(4)
朝、着替えていたリリーは、スカートをはくときにポケットにかたいものの手触りを感じた。
(今日もある……)
そっとつかんで取り出す。てのひらの上に転がるのは、緑色に輝く玉。
ソールの加入が決まり、冒険集団が七人そろった日の夜、いつの間にかポケットにあったものだ。
よくわからないまま自分の部屋の机上に置いておいたのだが、気がつけばいつもポケットの中に入っている。不審に思って相談したセピアたちには見えるのに、両親には見えないのがわかって、怖くなった。それでも、父も母も心配しなくていいと言ったのだ。決して恐ろしいものではないからと。
何か知っているみたいなのに語らない両親に不安が募ったものの、数日もすれば落ち着いた。確かに、特に悪いことは起きていないし、むしろ玉に触れていると元気になれる気がしたのだ。
「おはよう、リリー」
「おはよう、セピア、オルト」
登校の途中で二人に合流し、肩を並べて歩く。
「『食卓の布』の材料のエルライ湖の水なんだけど、中庭の噴水池の水でいけるってお父さんが言ってたよ」
「本当? じゃあ、エルライ湖は行かなくて大丈夫だね。ちょっと遠いし大変かもって思ってたから、よかったわ」
リリーからの情報にセピアが喜ぶ。
「順番としては、レオニス火山を先にしたほうがいいかな。『風の神が駆ける月』の今ならまだいいけど、『炎の神が奮い立つ月』に入ると熱気がすごそう」
「そうだね。レオンが暑いのは苦手だって言ってたし……それとね、冒険に出るなら『早駆けの法』を覚えておいたほうがいいってお父さんに言われたから、週末までに使えるように練習しておくね」
「大丈夫か? 編入したばかりで忙しいのに……あんまり無理するなよ」
眉間にしわを寄せるオルトに、リリーは笑った。
「平気だよ。優秀な先生がたくさんついてるから」
「リリーはすごいのよ。今までに提出した課題、全部一発合格だもん」
「セピアたちのおかげだよ」
話しているうちに学院の正門まで着いた。そこでソールに会い、さらに後ろから来たフォルマとレオンとルテウスも混ざり、先にセピアたちに話した今後の計画についてもう一度繰り返し説明する。そして七人は、今週末にレオニス火山に向かうことを決めた。必要な荷物について手短に相談し、集合場所と時間も確認しあって別れたとき、リリーは視線を感じてふり向いた。
肩のあたりまであるふんわりした灰黄色の髪を後ろでゆるく結んだ生徒が、リリーをじっと見つめていた。
青い法衣を着ているが、覚えのない顔だ。色白で薄茶色の瞳もぱっちりと大きい、とてもかわいらしい生徒を、通りがかる他の人たちもちらちらと見ながら歩いている。
リリーと目が合うと、生徒が近づいてきた。
「君、一回生?」
女の子かと思ったが、どうやら男の子のようだ。オルトやソールより高い声で尋ねてきた相手に、リリーはうなずいた。
「よかった。僕、今日からここに通うことになったんだ。よろしく」
愛想のよい笑みで、彼はそうあいさつしてきた。
転校生の名は、キルクルス・レーンといった。国の北東部にあるアルクス市出身で、オーリオーニス学院に通っていたらしい。
「オーリオーニス学院の人って、杖に天空神の紋章を彫ってあるって聞いたけど」
「うん、ここにあるよ」
一限目の授業が終わるなり、風の法専攻一回生たちに囲まれたキルクルスは、エラルドの質問に杖を横向きに掲げてみせた。風の紋章石のそばに彫られている五芒星を間近に見て、みんなが感嘆の声をあげる。
「すごい、本物だ」
「いいなあ」
父親の仕事の都合で当分の間こちらに滞在する予定だというキルクルスは、すぐにみんなと打ち解けた。もともと風の法専攻一回生は人数が少ないこともあって、まとまりがいい。さっそく今日はキルクルスの歓迎会を兼ねて、六人で一緒に昼食をとることになった。
「転校初日だし緊張してたけど、みんないい人でよかったよ」
並んで食堂へ向かう途中、キルクルスがにこにこしながら言う。リリーも笑った。
「わかる。私も編入してきてまだそんなにたってないけど、仲いいよね」
「リリー、編入する前は大変だったんだってね。こっちに来られてよかったね」
もう情報が耳に入っているらしい。
それにしても、とリリーはちらりとキルクルスを横目に見た。人懐っこいし、背もリリーより少し高いくらいなので、女友達といるようだ。実際、通り過ぎざまに「あの子、かわいいね」とささやかれている。
「うーん、やっぱり君といると注目されるね」
周囲のまなざしを感じ取ったのか、キルクルスが肩をすくめる。リリーは苦笑した。
「私じゃなくて、キルクルスが目立ってるんだよ」
