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後編 私と八橋純真



「八橋、ちょっといい?」


 高校の教室で私、稔森(みのもり)木葉(このは)は隣の席にいる八橋(やつはし)純真(じゅんま)へと声を掛ける。

 何の因果か私と八橋はずっと隣の席だった。先生は席順を適当に決めているんじゃないのか。いったい何を考えているのか。そんなことは今どうでもいい。


「何? あ、そういえばこの前はありがとう。お見舞いに来てくれただろ? 置いていってくれたメロン美味しかったよ」


 さらさらした髪、宝石みたいに綺麗な瞳。人形みたいに作られたような完成された美。今まで会った誰よりもイケメンだと思える男子生徒、八橋純真がそんなことを言う。

 お見舞いには行ったけど……うん、私が置いていったのはバナナなんだよなあ。メロンは知世だよ。バナナはどうした、ちゃんと食べたんだろうな。


「うん、良かったじゃん。ちなみにバナナは?」


「美味しかったよ。ジュースにして飲んだんだ」


「ふーん、まあ食べ方はどうでもいいけど、美味しかったなら良かったよ」


 個人的にはそのまま食べてほしかった。理由なんてないけどさ。


「……って、そうじゃない。ちょっとこれ見てよ」


 お見舞いの話は今どうでもいい。

 私は八橋の机にチケットを2枚置く。

 これは遊園地の入場チケットだ。私はここでとある作戦を決行しなければならない。そのためには何としても八橋と遊園地に行かないと。


「遊園地?」


「うん、偶然チケットが2枚手に入ってさ。それでよかったら一緒に行ってくれないかなって」


 惚れた相手を遊園地へ誘う。実質デートのようなもの。

 好きだと自覚してから気付いてしまった。……そう、2人で出掛けようと誘うのはめちゃくちゃ恥ずかしいってことに。今も顔が熱いし、視線を窓の外へやっちゃってまともに相手を見れないし。恋愛経験が未熟だとこうなるらしい。


「ありがとう。今週末に明梨と一緒に行ってみるよ」


 おい、何でそうなる。

 あまりの衝撃発言に八橋を凝視した。

 チケットは2枚で私が誘ったんだよね? いや、確かに私と一緒にとは言わなかったよ。でもさ、普通分かると思うんだよね。あげるとは言ってないぞ。


「……あの、私と、一緒に、行ってほしいんだけど」


「そうなの? まあ明梨とは行ったことあるし……いやでも一応訊いておこう」


 頑なに明梨ちゃんと行きたがりやがる。

 ほんと、こいつの妹への愛情というか執念というか、そういったものは素直に凄いと思う。ぶれないそれには呆れると同時に安心しちゃうね。


「断られた……。そんな、俺と行きたくないってことなのか? まさか俺は嫌われて……」


「嫌われてない嫌われてない。明梨ちゃんがアンタのこと嫌うわけないじゃん。……明梨ちゃんが行かないなら、いいよね?」


「そうだね。稔森と2人でってのも悪くない」


 その答えを最初に聞きたかったよ。

 でもミッションコンプリート……いや、これからか。



 * * *



 八橋に遊園地のチケットを渡す1日前。

 私は自分の部屋に雅野(みやびの)さん、明梨(めいり)ちゃんを招いて作戦会議を行っていた。


「いやあ、大変でしたよ。兄が中々離れてくれなくて。友達の家に行くって言ったら、誰だ!? お兄ちゃんはそんな奴認めないぞ!? 泣いちゃうぞ!? とか叫んで……恥ずかしい限りです」


「はは、相変わらずなことで」


「羨ましいですわ明梨様。行かないで、と愛する人から言われるなんて。私もいつか言われてみたいものです」


 色々言いたいことはあるけど、アイツ最終的に泣くのか。泣き落とし的なのが最終手段かよ。


「……雅野さん、本当に今日来て良かったの?」


 誤解しないでほしいんだけど、雅野さんの気持ちを全く考えなかったわけじゃない。彼女を誘ったのは明梨ちゃんであり、何を考えているのか承諾したのは本人なんだから。


 いったい何を考えているのかな。同じ人が好きで、宣戦布告のようなメッセージを送ったんだよ私。そんな相手の告白プランを練る集まりだよ? 私だったら絶対に行かない。彼女のことだから計画を後から潰すため、というのはないだろうし。


「ふふ、確かに私達は純真様を愛するライバル。ですがそれと同時に友達でしょう? もちろん稔森様の応援をするわけではありません。大事なのは純真様のお気持ち、告白を受けて恋人になるとあの御方が言うのなら私は祝福しますとも。……それに、仮に稔森様からの告白を受けるのなら私に勝ち目はありませんもの。私、引き際は弁えているつもりですから」


「……ありがとう、でいいのかな。でも辛くない? 他の人間の告白プラン考えるなんて」


「言ったでしょう? 一番大事なのは純真様のお気持ち。確かに思うところはありますが、どうせ告白するのなら稔森様にはベストを尽くしていただきませんと。そうでなければライバルとして戦う意味がありませんもの」


