し寂しいと思えるのが不思議だった。
放課後、少しでも早く帰ろうと足早にリリーが廊下を歩いていると、向こうからカルパを連れたソールがやってきた。
「リリー、昨日はごめんな」
今日ソールに怒られてさ、とカルパが頭をかきながら謝罪する。
「大丈夫だよ。無事に着けたし」
「それは結果論だ。もしあのまま迷っていたら、大変なことになっていたぞ」
じろりとソールににらまれ、「だから、悪かったって」とカルパが手を合わせている。
「だいたい、わざわざ反対方向のリリーに頼まなくても、お前が届けてくれればよかったのに」
「俺は用があったんだよ」
「カルパの家って、近いの?」
首をかしげるリリーに「五軒隣だ」とソールが答える。
「よかったら今度、俺んちにも遊びに来てくれよ」
自分を指さしてにこにこするカルパを、ソールが冷ややかにねめつける。
「やめときなよ。どこでオルトの耳に入るかわからないんだから」
カルパに忠告してきたのはフォルマだった。近寄ってきたフォルマは傍らの男子生徒を紹介した。
「リリー、こっちは弓専攻一回生代表のブレイ・ビッテン」
茶色い髪の男子生徒は、こげ茶色の瞳に落ち着いた光を宿して笑った。
「よろしく。この前は、みんなで追いかけたりして悪かった」
「ううん。ブレイはフォルマと一緒にかばってくれたって聞いたから……ありがとう」
武闘学科生が暴走したとき、オルトやフォルマとともにブレイが防戦する側に回っていたと、後でフォルマに教えてもらったのだ。
握手に差し出されたブレイの手をにぎり返したとき、パリッと刺激が走った。思わず手を引いたリリーの前で、ブレイも目をみはっている。
「……今の、何……?」
「何……だろうな。びっくりした……」
とりあえず、お互いけがはしていないのでほっとする。そこへ、今度はオルトがやんちゃそうな剣専攻生と一緒に現れた。
「集まって何の話だ?」
オルトが不審げにみんなを見回す。
「噂にたがわぬ駆けつけ方だな。先日の遊びのことをあやまってたんだよ」
苦笑しながらブレイが説明する。
「ああ、こないだは助かった。うちの副代表は馬鹿騒ぎに乗っかってたが、弓専攻は冷静だな」
オルトのほめ言葉に、隣の男子生徒が反論した。
「だってリリーから口づけをもらえるかもしれなかったんだぞ。ここで行かないのは男の恥だろう。なあ?」
リリーの顔をのぞき込んでにんまりする相手に、オルトが「近いっ」と怒って引き離す。
「お前だっていつもリリーに近いじゃないか」
「俺はいいんだよ」
「はあ? 意味わかんねえ」
その場で軽く言い合ってから、ようやくオルトが彼を紹介した。
「こいつはグラノ・レッハ。剣専攻一回生副代表だ」
「どうも。俺も入学前はけっこう腕に自信があったんだが、オルトにはかなわなかったよ。こいつ、むちゃくちゃ強くてさ」
鉛色の髪に黄色の瞳のグラノが、オルトを親指で指しながら笑う。
「ところで、昨日リリーと一緒にいたかわいい子は、今日は来てないのか?」
周囲をきょろきょろするグラノに、リリーは答えた。
「キルのこと? 今日は休んでて……あの、キルは男の子だよ」
「えっ!?」と、オルト以外の全員が目をみはった。
「本当に? 女かと思った」
「すげえかわいかったよな」
「どうするんだ、リリーをあきらめてあの子にするって言ってた奴らが気絶するぞ」
カルパに視線を振られ、「知るか」とソールがため息をつく。
「オルトは知ってたのか?」
一人驚いていないオルトに、グラノが尋ねる。
「ああ、間近で見て、男だなって」
どことなく面白くなさそうな顔で一度そっぽを向いてから、オルトがリリーをかえりみた。
「リリー、これから帰るんだろう? 一緒に帰ろう」
「お前、今日は俺んちに寄るんじゃなかったのか」
あきれ顔のグラノに、「リリーを送ったら行く」とオルトが言う。
「私は一人で帰れるから。心配しすぎだよ、オルト」
せっかくの友達付き合いを自分のせいで壊したくないとリリーは断ったが、オルトは頑として譲らなかった。途中までグラノも同じ方向だというので、結局三人で一緒に帰り、分かれ道で強引にグラノにオルトを預けて、リリーは走って帰宅した。
玄関の扉を開けると、羽音がした。台所をのぞいたリリーは、母の肩にハヤブサが乗っているのを見た。
「お帰りなさい、リリー」
「ただいま。クルス、元気になったのね」
羽を広げてクルスが鳴き声をあげる。
「あなたの部屋に肩当てを出しているから、つけてきてね。そのままだと爪が食い込んでしまうから」
