正義 理不尽
誰かが 連絡したのか あたりに サイレンが こだまする。
「あなた あなた」
「お父さん お父さん」
泣きながら 夫であり父である人物を 揺さぶり 声をかける。しかし 全く反応が無い。胸部の上下動も無く
呼吸をしている様子も無い。揺さぶる手が 震える。もしかして。もしかして。死が現実となり 生が離れていく。
涙が止まらない。娘は まだ5歳 これから 私1人で どうやって。
「なんで? なんで?」
そこへ 警察官と救急隊員が到着した。
出血は多量 胸部に銃創 明らかに 心肺停止 もう誰が見ても 死んでいる様にしか見えない。救急処置は 意味を成さない様に思える。しかし 死亡診断は 医師が行う。
救急隊員は やるせない気持ちを押し込み 対応する。ひとまず ストレッチャーに乗せて シーツをかけ 救急車で搬送する。行き先は 警察病院である。
警察官 救急隊員 母 娘が 救急車に同乗する。
「あなた 奥さんですね。何があったのでしょうか? 恨まれる様な事は?」
「犯人に心当たりは?」
などと 警察官から 質問される。
「私にも わかりません。突然。。恨まれる様な事なんて。。犯人に心当たりなんて。」
動揺して 上手く返答出来ない。
「お父さん 死んじゃったの?」
警察官も 小さな子供に対して 返答に詰まる。
この 夫であり父である人物は 特に事件・事故を起こした訳では無い。この数時間後 車を運転中 操作を誤って
通学児童の列に 突っ込んでしまい 5人が死亡 3人が重症を負う 死傷事故を起こす予定である。
確定している未来なので 止む得ないかもしれないが この時点では 何も起こしていない。殺される理由が無い。
本人にしてみれば まだ起こしてもいない事故の責任を問われ 理不尽にも殺された。家族にしてみれば 理不尽にも 急に最愛の人を失った。
しかし この人物の死亡により 理不尽にも 死ぬはずだった5人の児童 重症を負うはずだった3人の児童は 確かに 未来を失わずに済む。
この国にとっては 5人死ぬはずだった未来が 1人の死亡に 改変され 人口減少幅が少なくて済む。
何が正義か? 何が理不尽か? わからない。
親子3人 寝室で 川の字に寝ていると 突然 来年小学校に入学予定の5歳の息子が 夜中に泣きながら起きた。
「うぇーん。うぇーん。お父さん お母さん 車に轢かれて とても痛かったよー 死んじゃいそうだったよー」
「急にぶつかって来たんだよ。怖いよー。痛いよー」
大泣きで 母親に抱きついた。
「よしよし 大丈夫だよ。怖い夢でも 見たのかな?」
「お父さんも お母さんも ここに居るよ。まーくん 元気だよ。死んだりしてない」
夫婦で 泣きじゃくる息子を懸命に宥めていると 少しずつ 落ち着いてきたのか 夢から覚め 現実に戻ってきたのか 息子は泣き止みはじめた。
「うーん。うーん。夢だったんだね。良かったー。 ほんと! 死んじゃったかと思った」
「あなたが 死んじゃったら お父さんもお母さんも とっても悲しいわ」
「びっくりした。だって夢って思われへんかった」
「夢はね。身体は寝てるけど 脳が起きてる時に見せるのよ」
「ふーん。脳って 凄いんだね」
「お父さんも お母さんも あなたが大好きよ。さぁ 寝直しましょ」
「はーい」