 性格が良すぎるってのも怖いな。でも素直に嬉しい、雅野さんと知り合えて良かった。恋のライバルが雅野さんで本当に良かった。


「へぇ、雅野知世(ともよ)さんでしたよね。私、あなたのこと誤解していたかもしれません」


 明梨ちゃんがそんなことを言った。雅野さんは「あら、誤解ですか?」と視線を送る。


「兄を好きな人の大半は攻撃的というか、暴力性を引き出されるんですよ。雅野さんは他の人と違います。恋のライバルのことも考えられる人なんてそうはいません。凄いです」


「そう思っていただけるなら幸福ですわ。明梨様、出来れば私のことは知世ちゃんとでもお呼びください。下の名前の方が親近感が湧きますし」


 あれえ、雅野さーん? 私のことは名字呼びなのに明梨ちゃんは名前呼びにしたいのー? 確かに可愛い天使と仲を深めたい気持ちは分かるけどさ、それ、私にも言ってほしかったかな。


「知世ちゃん、ですか。……ごめんなさい。雅野さんが悪いわけじゃないんですけどその名前には思い入れがあるので。今まで通りでいいですかね?」


「……仕方ありませんね」


 そうか、知世ちゃんっていうのは特別なんだ。

 小学生の時に八橋兄妹と友達だった櫻井(さくらい)知世さんか……今、どこにいるのかな。出来れば再会してほしいけど……いや、今は私のことに集中しないと。


「名前呼びっていうなら、稔森さんのことも名前で呼んであげたらどうですか?」


「そうそう! 僅差だけど関わった時間は私の方が多いよね!? 友達なんだし、名前で呼んでくれると嬉しいんだけど……ダメ?」


「構いませんわ。木葉様、これからはこう呼ばせていただきます」


「様はいらないけど」


「申し訳ありませんが、こればかりはどうしようもないのです。今の私の癖のようなものですから」


 まあ、それならしょうがないか。正直なところ様とか言われると調子狂うんだけど、雅野さん……あー、これからは知世かな。知世らしいから安心もするんだよねえ。


「話も纏まったみたいですし、そろそろ始めませんか? 稔森さんの告白について」


 そういえば本題はそれだった。

 別に私は本気で頼んだわけじゃない。自分の告白だ、自分で考えるのが筋だろう。でも恋愛経験がほぼない私だとあまり考えられないし、それで明梨ちゃんに軽ーく相談しただけであって、ぶっちゃけここまで本気で考えようとしてくれるとは思っていなかった。


「ええ、ではまず何から決めましょうか。やはり告白の練習くらいしておいた方がいいのでは?」


「え、練習必要? 好きだって言えばいいだけなんじゃ」


 はっきり言っちゃうと私が悩んでいたのは場所とかタイミング。何を言うかなんてあまり気にしていない。最終的に好きだってことが伝われば問題ないはずだし。


「ちなみに、本番は何と?」


「普通に……好きです、と」


「ふふっ、論外ですわ」


「ちょっと普通すぎてつまらないですよねー」


 酷い言われようだ。というか人の告白を面白おかしくしようとするな。つまらなくてもいいでしょ、私にはこんなんしか思いつかないんだから。


「それに練習はやはり必要だと思いますわ。たとえシンプルに告白するのだとしても、ぶっつけ本番で挑むと痛い目を見ることになります。試しに私を、いえ、明梨様を純真様だと思って口にしてみてくださいませ」


 必要かなあ、練習。

 いきなりだったからか明梨ちゃんが「えっ、私!?」と驚いている。人選の理由は血の繋がった兄妹だからかな。確かに美形という点においては酷似している。


「あー、その、八橋」


「は、はい。確かに八橋ですけど」


「その、私」


 集中すると明梨ちゃんが八橋に見えてくる……わけもなく大きなおっぱいが女を主張している。さすがにこのままでは無理なので顔だけに視線を送る。

 視界に映るのを最低限にして顔に集中。するとなぜだか彼女の顔が八橋のように変化していく。


「私、私は……」


 明梨ちゃんが八橋に見えてから言葉が続かない。

 上気しているのが自分でも分かる。息も多少荒くなる。


「八橋の、ことが……す、す……す……」


 心臓の鼓動が激しくなっていく。

 うるさい、少しは鎮まれよ。

 ドクドクうるさいっての……!


「――すき焼き!」


 ……私は何を言っているんだろうか。

 不思議と一気に冷静になっていった。まあ、自分でも意味分からないっていうか、何ですき焼きなんて料理名を口に出したのかも分からないし。

 明梨ちゃんと知世はポカーンと口を開けている。


「今のはさすがに……」


「……練習、必要ですわよね?」


「……ハイ、ソウデスネ」


 練習必要だわ。

 ただ、好きだと言うだけのはずなのに。友達だと思っている相手になら普通に言えるはずなのに。八橋、恋の相手に伝えようとした途端に言えなくなる。

 告白って本当に大変なんだ。正直ちょっと舐めすぎていたかもしれない。


「まあ、その練習は後にするとして……次は場所でしょうか」


 場所、場所か。

 定番だと学校の屋上とかかな。ウチの高校は屋上解放されてないから無理だけど。

 校舎裏とかも定番の1つか。ウチの高校の校舎裏は不良の溜まり場だから無理だけど。


 告白するにあたって場所もかなり重要だ。相手と良いムードになるならどこでもいいけど、八橋と良いムードってのが難しい。明梨ちゃんが絡めば良くなるだろうけど、それは明梨ちゃんに対してだし意味がない。


