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前編 私とシスコンすぎるイケメン


「ねえ、純真君とはどういう関係なの?」


 そんな問いを友達の舞彩(まい)から投げられた私、稔森(みのもり)木葉(このは)は思考の海に沈む。

 純真君とはおそらく、同じクラスで隣の席の彼のことだろう。


 八橋(やつはし)純真(じゅんま)

 中学一年となった私の記念すべき隣人第一号で、神が作り上げた芸術かと思わせるほど整った容姿のイケメン男子。彼は入学してすぐ一年生、いや全学年の女子生徒のほとんどを魅了して、瞬く間に学校一の人気者になった。きっと小学校でも人気者だったんだろう。


 授業中はクラスの女子から、休み時間は学校中の女子から視線を集めた本人はといえば、女子に興味がないのかジッと前を見続けている。そんなクールな姿が好きという女子も多い。


 私、稔森木葉はといえば隣の席だから必然的に視線が気になり、授業に集中出来ず、家で補習予習を余儀なくされている。隣のイケメンは目の保養になると同時に迷惑な存在。一番迷惑なのは隣という理由だけで嫉妬の視線が飛んで来ることだ。


 そんなイケメン男子こと八橋君と私の関係。

 普通ならポニテそばかす地味女の私が話せるような人間じゃない。でも残念なことに交流あるんだよなあ。


 あれはショッピングモールでの出来事。

 家での勉強の甲斐あってテストで高得点をとった翌日、自分へのご褒美でも買いに行こうと出掛けた時だ。


 デザートを買いたかった私は食品売場に赴き、気分上々で品定めをして決めた商品に手を伸ばすと、漫画でしか見ないような左右から二人の手が触れ合う展開になった。

 これまた漫画かと思う展開で、互いに手を引っ込めると同時に視線を向ければ件の八橋君だったのである。


 さて、ここであの時の会話を思い出してみよう。


『あ、すみませ……って八橋……』


『はい? どこかで会ったことありましたっけ?』


『……クラスメートで隣の席の稔森木葉、隣の生徒くらい憶えときなよ。まさか誰のことも憶えてないんじゃないよね』


『ああ学校の……名前は辛うじて憶えてたよ』


『顔も憶えなよ、他人に興味なさすぎだろ』


『ごめん、俺って家族以外の女の見分けがつかなくてさ』


 ここまではまだいい。この八橋純真という男の異常性を知ったのはこの後だった。ここで大人しく去っていれば気付かなかったのに……。


『まあいいよ。それで? 八橋ってこういうデザートとか好きなの? どうしても欲しいなら譲るけど』


『本当か? なら頼むよ、この商品は妹が食べたいって言ってたから買っておきたいんだ。貢ぎ物は多い方がいいし』


『妹のこと好きすぎだな。……てか貢ぎ物て、アンタの妹は神や天使か』


『ん、そうだよ。俺の妹は神が遣わした天使、もしくは慈愛の女神さ』


 これを聞けば一発で分かるだろうけど八橋純真はシスコンである。それもただのシスコンってレベルじゃない、度を超えたド変態である。

 しばらく話してみれば誰にでも分かる。普通のシスコンは『俺、将来は妹と結婚するんだ』なんて笑顔で言わない。あいつは恥ずかし気もなく堂々と宣言するから笑えない。


 そんなきっかけもあり、八橋は学校で私と話すようになった。

 それまで隣の席でも無言だったくせに、今では休み時間や昼食の時間にわりと話す。……まあ話すといっても向こうが主に妹関連の話題を振ってくるだけなんだけど。


 さて、ここまで思い返したらお分かりだろう。

 私が八橋純真のことをどう思っているか、どんな関係なのか。


「別に、ただの友達だよ」


「えーでも純真君が学校で話すのって木葉だけだよ? 絶対友達以上でしょー」


「いやただの友達だって。変に勘繰らないでいいよ、別に付き合おうとか思ってるわけじゃないからさ」


 むしろそれ以上の関係とかゴメンだよ。友達って答えていること自体奇跡みたいなもんだからね。

 あの変態の本性を知った瞬間どうせ人気は死滅するだろう。イケメンに群がる女子っていうのは外見だけに惚れている状態で、そこにあの超が付くほどのシスコンという属性が追加されたらもうアウト。肉に群がるハイエナはその肉が不味いと分かれば近寄らないんだから。