はーいと返事をして、リリーは二階に駆け上がった。荷物を置いて法衣を脱いでから、机の上に置かれている肩当てをして降りると、すぐにクルスがリリーの肩に移動してきた。
「クルス、もうご飯は食べたの?」
「これからよ。朝も昼も、すごい食欲だったわ」
育ち盛りね、とシータが笑う。
「それにしても、ずいぶん人に慣れてるわね。今日一日、ずっと私のそばから離れなかったのよ」
「うん。もしかしたら飼い主かなって思う子がいるんだけど、今日はお休みしてたの」
昨日オーリオーニス学院から転校してきた生徒のことを話すと、シータも納得顔になった。
「オーリオーニス学院なら天空神をまつっているし、この子の足の輪からしても可能性は高いわね。どんな子なの?」
「男の子だけど、すごくかわいいの。帰るときに武闘学科の人達とも話したんだけど、みんな女の子だと思ってたみたい。性格は人懐っこくて……ちょっと変わってる」
クルスが耳をかじってきたので、「痛いよ、クルス」とリリーは手で払った。
「遠慮がないというか、けっこう距離を詰めてくる感じなんだけど、なんか憎めないんだよね。まだ一日しか話してないからわからないけど、仲よくなれたらいいなって思ってる」
「そう。いいお友達になるといいわね」
鍋をかきまぜながら、シータが微笑む。
「お父さんは、今日から少し遅くなるそうよ。あの矢のことを調べてみるって言ってたから。リリー、お父さんからもらった首飾りはちゃんと持ってる?」
「うん、つけてるよ」
リリーは胸元から五芒星の首飾りを出してみせた。
「魔物騒ぎの件もあるし、気をつけてね。できるだけ一人で行動しないようにしてちょうだい」
先ほどオルトをグラノに押しつけてきたばかりだったので、リリーは首をすくめたが、こくりとうなずいた。
翌日、聞こえてきた鳥の羽音にリリーは目を覚ました。
そう言えば、父が遅くなるからと、昨夜はクルスを自分の部屋に入れたのだ。
「おはよう、クルス」
大きく背伸びをして寝台を降りる。部屋のすみのとまり木にいたクルスが一声鳴いた。
「えっと、今日は『翼の法』の試験があるから……」
ズボンにしよう。スカートの日も一応着替えは持っていっているけれど、あらかじめ何をするかわかっているときは、朝から着ていたほうがいい。
今日の服をぱぱっと選んで寝台に投げる。それから寝間着を脱ごうとしたところで、羽ばたく音がした。
かえりみると、クルスがすぐそばの椅子にとまり、窓のほうを見ていた。しかしリリーが寝間着のボタンをはずしていると、何だか視線を感じる。リリーがふり返るとクルスはいつも顔をそむけているが、どうもおかしい。
それを何度か繰り返し、最後にリリーがまたクルスに背を向けると見せかけてばっと後ろを見ると、クルスとばっちり目があった。
「……クルス」
リリーはクルスに近づいて顔をのぞき込み、にっこり笑った。クルスの体をつかんで部屋の外に放り出す。
「女の子の着替えを見るなんて、失礼よ」
扉を閉めると、向こうから何やら抗議しているような鳴き声が響いた。
「文句を言うなら、もう部屋には入れないからね」
リリーが怒ると、クルスはぴたりと鳴きやんだ。本当に人間の言葉が理解できているようだ。
まもなく、甘えるような声が聞こえてきた。コツコツと嘴で扉付近の壁をつついている気配もする。それがおかしくて、リリーは吹き出した。
手早く着替えて扉を開けると、すぐにクルスが飛び込んできた。しかしリリーが肩当てをしていないのがわかったのか、不満そうに鳴きながら周辺を飛び回る。
「ご飯食べに降りるよ。今日はキル、来るといいな……」
リリーの最後のつぶやきに、クルスが一声あげて台所へと飛行していった。
「おはよう、リリー!」
正門を抜けるなり背後から呼びかけられ、リリーはふり向いた。走ってきたキルクルスが隣に並ぶ。
「キル、体調崩してたの? もう大丈夫?」
「うん。やっぱり引っ越してきたばかりだったから、ちょっと疲れが出たみたいで。僕がいなくて寂しかった?」
「そうだね、すごく静かに感じたわ」
一緒にいたのはたった一日だったのにね、と言うリリーの肩をぐいっと抱き寄せ、キルクルスは頬ずりした。
「ふふっ、そんなに気にしてもらえてたなんて、嬉しいなあ」
「ちょっと、キル……!」
女の子に見えるけれど男の子なのだ。ざわつく周囲に顔がほてり、リリーはキルクルスを押しのけた。
オルトはいなかったものの、少し離れた場所でソールがこちらを見ていた。カルパもいて、目をみはっている。
(誤解……されてない、よね?)