「ふっふっふ」


 いきなり明梨ちゃんが悪の親玉みたいに笑い出した。可愛い。


「実は私、もう考えてあるんです」


 そう言ってポーチの中に手を突っ込み、勢いよく抜いて真上に掲げる。彼女の手にあるのは2枚のチケット。人差し指と中指に挟まれているそれは遊園地のものだ。


「じゃじゃーん! 遊園地のチケットです!」


 ドヤ顔で宣言する姿も可愛い。


「遊園地……ということは、そこで?」


「夕暮れの中。観覧車に乗って綺麗な風景を眺め、ロマンチックな雰囲気になった男女は告白する。そして晴れてカップルになった男女は口を近付けていく。これ良くないですか!?」


「少々ベタな気はしますが良いですわね」


「い、いやあ、私には出来そうにないんですけど」


 ベタってのは普通に出来るって意味じゃないからなあ。むしろ恥ずかしいし、てかさらっとキスしようとしてない? 告白ですらあれなのにキスは難易度高すぎでしょうよ。


「大丈夫です稔森さん。やれば、出来る!」


 暑苦しっ! でも可愛い!

 テレビで一時期流行ってたよね。流行に乗っちゃう気持ちは分かる。

 しかし観覧車か、確かにベタだけど遊園地なら最適な場所かもしれない。お化け屋敷とかジェットコースターで告る人は見たことも聞いたこともないし。


「観覧車の中で告白するっていうのはやれるかも。恥ずかしいけど、やるつもりで行ってみるよ」


 とりあえず本番は観覧車に決定だ。


「じゃあ次は練習いってみる?」


「いえ、稔森さんのことを知っていく分だけ不安になっているので……ちょっと告白当日に着ていく服を見せてくれませんか?」


 服? 変なこと気にするなあ。

 まさか私が私服のセンスクソダサだと思われているなんて屈辱だよ。私、これでも私服は自信あるんだから。


「待ってて、今から選ぶ」


 そう言ってクローゼットを開けて全ての服を眺める。

 色々持ってるよなあ私。この中心にでっかくマイクが描かれたやつとか、あっちのアニメキャラが描かれたやつとか、天才って黒で描いてある白い無地Tシャツとか。まさにセンスの塊だよ。


「どうかな? 私の1番のお気に入り」


「却下ですわ! 何ですかそのクソダサセンスは!?」


「……これから、可愛い服を買いに行きましょうか」


 圧倒的お気に入りの私服を着てみたら却下された、解せぬ。いったい何が悪かったっていうんだ。小学生の時からセンスがいいって誉められて………………あ、お世辞かあ。

 ちゃんとこの後に2人と服屋に行き、2人と相談しながら当日着る服を購入した。34000円の出費はめっちゃ痛かった。




 * * *




 デート当日。ついでに告白予定日。

 私と八橋は有名な遊園地、富士山ランドという場所に来ている。チケットは入口付近で購入出来るけど長蛇の列だ。ありゃ数時間は待つかも。


「ふぅ、何だか懐かしい感じするなあ。明梨と来た時から何も変わっていない」


「あー分かるよ懐かしいの、私も家族で来たことあるし。でも今日は八橋といるからちょっと新鮮。こういう場所でデートとかしたことないもんね」


 受付を通った先は広場。

 目の前には大きな噴水。遠くには決戦の舞台、観覧車。まああそこに行くのは最後だから途中までは気楽に楽しもう。


「デート……デートか。今までも偽装のためとはいえしてたっけ。……何か、今日は服装とか気合い入ってるね。髪も美容室行った直後みたいに整ってる」


「え!? あ、うん。分かるんだ」


「明梨の些細な変化も見逃さない観察眼、洞察力。実は鍛えるのに結構苦労してるんだよ」


 うわあ、聞いて損した気分。

 とはいえ気付いてくれたのは嬉しいかな。服は知世と明梨ちゃんコーディネート、夏に合ったお出掛け白ワンピ。このワンピースはフリル付きだから可愛いんだよね、私もそれが分かるくらいのセンスはある。まあ服装の詳細は置いといてデート行ってみようか。


「八橋、まずどこに行きたい?」


 遊園地の地図を広げて隣にいる八橋へ問う。


「稔森は行きたいところないの?」


「それじゃ、最初はコーヒーカップ」


 最初は無難というか中の中くらいがいい。いきなりジェットコースターとかお化け屋敷なんてメインのやつへ行っても……まあ楽しいだろうけど。まずは徐々にテンション上げていくタイプだからね私。


 コーヒーカップはあまり人が並んでいなかった。並んでたのはカップルとか家族連れとか……いやそれはほとんどがそうか。

 とにかくすぐに2人で乗れて楽しく終われた。途中はしゃいでめっちゃ速く回したの大丈夫かな、引かれてないか心配だ。そう思って八橋に訊いてみたら「稔森が楽しいならそれでいいよ、それなら俺も楽しいから」と言われた。何か投げやりな気もするけど問題ないんだよね?