「キルでいいよ。まあ、確かに僕もかわいいから、美少女二人が楽しそうにしゃべってるように見えるんだろうね。目の保養ってやつ?」
「……キル、変わってるって言われない?」
「冗談だから、そんなに引かないでよ、リリー」
キルクルスはどこまでも笑顔を崩さない。話しやすいけれど、なんだかつかめない人だ。
「ところで朝リリーが一緒にいた人たちって、この前結成した冒険集団の仲間だよね?」
リリーは目をみはった。
「そうだけど、よく知ってるね」
「まあね。それで、あの中にリリーの好きな人はいるの?」
顔をのぞき込まれ、リリーはぎょっとした。
「いったい何の話……」
「けっこう大事なことなんだよね。僕の予想だと――」
人差し指を唇に当てながら宙を見るキルクルスに、リリーは慌てた。
「や……だめ、言わないでっ」
キルクルスの口をふさごうとして、ひょいとかわされる。
「あはっ、照れてる。リリー、かわいいね」
「もう、キル!」
満面の笑みでからかってくるキルクルスの法衣をやっとつかまえたものの、リリーはもじもじした。
「だって、好きとか……まだ気になってるだけだし、その……って、そうじゃなくて、とにかく絶対言わないで」
「僕の考えがはずれてるかもしれないのに?」
「それでもだめ」
恥ずかしさのあまり目頭が熱くなってきた。キルクルスの法衣をぎゅっとにぎりしめるリリーを見つめ、キルクルスは首を傾けた。
「ふうん……でもリリー、それだけ意識してるってことは、もう好きなんだと思うよ?」
「リリー?」
そのとき、オルトが声をかけてきた。涙目になっているリリーを見たオルトは、キルクルスをにらみつけた。
「リリーを泣かせたのはお前か?」
オルトの追及には答えず、キルクルスはじっとオルトを凝視した。
「……ちょっとまずいかもしれないな」
出会って初めて真顔になったキルクルスに、リリーは奇妙な不安を覚えた。
「いったいどこで……まさか学院に潜り込んでいるのか……?」
独り言を吐くキルクルスに、怒りの表情を浮かべていたオルトも困惑顔になる。
「キル……?」
リリーがためらいつつ呼びかけると、キルクルスはぱっと顔色を明るく変えた。
「リリー、みんなが待ってるから早く行こうよ」
「え? うん……オルト、また後でね」
キルクルスに腕をとられたリリーはぐいぐい引っ張られながら、オルトに手を振った。
「あ、おいっ」
置き去りにされたオルトが立ちつくす。最後にオルトを一瞥したキルクルスの瞳に刺すような厳しい色がちらついたのを、リリーは見逃さなかった。しかしその後キルクルスは、どれだけリリーが尋ねても、何の説明もしなかった。
「おーい、リリー」
放課後、帰り支度をすませて中央棟一階廊下を歩いていたリリーは、追いかけてきたカルパをふり返った。
「ソールを見なかったか?」
「ううん、見てないけど。どうかしたの?」
リリーの問いかけに、カルパは赤い髪をかいた。
「あー、じゃあもう帰っちまったか。今日急いでたもんな……あいつ、今日の課題に使う教科書を教室に忘れていってさ」
しょうがない、届けてやるかとつぶやいてから、カルパはリリーを見つめた。
「リリー、今日この後あいてるか?」
「うん……? 特に何もないけど」
「じゃあこれ、ソールの家まで持っていってやってくれないか? 俺、用事があるから」
「いいけど、ソールの家ってどこにあるの?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。地図を書くから」
言うなり、カルパは袋から紙を取り出し、ざっくりとした地図を書いてリリーに渡した。
「はい、じゃあ頼むな」
教科書も押しつけて、カルパがにっこり笑って走り去る。急な展開にとまどって、しばらくその場にとどまっていたリリーは、受け取った教科書に視線を落とし、ぎゅっと胸にかかえてから歩きだした。
地図を頼りに向かったものの、家とは反対方向であまり詳しくない道だったため、やはり迷った。しかもカルパの地図はかなり適当で、おまけに字も読みにくい。市場まで来たところで方向がわからなくなり、どうしようかときょろきょろしていると、ルテウスが声をかけてきた。
「お前、こんなところで何をやってるんだ?」
知り合いに会えるだけでこんなに安心するのかというほど、そのときのリリーはほっとした。
「ソールの忘れ物を預かったんだけど、迷っちゃって」
地図を見せると、ルテウスは眉間にしわを寄せた。
「ああ、ソールの家ってこの辺か。それにしても汚い字だな。なんだこれ、いいかげんすぎてわかんねえぞ」
これでは初めて来た人間は絶対にたどり着けないぞと文句を言われ、リリーは首をすくめた。別に自分が書いたわけではないので、怒られても困る。