 ……私は別に外見に拘っているわけじゃないし。話しかけてくれるならまあ、友達でいてあげてもいい。断じて友達の少なさを危惧しているわけじゃない。隣を歩く舞彩しか他に話せる人いないけど、断じて友達がもう一人くらい欲しかったわけじゃない。


「ふーん、ならまあ安心かな。木葉と純真君とじゃ全然釣り合わないもん」


「そだね」


「それに木葉は恋愛とかあんまり興味なさそうだもんね。勉強とか読書ばっかだし」


「まあ……とりあえず八橋は恋愛対象じゃないかな」


 小学校からの友達、佐切(さきり)舞彩は見事に彼の被った皮に騙されており、変態シスコン八橋に好意を抱いている。正直今後を思うと止めたいけれど人の恋路を邪魔するのは気が引ける。明らかな爆弾だけど根はいい奴だし。恋人でも出来ればあのシスコンもマシになるかもしれない。


 てか一応私だって恋愛に興味くらいあるし。

 八橋がもうちょっと性格普通ならね、まるで少女漫画みたいなラブコメが始まったんだろうけど。私あいつだけは一生恋愛対象にならないわ。神に誓ってもいい。……フラグにならないといいけど。


「私のタイプはもっと普通な――」


 突然ピーポーピーポーピーポーという音が鳴る。

 ああ、ついに妹に手を出したのか八橋。いや冗談だけど。


「ごめん、スマホ見ていい?」


「……その着信音いい加減止めたら?」


「何か斬新で良いじゃん」


 まあ、メールも電話もラインも全部この音だから確かに分かりづらいけど。確認してみれば来たのはラインだったらしい。

 うわっ、八橋からか。


【今日って暇? 実は妹の誕生日が近くなってきたから誕生日プレゼントを今のうちに考えておきたいんだけど付き合ってくれないかな? 女子の意見があると結構参考になるし……まあ妹の誕生日プレゼントを稔森と二人で選ぶと俺からの愛を込めたプレゼントって感じが薄くなるし、本当に暇ならでいいけど来たいなら連絡をくれ。

 ちなみに去年はでっかいクマのぬいぐるみを上げてね、今でも部屋に置いてくれているんだ。プレゼントを渡した時の妹の表情を見せてあげたいよ。天使や女神すら超越したあの可愛さ、この世に生きとし生ける者の癒しになること間違いなしだからね。まあ見せたら妹にガチ恋しちゃうから誰にも見せられないけど。ああでもどうしても見たいと懇願するならぼやけた写真を見せるよ。ああでもぼやけてても至高の可愛さが隠しきれてないからやっぱりなしで】


 ははっ、やっぱりあいつだけはないわ。


【行く】




 学校の下校時刻。

 今日は真っ直ぐ昇降口に向かって下駄箱を開けた。

 中にある靴と一緒に【ブス】と書かれた紙を取り出し、特に必要もないので紙の方はくしゃくしゃに丸めて鞄に入れる。別に私はマゾじゃない、ゴミ箱が近くにないから家で捨てようと思っただけである。


 最近、こういったいじめが私を襲っていた。

 幸いなことに暴力を振るわれたり、誰かに校舎裏へ呼び出されるようなこともないので耐えられるが……まあまあキツい。酷い時は【死ね】とか書かれてたり、画鋲が入ってたりするから。


「ごめん稔森、待った?」


「別に待ってない。今来たところ」


 それも全てこのイケメンと関わってしまったからだ。

 小走りで近寄って来た男こそ八橋純真。女子生徒から大人気であり、彼に近付いた女子は制裁を受けるなんて噂すらある。悪口の書かれた紙を見る限りどうやら噂は本当だったらしい。