 次に向かったのは順番にミラーハウス、フリーフォール。あとパイレーツとかいう海賊船型絶叫アトラクション。どれも楽しくて、私達2人は笑いながら遊園地を満喫していた。


 そしてついに残る予定のものは3つ。

 女の子アピールしやすいお化け屋敷。

 純粋に楽しい定番、ジェットコースター。

 最後の決戦場、観覧車。


 とりあえず観覧車は最後なので、私達はお化け屋敷へ向かうことにした。

 因みに知世や明梨ちゃんに相談した時、お化け屋敷ではなるべく八橋にくっついてキャーキャー言えと助言されている。キャーキャーはともかく八橋にくっつくのはやってみようかな……。


「いやー、お化け屋敷か。稔森って怖いの大丈夫なの?」


「まあそれなりにはね。私、結構ホラー系得意なんだよ」



 ――30分後。



「ぎゃあああああああああああああ!?」


 私がホラー得意なんて言った奴は誰だ、私じゃないか。バカか私は、見栄を張るのに何の意味があったんだ。前にホラー映画で怖すぎて号泣したくせに。

 まあ、おかげで八橋に抱きつけている。叫び声はキャーじゃなくてギャーなんて可愛さ0点のやつだけど。


「ははっ。怖いの、苦手なんじゃないか」


「うううう、遊園地のやつくらい平気だと思ったのに……。ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」


 隅のミイラがいきなりこっちに手を伸ばしてきた! しかも何だあの顔、怖すぎでしょ!? こんなの叫ばずにいられないっての!


 あー、八橋の腕に抱きついてるけど別の意味で恥ずかしい。照れるとかなら良かったんだけど、見栄張った過去を恥ずかしく思うことになるとは。八橋は「はははは」とか笑ってるし。人の驚き様を見て笑うとか許せませんわ。いつか絶対にビビらせてこっちも笑ってやる。


「アンタはこういうの平気なの?」


「天使を間近でいつも眺めているのに、今更お化けが出たくらいじゃ驚かないよ。悪魔でも出てきたら少しは驚くかもしれないけどさ」


 よし、今年のハロウィンは悪魔のコスプレで脅かしてやろう。悪魔……悪魔って何だ、サキュバスとか? 自分で考えといてなんだけどそういうエロ系はちょっと……。こっちが羞恥に悶えることになりそう。


 今年のハロウィン、か。

 もし今日告白したとして、振られてしまったら私達はどうなるのかな。またいつも通りに戻れるのか、それとも――。


「あっ、ゴールだ」


 外からの白い光が扉の隙間から漏れている。

 安心して歩いていると、突如真横から壁を破ってゾンビが出現した。当然、私が平然としていられるはずもなく「ぎゃああああああ!」と思いっきり絶叫した。



 * * *



 まったく酷い目に遭ったもんだ。

 遊園地でお化け屋敷に入ったらとんでもない醜態を晒してしまった。しかも家族とかじゃない、彼氏予定の男にだぞ。幻滅されてなきゃいいな。


 さて、遊園地のデートも終盤だ。

 ついに私達は観覧車の列に並んでいる。あまりに長蛇の列すぎて1時間経っても乗れないかも。


「それにしてもさっきのジェットコースター凄かったよね。降りるときの角度が90度超えてたし大迫力だったじゃん」


「そうだね、稔森の叫び声も凄かったよ」


「言わないで……。あの時は死ぬかと思ったんだもん」


 ジェットコースターにはもう乗り終わり、夕方になったので時間的にもあとは観覧車のみ。ここまで本当に楽しかったなあ。


 あとは……観覧車内で告白か。

 幸いなことに待ち時間は多すぎるほどにある。心の準備をする時間は充分確保出来るはずだ。今日はこれからが決戦、今後を左右する大事な時。関係が変わるも維持されるも終わるも全部これから決まる。


 プランは観覧車がてっぺんに行った時、雑談の流れで好きだと伝えるもの。大丈夫、私でも気持ちを伝えることくらい出来るさ。

 心臓の音、うるさいなあ……。


「ごめん八橋、私ジュース買ってくる。ついでにトイレ行くから遅くなるかも。並ぶのはお願いできるかな?」


「構わないよ、何だか落ち着いてないみたいだし。それだけトイレ我慢してたんだよね。行ってきなよ」


「我慢なんかしてないっての!」


 緊張してるのバレてるじゃん……。トイレを我慢してるのと勘違いされたのは少し嫌だけど、まあ全部バレてるわけじゃないから良かった。


 逃げるように列から離れて私は自動販売機へと向かう。確か少し離れた場所に自販機があったはず、ジェットコースターのあたりだったかな。

 あ、あったあった。ふう、何を買おうかな。


「楽しそうだね、木葉」


「まあね、でも観覧車は緊張しちゃって」


 あれ? 話しているのは誰だ?

 木葉って呼ぶ人なんていたっけ。明梨ちゃんは稔森さんって呼ぶし、知世は様付けだし。私の知っている人じゃない?