「まあいい。連れて行ってやるから、来い」
「ルテウス、場所を知ってるの?」
「何となくはわかる。どこまでその地図を信用していいかにもよるけどな」
きびすを返すルテウスに、リリーは慌ててついていった。
何か用があったのではないかと聞くと、紙がなくなったので買いに来たのだとルテウスは答えた。もう購入して帰るところだったのだと。
そのとき、近くで短い悲鳴がした。かえりみると女の子が一人、地面に転がった野菜や果物を拾っている。どうやら買い物袋が破れたらしく、半泣きになっていた。
リリーはソールの教科書を袋にしまうと、女の子に近づいた。
「大丈夫?」
一緒に拾いはじめたリリーを女の子が見る。茶色い髪に深緑色の少女は、誰かに似ている気がした。
「家は近いの? 運ぶの、手伝おうか?」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「おい、リリー、寄り道してる場合じゃねえぞ」
「一人で抱えきれないくらいの荷物なのに、放っておけないでしょ」
急かすルテウスにリリーが言い返すと、女の子が目をみはった。
「……リリー? お姉ちゃん、リリーっていうの?」
首を傾けるリリーに、女の子は自分と兄の名前を告げた。もしかして知っているかと尋ねられ、リリーはルテウスと顔を見合わせた。
破れてしまった紙袋は使い物にならなくなっていたので、リリーとルテウスは両手に野菜と果物をかかえて、女の子――ペイアの道案内を受けた。
もうすぐ着くよとペイアが言ったとき、遠くにソールの姿が見えた。周囲を見回しながら足早に歩いている。
「お兄ちゃん!」
両手がふさがっているので手が振れない代わりにペイアが大声で叫ぶと、気づいたらしくソールが走ってきた。
「リリー、ルテウスも、どうしてペイアと一緒なんだ?」
「お前の妹が道に野菜をぶちまけて、泣きべそかいてたんだよ」
「泣いてなんかいないもん! あのね、リリーお姉ちゃんが助けてくれたの」
ペイアが笑顔でリリーを仰ぎ見る。
「おい、俺の存在を忘れるな」
俺だって手伝ってるだろうがと抗議するルテウスを無視するペイアに、リリーは苦笑した。
「二人とも、悪かった……ペイア、だから俺が帰るまで待っていろって言っただろう」
リリーとルテウスにあやまって、リリーから野菜を受け取りながら、ソールがペイアを叱る。
今日、ペイアは初めて買い物をしたのだという。本当はソールが一緒に行くはずだったのだが、帰宅してみると、すでにペイアは一人で出かけていたのだ。
それでソールは急いで帰ったのかとリリーは納得した。せっかく早く帰ったのに妹がいなくて、あせったことだろう。
「ルテウスはともかく、リリーは方向が違うだろう」
どうしてこっちのほうに来ているのかとソールに聞かれ、カルパからソールの教科書を預かったことを話した。ついでに地図を見せ、途中でルテウスに会わなければ迷子になっていたとリリーが肩をすくめると、ソールが眉をひそめた。
「なんだこの雑な地図は……まったく、カルパの奴」
本当にすまなかったとソールが頭を下げる。
「お茶くらいなら出せるから、寄っていくか?」
「せっかくだからご飯も食べていってよ、お姉ちゃん」
リリーにすり寄るペイアに、ルテウスがむすっとした。
「だから俺を無視してんじゃねえよ、べそかきっ子」
「べそなんかかいてない!」
ぎゃあぎゃあと言い合うルテウスとペイアに、ソールとリリーは視線を交えてため息をついた。
結局ペイアの懇願に負け、リリーとおまけのルテウスは夕食をご馳走になることにした。ルテウスは連絡しなくても困らないと言っていたが、リリーはそうもいかず、庭に出て風の神の使いを召喚した。使いに母への伝言を込めて飛ばしてから台所へ戻ると、ルテウスが面白くなさそうな顔でじろりとにらんだ。
「お前、御使いも召喚できるのかよ」
「冒険集団を結成したときに、お父さんに教えてもらったの。使えたほうが便利だからって」
ただ、自分や父とは違い、母は御使いは見えても伝言までは読み取れないので、御使いの鳴き声で判断してもらっているのだという。遅くなるけど大丈夫というときは可愛らしくクルクルと、急いでついてこいというときは鋭く、など、いろいろあることを教えると、ソールとペイアが感心した。
「確かに便利だな」
「風の神の使いってすごくきれいだね……決めた! 私も神法学科に入る。風の法を専攻する!」
うきうきしたさまで言うペイアに、ルテウスが鼻を鳴らした。
「お前、神法士の素質あるのかよ?」
「わかんない」