「それじゃあ行こうか」


 ああ、逝こう。八橋の妹のプレゼント選びに。

 目的地らしい大型ショッピングモールへと私達は歩きだした。



 * * *



 大型ショッピングモールの中にある玩具屋へと私はやって来ている。目的は友達である八橋純真がよく自慢する妹へのプレゼント選びである。

 当然八橋の奴も隣にいるわけで、はたから見ると若干デート染みたものに見えるんだろう。しかし当の私にそんな浮わついた気持ちはない。


「うーん、何がいいかなあ。稔森はどんなのがいいと思う?」


 この男、ここへ来るまで妹の話しかしてこなかった。延々と続く身内話はさすがにキツいものがある。妹一人の話を一時間以上もできるのはある種の才能だろ。


「妹は10歳なんだっけ? まあ無難にぬいぐるみでも贈っておけば?」


「ぬいぐるみは去年贈ったってラインを送ったろ?」


「あれはほとんど記憶から抹消した。……ていうか別にぬいぐるみ二連続でもアリでしょ。10歳くらいなら欲しいぬいぐるみの一つや二つあるもんだって」


「……まあ稔森がそう言うならそうなんだろ。じゃあとりあえず、目の前にあるアナコンダの巨大ぬいぐるみを贈ってみようかな」


「ちょっと待てや」


 確かに目の前にぬいぐるみはある。でもアナコンダだぞ、女子小学生がアナコンダの巨大ぬいぐるみを貰って嬉しいとでも思ってるのかお前。去年クマのぬいぐるみを選んだお前のセンスはどこにいったんだよ。


「え、ダメ?」


「ダメでしょ。何、八橋の妹って蛇とか好きなの? 好きならいいと思うけど」


「いや、特に好きじゃないらしいよ」


「じゃあダメじゃん、何でアナコンダいった。クマの方がまだ百倍くらいマシだよ。去年は何でクマ選べたの?」


 正直こんなセンスしてる奴がクマを選べるわけないと思う。まさかあれだけ溺愛している妹への誕生日プレゼントを、近くにあるからという理由だけで毎年適当に選んでいるわけじゃないと思いたいけど。


「確か去年は店員が助言してくれたんだよ」


 もうそれ店員からのプレゼントも同然だよ。たぶん去年も酷いセンスをかました結果、見ていられなくなった親切な店員が協力してくれたってところだろう。


「稔森はどんなものがいいと思う?」


「ぬいぐるみでもいいと思うけど……普通にリボンとかでもいいと思うよ。あー、色は何色でもいいけど赤色とか」


 小学生でなくても嬉しいものだろう。リボンとか髪留めとか、あとはミサンガとかまあ小さなものでも良いはずだ。


「はっはっは! 妹が好きな色は赤じゃなくて青だ、そんなんじゃ検定四級も受からないぞ!」


 知らないよ、てか受けたくないよ。


「おっ、向こうにあるぬいぐるみは青い部分あるな」


「どれどれ?」


「ほら、あそこにあるマンドリルだ。口回りが青い」


「乙女心を舐めるな」


 何なんだお前のセンスは。どこの世界にわりとリアルなマンドリルのぬいぐるみを貰って喜ぶ妹がいるんだよ。アナコンダと同レベルでアウトだよ。


「あのー、ちょっとよろしいでしょうか」


 私が八橋のプレゼントセンスに呆れていた時、男性店員の一人が突然話しかけてきた。


「またプレゼントにお悩みなら……その、俺が手伝いますけど」


「あー去年の! あの時はありがとうございます。でも今年はいいです、連れがいるんで」


 またとか、去年とか、完全に覚えられているな。一年経っても忘れられないほどの濃さだったんだろう。まあこんなシスコン残念イケメンが店に来たら一生記憶に残りそうだし。


「あっ、彼女さんがいらしたのなら大丈夫ですね!」


「誤解を招く発言は止めてください! 聞かれたらどうするんですか!?」


「ええ!? すみません失礼しました!」


 店員は逃げるように去っていった。

 てかすっごい否定されたなあ。もちろん彼女になりたいわけじゃないけど、多少気を遣ってもらいたかったなあ。

 八橋の奴は周囲をキョロキョロしてからホッと一息。


「まったく、明梨が聞いてたらどうしてくれるんだ」


 ……え? ちょっと待て。

 明梨……今、明梨って確かに言った。こいつの口から女の名前が出てくるなんて信じられない。しかも口ぶりから察するに付き合っていてもおかしくない。八橋なんかと付き合うような奴は是非とも顔と頭を見てみたいな。