「羨ましいよ……本当に」


 一瞬、首に何か当てられたと思ったら激痛が走ってきた。薄れゆく意識の中、私はこれとよく似たものを思い出す。

 これ、スタン……ガン……。




 * * *




 目が覚めた。まずは状況把握だ。

 今いる場所は見たところどこかの廃工場……廃工場!? いや遊園地は!? まさか夢オチ……じゃないよね。もし夢だったらどこからが夢だったんだ。むしろ今が夢であってほしいよ。


 手は、ダメだ。細い柱に縄で縛られている。

 足は自由に動くけどこりゃ意味ないな。むしろ足だけ自由って嫌な予感しかしないんだけど、大丈夫かなこれ。……誘拐されてる時点で大丈夫じゃないわ。


「あ、起きたんだ」


 誰だ、誰かが廃工場に入って来た。あの女、どこかで見たような……。私は彼女とどこかで会ったことがある気が……。


「みんな! 稔森が起きたよ!」


 女が声を上げると同い年くらいの少女が10人、強面の男が5人も入って来た。また随分と多いな、全部で16人か。


「あれ、あいつは?」

「なんかさっきトイレ行くって言ってたけど」

「ふーん、一応功労者なんだし待つ?」

「え、面倒」

「あんさあ、もう始めちゃっていいかなあ? 俺らも待ちきれないしさあ」


 ごちゃごちゃうるさいな。

 ていうかあの女達、思い出した。あれ同じ高校の人達じゃん。まさかこんなことするような過激派までいたとは……参った。男達の方は知らないけど想像はつく。ひとけのない場所で縛られて動けない女がいるんだ、おそらくあの男達は……。


「ごめん、遅れた」

「遅いよー」


 ……は? え、嘘でしょ。

 新たに入ってきた女は私の知り合いだった。


「久し振りだね、木葉」


舞彩(まい)……」


 元友達が加担してたなんてショック受けるわ。

 中学生の時、偽装彼女になる決断をさせられた元凶が彼女だ。私を陰でいじめていた陰湿なやつだったけど……人ってのはどこまでも堕ちるな。スタンガンで気絶させたのもこいつか。


「意外?」


「まあね、でも考えてみれば納得だよ」


 恨み、逆恨みだけど舞彩は私を憎んでいる。そうなるのを分かっていてあの日、八橋の偽装彼女になることを決めたんだから。


 ああそうだよ、いつか仕返しに来るかもと思っていたよ。でもだからってこんな仕返しするか? 誘拐だぞ、しかも知らないだろうけど告白当日。現実ってのは本当に……。これは神が告白するなって言っているのかね。

 遊園地も入るにはチケット必要だし、買うにはかなりの時間待つはずだ。そもそもいつ解放されるかすら分からない。


「……木葉、純真君と別れて」


「何で今更」


「純真君はさ、みんなの純真君なんだよ。そうじゃなきゃいけないの。この人達と話し合って決めたんだ。アイドルと同じ、誰も恋人になっちゃいけない。そう決めれば争いは起きない。勝手に恋人になった木葉のせいでみんなが困ってるの」


 何だそれは。

 確かに八橋はモデルやってるから恋人を作るのはダメかもしれない。でも一生じゃない、アイツだって恋人作る権利くらいあるでしょ。勝手なのはそっちじゃないか。


 八橋はね、悔しいけど明梨ちゃんが大好きなんだ。本気で好きなんだ。どうしようもない超絶ド変態なシスコンだけど……アイツにだって、アイツにだって将来恋人が出来るはずなんだよ。できればそれが私であることを祈りたいけど……。


「断る、私は八橋と別れたりしない」


 正確には付き合ってないけどね。ここで別れるなんて言ったら八橋に告白する資格なんてない。


「そっかあ、じゃあしょうがない。賢い木葉はもう分かってるんでしょ? 別れないならどうなるのか。それでも断るの?」


「断る! もう、覚悟は出来てる。私はアイツにフラれない限り離れたりしない! アイツが許してくれる限り傍にいる!」


 これから、私はおそらく汚される。

 男がいるのはそのためだ。ふ、ふふふ、ビビって別れるとでも思ったんだろうね。どんなことされたって私は私の意思を曲げないよ。


 八橋への告白は私だけの問題じゃない。協力してくれた知世や明梨ちゃんのためにも諦めない。

 ふっ、八橋……ここで助けに来てくれたらイケメンだよ? 来るなら早く来てよ、私だって……怖いんだから。


 強面な男達がゆっくりと、にやつきながら歩いて来る。

 歩いて、歩いて、ついに私の目の前。

 ごつい手が伸びてきて。


「――そこまで!」


 突然、廃工場内に大声が響く。

 嘘……来てくれたの? 本当に?


「稔森さんをすぐに解放してください!」


 八橋……八橋明梨。やだイケメン。

 そっちかあ、いやでも来てくれてありがとう。このままじゃ色々アウトな事態になってただろうから。


「誘拐。それにこれから色々するところだったようですわね。あなた達、犯罪だってこと分かっているのですか?」


 知世まで……。どうして2人が……。

 でもヤバい。この人数だし、体格のいい男だっている。いくら何でも勝ち目はない。最悪3人仲良く汚されるぞ。


「誰? 木葉の知り合い?」

「2人で乗り込んで来るなんていい度胸だね」

「可愛い子……と、何あれ縦ロール?」

「身の程知らずもいたもんだねえ」


 まずいまずいまずいまずい。

 女達が強気に出て……あれ? 何で男達は何も言わないんだ? 何か明梨ちゃんの方を見て硬直しているような。


「きゃっ、怖い……。お願いします! 助けてください!」


 わざとらしいあざとさで明梨ちゃんが男達にヘルプを求める。


「可愛い……天使だ」

「喜んで!」

「俺達はいつでもあなたの味方です」

「奴隷にしてください、一生仕えます!」

「おいテメエら! 天使を虐めるんじゃねえ!」


 男達5人全員が裏切って味方になった。

 それでいいのか。ねえ誘拐犯の女達、アンタ達が用意した彼らは1人残らず寝返ってくれたんですけど、いったいこういう気持ちの時どうすりゃいいんだろうね。嬉しさの欠片もないよ。