「はっ、素質があるかどうかもわからないのに、軽々しく風の法を専攻するとか言うなよ」
「ルテウス、年下の子にそんなこと言わなくても……」
注意するリリーに、「そうよそうよ、ルテウスの意地悪っ」とペイアも一緒になって怒る。
「本当のことだろうが。ていうか、どさくさに紛れて人のこと呼び捨てにしてんじゃねえよ」
またもや喧嘩を始める二人にかまわず、ソールが夕食の下ごしらえに入ったので、リリーもソールの手伝いに回ることにした。
やはり慣れているからか、ソールは段取りよく準備を進め、しかも早い。たまにしか料理をしないリリーはもたついてしまい、鈍くさいだの不器用だのと、椅子に座って眺めているだけのルテウスにヤジられてへこんだが、「毎日やっていれば自然とできるようになるから」とソールになぐさめられた。
そうして料理が完成し、さあ食べようというところで、ピュールが帰ってきた。リリーとルテウスがいることに目を丸くしたものの、ここにいたった経緯を聞いて謝罪と礼を口にする。鋭い目つきは最初怖く感じたけれど、笑うと柔らかくなるのがソールと似ているなとリリーは思った。
ペイアはすっかりリリーになつき、夕食の間中、ずっとリリーに話しかけていた。特にリリーがセピアとよく行く髪飾りの店や服屋に興味をもったので、冒険のない日に一度行こうねと誘うと、大喜びした。
「やっぱりお姉ちゃんが欲しいな。ねえ、リリーお姉ちゃん、お兄ちゃんのお嫁さんになって。そしたら一緒に住めるもの」
あやうく手にしていたコップを落として割るところだった。慌てるリリーにペイアがたたみかける。
「お兄ちゃんの本命も――」
「ペイア、いいかげんにしないと怒るぞ」
珍しく声を荒げるソールに、ペイアが縮こまる。ソールの本命、という言葉につい反応してしまい、リリーは目を伏せた。
「とにかくルテウス、二人の邪魔をしないでね」
こりずに今度はルテウスを牽制するペイアに、ルテウスはあきれ顔になった。
「だから呼び捨てにするなっての。誰が邪魔するかよ。そういうことはオルトに言えよ」
「……オルトって誰?」
ペイアがけげんそうな顔をする。肉を頬張りながらルテウスが答えた。
「顔と剣だけは最強の奴」
「あ、違うの。オルトは幼馴染で……」
しどろもどろになりながら言い訳をするリリーを見つめてから、ペイアがソールをかえりみた。
「お兄ちゃん、絶対負けないでね」
リリーお姉ちゃんは私がもらうから、と謎の宣戦布告をするペイアに、ソールは返事をせずに野菜を口に運んでいく。無言で咀嚼する息子に視線を投げてから、ピュールが苦笑まじりに酒瓶に手をのばした。
ルテウスは完全にリリーの家とは正反対のため、帰りはソールがリリーを送っていくことになった。ソールはこれから課題をやらなければならないし、自分は大丈夫だからとリリーは遠慮したが、迷惑をかけたしお礼もかねてと言われ、ありがたくソールに付き添ってもらった。
日が長くなってきてはいるものの、さすがにもう暗い。家々の明かりがかすかに届く道を並んで歩きながら、リリーはソールに尋ねた。
「ソールは、どこの鍛錬所に通ってたの?」
「ケントウムの町にある槍鍛錬所だ。カルパも一緒だった」
そこに通っていてゲミノールム学院に入学したのはソールとカルパだけで、他はみんなスクルプトーリス学院に入学したという。
「じゃあ、交流戦で戦うことになるね」
「……そうだな」
対戦を楽しみにしているのではないかという予想ははずれた。ソールの顔にちらりと浮かんだのは痛みをともなった寂しさで、リリーはそれ以上深く問うのをやめた。
近くで鳥のはばたく音がしている。日が沈んでも飛ぶ鳥はいるのだなとぼんやり考えていると、ソールが言った。
「ペイアが騒がしくて困っただろう? ああ見えてけっこう人見知りをするんだが、初対面の相手にあんなに言いたい放題だったのは珍しくてな」
「ルテウスのこと? それなら、ルテウスが変に取り繕わないからだと思う」
つられて本音を吐きやすくなるんだよ、とリリーは笑った。
「リリーも、話半分に聞いておけばいいから。あいつの買い物にまで無理してつきあう必要はない」
「うん、でも私は楽しみだよ。私は一人っ子だから、妹がいたらあんな感じなのかなって想像しちゃって。セピアも兄弟が多いから、年下の子の扱いには慣れてるだろうし」
「そうか」
ソールが微笑する。妹がいたらと自分で言ったものの、夕食時のペイアの発言を思い出し、リリーは何とも言えない気分になった。
ソールの本命。それはつまり。
(ソール……好きな人がいるんだ)
気になる。けれど、聞けない。
“それだけ意識してるってことは、もう好きなんだと思うよ?”