「明梨ってどんな人? 親密な関係なの?」


「ああ親密さ。明梨が生まれた時から傍にいるし、一緒に暮らしてるし、今日も誕生日プレゼントを買いに来ているくらいだからね」


「妹かよ」


 期待して損した。……ていうか八橋から妹の名前を聞いたの初めてな気がする。今まで毎回妹としか呼んでいなかったし。


「よし、気を取り直してまたプレゼント選びを始めよう」


「次はまともなやつ選んでよね」


 その後、結局色々とおかしな物ばかりを選ぼうとした八橋へ、私から妹さんへのプレゼントということでリストバンドを買っておいた。

 八橋、次はもう最初から店員に相談してくれ。




 * * *




 梅雨の季節は雨がよく降る。

 ジメジメとした空気や天候が嫌いという人も少なくはないだろう。でも私は昔から雨が嫌いじゃない。何だか雨って涙みたいじゃないか。まるで私の代わりに空が泣いてくれているようで嫌いにはなれない。

 

【消えろ】

【ブス】

【純真君と別れろ】

【学校辞めろ】

【大人しく自宅学習しておけ】


 下駄箱の扉を開いて出て来た紙。私の青春真っ黒すぎないだろうか。

 暴言は前からあったけど今日は一段と多いな。誰かにバレても面倒なので回収しようと手を伸ばす。幸いというべきか、今日は遅刻してしまったので周囲に誰もいない。早いとこ回収して教室へ行こう。