あせりながらソールの様子をうかがう。ソールはカルパに話しかけられて、先に中央棟へと入っていった。
「ところで、キルってもしかしてハヤブサを飼ってない?」
気にしない気にしないと頭の中で繰り返しつつ話題を変えると、キルクルスはあっさり肯定した。
「飼ってるよ。実はここ数日行方不明になってて。もしかして、どこかで見た? 足に虹色の輪をはめてるんだけど」
「……それ、うちにいるハヤブサだわ。やっぱりキルの家で飼ってたのね」
キルクルスがぱっと笑顔になった。
「リリーの家でお世話になってたのか」
「うん、けがしてたんだけど、お父さんが手当てしてくれて……あのハヤブサ、名前は何て言うの?」
「クルスだよ。僕の名前からとったんだ」
「本当にクルスなんだ……お父さん、すごい」
父はどうやらクルスの言葉がわかるみたいだとリリーが話すと、キルクルスは宙へ視線を投げた。
「さすがは『神々の寵児』だよね。おかげで助かったよ」
「うん……?」
含みのあるつぶやきに、リリーは首をかしげた。そもそも、父が『神々の寵児』だと誰から聞いたのだろう。
「それで、けがしてたって?」
「あー、うん、その……誰かに射られたみたいで、矢が刺さった状態で落ちてきたの」
黒い矢だったとは言えず、リリーは目を伏せた。
「あ、でももう元気になったから、大丈夫だと思うよ。今日にでも返そうか?」
「いや、いいよ。たぶんそのうち戻ってくるだろうし……リリーの家のほうが居心地がよければ居座るかもしれないけど、かまわない?」
「うちは大歓迎だよ。すぐ懐いてくれて、かわいいの。人と同じものを食べるから、えさにも困らないし」
「なんかずるいな。僕もリリーの家に住み込もうかな。僕も人と同じものを食べるし、えさには困らないよ?」
おまけにすぐ懐くし、とキルクルスが満面の笑みで言う。
「もう、ふざけてばっかり。遊びに来るくらいならいいよ」
泊まりはだめだけどね、とリリーが念を押すと、キルクルスは口をとがらせた。
「えー、なんで? 女友達だと思えば問題ないでしょ?」
「見た目はともかく、キルは男の子なんだから、問題大ありです」
そう叱ってから、リリーは苦笑した。
「キルって、何だかクルスそっくり……あ、逆か。クルスが似てるのね」
「まあ、当然だよね。飼い主だから」
キルクルスがにっと口角を上げる。それから二人は今日の『翼の法』の試験について話しながら、一限目の教室へ向かった。
夜遅く、できるだけ静かに玄関の扉を閉めたファイを、シータが出迎えた。
「お帰りなさい」
「リリーはもう寝てるね? クルスはいるかい?」
「昼間はどこかに行ってたんだけど、夕方にまた来て、うちでご飯を食べたわ。リリーの部屋で一緒に寝てるはずだけど」
そのとき、バサバサと羽音がしてクルスが飛んできた。廊下に備え付けられているとまり木に降りて二人を見下ろすハヤブサに、シータは小首をかしげた。
「リリーったら、部屋の扉を開けたまま寝たのかしら。それにしても、ずいぶん夜更かしをするハヤブサね」
「僕はまだやることがあるから、先に寝てていいよ」
「じゃあ、おやすみなさい」
軽く口づけをかわして、シータが寝室へ引き上げていく。ファイはクルスを一瞥してから研究部屋へ足を向けた。
部屋の扉を開くと、ついてきたクルスが入ってきてとまり木に着地する。昔飼っていたヘオースのために取り付けたものが今役に立っていることに、ファイは青い瞳をすがめた。
「神法学院で可能な限り調べてみた」
青い法衣を脱いで壁にかけながら、ファイは声をひそめて言った。
「暗黒神にまつわるものは禁退出書庫の中でも、鍵付きの箱にしまわれていてね。本来は闇の信者にしか読めない仕掛けになっているみたいだけど、幸か不幸か、僕は暗黒神との絆ができていたから」
つながりのない者が書物を開いても、紙はただ真っ白にしか見えない。しかし過去の出来事のおかげで、ファイには読み取ることができた。
「君を射抜いた黒い矢はどうやら、闇の賢者スキアー・アペイロンの子孫にしか使用が許されていないもののようだね」
ハヤブサは返事をしない。
「天空神についてはまだわからないことだらけだ。法術は神法学院でも学ぶことができるけど、天空の賢者ミカーレ・ケントロンに関しては謎が多すぎる」
一度だけ、オーリオーニス学院に行ったとき、礼拝堂で天空神と賢者の像を見た。神気が強すぎて長居はできなかったが、天秤を持つ天空神と、その脇で弦楽器を手に立つ賢者の立ち姿は、今でも目に焼き付いている。
天空神の信仰が盛んなのはアルクス市――中でもフルゴル村には、古くから天空神の神殿がある。
「スキアー・アペイロンの子孫には、『狩人』と呼ばれる者がいる」
黒き矢、または黒き刃を使い、『あるもの』を追い詰める存在。その呪物で命を奪われれば魂は消滅し、二度とこの世に生をもつことはできないという。
椅子に腰を下ろし、ファイは膝上で指を組んだ。
「君は、何者なんだ?」
じっとにらみあう。やがてハヤブサは舞い降りると、その形をゆっくりと変化させていった。
閲覧ありがとうございます。いったんここで区切って、3へ続きます。