「ちょっ、ちょっとアンタ達何言って」

「裏切るつもり!?」

「ふざけないでよ、少しあの子が可愛いからって……かわ、いい……超可愛い。天使、いや女神……? どうか私もあなた様の下僕に!」

「何言ってるの!? 私が先に下僕になるの!」


 おい、何か女子達の一部まで寝返ったんだけど。

 明梨ちゃんパワー凄すぎない? これ時間あれば全員味方に出来るんじゃないかな。


「くっ、誰か知らないけど邪魔すんな!」


 舞彩が叫んで知世の方へ走っていく。

 ダメだ、殴られる! 逃げて知世!


「単調ですわ」


 フッと鼻で笑った知世が舞彩を投げ飛ばした。

 すっご、空中で3回転くらいしてたぞ。背中から落ちた舞彩は気絶したみたいで動かなくなった。……死んでないよねあれ。

 まさか知世があんなに強いなんて思わなかった。こりゃこいつら勝てんわ。ただそこにいるだけで相手を懐柔する明梨ちゃんに、近接戦闘激強な知世の組み合わせとか無敵でしょ。


「木葉様、今解放しますわ」


「稔森さん大丈夫!? あ、あなた達はもういいです。さっさと帰ってください」


 一斉に「はい!」と返事をした彼ら彼女らは、軍隊の行進のように綺麗な列を作って歩き去っていった。いつの間にか舞彩以外が裏切っていたのか。怖すぎるよ明梨ちゃんの美貌パワー。


 傍に来た知世がロープを強引に引き千切った。絶対お嬢様じゃないでしょ知世。

 とりあえず私の両腕が自由になったので、服についた埃とかを払いながら立ち上がった。多少汚れは残っちゃうけどあんまり目立たないのは良かった。


「ありがとう。でも、どうしてここが分かったの?」


「実は私達、心配でお兄ちゃんと稔森さんを見守っていたんです。ジュースとかトイレにしてはやけに長いなと思って」


「スマホのGPSです。私のものは友達登録した相手のスマホの位置が分かるのですわ。まさかこんなことになっているとは思いませんでしたけど」


「……そっか。ごめん、告白プランとか一緒に考えてもらったのに。間に合わないし、今からじゃ無理だよね」


 遊園地は入る時にチケットが必要で、購入するとなると数時間待ちになる。誘拐された時点で夕方だから遅いし待ち時間はマシだろうけど不可能だ。買って入っても観覧車はもう順番回ってきてるだろうし、夜にかけて待ち時間はピークになるらしい。きっともう乗れない。


「何をボヤッとしておられるのです木葉様! 早く遊園地に戻りなさい!」


「いや、戻ったって……」


「稔森さんこれ使ってください!」


 明梨ちゃんが差し出してきたのは――遊園地のチケット。

 嘘、何で持って……。


「備えあれば憂いなし。意外とここは遊園地に近いですから、急げばたぶん間に合います! 観覧車もちょっとした事故があったらしくて遅延してるので!」


「さあ、今すぐ死ぬ気で走りなさいな!」


 本当に裏切らないでよかった。

 2人はいい人すぎる、私にはもったいないくらいの友達だよ。


「ほんと、ありがと」


 チケットを受け取って走り出す。

 全力で走って、走って、とにかく走る。

 離れた場所に観覧車が見える。あそこが目的地、私の今日の決戦場。さあ八橋が待ってる。急げ私。


 早くアイツと会いたい。

 早くアイツと話したい。

 早くアイツに……伝えたい。この気持ちを。




 * * *




 夜、遊園地の観覧車が動き出す。

 地味めなそばかす女、私、稔森木葉は今日初めて好きな人に告白する。タイムリミットは観覧車が一周するまで。


 結果は考えない。何せ相手はあの超絶ド変態シスコン残念イケメン、八橋純真だ。妹最優先のアイツがオーケーする確率は絶対に低い。


 ハプニングで2時間近く八橋を待たせちゃったんだけど、何とか誤魔化すまでもなく、ずっとトイレに篭っていたと勘違いしていたらしい。……うん、確かにトイレ行くかもとは言ったけど。2時間以上はおかしいと思え。


「ねえ八橋」


 私はここで告白する。

 今日しなかったら、私はおそらく一生出来ない気がする。

 伝えるなら今日。この観覧車でだ。


「今日、楽しかった?」


 ひよってるわけじゃないぞ。雑談をしてから自然な流れを作り出したいだけだ。私もまだ緊張収まんないし……うん、ひよってるね。


「楽しかったよ。稔森とは一緒にいて飽きないから」


「ふーん……そうなの。へえー」


「あれ、信用されてない?」


 どうせ明梨ちゃんがいた方が楽しいとか思ってそうだし。

 気を遣われてる感じすらする。


「……私達、色々あったよね」


「例えば?」


「偽装彼女とか」


「確かに、普通の青春だったらそんなことなさそうだね。……訊きたいんだけどさ、どうしてまだ偽装彼女なんてやってくれるの? 俺としては助かってるけどさ。彼女がいるって広まってから女子の告白減ったし」