「おっ、稔森じゃん」


 タイミング悪く八橋が登校して来た。

 いや何でだよお前遅刻だぞ、私もだけど。

 仕方ない、残りの回収は八橋が通り過ぎてからにしよう。


「昨日はありがとう、妹はリストバンド気に入ったって言ってたよ。見せたかったなーあの時の笑顔。まさに天使の微笑み」


「別にいいっての」


 下駄箱の扉を閉めてから私は口を開いた。


「何でこんな時間に登校してんの。八橋はあんまり遅刻とかしないタイプでしょ」


「ああそれな。実は毎朝妹が起こしてくれるんだけどさ、今日は遠足だから早く家を出たみたいで起こしてくれなかったんだよ」


「ふーん、そりゃ災難。……てかお母さんとかは起こしてくれないの?」


「声は掛けてくれるけど、俺は妹のラブコールじゃないと起きられないんだ。今度録音しておこうかな」


「ナチュラルにキモい。そしてせっかく起こそうとしてくれたお母さんに謝れ」


 八橋が自身の下駄箱から上履きを取り出して、履いてから私の横を通り過ぎる。

 よし、もういいだろう。回収して私も教室行かないと。


「――何それ、ラブレター?」


 再び下駄箱を開けて紙を取り出した時、背後から八橋の声がした。


「……教室行ったんじゃないの?」


「気配を消すのは得意なんだよ。不埒な輩から妹を守るために暗殺術とかも会得してるし」


「一番不埒なのは八橋本人だと思う」


 ストーカーもびっくりな変態だよ。てか何さらっと暗殺術覚えてることをカミングアウトしてるんだ。そんな物騒なモン習得してる兄なんてこの世界じゃ八橋くらいなもんだぞ。


「見せて」


 心の中でツッコミしていたら隙が生まれたらしい。八橋が素早い動きで私から紙を奪う。

 紙に書かれた内容を読んだ八橋は眉をひそめた。紙を持つ手に力が入ったのが分かる。こいつにだけは見られたくなかったんだけどな……。


「まったく、今時いじめなんて流行らないよ。好きな女子をからかったりいじめたりなんて嫌われるだけなのに」


「そんなもんならまだよかったけどね。……どうやら私はめっちゃ嫌われてるっぽいよ。好意の欠片もない、悪意しかない」


「……なら、尚更流行らないだろ」


 八橋が紙をくしゃくしゃに丸めて握り潰す。

 ちょっと怒ってるなこいつ。私なんかのために怒ってくれるのは嬉しいけど……。原因が何か知ったら責任も感じるんだろうね。……本当に知られたくなかった。

 複雑な感情を全部閉じ込めて、私は八橋と教室へ歩き出す。


 教室へ着いた時にはもう一限目が終了していた。

 担任教師には注意された。うちのクラスの教師は優しいから遅刻も大目に見てくれるのがいい。寛大なお心に感謝しながら私は八橋と共に席に着く。


「いっ……!」


 危なっ、机の中に画鋲入ってた……。

 次の授業の教科書とか取り出そうとしたらこれだ。今まで下駄箱だけだったから完全に油断していた。あーあ、ちょっと血が出てる。


「大丈夫か稔森」


「平気平気、すぐ治るってこんなの」


「……はぁ、今は痛いだろ」


 そう呟いた八橋は懐から絆創膏を取り出した。


「ほらこれやるから巻いておきなよ。一応稔森だって女の子なんだから傷とか気になるだろ」


 行動はカッコいいけど本性は残念イケメンな八橋から「一応は余計」と言って絆創膏を受け取る。

 指先に絆創膏を巻いていると八橋がまた口を開く。


「それにしても稔森って本当に嫌われてるんだね」


「今更でしょ。下駄箱のやつ見たでしょ」


「そうなんだけど……ほら、今気付いたけど女子達がみんな距離をとって稔森を見てるだろ? あんなに離れるくらい嫌なんだなって」


「……いや、あれは八橋を見てるんだよ。視線とかで気付かないの?」


 今気付いたって……あれはもうずっと前からだろうに。入学してすぐああなったからもうちょいで2ヶ月経つんだなー。それなのに気付いてなかったってどんだけ周り見てないんだか。


「え? あー、分からなかった。ほら、俺って家族以外の女の見分けがほとんどつかないって言ったろ? なんか猿が群れてるようにしか見えないんだよね」


「眼科行ってこい。……ねえちょっと待って、もしかして私も猿に見えてるとかないよね?」


「稔森は辛うじて人間に見えてるよ。やっぱり妹と比べちゃうから地味にしか見えないけどね」


「地味なのは元からだっての」


 誰かと比べなくても私は元から地味な顔だ。まあとりあえず猿とか言われなくて良かった。こんな男のどこがいいのか私には全く分かりそうにない。


 舞彩もこんなのを好きになるなんて見る目ないな。見た目で選ぶにしたって内面もちょっとは見た方がいいと思う。あーでも八橋は外面だけはいいからなあ。いっそのこと彼女でも作ればマシになっていくかもしれないけど……?

 ……あ、待て待て。これ、妙案なのでは?


「ねえ八橋、アンタ彼女いないよね?」


 八橋が恋人を作ればいじめの対象は私から恋人へと移る。まるで押し付けているみたいで少々心苦しいけど、あんなに女子人気あるんだからそういった覚悟くらい持っているはずだ。シスコンも治る可能性あるしいいなこれ、私にしては超名案だなこれ。

 かなりの名案だけど悪質だ。うん、こりゃ虐められるわ。


「急に何だ? いないけど……あーでも将来を誓い合った女の子ならいるよ。明梨とは結婚を前提に同じ屋根の元で暮らしているんだ」


「なるほど……って妹じゃん。同じ家に暮らしてるの当たり前じゃん。……あのさ、ぶっちゃけちゃうと八橋の人気が高すぎて近くにいる私が被害受けてるんだよね。もし彼女とか作ってくれたら私のいじめも消えるかもしれないし、女子達も諦めがつくかもしれない。どうかな?」


 もう八橋のことを気遣うのはやめやめ。自分を犠牲にしてまですることじゃない。それにこいつは自分がどういう存在かってことを認識しておかなくちゃならない。今後、私以外に友達になれた女子がいたなら気を付けられるだろうし、知っているのといないのでは大きく違う。