キルクルスの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
(好き……なのかな)
私は、ソールのことを――。
考えているうちに、家が見えてきた。門を抜けたところでソールと向き合う。
「忙しいのにかえって時間をとらせてしまって、ごめんね」
「いや、世話をかけたのはこっちのほうだから」
「……また、遊びに行ってもいい?」
思い切って尋ねると、ソールが目をみはった。
沈黙が落ちる。答えを迷っている様子のソールに、問いかけたことをリリーが後悔したとき、ソールがぼそりと答えた。
「今度来るときは、事前に教えてもらえると助かる」
「あ……そう、だよね。急に押しかけるとやっぱり迷惑……」
うつむいたリリーは、「お前、何が好きなんだ?」と聞かれてはっと顔を上げた。
「飲み物とか、菓子とか」
こげ茶色の髪をかきなでながらよそを向いているソールに、思いつくものを慌てて口にする。
「次は、ちゃんと用意しておくから」
「――行っていいの?」
つい再確認してしまったリリーに、ソールはどこか困ったような、それでいて照れ臭そうな顔で言った。
「別に、かまわない。ただ、できれば誰かと一緒に来るようにしてくれ」
一人だと保護者がうるさいから、と言ってソールが身をひるがえす。
「あ、あの、送ってくれてありがとう!」
急いで声をかけると、ソールはふり返らず、右手を軽く挙げて去っていった。
門柱に手をつき、リリーは胸をなでおろした。実は嫌がられていたのではないかと心配になったが、大丈夫みたいだとわかって、ほっとすると同時に鼓動が速まる。
遠ざかるソールの背中を見つめる。オルトよりはやや細身の、すらりと高い後ろ姿から、目が離せない。
そのままぼうっと見送っていたリリーは、不意に頭上で響いた「ギャッ!」という鳴き声に、びくりとした。
落ちてきたものを思わず受けとめる。体に矢の刺さったハヤブサが息も絶え絶えに震えていた。
「え……何……?」
驚きながらも矢を抜こうとしたリリーの前で、ハヤブサがバサバサと羽を広げて暴れる。
「あ、こら、動いちゃだめだよ」
なおも抵抗するハヤブサを、仕方なくリリーはそのまま家に連れて入ることにした。父がいれば何とかしてくれるかもしれないと。
「ただいま! お父さん、帰ってる?」
中に駆け込んだリリーを、居間にいた両親がかえりみる。食事を終えたばかりらしく、二人はお茶を飲んでいた。
「お帰りな……リリー、それ――」
シータが蒼白する。ファイもけわしい表情で立ち上がり、リリーに近づいた。
「貸しなさい」
いつになく乱暴にリリーからハヤブサを取り上げるファイに、リリーも動揺した。
「お父さん?」
「このハヤブサをどこで?」
「門のところで……いきなり落ちてきて」
「矢には触ってないね?」
うなずいたリリーは、そこで初めてハヤブサに刺さった矢が黒いことに気づいた。暗がりの中ではわからなかったのだ。
ファイの腕の中でハヤブサはぐったりしている。その足には虹色の輪がはめられていた。
「ファイ……」
シータも寄ってくる。
「助かるかどうかはわからないが、手当はしてみよう」
ファイが部屋を出ていく。かすかに首をもたげたハヤブサが自分を見たような気がして、リリーは放っておけず、父についていった。