 あれで減ってたのか。月に3回はされてたのに。

 どうして、か。何でそんなこと訊くんだろ。助かってると言いつつ実は止めてほしいのかな。いや、根がいいこいつのことだ。私に迷惑がかかってるとでも思っているんだろう。


 確かに私だって、偽装の関係を維持するにあたって嫌なこともあった。ついさっきも誘拐されたし。……それでも止めなかったのはきっと、リスクに見合ったリターンがあったから。


 偽装でも彼女だから八橋と関わっていられる。もしかしたら止めても関係は変わらないのかもしれないけど、確実じゃない。怖かったのかもね、止めたら疎遠になっていくんじゃないかって。

 疎遠になるのが怖い理由は今ならはっきりしてる。……好きだからだ。この男のことを異性として好きだから、離れたくなかったんだ。


「……何でだと思う?」


「えっ、クイズ形式!? あーそうだな、何でだろ。明梨とお近づきになりたかったからとか」


 窓の方へ顔を向けて夜景を眺めながら「はずれ」と呟く。


「降参。分からない」


 妹を絡めた理由しか思いつかないのかよ。諦めるの早すぎだろ、どうしてそこで諦めるんだよそこで! もっと熱くなれよ!

 おっと、熱血指導者が憑依していたか。


「ちょっとは考えなよ。タイムリミットは、そうだなあ……てっぺんいくまでで」


 八橋は押し黙る。

 それから私達の間に会話がなくなった。沈黙は重くて、窓から見える景色を眺めて気持ちを落ち着かせようとする。


「……もう、てっぺん来たけど。本当に分からない?」


 ずっとこっちを見つめたままの八橋と向き合う。

 狡いけど、八橋から好きの言葉を引き出せたらなあと思ってしまっていた。別にあっちから告白されたって問題はないんだし、むしろ嬉しい。逃げてると言われたらそれまでだけどさ。


「――好き、だからだよ。八橋のことが本当に」


 言えた、伝えられた。

 違和感なく口から出せたのは知世や明梨ちゃんとの練習のおかげだ。

 八橋は目を僅かに見開いている。驚いているんだろうけど、そんなに意外だったのかな。どう思っているんだろう。


 てか顔あっついな。頬とか赤くなってたら照れてるのバレちゃうじゃん。落ち着け私、落ち着け。返事は気になるけど鎮まれ。


 ……あれ? ちょっ、こいつ何も言わないんだけど。

 何これ、どうでもいいなら断れば済む話でしょ。

 どっちだ。ショックを受けているのか。それとも、期待しすぎかもしれないけど嬉しいからなのか。何か言わないと観覧車終わっちゃうよ!?


「ぷふっ」


 吹き出しやがったなこの野郎。

 そんなにおかしかったか、私なりに精一杯頑張った告白が! 告白受けて第一声がそれは酷くないかなあ!


「あーいや、ごめん。おかしくてさ、自分の自信のなさが」


「どゆこと?」


「俺も好きだった。なんて信じない?」


「……へ」


 好きだったって……八橋が、誰を? 私を?

 嘘だッ! いや嘘でも嬉しいけど、だってそんな素振り1度も見せてくれなかったのに……。本当なのかな……。


「俺さ、最近気付いたんだ。自分はシスコンだって」


 あ、ああ、気付いたのか。

 遅いと言いたいけど、正直一生気付かないと思っていたからな。気付けただけマシなのかも。


「大抵の女子は俺がシスコンだって知らない。けど、稔森はもう分かってるよね。性癖っていうのか、そういうものが受け入られにくいって俺も理解してる。だから告白しても断られるかと思っていたんだよ」


「い、いつから好きになったの? 私より可愛い子なんて山ほどいる。気配り出来る人も、性格いい人も、趣味が合う人だって大勢いるはずだよ。私みたいに地味な奴、どうして好きになれたの?」


 そう、例えば知世みたいに。

 私はライバルと言いつつ、全てが知世に劣っていると思っている。比べたら月とすっぽん。勝負なんて成立しないくらいに知世は凄い。


 付き合いが長いとはいえ、いざ競ったら勝てないと無意識下で敗北を認めていた。それなのに八橋は私を選んでくれる……どうして?


「俺にとって顔は関係ない。君を好きになったのは君という存在がそうさせたんだ。あんまり遠慮しないところとか、何だかんだ優しいところとか、普通かもしれないけど俺が稔森の好きなところはそんな感じ。俺の傍に居続けてくれたのも嬉しいし、感謝してる」