「うーん、彼女ねえ……明梨くらいしか思い浮かばないけど」


「妹から離れろ。あと妹は八橋の彼女じゃないから」


 え、違うのって顔をするなよ。


「え、違うの?」


 声にまで出すなよ。


「別に好きじゃなくてもいいって。偽装彼女ってやつ? 契約みたいな感じでも全然いいんだよ」


「じゃあ、稔森がいいかなー」


「……はい? いや、いやいやいや私じゃ意味ないでしょ? 私がいじめられるの続くだけじゃん」


「今のところ家族以外だと稔森が一番好きなんだよ。唯一見分けがつくし、友達になってくれたの稔森だけだしさ」


 お、おう、意外と好感度良かったのか。たまにボロクソに罵倒するから低いかと思ってたわ。


「安心してよ、俺が愛しているのは明梨だけだから。女子に余計な希望持たせないためにも稔森に偽装彼女になってほしいな」


 今、私は人生史上最低な告白を耳にした気がする。


「まあ返事は置いといて、いじめについては今日で終わらせよう」


 何だって……? ごめん、さっきのが忘れられなくて耳に入らなかった。



 * * *



 放課後、私は八橋に言われて教室の掃除用具専用ロッカーに二人で入っている。

 もう一度言う。八橋と一緒に掃除用具専用ロッカーの中に入っている。


(いや近い近い近い近い近い近い近い近い!)


 どうしてこうなった!?

 いや経緯は分かってるんだけども……何かこう、いやほんと意味分からない。特に八橋が一緒に入っているところが分からない。


 こんな臭い所に入る羽目になった原因はついさっきのこと。

 八橋がいじめを終わらせると宣言し、その方法として提案されたのがこの掃除用具専用ロッカーの中へ密かに侵入しておくこと。


 今日は机の中にまで画鋲があったので明日もあると予想して、犯人が教室に来るのを待っているのである。


 昨日は机の中になど何も仕掛けられていなかったので、犯人が画鋲を入れた時間帯は昨日私が帰ってから今日登校して来るまで。もし明日も仕掛けるなら今日の誰もいなくなった時間帯に犯人が現れるかもしれない。


 私が残ったままでは犯人が現れないだろうし、遠くに離れていたら駆けつけるまで時間がかかる。だからこそこの細長いロッカーに身を潜めているのだが……何で八橋が一緒にいるんだろうか。


「ねえ、どうしてロッカーに入って来たの? 狭いし、その、近いんだけど」


 八橋も顔だけはいいから鼓動がうるさくなる。

 アイドルやモデルは目の保養とする人がいるがまさにそれ、私は八橋の外見を否定していたわけじゃない。むしろ数多の女子同様、いくら眺めても飽きない美形だと思っている。そんな奴と狭いロッカー内で密着状態になればそりゃ緊張するわ。

 認めたくないけどたぶん顔赤くなってるな。


「友達が困っているんだから普通助けるだろ? 俺もいじめは許せないし、犯人の顔だけでも見ておきたいからさ」


「そう……」


 カッコいいことを言うんじゃない! 思わず顔を伏せちゃっただろ!

 あーもう、惚れてはないだろうけど胸が苦しい。犯人早く来い。


「おっ、犯人はあの猿じゃないか?」


 猿とか言うなよ混乱するだろ。

 どれどれ、隙間小さいから見えづらいけど確かにいるな。猿じゃなくて人間が……クラスメートかな。後ろ姿はやけに見覚えがあるような気がする。


 あれ……? あの女子って……まさか。

 画鋲の入った透明な箱を持って私の机に来たのが犯人だ。でもそれは私が全く予想していなかった人物で、信じたくないと心が悲鳴を上げ始める。


 いつからか、私は涙を流さなくなっていた。

 最初のうちは泣いていた。号泣ってほどじゃないけど、暴言を吐かれたり紙に書かれたりした後は静かに一人で涙を流していた。

 だけど本当にいつからだったか、いじめというものに慣れてしまったのか最近泣いた記憶がない。別に泣きたいわけじゃない。泣かないのはむしろ良いことだ、精神が強くなったって思っていいはずである。


「……舞彩?」


 今、私は久し振りに涙を流した。

 窓から見える雨は感情に呼応するように激しくなっていく。怒りか、悲しみか、もうぐちゃぐちゃな私と一緒に空が泣いてくれる。

 気が付けば私はロッカーの扉を手で押していた。


「……えっ、純真君……木葉? 何で掃除用具入れから出て来て……?」


 そんなことどうでもいいでしょ……?

 俯きながら涙を手で拭おうとすると、八橋が肩を叩いてハンカチを手渡してくれた。……私も持ってるけどありがたく使わせてもらった。


「何でかな……? 友達だったのに、普通机に画鋲とか入れる? 下駄箱の紙も舞彩の仕業?」


 涙を拭いてから私は舞彩へ問いかける。

 訊くまでもないけど舞彩の口から真実を聞きたい。


「待って待って何の話?」


「全部見てたんだよいじめっ子、隠すなよ。これ以上私を失望させないでほしいんだけど」


 せめて素直に白状してくれればよかったのに、どうして誤魔化そうとするかな。もう誤魔化すのは無理だって分からないのかな。


「は……ひゃっひゃっひゃっ、けひゃひゃひゃひゃ!」


 悟ったのか急に舞彩が笑い始めた。

 どうでもいいけど笑い方が気持ち悪い。悪魔でも憑依したのか。


「あーあ、全部バレてたかあ。ごめんね、ちょっと木葉と純真君の距離を離したくてさ。だって酷いじゃん、私が純真君のこと好きなの知ってて近付くなんてさ」


「ただの友達だって言ったでしょ」


「知ってた? 男女間の友情なんて成立しないんだって。やっぱり男と女だもん、木葉だっていつかは純真君のこと好きになっちゃうよ。そしたらさ、私より有利だよね」


 いや、ないだろ。こんなド変態シスコンを好きになるとかありえないわ。もし惚れたら裸で逆立ちして校庭一周しながら鼻からスパゲッティ食べてあげるよ。それくらいありえないって断言出来るっての。


「あとさ、純真君がシスコンだなんて変な噂が流れてるの。木葉が仲良くなりだしてからだよ? 流したのは当然木葉だよね、他の女子を幻滅させてライバル減らすためにさ。純真君、酷いと思わない?」


「うわ何だそれ、酷い嘘だな。俺はどこにでもいる普通のお兄ちゃんなのに」


 確かに信じられないくらい酷い嘘だな。


「ところで君誰? どこかで会ったっけ?」


「同じクラスの佐切舞彩。たまに私と一緒にいたでしょ」


 そりゃクラスメートの女子を猿とか言うような奴だし覚えてないだろうね。こいつはたぶん未だに私以外の名前と顔を分かってない。

 理想の王子様に記憶されていなかった悲しい事実、舞彩は「……え?」なんて呟いて愕然としている。

 理想っていうのはただの妄想。こうであってほしいという押し付け。残念だけど現実は非情ってのが定番なんだよ。現実ってのは誰に対しても容赦ないんだから。


「ねえ八橋……返事、まだだったよね」


「……今でいいの?」


「うん。……なるよ、彼女。付き合おっか」


 我ながら残酷なことをしているのかもしれない。

 舞彩に対しても、自分に対しても。中々にキツい選択をしたんじゃないかと思える。


「な、何? 彼女とか付き合うとか……木葉、何言ってるの? 付き合うってどういう意味? ねえ嘘でしょ、意味分かんない、分かんないよ」


「言葉通りだよ。私、八橋と恋人になったから。舞彩が付け入る隙なんてもうない。他の人にも言っておいてよ」


 まあ隙なんてものは元からないんだけど。


「ごめんね、舞彩のこと裏切って。でもお互い様だよね。舞彩だって私のこと裏切ったんだから」


 これで私へのいじめが止まることはたぶんなくなった。いや上手くやれれば止められるかもしれないけど、自分にはそんな上手く出来る自信がない。

 舞彩とも絶交だ。もう元の友達関係には戻れない。こんなことがあったんじゃ互いに戻りたくもならないだろうね。


「八橋、今日も一緒に帰ろ」


「そうだね。また明日、えっと……マイルさん?」


「あいつは舞彩だっての。ま、無理して覚えなくてもいいけど」


 私は八橋と一緒に教室を出て行った。

 今日は色々あったな……。

 明日は明日の風が吹くって言うし、全部明日の私に丸投げしよう。


「八橋……これからもよろしくね、彼氏さん」


「彼氏って呼ぶのはいいけど妹の前では止めてくれよ? 浮気だって誤解されたくないし。俺の真の恋人は妹だけだからね」


 こうして私は超絶ド変態シスコン残念イケメンの偽装彼女になったのだった。

 ……今からやっぱなしとか許されないかな。


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