「何それ、そんなのほんと、普通のことじゃん」


「その普通を俺の前で出来る人間がそういないんだよ。そういうわけで、俺は君が、稔森木葉が好きなんだ」


 ああ……顔が沸騰しているかのように熱い。

 今が現実なのかも分からなくなる。本当は夢オチだとしても納得出来るよ。だけどさ、今だけは現実であってほしい。


「稔森はどうして俺が好きなの? やっぱり顔とか、外見なのかな」


「私も顔なんか関係ない。八橋の好きなところは――」


 ガタンッと揺れて観覧車が止まる。

 あーしまった、時間切れだ。


「後で2人きりになったら教えるね」


「狡いなあ……。まあいいよ、教えてくれるなら」


 帰りにでも教えてあげよう。

 私が初めて八橋に会ってから好きになるまでの過程。それから好きだと自覚した過程。そして今日の告白の計画とか色々。

 話したいことは沢山あるし1日で話しきれるかなあ。いや仮に話しきれなくても問題ないか。これから2人だけの時間なんていっぱいあるんだから。




 * * *




 遊園地を出て、八橋に家まで送ってもらった。

 自宅に着いてから少しすると知世が訪ねて来た。中に入れない理由はないので彼女を招き入れる。

 何か話でもあるのかな、と、惚けることはしない。彼女が今日、こんな夜遅い時間にもかかわらずやって来たのは告白の件を聞きたかったからに違いない。


 リビングに案内して椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合うこと数分。実際の時間以上に長く感じられた沈黙を破ったのは知世の方だった。


「私、隠していたことがありますの」


 予想外の切り口に「はい?」と首を傾げる。


「実は私、純真様と出会ったのは小学生の頃なのです。当時はとても仲が良く、明梨様とも遊んでいましたわ」


「ちょっと待った。それにしては何か変じゃない? 明梨ちゃんは会うまで知世のこと知らない風だったけど」


「ええ、別にショックは受けておりませんわ。だって転校して疎遠になってしまいましたから」


 どこかで聞いた話によく似ている。

 そう、これは明梨ちゃんが話していたことと同じなんだ。明梨ちゃんは言っていた。小学生の頃、八橋兄妹と唯一仲が良かった子供がいたと。しかし虐められて転校して疎遠になってしまったと。確か名前は――。


「櫻井、知世さん?」


 知世の目が僅かに見開く。


「……憶えていたのですね。あのお見舞いの日、明梨様に聞いたことを」


「そっちも聞いてたの?」


「扉越しにですが。……ふふ、自分のことをあんな真剣に話されたのはあまり経験がないもので、今でも強く記憶に残っています」


 あの時、知世というのは目前の知世のことかと思っていたけど、名字が櫻井というから違うと思い込んでしまった。だって明梨ちゃんが知世のことなんて知らないって言ったから。名字が違くなっていても、成長していたとしても面影くらいあったはずだ。なのに……知らない? それは、ちょっとおかしいでしょ。

 疑問に思ったことを伝えると、知世は頷いた後に語る。


「あなたの疑問はもっともです。でも純真様や明梨様が気付かなかったのも無理ありません。今の私は……別人のようなものですから」


「別人、か。……詳しく聞いていい?」


「単純な話です。名字が違うのは両親の離婚、母の再婚が原因です。そして、新しい父が金銭に余裕があるのをいいことに私は我が儘を言いました。――整形手術がしたいと」


 別人、そういうことだったのか。


「昔、純真様と釣り合っていないとバカにされ、虐めを受けました。当時の私は思っていたのです、顔さえもっと良ければ認められたはずだと。虐めなど起きなかったはずだと。……もう昔の面影などありません。今思えば愚かなことをしたと反省しています」


 整形が悪いわけじゃない。私だって自分の顔が可愛いとは思ってないから、少しならやってみたいかもなんて思っている。けどきっと、何かが知世にとって良くなかったんだ。


「久し振りに会った純真様や明梨様に気付いてもらえない。関係をリセットされた気分……いえ、自らリセットボタンを押してしまった」


「整形、後悔してるんだ」


「とある人が無意味なことに気付かせてくれたのです。……あなたです木葉様」


「わ、私?」


 うっそ、何もしてないんだけど。

 出会ったのは間違いなく八橋が撮影の仕事してた日だし、そこから今に至るまで何か助言した覚えはない。


「こちらの町に戻って来てからあなたの噂を聞きました。あの純真様に引っ付いている害虫がいると」


 随分な言われようだな。本人の前で言うのも中々だけど。


「すぐに第二の私が現れたのだと察しました。そして、私と同じで虐めを受けている。近いうちに耐えきれず自ら離れるだろうと、当時は勝手に決めつけていました。……しかしあなたは耐えた。一年、二年、三年と耐えられた。……そこで気付いたのです。私は、平凡な顔を言い訳に虐めから逃げただけだったのだと。強靭な精神さえあれば整形など必用なかった、ずっと純真様といられたのだと」


 確かに私は耐えた、耐えられてしまった。

 でもそれは1人じゃ無理だった。八橋が隣にいてくれたからこそボロボロな心の崩壊を防げただけ。運命がちょっと変わっていれば、今の私がいるところには知世がいてもおかしくない。

 決して強靭な精神力を持っているわけじゃない。知世だって私と大差ないはずだよ。


「……耐え抜いたあなただからこそ、神様は良い結果をくれるはずなのです。改めてお訊きしましょう。木葉様、純真様とは今どのようなご関係なのですか?」


 良い結果か。神様なんて会ったこともない存在より、私は自分で掴みとったって考えたいな。いや、自分だけじゃない、協力してくれた知世と明梨ちゃんのおかげでもある。

 そう、今の私は八橋との関係が変化しているんだ。協力してくれた感謝の意を込めて、知世にはちゃんと伝えないと。

 すうっと息を吸い込み、言葉と共に一気に吐き出した。


「私は、八橋純真の彼女ですっ!」



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